火魅子伝(二次)第二十一話(H:小説+オリ M:九峪 他 J:シリアス)
日時: 01/06 09:15
著者: おすん


 星華は手をバンザイして歓声をあげた。

「やったーーーっっ!!!援軍よ!!援軍!!援軍が来たのよーーーっ!!!」

 部隊を二分しようと思ったその時。敵の後続部隊が急に蹴散らされたのだ。

 復興軍当麻の街制圧部隊の手によって。

 制圧部隊は圧倒的強さで敵を食いつぶしていく。

 敵兵の姿はみるみる縮んでいった。

 特に香蘭の動きは凄まじかった。

 まるで闘神が降臨したかのようだった。あまりの強さに兵達が目を奪われる。

 星華は恥も外聞もなく、その場でぴょんぴょんと跳ねた。

 瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。

 それを見た兵達の顔にも、嬉し涙が流れた。

 もうダメかと思い、みんな死を覚悟していたのだ。

 しかし、地獄から無事に生還した。涙の一つも流れようというものだ。

 農民兵である彼らは充分過ぎるほどに、活躍し、踏ん張り、耐え抜いたのだ。

 星華は張りの戻った声で号令をかける。

「さあ、反撃開始よっ!!!」

「「「おおっっ!!!」」」

 その時、星華の耳にドババババーーンッッ!!!!という壮絶な爆発音が飛び込んできた。




















「破っ!!」

 香蘭が後続部隊の狗根国兵を次々に吹っ飛ばしていく。

 まさに、修羅。

 鎧ごと敵を粉砕する香蘭に狗根国兵は大混乱に陥った。

「化け物だーっ!!」

「こんなことって・・・・っっ!!」

「ぎゃあああっ!!!」

 香蘭が縦横無尽に戦場を駆り、その圧倒的な力で死を量産していく。

 狗根国兵の目には、可愛らしい魅力的な少女などいなかった。

 ただ、ただ、化け物。

 むしろ、そのような姿をしているのが逆に恐怖を誘った。

 その混乱に乗じて、制圧部隊の面々が敵を十数人がかりで屠る。

 圧倒的なまでに復興軍の方が数が多かった。













 紅玉達は丘の上から戦況を見ると、休憩もそこそこに馬のような猛烈な勢いで駆け出した。

 ついていけない部下が何人かいたが、そんなことに構っている余裕はなかった。

 ある程度まで進行すると、それでも間に合わないと悟った紅玉は、自身は部下をまとめるために走るペースをそのままに、香蘭には制圧部隊に選ばれた体力も足の速さもピカイチの部下を引き連れさせて先行させた。

 香蘭の後ろを走る部下からも半数近くの脱落者がでたが、問題ない。

 間に合わなければ意味がない。

 急ぎに急いだ香蘭達は、間一髪のところで敵の後ろをとらえた。

 敵の部隊もなりふり構わず急いでいるのか、武道家の香蘭から言わせれば隙だらけだった。













 狗根国兵の後続部隊は、もう部隊として機能していなかった。

 戦神としか思えない香蘭に、数が減ったとはいえ百以上を有する制圧部隊の前では仕方のない話だった。

 しかも、ただでさえ牽制の部隊との戦闘で数が減っていたのだ。

 決定的だった。

 香蘭に畏れをなして、敵兵達が寄ってこない。

 香蘭が「どうしたどうした!!」と無防備に構えをとき、挑発する。

「幾百幾千幾万でも、かかってくるねっっ!!!!」

 狗根国兵はたじろいた。

 背をむける。

「いやあああああっ!!!」

 突然、裂帛の気合いが発せられた。

 香蘭が闘気を放ったのだ。

 味方の兵までも全員が、ギシッと金縛りにあったように一瞬だけ動きが止まる。

 香蘭にとっては充分過ぎる時間だった。

 グシャグシャに、逃げようとした狗根国兵を拳の餌食にしていく。

 この時になって、後続部隊は完膚無きまでに全滅した。

 敵の姿が消えたことに気づいた香蘭は、兵にまとまるようにつたない倭国語で命令する。

 味方の兵の損害はゼロだった。

 大きくうなずいた香蘭は、右手を高く掲げた。

「いこくも早く、救援にいくねっ!!!」

「「「はいっ!!!」」」

 香蘭を先頭に走り出した制圧部隊の耳に、ドババババーンッッッ!!!!という猛烈な爆裂音が響いてきた。




















 ドババババーンッッッ!!!!

