火魅子伝短編9・華胥之夢 (H:小説 M:九峪・兎華乃 J:シリアス)
日時: 05/28 16:03
著者: 龍虎

火魅子伝短編9・華胥之夢(かしょのゆめ)





 ここは耶麻台共和国の首都、耶牟原城内にある九峪の私室だ。


 九峪は一度滅んだ耶麻台国を耶麻台共和国として復興させた神の使いだ。だが、九峪は自分がそんなに大それた人物ではないことを知っている。神の使いを名乗ったのだって、現代に戻るために耶麻台国の首都である耶牟原城を狗根国から取り戻さなければいけなかったからだけであり、耶麻台国を復興できたのも、自分の下に集まってきてくれた者たちのおかげなのだ。だから、九峪は九洲の民が自分を神の使いとして大いに崇め奉るのを見るたびに軽い自己嫌悪に陥ることがある。


 もっとも、本人がどう思おうが、いまや九洲の民で九峪の名を知らぬものはいないほど有名になっていたが。


 「あうっ・・・・んぅ・・・・んっ・・・・」


 そして先程からその九峪の部屋からなにやら女の艶かしい声が聞こえていた。


 「そう、そこ・・・・・・あ・・・・・んぅ・・・・いい感じ・・・・・あぁ・・・・・とっても気持ちいいわ」


 「そうか?・・・・・じゃあ、これはどうだ?」


 女の声にあわせて部屋の主である九峪の声も聞こえる。


 「くふぅ・・・・・はあぁ・・・・それ、いい・・・・もっと・・・・」


 「ふっふっふっ・・・・・それじゃあ、もっと気持ちよくしてやるよ」


 九峪がそう返す。


 ガラガラガラ―


 「ごほんっ!」


 不意に部屋の扉が開いて咳払いが室内に響く。


 「お二人とも、他人に誤解を与えるようなやり取りをしないでください」


 頬を薄く染めた亜衣が室内にいる二人をじろっと睨む。亜衣はかつて耶麻台国復興の旗の下に集まった復興軍の軍師であり、現在も女王火魅子を補佐している共和国内でも屈指の切れ者だ。


 その亜衣の視線の先には、九峪ともう一人、女性がいた。いや、女性というよりも少女といったほうがいいだろう。その少女が九峪のマッサージを受けていた。まあ、少女の正体を知らない者が見れば、九峪が幼い少女にいたずらをするロリコン野郎に見えるかもしれないが。


 「別にいいじゃない、ほんとに気持ち良いんだから」


 少女が亜衣に言い返す。


 「いえ、しかしですね・・・・・」


 「それに、誤解ってどんなことを想像したのかしら?」


 少女が意地悪そうな笑みを浮かべる。


 「え・・・それは・・・・別に、何も・・・・」


 亜衣が視線をそらす。


 「いったいナニを想像したのやら・・・・」


 「わ、私は別に何も・・・・・・」


 必死で亜衣が言い張る。


 「普段九峪さんのことをすけべぇ呼ばわりしてるのに、これじゃあ、貴方も変わりないわね」


 「い、いえ、ですから・・・・・・・」


 亜衣が慌てる。だが、少女の目が笑っていることから、どうやらからかっているだけのようだ。


 「おいおい、兎華乃。兎華乃まで俺をすけべぇ呼ばわりするのか?」


 少女の言葉に九峪が反応する。


 少女の名は兎華乃。復興軍時代に九峪たちの敵でありながら、復興軍を利用して九洲に自らの国を興そうとした天目により、魔人から九峪を護るために派遣された魔人、魔兎族三姉妹の長女だ。彼女たちは魔界でも名の通った上級魔人だ。もっとも、普段からでたらめな戦闘力を感じさせる次女の兎音と三女の兎奈美と違い、兎華乃の能力は『空』と呼ばれ、自身の戦闘力がないため、普段は彼女の力を感じることはないが、ひとたび戦闘となると、相手の戦闘力に応じて兎華乃自身の戦闘力が上昇、相手が何人がかりであれ、それに見合った戦闘力を手にすることができ、その力は常に相手よりも上となる。そのため、兎音と兎奈美は何があっても兎華乃には手を出さない。手を出したが最後、兎華乃の戦闘力が急上昇し、返り討ちにあうからだ。まさに無敵の能力といってもいい。もっとも死人相手や、兎華乃と闘う気の無い者が相手ではまったくの役立たずとなるが。


