火魅子伝短編10・恋に上下の隔てなし (H:小説? M:九峪×音羽 J :シリアス) |
- 日時: 09/01 01:45
- 著者: 龍虎
- 火魅子伝短編10・恋に上下の隔てなし
「・・・・・・ちょっと、やりすぎたかな」
私の名は音羽。
耶麻台国の元将軍を父に持ち、半年ほど前に復興を果たした耶麻台共和国の将軍だ。
その私の足を枕に神の使いである九峪様が安らかな寝息を立てている。というか、気絶している。
すでに九峪様を本格的に鍛え始めて半年、今までは基礎を身体が覚えるまで徹底的に叩き込んできたが、そろそろ実践的な訓練を行うべきだと判断した私は、一対一の模擬戦を行った。
私が予想していた以上に九峪様は成長されていた。
そのこともあってか、私はつい本気で打ち込んでしまった。まだ基礎の基礎しか教えていないということを忘れて。
結果、九峪様は私の攻撃を捌ききれず、頭部に一撃、まともに入ってしまった。
私が使っていたのは木製の棍。
だが、多少手加減していたとはいえ、今の九峪様はまだ打撃に対する耐性があまり、というかほとんど無いのだ。気絶してしまうのも無理はないだろう。
仕方なく私は九峪様の身体を木陰へ移し、しばしの休息を取る事にした。
私は耶麻台国が滅んでから、隠れ里に身を寄せ、鍛錬を怠ることなく来たるべき日を待った。
そして耶麻台国が滅んでから十五年、東火向で耶麻台国復興を掲げた一団が決起したことを知り、すぐに駆けつけた。
復興軍副司令官であり、耶麻台国の元王弟であらせられる伊雅様が父のことをよく覚えておられ、私は神の使いである九峪様の親衛隊隊長として取り立てられた。
それからは九峪様の親衛隊隊長として何度かお使えする機会があった。
実際に九峪様のお側にいて、また他の人の話を聞いてわかったこと。
九峪様は皆が思いつかないような突飛な考えをし、常識外れの作戦を思いつく。そしてやたらと前線へ出たがる。戦う力も、身を守る力も無いのに、皆と一緒に戦うと言って。
当初は親衛隊を預かる身として、九峪様が提案するたびに却下してきたが、最後はいつも言いくるめられてしまっていた。
結局九峪様を後方に押し止めておくのは無理と判断した私は九峪様を鍛えることにした。参謀役である亜衣殿や伊雅様、火魅子候補の方々に相談すると全員一致で九峪様の特訓が承認された。
承認されたその日から私は時間を見つけては九峪様に訓練を施した。
私が訓練を申し出たとき、九峪様は嫌な顔一つせずに快く了承された。
九峪様いわく『最近わかってきたんだけど、なんか、皆のお荷物になってるみたいだから』だそうだ。
私としては、もっと早くそのことに気づいてもらいたかったが・・・・・・・・。
ともかく、まずは九峪様の弛んだ身体を引き締めることから始めた。
始めは辛そうだったが、ある時を過ぎると身体の動きが見違えるようによくなっていった。
しかし、狗根国との戦が激しさをまし、私も九峪様も訓練どころではなくなり、一時中断することになった。
耶麻台国が仮復興してからも九峪様は内政といずれ来るであろう狗根国の遠征軍に対する備えに走り回り、私は私で新たに志願してきた新兵を鍛えることで手一杯となり、訓練をする時間が見つからず結局、訓練を中断してから一度も九峪様を鍛える機会が無いまま、仮復興してから一年半ほどが過ぎた。
その頃にはすでに狗根国の遠征軍を退け、耶麻台国は耶麻台共和国として完全復興を果たしていた。
そして半年前、ちょうど狗根国の遠征軍を退け、女王火魅子様が即位されたあと、私は九峪様にまた訓練して欲しいと頼まれた。