 この激烈な破砕音は戦場の至るところに轟いた。

 例外なく、全ての兵、全ての将、全ての生き物が、この音の発生源を見た。

 そこには口を中心に楕円型に、肉も骨もえぐられた魔人がいた。

 両の眼がつぶされている。片目には小さな剣が刺さっていた。

 復興軍も狗根国軍の兵も、呆然とそれを見た。

 魔人がグラリと倒れる。

 大地が揺れた。

 そして、倒れた魔人を見下す無表情の青年が、静かにたたずんでいた。





















 魔人は虫の息だった。

 呼吸がうまくできない。

 体も勝手に震えだし、自分の体が重く冷たく感じる。

 脳天を穿つような激痛が、遅くやってきた。

 しかし、その激痛ですら自身の体を動かす理由にはなりえなかった。

 力が、全く入らない。体がどうやっても動かない。

 真っ暗で何も見えない。朦朧としていた。

 世界があやふやに感じるこの頭で、一体何がおこったのかを思い出す。

(たじか・・・)












 ・・・・・・目の前の神の遣いと、もうどれくらい闘っただろう。

 そう思った時に、魔人は想像していたより自分が疲労しているのに気づいた。

 拳を喰らいすぎてのだ。ダメージを受け過ぎていた。

 愕然とした。

 表情に出たのかもしれないし、それほどまでに疲労させるのを待っていたのかもしれない。

 気づけば神の遣いは視界内にいなかった。

 魔人の死角に入った九峪は、ここで切り札にしていた腰のナイフもどきを引き抜いた。

 それを魔人の眼球目がけて投げつける。

 迫ってくる危険な気配。思考よりも早い反射神経が、それを回避しようとする。

 信じられないことに頬をかすらせるくらいが精一杯だった。

 つぶされた目の方角から投げられたのもある、疲労していたし、神の遣いの速さを侮っていたのもある、死角からなので姿を視認できなかったのもあるし、得物を持っていないだろうとの油断もあった。

 しかし、まさか、こうまで追い込まれるとは思わなかった。

 今ので両目をつぶされたら、と考えるとぞっとした。

 ひどく緩慢に動く世界で、魔人はかわす動作のまま九峪の方に眼球だけ動かして見る。残念だったな、という顔で。

 そして、見た。

 剣が空中に浮いているのを。

(なっ!)

 と思ったときには、時すでに遅し。

 剣が魔人の無事な片目に向かい、深々と突き刺さった。

 あまりの激痛に、魔人は以前と同じように絶叫した。

 ワニを思わせる不必要に大きな口から、奇怪で、不気味な、怖気をもよおす声で、天に向かって絶叫した。

「アギャアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」

 たまらず目を押さえる。自身の熱い血が吹き出しているのと、冷たい金属が生えているのがわかった。

「グギャアアアアーーーーーッッ!!!」

 自身の声で、地が鳴動しているのがわかった。

 ビシビシッッ!

(な・・・・?)

 小さな音がしたな、と思った。

 ビシビシッッ!

 まただ。なんだろう?

 貫かれた目に気を取られていたから、すぐには判らなかった。

 自分の口の中いっぱいに、小さな小さな砂のような小石が入っているのが感じられた。

 脳が思考するまでもなく、魔人は吐き出そうと口を下に傾けようとした。

 口が水平になった時に、ゴッというにぶい音と共に、顎に衝撃を感じた。

 バクンと口が勢いよく閉じられる。

 何だ?という考えは浮かばなかった。

 閉じられた歯と歯の間には例の小石があったのか、ガリッ!と自慢の鋭い牙でかみ砕いてしまう。

 次の瞬間には、ドババババーンッッ!!!という轟音が・・・・。





















 倒れた魔人を九峪は見下ろしていた。

(ヘビーな相手だったな)

 まだ生きているのか、指先がブルブルと痙攣している。

(特製炸裂岩を使っても、まだ生きているのか)

