火魅子伝短編・光の中の二人(H:小説? M:九峪×伊万里 J:シリアス)
日時: 01/01 10:59
著者: 龍虎

火魅子伝短編・光の中の二人




 耶麻台共和国が完全復興を果たして半年、ここ、耶牟原城下に住む住民は耶麻台国滅亡後、初めて1年の始まりの光を浴びて輝く耶牟原城を眺めながらの新年を迎えた。


 耶麻台共和国が完全復興したその日から、耶牟原城とその城下町の復旧作業が進められた。長い間水の底に沈んでいた耶牟原城はまず内部の修繕から始まり、約2ヶ月かけて人が住めるまでに修復され、その後外壁の修繕に取り掛かり、今もまだ修繕の途中だ。


 住民の住居は長い間水の中に沈んでいたせいもあり、柱はほとんどが腐っており、一からの建て直しの必要があった。共和国の首脳陣は九洲全土から大工や人手を集め、急ピッチで修復が進められた。みなの努力もあってか、城下町はほぼ修復が終わりつつあった。今では多くの人たちが移り住み、かつてのにぎやかな町並みを取り戻していた。





 一方耶牟原城内では――


 「伊万里、あけましておめでとう」


 「あけましておめでとうございます、九峪様」


 九峪と伊万里が新年の挨拶を交わしていた。


 「ああ、いや、もう火魅子って呼んだ方がいいのかな?」


 「いえ、今まで通り、伊万里と呼んで下さい」


 今はまだ、それぞれしなければならないことがあるので共和国首脳陣が一同に集うことはできなかったが、それでも各県知事たちやその他幹部たちからは竹簡で新年の挨拶が伊万里と九峪に来ていた。無論、皆が集まれないことは事前に聞いていたので伊万里と九峪もそれぞれに新年の挨拶を書いていた。


 半年前、伊万里は火魅子に選ばれていた。そして、九峪は現代に戻らず、この世界に留まることを選んだ。


 それ以降、目が回るほどの忙しい日々が過ぎ、あっという間に新年を迎えた。


 「そういえば、伊万里、この世界には新年に神社に参拝するって習わしはあるのか?」


 「新年のお参りですか?」


 伊万里が首をかしげる。


 「そう、新年のお参り。そういうことはこの世界ではしないのか?」


 九峪が重ねて尋ねた。


 「そうですね、一部の人たちが参拝するようですが、全員が参拝するということは無いはずです」


 「そうなんだ・・・・・・」


 「あの、九峪様?」


 伊万里が九峪に問いかける。


 「九峪様の世界では新年の参拝というのがあったのですか?」


 「うん、一年の初めに神社に参拝するって言う習わしがあるんだ」


 「そうなんですか・・・・・・あ、そういえば、近くに新しい神社ができたらしいですよ」


 伊万里が外を見ながら言った。


 「え? 新しい神社が? ・・・・・・じゃあ、行ってみる?」


 九峪が尋ねると伊万里は嬉しそうにうなずいた。


 「はい!」





 九峪は耶牟原城の門前で伊万里を待っていた。


 今の九峪はいつもの学生服ではなく、街の人たちが着ているような服を着ていた。


 そこへ伊万里がやってきた。


 「おまたせしました、九峪様」


 伊万里はいつもの火魅子の衣装ではなく、街娘の服を着ていた。


 「その、神社に行くのでしたら、山人の格好はあまり良くないかと思いまして・・・・・」


 「いや、凄く似合ってるよ・・・・・」


 九峪が伊万里を凝視して応えた。


 「あ、ありがとうございます・・・・」


 伊万里がはにかむ。


 「そ、それじゃあ、行こうか」


 そういって九峪が伊万里の手を取った。


 「あ・・・・・・」


 伊万里が驚いたように九峪の顔を見る。


 「・・・・・・嫌か?」


 九峪が伊万里の顔を覗き込む。


 「い、いえ、突然だったので、ちょっと驚いただけです」


 そういって伊万里は九峪の手を握り返した。


 伊万里が手を握り返してきたのを確認して九峪が歩き出す。伊万里も九峪に手を引かれながら歩く。


 城下は思っていた以上に人であふれかえっていた。


 行く人々は皆、気軽に挨拶を交わし、新年を迎えられたことを祝っている。


 「皆、嬉しそうだな」


 九峪がすれ違う人たちを見ながら言った。


 「ええ、無事に新年を迎えられたこともあるでしょうけど、やはり耶麻台国が復興したことが一番の理由じゃないでしょうか?」


 当の伊万里も幸せそうな顔で微笑んでいる。


 「伊万里も嬉しそうだな?」


 九峪が振り返って伊万里を見る。


 「はい。共和国を復興させるために私たちはいろいろつらい思いもしてきました。でも、九洲に住む人たちの笑顔を見るたびに思うんです。私たちはこのために戦ってきたんだって。九洲に暮らす人たちが皆、笑顔で暮らせる国を作るために私たちは戦ってきたんだと・・・・・・・・」