 そして、兎華乃は幼い姿をしている。見た目は12、3歳といったところか。人と違う所と言えば彼女の頭にある長い耳ぐらいのものだ。これは魔兎族の象徴でもある兎の耳で、普段は頭巾などで隠している。


 彼女と二人の妹を初めて見た者は確実に兎音と兎奈美のどちらかが長女で兎華乃は三女だと思うだろう。だが、実際は兎華乃が長女なのだ。まあ、二人の妹が抜群のプロポーションをしているので兎華乃が三女に見えても仕方ないかもしれない。そして、一歩間違えれば九峪は少女が大好きなロリコン野郎となってしまうのだが、本人には自覚がないようだ。


 まあ、兎華乃の戦闘を間近で見ていた九峪には兎華乃が見た目通りの少女に見えないのかもしれない。


 そして、当の兎華乃も今では共和国の可愛いマスコット的存在になっているようだ。


 もっとも、その原因の8割は兎華乃に可愛い服を着せる財務処理担当の只深にあるのだが。その只深のおかげで兎華乃の共和国内における地位は確固たるものとなりつつある。最も、彼女が魔人だということは共和国の最高幹部たちしか知らないが。


 「あら、九峪さんがすけべぇなのはみんなが知ってることじゃない」


 兎華乃がころころと笑う。


 「まったく、兎華乃まで・・・・・・ところで亜衣、何か用があるんじゃないのか?」


 「あ、そ、そうでした」


 亜衣が慌てて手元の竹簡を見る。


 「えっと、九峪様にご報告とご相談が」


 「報告と相談? 何?」


 「はい、関門海峡付近の海岸防壁の修復作業が終わりました。つきましては次の優先場所へ作業員を移そうかと思っているのですが、九峪様のご意見もいただきたいと思いまして・・・・・・・・」


 亜衣の言葉を聴いた九峪は亜衣に向き直った。


 「ちょっと失礼するわよ」


 兎華乃はそういって九峪の足を枕にして横になった。


 「兎華乃?」


 九峪が自分の足の上にある兎華乃の顔を見て首をかしげた。


 「あ、私のことは気にしないで」


 兎華乃は右手をひらひらと振りながら応える。


 「それで九峪様、次の優先場所としては・・・・・・・・・」


 亜衣が貴重な紙に書かれた九洲の地図を広げていくつか指し示してゆく。


 「そうだな、ここが終わったんなら、次は・・・・・・・・・」


 二人は兎華乃の言うとおり、何事もなかったかのように話を再開した。こういうことはすでに周知の事実となっているからだ。


 兎華乃はいつしか九峪に好意を抱いていた。そのことを九峪に打ち明けもした。だが、兎華乃はわかっていた。自分の想いが叶うことがないということを。だから、九峪が応えに戸惑った時兎華乃は言った。


 『いいの、わかってるから。私と九峪さんが結ばれることがないことぐらい。その代わり、私の好きなときに好きなだけ甘えさせてもらうから』


 そう言ったその日から兎華乃は積極的に九峪に甘えるようになった。当初九峪に想いを寄せている女性陣は兎華乃を目の仇にしていたが、そのことを知ってからは兎華乃にとやかく言うことは少なくなった。


 もっとも、兎華乃は女性陣がいるときは必要以上に九峪に甘えていたが。


 兎華乃は自分の頭の上で行われている九峪と亜衣のやり取りを聴きながら静かに目を閉じた。


 その兎華乃の頭を九峪の手が無意識に優しく撫でる。


 兎華乃は頭を撫でられる心地よさを感じながら思い出していた。九峪と始めて出会った頃のことを。


 九峪に初めて会ったとき、彼は魔人に殺されかけていた。事実、兎華乃たちが来るのがもう少し遅ければ九峪は死んでいただろう。


 天目から護衛するのは神の使いだと聞いていたので、兎華乃たちはなぜ九峪が何もせずに魔人に殺されかけているのかがわからなかった。


 後で知ったことだが、神の使いである九峪は戦闘はからきし駄目なのだ。


 彼が言うには元々彼は戦争のない世界から来たため、そういったことには慣れていないのだという。


 また、九峪は驚くほど体力がなかった。魔人である兎華乃たちにかなわないのは当然だが、驚いたことに彼はこの世界の人間よりも体力がない。


 これも九峪が元いた世界は便利なものがたくさんあり、この世界の人間ほど歩くことがないからだそうだ。


 ―戦えない。体力もない。そのくせ、考えることは常識外れでいつも皆を驚かせていたわね―


 九峪が言い出すことはこの世界の常識では考えられないことが多くあった。だが、後から聞けば九峪の世界では普通のことであったり、それほど驚くようなことではないものばかりだという。