 小指の爪ほどの一欠片でも、人間の足がダメになる程の爆発力があるというのに。

(つーか、頭が吹き飛ばないのが不思議なんですけど)

 魔人の口は下顎が外れて吹っ飛び、喉がえぐられていたが、しっかりと原型が残っている。

(本当にヘビーな相手・・・・今、痛覚を切ってやるからな)














 あの時、九峪はこうしたのだ。

 今か今かとずっと狙っていたベストポジションに、やっと魔人と九峪が入った。

 九峪は持っていたナイフもどきをしゃがみこみながら投げた。その動作に加えて、足元に落ちている剣を拾う。

 投げたナイフは威力が低い。元よりフェイント以上の意味は求めていなかった。

 すぐさま立ち上がりつつ、力いっぱい踏み込んで剣を投げつける。

 魔人の目に金属の棒が矢のごとく飛ぶ。

 九峪は当たったのかどうかを確認しなかった。外れれば、それでおしまい。倒す手段はない。疑うという選択肢はこの男にはなかった。

 投げるとすぐに駆け出し、走りながら空いた手で腰に結ばれている炸裂岩の袋を開ける。

 ひもを引けば一発で口が開いた。

 この時、魔人が絶叫した。

 長く薄気味の悪い絶叫を聞きながら九峪は竹槍が地面に突き立っている地点に急ぐ。

 剣が落ちてあり、なおかつ目的のポイントと最短にあるところを選んでいたので一瞬で到着した。

 計算どおりだ。

 素早く交互の手を使い、手のひら一杯に炸裂岩を握ると、魔人の口のなかに投げ入れる。我ながら抜群のコントロールだ。本当に魔球をあみ出せるかもしれない。

 入れても三分の一ほど溢れたが、許容範囲内だ。動いてる対象に入れるのだからこぼれて当然だ。

 両手に一回ずつ入れるので限界だった。

 気づいた魔人が下を向いて吐き出そうとするのを、すかさず地面にさしてある竹槍を引き抜き、魔人の顎を下から打ち上げた。

 この時、炸裂岩が少し口から漏れたのが残念だったが、もうどうでも良かった。

 魔人の牙でガリガリと複数の炸裂岩がかみ砕かれ、大爆発を起こした。

 一つが破裂すると、その衝撃が口の中の他の炸裂岩に、それがまた他の炸裂岩にと連鎖爆発が一気に、それも瞬間的に広がり一発の大きい爆発を起こしたのだ。













 九峪は持っている竹槍をチラッと見る。

 先のほうはどこかに無くなっていた。

 残っている先も深く縦割りになっており、砕けてささくれだっていた。

 爆発の衝撃で竹槍の先がこんな風になってしまった。

(炸裂岩じゃなきゃ出来ない芸当だ)

 九峪は冷静にそう推測する。

 もし、これが火薬などで、熱で爆発するタイプの物だったら唾液で湿ってしまい爆発しなかっただろう。

 衝撃で爆発する炸裂岩だからこそだ。

 竹槍から目を離した九峪は、次に魔人の口があった場所を見る。

 グチョグチョのメチャメチャにえぐられていた。下顎も吹き飛んでしまっている。

 摩擦熱で皮膚が火傷しているからなのか、血は思ったより出ていなかった。

 静かに近寄る。

 兵達の視線を感じるからこそ、ワザとそうした。

 魔人の顔を覗き込む。

 印象は赤黒いな、だった。

 魔人は両の目がつぶされており、片目には剣が突き立っていた。上顎から下は肉どころか骨ごとごっそり無くなっており、喉も半分に削れていた。

 ヒューヒューと、気管から空気の出入れする音がかすかに聞こえた。

 よく見れば食堂も見える。

 しばしの間それを見た九峪は、次に片手の竹槍をまた見て、それを魔人のそこに優しく刺し入れた。

 !!!