 伊万里がしみじみといった感じで言った。


 「そうだな・・・・・・・」


 その後はお互い黙ったままひたすら歩いた。


 「お? あれか? 新しく建てられた神社って」


 九峪の指差す方向に小高い丘があり、その頂上付近に鳥居が建っていた。


 九峪が伊万里の手を引いて丘を登っていく。


 鳥居に神社の名を書いた板があった。


 「え〜っと、何々?」


 その字を読んだ九峪が固まった。


 「九峪様?」


 九峪の後ろにいた伊万里が覗き込むと、そこには大きな字で『九峪神社』と書いてあった。


 「え?・・・・・・ええええぇぇぇ!? く、くた・・・モゴッ!?」


 伊万里の大きな声に我に返った九峪はとっさに伊万里の口をふさいだ。


 (だ、駄目だって伊万里、大きな声出しちゃ!)


 (あ、す、すいません、つい・・・・・・)


 (それにしても、なんで俺の名前なんだ?)


 疑問に思った九峪は近くにいた老人に尋ねた。


 「あの、すいません。ちょっと尋ねたいことがあるんですが・・・・・・」


 「尋ねたいこと?」


 「はい、どうしてこの神社の名前が九峪神社なんですか?」


 九峪が丁寧に尋ねると老人は足を止めて応えてくれた。


 「おお、神社の名前の由来か。ほれ、お前さんも九洲に住んでおるなら知っておろう、狗根国を追い出し、耶麻台国を復興した神の御遣い、九峪様のことを」


 「ええ、それは、もう」


 「この神社は、耶牟原城の城下町に住む者たちが少ない金を出し合って作ったものでな、名前の通り、神の御使いであらせられる九峪様を御祭りしているのだ」


 そういって老人が鳥居を見上げる。


 「九峪様は儂ら九洲の民にとってはその名の通り、神なのじゃよ」


 そういって老人は耶麻台国が滅んでからの狗根国の悪政を次々とあげ、その狗根国を追い出して耶麻台国を復興させた神の遣いのすばらしさについて、切々と語った。


 「それで、街の皆でお金を出し合って神社を建てることにしたんじゃ」


 「そうなんですか、わかりました、ありがとうございます」


 九峪と伊万里は老人に礼を言った後、鳥居をくぐって中に入った。


 「それにしても、俺を祭る・・・・・ねぇ。なんだか悪いような・・・・・」


 九峪が苦笑する。


 「そんなこと無いですよ、九峪様はそれだけ九洲の民にとっての光なんですよ」


 「光?」


 「はい、狗根国の悪政という暗闇から皆を救い出した光・・・・・・」


 伊万里がそういうと九峪は頭をかいた。


 「い、いや、そんな大げさな・・・・・・・・」


 「いえ、大げさでは・・・・・」


 と、後ろから声がかけられる。


 「お二人さん、前、空いたよ」


 その声に前を見ると、なるほど、二人の前に大きな空間ができていた。


 「あ、すいません」


 二人は慌てて前に詰めた。


 それからは互いに無言の時が流れた。


 そして、二人は順番が来ると賽銭箱に小銭を投げ入れ、手を合わせた。


 しばらくして顔を上げた九峪が隣を見ると伊万里はまだ手を合わせていた。


 その横顔は日の光を浴びて輝いていた。


 しばらくして伊万里が目を開いた。


 「何をお願いしたんだ?」


 「う〜ん、内緒です」


 伊万里が笑っていった。


 「九峪様は?」


 逆に伊万里が尋ねてきた。


 「俺は・・・・・・『この平和が少しでも長く続きますように』、『九洲の民たちが幸せに暮らせますように』って」


 「九峪様らしいですね」


 「それと・・・・・・『伊万里がいつまでも元気で、ずっと一緒にいられますように』って」


 九峪が笑って言った。


 「九峪様・・・・・・・・」


 伊万里は頬を赤らめた。そのまま九峪に寄り添おうとして・・・・・・そこで素っ頓狂な声が上がった。


 「九峪様と火魅子様だ!!」


 声を上げたのは伊万里から見て九峪をはさんだ反対側にいた少年だった。


 「お前は・・・・」


 「あなたは・・・・」


 九峪と伊万里は同時に声を上げていた。素っ頓狂な声を上げた少年は九峪と伊万里が共和国復興後に城下に立てた孤児院『耶牟原院』にいる少年だった。二人とも耶牟原院には何度か足を運んでいたのでその少年のことを覚えていた。その少年も二人の顔を覚えていたのだろう。


