火魅子伝(二次)第二十二話−A(H:小説+オリ M:九峪 他 J:シリアス)
日時: 01/07 00:26
著者: おすん


「九峪さまぁ〜・・・。だいじょうぶ?」

 羽江が敷物の上に寝ている九峪の顔を心配そうに覗きこんでくる。

 上半身を起こした九峪は羽江を安心させるように笑いながら、頭をそっと撫でる。

「平気だよ」

 それを聞いた羽江は、にぱっと笑った。「わーい」と九峪の胸に飛びこむ。

「いってーーーっ!!」

 いきなり走った痛みに、たまらず九峪が叫ぶ。

「痛いわ、ボケ!」

 羽江がぷ〜と頬をふくらませる。

「え〜〜〜。でも、だいじょうぶだって・・・」

「いや、一応オレ怪我人ですから」

 しかし、怒った口調でそうは言いながらも、九峪は羽江を愛おしげに抱きしめた。

 サラサラの髪を優しく愛撫する。

 羽江がくすぐったそうに笑って、九峪の胸に顔をうずめた。

「えへへへ」

「どうした?」

「う〜〜ん。なんかすごくいい気分」

 羽江が九峪の上にまたがり、まるで猫のように胸に頬をすりよせ、ごろごろとくつろぐ。







「なあ、羽江」

 喉に魚の骨がつっかかったような顔で九峪が言う。

「なぁに?九峪さま」

 羽江は無邪気に笑ってたずねる。

「衣緒・・・変な様子とか、なかった?」

 九峪は言いにくいのか、しきりに目がきょろきょろと動いている。

「お姉ちゃんが?変って?」

 羽江はあくまで無邪気に笑ってたずねる。

「いや、変・・・つーか、なんつーか・・・・」

 羽江はここで笑みを消した。

 九峪がきっと言いたいだろうことはわかっていた。

 羽江は九峪の顔をなでながら優しくたずねる。

「・・・・気にしてるの?」

 九峪の顔が憮然としたものになる。

「・・・・・何が?」

「衣緒お姉ちゃんを怒ったこと」

「そんなわけあるか」

 九峪はぶっきらぼうに言い放つとそっぽを向いた。

 そんな九峪の様子を見て、心の中でしょうがないな〜とため息をつく。

(やっぱり、気にしてる)

 九峪は休む前に二人を呼びだして叱りつけたのだ。

 もの凄い剣幕だったのだろうか?あれから姉の衣緒はひどく落ち込んでいた。

 羽江はそっぽを向いた九峪の顔を無理矢理自分に向けさせた。

「じゃあ、ひみつ」

「あんっ?」

「気にしてないなら、ひみつでいいよね?」

 そう言って羽江はイタズラっぽく笑った。

「・・・・・」

 九峪は小さく舌打ちすると、照れたような観念したような顔で頭をかきながら羽江に笑い返す。

「ごめん、それウソ。やっぱ、超気になるから教えてくれない?」

 羽江が邪気なくにっこり笑う。

「そうそう。初めからそう言えばいいんだよぅ〜」

「でも、怒った手前。何とも言いにくいつーかさ・・・・」

「九峪さまって妙に子供っぽいよね」

 まるで喧嘩した子と仲直りしたいのにできない子供みたいな九峪の様子に、羽江はぽろっと本音がもれてしまった。

 九峪がばっと羽江の頭をつかむ。

「なんだ?今、高見から物を言ったか?貴様はおとな気取りか?」

 ひきつった笑いを浮かべながら九峪は羽江の髪をぐしゃぐしゃにする。

「ああああぁ〜〜〜〜!!やめてよう!!」

「ふん。だいたいな、子供だろうが大人だろうが、誰だって言いにくいと思うぜ?」

 最後の「ぜ」に力をこめて羽江のあたまを放す。

 羽江が乱れた髪をぶーたれながら整えると、真面目な顔になる。

「衣緒お姉ちゃん。落ち込んでるみたい」

 羽江の言葉に九峪の顔もひきしまる。

「・・・・・」

「心配?」

「うん」

 九峪は今度は素直にうなずいた。

 続けてバツが悪そうに羽江に言う。

「あのさ、衣緒のことさ・・・・その、なんつーか・・・・ほら」

 羽江が「しょうがないな〜」と心の中ではなく実際に口に出していった。

 にかっと笑う。

「まっかせといてっ。亜衣姉ちゃんもいるし、だーいじょうぶだよっ!!」

「衣緒の場合それが心配なんだよね。亜衣って、ほら、キッツイとこあるじゃん?だからさ」

 衣緒をさらに追い込んでないだろうか?