 魔人の体がビクッとほんの少しはねる。

 ぶじゅる、と火傷でただれた肉を押しきり、竹槍を喰わせてやった。

 食堂に入り、気管も竹で押しつぶした。

 魔人のぷるぷる震える手が抵抗するかの様にわずかに上がり、体も少しの間だけ大きくビクンビクンと痙攣していたが、やがて静かになる。

 戦場にいる兵士達は戦う手を止め、固唾をのんでただそれを見ていた。

 九峪は魔人の目に刺さっている剣をつかむと「よいしょっ」と、かるい調子で引き抜いた。血がピピッと飛ぶ。

 まだ、戦場にいた兵士達は呆然としていた。

 九峪は血がついた剣をそのままに、ブラブラと揺らしながら、狗根国兵の後方に、囮部隊の方向に向かって静かに歩む。

 魔人を倒しても何の感慨もないのか、九峪は徹底的に無表情だった。

 なんの感情も浮かべてないそれは、ひどく幽鬼じみている。

 兵士達は自分達が呆然としているワケが解った。

 怖いのだ。この男が。


















 うおおおおおおおおーーーーーっっ!!!

 大音声が轟いた。

 復興軍の兵達が歓声を上げたのだ。

「すっげーーーーっっ!!!」

「お、おいっ。魔人だぜ?魔人を倒しちまったぜっ!!?」

「さずがだっ!!やっぱり、あの人はちげえよ!!」

「九峪様、万歳っ!!」

「我らが最高司令官、万歳っ!!」

 兵士達は武器を振り回し、足を踏みならした。

 その震動と、声とで、地面が大きく揺れた。
















 静かに歩む寄ってくる九峪を、亜衣達は口をポカンと開けて見ていた。

「ま、ま、魔人を・・・・・・」

 伊万里にはそれしか言葉がでなかった。仁清が後を継ぐ。

「た、た、倒しちゃったね・・・・・」














 自然体で静かにやってくる九峪を見て、狗根国兵はジリッと後ずさった。

 あり得ない。

 別に、この男は特別な力を使ったわけではない。

 人外の能力があったわけでもない、奇跡をおこしたわけでもない、方術も左道も使ったわけでもない。

 なのに。

 なのに、なのに、なのに。

 何故、魔人を倒せた?

 魔人や神々やこの世の不可思議などよりも。

 初めて、ただの人間の方が恐いのだと思った。

 あり得ない。

 あり得ない。あり得ない現実。

 あり得るとしたら、それは。

「・・・・・か、神の遣い?」

「あ、あれが・・・神の遣い」

「ま、ま、まさか本当に・・・?」

 狗根国兵がざわざわと囁きあう。声が震えていた。

 隊長が叫ぶ。

「ええい!!敵の総大将が目の前にいるのだぞ!!討ち取れ!!」

 この一声で止まっていた時が動き出した。

「九峪さまをお助けしろーっ!!!」

 亜衣が叫ぶ。

「今だ!押せ押せー!!急ぎ、九峪様をお助けするのだ!!!」

 伊雅が命じる。

「早くっ!加勢に行くねっ!!」

 止まっていた香蘭の足が動き出す。

 

 復興軍の兵士達は「「「おおおーーーーっっ!!!」」」と勝ち鬨の声をあげた。

 士気も勢いも、完璧なまでに逆転した。




















 九峪に向かって十人ほどの兵が向かってきた。息を吹き返した復興軍に襲われていることも考えると妥当な数字か。

 眉がピクッとだけゆれた。

 九峪は敵の距離と到達時間を確認する。

 余裕がありそうだ。

 持っていた剣の切っ先を地面にあて、剣の横腹を掌底で叩いた。

 応力がかかり、剣はあっさりと折れた。半分ほどの長さになる。

 これで短くなった。

 再び歩き出す。

 一人だけ突出している兵士が斬りかかってくる。

(ビビってやがる)

 見ただけで腰が引けているのがわかる。

 気合いと共に縦に一閃してくる刃を九峪は冷静に読みとる。

 唐突にダッシュをして、間合いを詰める。

 驚く兵。柄を握っている拳を手でそっと包んで優しく軌道を変えてやる。

 兵はまるで自らの意志でふるったかの様に、深々と腹に剣を刺しいれた。

 九峪がグッと力を入れてやると、より深く突き刺さる。

(あと九人)