 「え? 九峪様が!?」


 「火魅子様も一緒らしいぞ」


 あちこちから声が上がる。


 「ヤバい!!」


 九峪はとっさにそう判断すると伊万里の手を握って鳥居へと駆け出した。


 二人は人ごみの間を縫うようにして走った。


 しばらく走って別の丘に来ると二人はそこで足を止めた。そこには大きな木が一本植わっていた。


 この丘は街道から外れているし、神社から耶牟原城へと戻る道とも離れているため誰もいなかった。


 「ふー、危なかったぁ・・・・・」


 九峪は大きく息をすると木の根元に座った。


 「確かに、あそこで私たちのことがばれれば大混乱でしたね」


 そういって伊万里も九峪の横に腰を下ろす。


 「大きな雲だな」


 九峪が空を見上げてつぶやいた。


 「あ、ほんとですね。今まで見た中で一番大きいですね」


 伊万里も九峪に倣って空を見上げた。空には大きな白い雲があり、それがすっぽりと太陽を覆い隠していた。


 空を見上げる伊万里の横顔を見て不意に九峪が伊万里に向き直った。


 「伊万里、ごめんな」


 唐突に九峪が伊万里に向かって頭を下げた。


 「い、いきなりなんです? 九峪様」


 「いや、この半年、結構忙しかったからさ、あんまり伊万里と一緒にいられなかっただろ?」


 そう、この半年、伊万里も九峪も互いに忙しく、二人になれる時間がほとんどなかったのだ。


 「そんなことですか、いいですよ、私は気にしてませんから」


 そういって伊万里が微笑む。


 「そうなのか? 俺は上乃から『最近伊万里が九峪様と二人っきりになれないってイラついてた』って聞いてたからてっきり・・・・・・」


 ―あ、あの馬鹿、またあること無いこと九峪様に吹き込んで!!―


 伊万里が拳を握り締める。


 「あ、いや、上乃を怒らないでやってくれ。上乃なりに伊万里を心配していったんだと思うから」


 九峪が慌てて言った。


 「ええ、わかってますよ。実際、つらい時とかよく上乃にあたってましたから・・・・・」


 「伊万里が? 上乃に?」


 九峪が目を丸くした。


 「そ、それは・・・・・・・私だって人の子です。つらい時には好きな人に傍に居てほしいって思う時もあります。・・・・・でも、九峪様も忙しいのは十分承知してますから・・・・・・・。でも、ついあたっちゃうんですよね・・・・・」


 そういう伊万里の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


 「伊万里・・・・・・」


 九峪がつぶやくと伊万里は慌てて涙を拭いた。


 「あ、だ、大丈夫です。私には上乃や仁清がいるし、亜衣さんやほかの人たちだって・・・・・・・」


 不意に九峪が伊万里を抱き寄せた。


 「!?」


 伊万里が驚いて九峪の顔を見上げる。


 「ほんと、ごめんな。俺、伊万里がそんな思いでいたなんてこと、ついこの間まで全然考えてなかったんだ。伊万里なら大丈夫。伊万里は強いからって・・・・・」


 涙を流してはいないものの九峪の目は泣いていた。


 「俺の勝手な思い込みで伊万里をつらい目にあわせちまった。ほんと、ごめんな・・・・・」


 九峪が伊万里を強く抱きしめる。


 伊万里は少し驚いた顔をしていたが、九峪の胸に頭を預けた。


 「確かにつらかったです。上乃や仁清じゃなく、九峪様に傍にいて欲しいって思ったことも何度もありました。・・・・・でも、大丈夫です。私も分かってますから。今が一番大事な時期だって」


 「でも・・・・・!!」


 伊万里が右手の人差し指でそっと九峪の口を押さえた。


 「その代わり、九峪様と会えるときは思う存分甘えさせてもらいますよ?」


 そう言って伊万里はすばやく九峪の唇に自分の唇を合わせた。そしてすぐに離す。


 初めての口付けは一瞬だった。唇が触れ合うとすぐに離れた。


 九峪が驚いた顔で伊万里を見ると伊万里は頬を染めて微笑んでいた。


 「これくらいはいいでしょう? 九峪様」


 その言葉を聞いて九峪も笑った。


 「ああ、もちろんだ。・・・・・・・俺も、伊万里に甘えさせてもらおうかな・・・・・」


 そういって今度は九峪から口付けた。今度は先ほどよりもずっと強く、長い口付けだった。


 しばらくして唇を離した九峪は、もう一度強く伊万里を抱きしめた。


 伊万里も九峪の胸に頭を預けて気持ちよさそうに目を閉じている。


 しばらくして九峪が腕の中にいる伊万里に言った。


 「俺たちがゆっくりできるようになるのはまだ当分先だろうけどさ、慌てることはないよな。時間はまだあるんだから」


 九峪がそういうと伊万里も目を開けて九峪を見上げた。


 「ええ、時間はまだあります。焦ることは無いんですよね。ゆっくり進んでいきましょう。この移り変わる季節のように、私たちの恋も、ゆっくりと・・・・・・・」


 そういって伊万里は再び九峪の胸に頭を預ける。


 そう、焦ることは無いのだ。時間はまだあるのだから。


 二人の恋もゆっくりと進んでいくだろう。移り変わってゆく季節と共に。


 雲に切れ間ができ、そこから太陽の光が二人に降り注いだ。その光の中で二人はいつまでも抱きあっていた・・・・・・・




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