 それでもこの世界の人間が彼を見れば皆九峪の考えは非常識だというだろう。


 ―それが、私があなたに惹かれた理由のひとつかしらね―


 兎華乃はそっと目を開けて自分の上にある九峪の顔を見る。九峪は地図を見つめ、亜衣と真剣に話している。


 兎華乃は再び目を閉じた。


 兎華乃の妹たちも九峪に興味を示していた。


 亜衣に言わせれば兎華乃たちにかかっては神の使いである九峪もただの観察対象になってしまうとの事だった。


 事実、兎華乃たちは九峪の不思議な考え方や言動に興味を持ち、彼を“観察”していた。


 兎華乃たちが九峪を観察していたのは単に興味本位からだった。しかし兎華乃の場合、それがいつの間にか恋心に変わってしまっていた。


 始めはそんな馬鹿なと思った。


 魔人である自分が少しばかり珍しいからとはいえ、人間に恋をするなど今の今まで一度もなかった。


 兎華乃は九峪への恋心を否定した。しかし、否定すればするほど想いは大きくなっていった。自分ではどうしようもないほどに。


 すでに九峪に想いを寄せる女性が多数いることは知っていた。そして兎華乃もその中へと身を投じた。


 兎華乃の参加に幹部たちは大いに戸惑った。よもや魔人である彼女が九峪に想いを寄せるなどとは思ってもいなかったのだろう。


 それでも九峪は兎華乃を他の女性と同等に扱った。


 一部の女性はそれが気に入らなかったみたいだが・・・・・・・。


 そして兎華乃は九峪への想いを表に現してから妹たちにからかわれることになった。


 兎華乃はそのときのことを思い出す。




 「まさか姉さまが人間相手にね〜」


 三女の兎奈美が高麗茶を飲んでいる姉の顔を覗きこんだ。


 「な、なによ」


 兎華乃が兎奈美を睨む。


 「別に〜? あの姉さまがまさか人間に惚れちゃうなんてね〜って思って」


 兎奈美がにたっと笑う。


 「そうだな、今まで姉さまが人間に興味を持っても、その人間に惚れるなんてことなかったものな」


 次女の兎音が続く。


 「い、いいじゃないの。そ、そういう兎音だって、知ってるわよ」


 「な、何を?」


 兎音がビクッと腰を引く。


 「貴方も九峪さんのことよくじーっと見つめてるじゃない」


 「ち、違う! そうじゃなくて・・・・・・・」


 兎音が顔を赤くして否定する。


 「え〜、何々? 兎音姉さんも九峪に惚れてるの〜?」


 兎奈美が兎音の後ろから顔を覗きこむ。


 「そ、そうじゃない! ただあいつが珍しいから、それで・・・・・」


 「それで、ずっと見ていたら次第に彼に惹かれていったと・・・・・・・」


 兎華乃が兎音の言葉に続けて言った。


 「そ、それは姉さまじゃないか!」


 兎音が言い返す。


 「そうなんだ〜、兎音姉さんがね〜」


 兎奈美がうんうんと頷く。


 「だから違うって言ってるじゃないか!!」


 兎音が兎奈美に掴み掛かる。


 「わ〜、図星指されて怒った〜」


 掴み掛かってきた兎音の手をかわした兎奈美がケタケタと笑う。


 「兎音姉さまは〜、九峪のことがぁ〜」


 そう叫びながら兎奈美が走っていく。


 「だ、だから違うってば!!」


 慌てて兎音が兎奈美の後を追う。


 その光景を見ながら兎華乃は思っていた。


 ―ほんと、九峪さんは関わった人を変えてしまうわね。あ、私たちの場合は魔人ね―


 兎華乃はくすっと笑って残っていた高麗茶を飲み干した。




 兎華乃は九峪たちが一度目の狗根国遠征軍を退けた後、九峪に自分の想いをはっきりと告げた。


 兎華乃が想いを告げると九峪は返答に詰まった。当然だろう。九峪は人間、兎華乃は魔人。たとえ二人が結ばれたとしても九峪が先に死ぬのは間違いない。ましてや人間と魔人のカップルなど聞いたことがない。