 後ろから気配も追って来ているのも感じつつ、九峪は歩いて前進する。

 今度は三人同時に斬りかかってきた。

 一度に襲いかかれる人数は限られている。他の者は後ろから斬りかからんと回り込んでいっている。

 彼らの動きを見て思う。

 怯えているな、と。


















「清瑞!!九峪様をお助けしろ!!」

 亜衣の命令に清瑞は黙ってうなずく。

 シュッと疾風のごとく駆ける。

 狗根国の波をかき分ける。

 いかんせん数では復興軍のほうが上。狗根国兵は囲まれ始めた。

 それに士気も勢いも違う。

 魔人を倒した九峪を見て、復興軍兵士達は傍目にしてわかるほど異様に興奮していた。

 援軍の存在もある。香蘭の活躍に向こう側の兵の士気もうなぎ登りのはずだ。

 勝負はもう決しただろう。

(だが、大将をとられたら意味がないだろうがっ!)

 清瑞は内心で毒づいた。

 そう思っている内に、九峪に向かって兵が十名ほど走っていった。

 清瑞は舌打ちすると、より速度をあげた。

 間に合わない。

 九峪に一人斬りかかっていたが、すぐにうずくまって倒れる。

 不可思議なことに自分から剣を刺したように見えた。

 首を傾げながらも清瑞はひた走る。

 九峪が囲まれた。

(間に合え〜・・・・・)

 自慢の足がひどく遅く感ぜられる。

 清瑞の目に信じられない光景が映った。

 一気に、目の前の敵と間合いを詰めた九峪は一人に一閃をふるう。

 首の大動脈を最適角度で斬りつけることによって激しい出血をおこす。ウソみたいに噴出する血で隣りの敵の目をつぶした。

 一撃で二人を無力化させる。

 そいつは放って置いて、もう一人の敵の腕を空いている手で掴み、間接を極めると背中をあずける。

 後ろから回り込んだ彼らは仲間を斬ることに躊躇した。

 一人だけ、振るった刃を止めることができずに九峪の背中で盾になっている味方を斬ってしまう。

 防御と同時に敵を殺す。

 九峪は折った剣を後ろも振り返りもせずに投げる。

 同時に腕を極めていた相手を離し、血で目つぶしをした敵兵に蹴りを放つ。

 背中に目でもついているのか、投げた剣は敵兵の一人に刺さった。仲間を斬ってしまった奴だった。

 目つぶしをくらっていた兵は、必死に目についた血をぬぐっていたが、目をこすっている間に、九峪が喉を回し蹴りの要領で思いっきり蹴り上げていた。

 首があさっての方向へと曲がっている。絶命しているのは一目でわかった。

 九峪の攻撃は全て急所狙いであり、防御をしつつも敵を殺すというとんでもない動きだった。

 清瑞は走りながら、ゾクリとする悪寒を背中に感じた。

 














 九峪は間合いを詰めた勢いのまま走った。

 まだ四人、九峪の前に敵兵がいる。

 今にも九峪に襲いかかろうとしている。

(勘弁してよ、もう)

 ちょっと泣きそうだった。

 さすがにマズイ。十人は無理だって。

 今まいた奴もすぐに追いついてくるだろう。

(四人同時は骨が折れるけど・・・、やるしか・・・)

 九峪がむんっと自分に気合いをいれると、目の前の四人が急に二人に減った。

(おおっ!)