 九峪の思考がとぶ。





























「二人ともケガは大丈夫なのか?」

 天幕の中に三人の人がいる。みんな包帯を体中にまいていた。先の戦で怪我をしたためだ。

 一人は男で、厳しい表情で前の女二人を見下ろしていた。

 なぜ見下ろしているかというと、男の前に女達二人がひざまずいてるからに他ならない。

「はい。わたしの傷はそんなに深くはないので・・・」

「あたしも。致命傷はありません・・・」

「そうか。・・・・で、二人はどうして呼ばれたか、わかってるよな?」

 上乃と衣緒の体が小さく震える。

 二人は無言でこくりとだけうなずいた。

 九峪は「へえ〜」と言う顔をすると、皮肉気に唇の端をつり上げた。

「じゃあ、話が早いな」と静かに言う。

 突然、九峪の怒声が二人にはしった。

「兵をほっぽりだして、指揮を放棄するってのはどういうことだっ!!」

 声を荒げた九峪に、二人はビクッと身をすくませた。

 九峪が二人を睨みつける。

 冷たく鋭い視線と声。

 まるで、尖った氷のようだ。

 その氷で睨みつけてくる。

 氷の意味するところは―――おそらく失望だった。

「終わったことだから、で済ませられるかっ!あの時、お前らの肩には百五十人の命がかかっていたんだからな、バカがっ!!」

「「・・・・・」」

 二人ともこうなることは覚悟していた。

 うなだれて九峪の罵声を浴びる。

「お前らのせいで死ななくていいやつも死んだんだっ!!あの時、お前らが司令官の役目を果たしていたら、ひょっとしたら助かった奴がいたかもしれないんだっ!!」

 九峪は呆れたようにため息を吐いた。

「お前らには心底がっかりしたよ」

 手が勝手にブルブル震えだした。

 二人の顔が蒼白になっていく。

 こうなることは覚悟していた。していたはずなのに・・・・。

 九峪の顔をまともに直視できなかった。

 恐かったからだ。

 考えてみたら、九峪に直に怒鳴られたり、このような凍える目で見られたことなど初めてだった。

 いつも朗らかに笑ってくれるから。

 いつも楽しそうにしてくれるから。

 そんな九峪にあの冷たい目で射抜かれると、身がすくんだ。

 額に冷や汗がにじんでくる。

「おい!バカ共!!」

「「ははは、はいっ!!」」

 急にまた大声を出されて、二人の体が小さく跳ね上がる。

「お前等は無能だっ!!カスだっ!!」

 罵声を浴びせた九峪は、しかし、聞こえるかどうかの声でぼそりと一言だけつぶやいた。

「・・・・・・次は、期待してるからな」

 聴覚がするどい二人の耳には、しっかりと聞こえた。

 上乃は思わず九峪の顔を見る。

 九峪は二人の肩に力強く手を置いた。

 先ほどの言葉のせいだろうか?

 冷たい目などそこには無く、別の意味で射抜くような視線を九峪は向けているように見えた。

「罰はなしだ。罰が無いときの方が痛い時もあるだろ」

 衣緒も九峪の顔を見た。

 すごく真摯な目をしているように思えた。

「二度とつまらない失敗をするな。その時は縛り首にしてやる」

 言葉とは裏腹に、その口調はなんだか痛々しく感じた。

 なぜ?

 九峪の様子が少しおかしいのを不審に思い、呆けた顔で二人は九峪を見た。

 二人から反応がないのが気に入らないのか、九峪はムスッとした顔で怒鳴った。

「返事はっ!!?」

「「は、はいっ!!」」

 二人はピンと背筋を伸ばしながら何度もうなずいた。

「話は終わりだ」

 九峪はそう言い放つと二人に天幕から出ていくように言った。
























「じゃあ、もう行くよ?」
 
 天幕の出口で羽江が九峪に言う。

「ああ、衣緒のこと頼むな」

 九峪は別れ際に羽江を引き寄せて、口づけた。羽江はためらいなく身をあずける。

 腕をからめて九峪の頭を引き寄せながら、顔が桜色に染まっていく。




「じゃ、じゃあね」

「ああ」

 ほてった顔のまま羽江は元気よく手を振って駆け出した。

 九峪は微笑んでそれを見た後、天幕に引っ込んで行った。


























 一人になった九峪は上乃と衣緒の顔を思い浮かべた。

(うう〜・・・・。悲しそうな顔してたな、二人とも・・・)

 実のところ、九峪は上乃も衣緒も責める気はなかった。

 しかし、無条件で許す気もなかった。

 人はお前の責任ではない、と言われるとついホッとしてしまうものなのだ。

 表面上ではどうだか知らないが、深層心理で「そうだよな、仕方ないんだ」なんて思ってしまったら最悪である。

 ついつい指導者の判断待ちという消極性に溺れこんでしまう。元が消極的な衣緒など特に、だ。

 九峪はこれを避けたかった。

 責任はお前にあると断言することで、再起に必要なエネルギーを自己生産するようにうながしたのだ。

(ま、あとは二人しだいだな)

 無論、九峪はこの方法が万人受けするものだとは思っていない。

 人によってはこれで挫折して潰れてしまうだろう。

 当人達の性格と強さによると思っている。

 そして、二人はこんな事ではへこたれないと九峪は信じた。

(大丈夫。きっと二人なら大丈夫さ)

 そもそも、これでへこたれるようなら人の命を担うべきではない。

 上乃はまず心配ないだろう。

 彼女の性格を考えれば、きっとこのことは司令官として大きくステップアップさせるきっかけになってくれる・・・・はずだ。

 衣緒もきっと大丈夫。亜衣とかがいる。

 九峪はふーと息を吐く。

(口出しが過ぎるかもしれないな、オレは。オレが正しいとも限らないのに・・・・)

 九峪は少し自嘲した。

 部隊を放棄したのは自分も同じなのだ。二人を責める資格は初めからないというのに。

 でも、自分が信じることをやっていきたい。

(それにしてもさー・・・どうも上手く言えなかったな〜・・・・)

 何事も思い通りにはいかないと九峪は自身の思考をそう締めくくった。

 まあ、とりあえず眠って、傷を癒すとしよう。










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