 九峪が返答に詰まっているのを見て兎華乃が言った。


 「困らせてごめんなさい。貴方と私が結ばれるなんてことはありえないのにね」


 「いや、その・・・・・・」


 九峪が何かを言おうと口を開く。兎華乃は九峪の唇に人差し指を当てて黙らせた。


 「いいの、この想いが叶うことがないってことは私が一番よくわかってるから」


 兎華乃がそういうと九峪は困ったような、悲しいような顔をした。


 「そんな顔をしないで。変わりに私は好きなだけ貴方に甘えさせてもらうわ。貴方が元いた世界に帰るか、人生の伴侶を得るまでの間ね」


 兎華乃はそういって笑った。九峪もそれを了承した。


 そして九峪は2度にわたる狗根国の遠征軍を退け、天目の興した耶麻臺国と合併し、火魅子を擁立。耶麻台共和国と国名を改めた新生耶麻台国の顧問という立場に着き、元いた世界に帰ることはなかった。いや、正確には帰れなかったのだ。


 擁立した火魅子が直系の火魅子ではなかったため、力が足りず、時の御柱を使う事ができなかったことが原因だった。


 それでも九峪は悲観しなかった。


 すでに自分は一人ではない。今では共に戦場を駆けてきた仲間がいる。未練がないといえば嘘になるが、不思議とそれほど帰りたいとも思えない。


 それが九峪の偽らざる本心だった。無論、火魅子を含む共和国幹部たちは大いに喜んだ。


 神の使いではなく、純粋に仲間を失わずにすんだということを心の底から喜んだのだ。


 そして現在に至る。


 共和国を興し、火魅子を擁立してもう2年が過ぎるが、九峪はいまだ自分の伴侶を得ようとはしなかった。


 理由としてはまだ忙しくてそれどころではないと九峪は言っているが兎華乃は知っている。九峪が伴侶を選ばない本当の理由を。


 九峪は九洲の民たちの間では神の遣いとなっている。


 神の遣い。それは一般人からしてみれば人でありながら人を超える存在。


 その九峪が火魅子以外の女性を選べばそこに軋轢が生じる。かといって火魅子を選べば九峪がこれまでに築いてきた地方分権の意味がなくなってしまう。見る人によれば九峪は火魅子以上の権力者。その九峪が現在の耶麻台共和国最高指導者の火魅子と結ばれると火魅子の力は絶対的なものとなる。そうなれば各県知事に与えた権力の意味が無くなってしまうだろう。


 それによって国が荒れることを九峪は恐れているのだ。


 だからこそ、九峪は誰も選ばない。


 ―それでも・・・・・・・九峪さんには人生を共に歩む女性と共に幸せになって欲しい―


 それが兎華乃の本心だった。戦いのたびに傷つき、その傷を、痛みを自分の中にしまいこんでしまう九峪の姿を見てきた兎華乃はそう願ってやまない。


 その九峪の中に一人、特別に思っている女性がいることを兎華乃は知っている。無論、その女性の名も。


 だが、九峪がまだしばらくはその女性を選ぶことはないだろうと兎華乃は思っている。


 おそらく九峪がその誰かを選ぶのは、九峪が共和国の政治から手を引き、世間からその姿を消すときだろう。


 それがいつなのかはわからない。1年後か、10年後か、それとも30年後かも知れない。


 それでもいい。いつか九峪が幸せになってくれさえすれば、それがいつなのかはどうでもいい。九峪が共に歩む女性を選び、幸せになるそのときまでずっと九峪のことを見ていたい。それが決して結ばれることのない兎華乃のせめてもの望みだった。


 そして九峪が伴侶を得て幸せになるそのとき、自分は九峪の前から姿を消す。兎華乃は常に自分自身にそう言い聞かせている。だからこそ、兎華乃は今以上の関係を望まない。いずれ別れなければならないのならば、これ以上の関係を望んでも仕方がない。そう考えている。心の奥底にある想いを押し込めて・・・・・・・・・・。