 残りの二人も横合いから斬りつけてきた奴に振り返るが、振り返ったときには殺されていた。

 そいつは九峪のところに真っ直ぐ走ってくる。

「清瑞!!」

 地獄に仏とはこのことだ。

「早く、こちらに!!」

 清瑞が九峪に駆け寄ると、二人は並んで走りだす。

 敵兵が続々と寄ってくるが、優秀な乱破である清瑞が次々と屠っていく。

 なんとか味方の陣までたどり着く。

 敵兵の陣形がズタズタでなければ、無理だったろう。

「九峪さま、ご無事ですか!?」

「伊万里!?ああ、なんとかなっ」

 九峪がかるく手をあげる。

 伊万里もそれを返した。隣には上乃と仁清がいる。どうやら上乃も無事に本陣に着いていたみたいだと九峪はホッとした。

「九峪様!!指揮をお願いします!!」

「亜衣!!」

 九峪が亜衣の元に走り寄る。亜衣の隣りに衣緒の姿も認めて、九峪はまたもやホッとした。特殊兵の面々は無事に二人を連れだしたみたいだ。

 九峪は走りながら陣形をざっと見ていた。

 すぐに戦況を判断する。

 近くにいた兵達が九峪に次々と声をかける。

「お帰りなさいませ!!九峪様!!」

「魔人をやっちまうたぁ、さすがですね!!」

「早く、ご指示を!!九峪様!!」

「どうぞ、ご命令を!!九峪様!!」

 九峪は大きくうなずいて、返事の変わりに指示をとばした。




















 激戦だった。

 が、一方的な勝利でもあった。

 香蘭と制圧部隊が来たことによって、伊雅隊と星華隊は息を吹き返しただけじゃなく、反撃に転じていた。

 そこへ、ただでさえ押されていた本隊にダメ押しとばかりに紅玉達がたどり着いたのだ。

 狗根国兵本隊を一蹴した復興軍はのこりの狗根国兵を挟み撃ちにして粉砕した。

 ここに、当麻の街攻防戦、もとい伊尾木が原の合戦が終幕したのである。




















 あとがき


 あけましておめでとうございます。

 馬鹿みたいに一気に投稿してますね。溜まってたのですよ。これが。

 話の切れ目も曖昧ですね。いや、さすがスランプだ。話はもっと切れてない。さすがはスランプだ。

 実は年内に投稿できたのですけど・・・・どういう運命のいたずらでございましょう。新年になってしまいましたね?

 いや、原因は合戦が書き終わったら完全燃焼してしまい、その後処理を書く元気がなくなってしまっただけなんですけどね・・・。

 とりあえず、あとがき(いいわけ)を・・・各話のあとがきがも兼ねてますので長くなるやもしれません。

 魔人についてなんですが・・・・・ちょっとオリ要素いれました。よくは知らないのですけど、魔兎族とか吸血族とか小説で言っていたので、ご親戚とかがあるのやもと思ったのですが、一族といっているからには多種交配はしないでしょうという事実に気づいたのはすでに書き終わってからのことでした。

 逃走した兵達の戦闘ですが・・・・・・めちゃくちゃになっちゃいましたね。作戦をたてようがなんだろうが、結局、戦争なんてそんなもんだよ、なんて思っている自分が居たので彼の声に従いました。ある意味書いてて気持ち良かったです。

 あと、九峪くんの動きがちょっとおかしいんでないの?と思われる方もいらっしゃると思うので、そのときには(二次)第六話のあとがきにプロフィールもどきがあるので参照してくださいませ。決して、宣伝効果ではありません。

 言い訳することはもうありませんかね?

 あっ、そういえば衣緒はどうやって救出されたのか?という没ネタを言うのを忘れてましたね。雰囲気壊してたから削除してしまったのです。でも、ちゃんと救出されてます。

 あー、すっきりした。

 目標の当麻の街まで書けたので満足です。スランプ作品でも。

 では、次のあとがきで・・・・。






















 九峪の前に幹部達が集まっている。怪我をしている者は手当のためにいない。

「九峪様。何十人か兵が逃走したようです」

 一礼して亜衣は九峪にそう報告した。九峪はそうかと頷いた。

「紅玉。街のほうは?」

 紅玉が優雅に答える。

「百名ほど残しております。まず大事ないでしょう」

 牢屋にいれた敵を見張るためと守護のために九洲兵を残していた。

 逃げ出した敵が街に進行しても無駄だった。

「急いで負傷者の手当をしろ。敵味方区別なくだ。狼煙をあげて本陣にこちらへ来るように。兵はクタクタだからな。あいつらにガンバッテもらおう」

 伊雅が申し訳なさそうに言う。

「誠に申し訳ありません九峪様。狼煙のほうですが、戦の混乱のためにどこかに紛失してしまいました」

「それはしょうがないな。紅玉」

「はい」

「お前の兵から伝令をだしてくれ」

「わかりました」

「他は?」

 三人とも何もいわない。

「よし、疲れているところ悪いが頼む。何かあったらオレを呼んで」

 亜衣と伊雅と紅玉は「はい」と一礼すると恭しくさがっていく。数人の幹部がそれに続く。

 慌ただしくなる。

 九峪は破顔すると憔悴した顔でふ〜〜〜と長く長く息を吐いた。

(生き残ったな・・・・)

 やるべき事をやって、そう思ったら一気に力が抜けた。

 ぼ〜〜と澄み切った空を見る。

 心に大きな負担がかかっている。

 いっぱい死んだな・・・とか、いっぱい殺したな・・・とか、いっぱい人が傷ついたな・・・とか。

 とりとめなく考える。

 唐突に九峪の体が膝から崩れ落ちた。















 突然に倒れた九峪に、誰も反応できない。

 唯一、香蘭だけがとっさに九峪を支えた。

「九峪さま!?」

 香蘭が叫ぶ、全員が一斉に九峪を取り囲んだ。

 九峪が香蘭の手を借りながら、ヨロヨロと起きあがる。

「・・・大したことない。平気だよ」

 そう言う九峪の体を伊万里も支えた。

 ぬる。

 え?と思った時には、伊万里の手に血がついていた。

「九峪さま!どこか怪我を・・・!」

 伊万里の言葉を聞き、皆はうなずき合うと慎重に九峪から革鎧を外しにかかる。

「あっ、お前等。ちょ、ちょっとタンマ。おい、スケベ。いてててて」

 九峪が手を止めようとささやかな抵抗をするが、皆はそれを無視して鎧を脱がす。

 革鎧をとられた九峪はあちゃーと言う顔をした。

「九峪さま!?この傷は・・・?」

「いや、魔人の時についたやつ」

 怒られた子供が拗ねるような顔をして九峪は答えた。

 体のあちこちに白い破片が突き刺さっている。

 腕は特に酷かった。

 あれだけの爆発だ。吹き飛んだ魔人の肉や骨が九峪に飛んでくるのは当然と言えた。むしろ無傷のほうが不思議だろう。

 竹槍を振り上げつつも腕で顔はかばったが、体は無理だった。

「そんなに深くないから、だいじょうブイ」

 茶目っ気たっぷりに九峪はかるい調子でピースサインを作るが、誰もわかってくれない上に聞いていないのが空しかった。

「急いで手当を・・・!」

 伊万里がそう言って九峪を運ぼうとする。

「いてててて。いや、素で本当に本気で痛いですから・・・」

「あっ、すみません」

 そう言った伊万里は、何かがプルプル小刻みに震えているものが自分の体に当たっているのを感じた。

 何だろう?と思って見てみると、九峪の足だった。

「く、九峪さま?」

 伊万里の視線を追った一同に戸惑いの色がでる。

 九峪の足がぷるぷると震えていたのだ。

 そのリズムに合わせるように、魔人の歯がささった傷から血が漏れだす。

「いや、これはだな・・・・・」

 九峪が冷や汗を浮かべてしどろもどろとなっているが、一同は九峪をまたもや無視した。

 九峪は囮部隊まで、すぐに走らず歩いていたのは別に演出効果を狙ってとか余裕があるとかの理由ではなかった。

 本気で歩くのが精一杯だったのだ。

 傷もそうだが、何よりの原因が限界まで足を使ったことだった。

 魔人の戦いでは常に限界以上の最速の動きでなければならなかった。そんな動きをずっと続けた上に、今日は走りづめだ。

 この世界の住人ならいざ知らず、体がなまり切っている九峪にはかなりの無理があった。

(トレーニングを始めたのにな〜)

 一週間や二週間そこらで目立った効果は上がらなかったようだ。

 みんなが心配そうに自分を見ている。

 それを見た九峪が眉をしかめた。


 屈辱だった。


 恥だった。

 情けなかった。

 すぐ、やせ我慢する上に妙なプライドが高いのが九峪という男だった。

 これは動けないと判断した幹部達は人を呼ぶことにする。

 近くにいた兵士達が、仕事を放り出して我先にと集まってきた。

(余計な奴は来んなっ!!)

 慕ってくれるのは嬉しいが、今の状態を大衆にさらすことは九峪にとって傷以上にひびく。

 たくさんの兵士に神輿のように運ばれながら、九峪は屈辱感にさいなまれ続けた。