 「・・・の・・・・・兎華乃」


 誰かに呼びかけられて兎華乃は目をそっと開けた。


 その目に自分を見る九峪の顔が映った。


 どうやらいつの間にか眠ってしまっていたようだ。


 すでに亜衣はおらず、部屋の中に赤い光が差し込んでいる。


 「ずっとこうしていたの?」


 兎華乃が九峪にたずねる。


 「ん? ああ、特にすることもなかったし。それに、兎華乃の寝顔が可愛かったからな。起こすのがもったいなかった」


 そういって九峪が笑う。


 「はぁ・・・・・・。貴方、自覚ある?」


 兎華乃がため息をつきながら九峪に尋ねた。


 「自覚? 何の?」


 九峪が首をかしげる。


 「やっぱり自覚ないのね・・・・・・・・・」


 兎華乃が呆れ半分、納得半分といった顔をする。


 「?」


 九峪は訳がわからないといったように小首をかしげる。


 ―まったく、そのおかげで今多くの女性が苦労しているというのに・・・・・・・・。でも、それがなかったら九峪さんじゃなくなるし、なんとも複雑ね・・・・・・・―


 自分を見つめる九峪を見ながら兎華乃は心の中で盛大なため息をついた。そして、九峪の顔を真剣に見つめる。


 「ねぇ、九峪さん。私と約束して」


 「約束?」


 九峪が不思議そうな顔をする。


 「そう、約束。・・・・・・・・・いつになってもいいわ。今貴方が想いを寄せている人と結ばれて幸せになって頂戴」


 兎華乃がそういうと、九峪は右の人差し指で頬を掻いた。


 「ははっ、どうだろ・・・・・・・その時まで待っててくれればいいけど」


 「待っててくれるわよ、あの娘なら・・・・・・」


 九峪の言葉に兎華乃が優しく返す。


 まだ兎華乃が九峪への恋心を持っていなかった頃、すべてを一人で背負い込む九峪のことを心配するも、周りの女性が恋敵ばかりで相談できる相手がおらず、悩みに悩んだ末、女とはいえ魔人である自分たち三姉妹のところに真剣に相談に来た九峪の想い人の顔が兎華乃の脳裏に浮かぶ。


 ―そう、あの娘ならどれだけ時間がかかっても、きっと九峪さんのことを待っててくれるわ―


 兎華乃は九峪の顔を見て微笑んだ。


 「だから九峪さん、必ず彼女と幸せになるのよ」


 兎華乃は聞こえるかどうかといった小さい声で九峪に向けてつぶやく。


 「約束は出来ないけど、努力するよ・・・・・・」


 その言葉を聞いた九峪が同じく小さな声で返した。


 その言葉を聞いた兎華乃は満足そうに笑った。


 「さ、さて、そろそろ夕食の時間だ。行こうぜ」


 九峪は兎華乃の首の後ろに腕を回して肩を掴み、兎華乃を起こそうとした。


 兎華乃はその腕を掴んで動きを止める。


 「待って、もう少し・・・・・・・・このままで居させて頂戴」


 そういって九峪の腕を止めた兎華乃はそっと目を閉じる。その顔はとても満足そうだった。


 ―・・・・・今までこんな安らいだ気分は感じたことがなかった。・・・・妹たちもまんざらでもなさそうだったし・・・・ほんと、九峪さんって不思議な人ね―


 九峪の手が、兎華乃の頭をやさしく撫でる。


 兎華乃は頭を撫でられる心地よさに身を任せた。始めは頭を撫でられることに抵抗があったのだが、九峪と接するうち、九峪のことを好きになるうちに抵抗は薄れ、今では頭を撫でられることに喜びを感じるようになっていた。(もっとも、九峪だけに限ったことだが)


 今兎華乃が感じている想いは、いずれ無くなってしまうモノ。


 ―でも・・・・・・―


 まどろみの中で兎華乃は思う。


 ―今は確かにあるモノ・・・・・・それだけで、充分・・・・・・―


 そして兎華乃の意識は旅立つ。眠りの世界へと・・・・・・・・・。









 オマケ



 今の時刻は現在で言う10時頃。すでに辺りは闇が支配し、その中で唯一輝く月の光が部屋の中をぼんやりと照らしだす。


 そこには大小二つの影。


 小さい影はもう一つの大きな影の足を枕に小さな寝息を立てている。


 そこに響き渡る音。


 ・・・・・・・ぐぅ〜〜〜〜


 それは大きな影、九峪の腹が鳴る音だった。


 「・・・・・・兎華乃・・・・・そろそろ起きてくれ」


 九峪の目には涙が光る。


 「いい加減、飯食べさせてくれ・・・・・・・・」


 今の九峪の切実なる願いだった・・・・・・・・・・。





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