理由を尋ねると『一度の遠征で狗根国が諦めるとは思えない。きっとまた狗根国の遠征軍が九洲にやってくる。その時に備えて音羽にしっかりと鍛えてもらおうと思って』とおっしゃられた。
耶麻台共和国の最高幹部であり、神の使いであらせられる九峪様が最前線に出るのはどうかと思うが、それでも九峪様自身が闘わなくてはならないときが来るかもしれない。それに備えるためだというのならば、私が拒む理由はどこにもない。
私は九峪様の申し出を快く引き受けた。
だが、この半年間はすっかり弛んでしまった九峪様の身体を鍛えなおすために筋力、体力増強訓練を行い、同時に体術の基礎、武器の扱いに関する基礎を頭ではなく、身体で覚えるまで徹底的に鍛えた。
そして、頃合を見計らって九峪様に模擬戦を提案したのだが・・・・・・。
「はぁ・・・・・・まさかこんなことになるなんて・・・・・・」
私は盛大なため息をついた。
そして辺りを見回す。あることを確認するために。
「・・・・・よし、いないな」
周囲に目的の人物、亜衣さんがいないことを確認した私は安堵の息を吐いた。
「亜衣さんにこのことを知られたら、いったいどうなることか・・・・・・」
私はそうなったときのことを想像してみる。想像した途端、背筋を冷たいものが流れた。
私は即座に考えることを放棄した。
「どう考えても亜衣さんに知られるのは不味い・・・・・・・」
「ほぉ? 誰に、何を、知られると不味いのかなぁ? えぇ? 音羽ぁ」
ビシィッ!!
背後から聞こえてきた声に私は一瞬で凍りついた。
何とか首を動かし、ゆっくりと振り返るとそこには・・・・・・・・・亜衣さんがいた。
「なぁ音羽。教えてくれ。私が、何を知ると不味いんだ?」
亜衣さんはこれ以上ないほどの笑顔を浮べ、猫なで声で、ことさらゆっくりと私に尋ねた。
「え、ええと、それは、ですね、あの、その・・・・・・」
私の唇が、震えてうまく言葉が出てこない。
いや、唇だけではない。私は全身を小刻みに震わせていた。
「何をそんなに震えてるんだ? ん? 私は別に怒っていないだろう?」
亜衣さんはそういうが、絶対に嘘だ。
亜衣さんの笑顔の向こう側に阿修羅の顔が見えた・・・・・・気がした。
亜衣さんの目は気絶している九峪様に向けられている。
九峪様の頬には私が棍で打った痕がある。
「九峪様は眠っているのか? 私にはそうは見えないが?」
亜衣さんが私の顔を見る。
「そ、その・・・・・・・」
どれだけ必死に考えてもこの状況を逃れる術が浮ばない。
私は観念して正直に本当の事を話すことにした。
「実は、その、九峪様と模擬戦をしていたのですが、思っていたより九峪様が成長されていまして・・・・・・・」
「つい本気になってしまったと?」
亜衣さんが私の後をついで問いかける。
「はい・・・・・・・」
それだけ言うと私はがっくりと頭を下げた。
―終わった・・・何もかも・・・・―
脳裏に私が考えうるさまざまな処罰が浮んでは消えていく。
『将軍の地位を剥奪後、磔ののち、火あぶりの刑』
亜衣さんが竹簡を手に冷徹に言い渡す。
広場に立てられた十字架に磔にされ、十字架を取り囲むように足元に積み上げられた薪に火がつけられる。
次第に火が大きくなり、足の先からじわじわと火に焼かれていく。
火に焼かれる激痛、肉の焼ける臭い。次第に火は上へと昇り、胸を、顔を、髪を焼き尽くしていく。火から逃れることが出来ず、激痛の中で身もだえする自分。それを観て心底楽しそうな顔をしている亜衣さん。
「そ、それは嫌ぁ!!」
そこまで考えた私は思わず声を上げていた。
そばにいた亜衣さんがビックリしたように後ずさる。
「お、おい、音羽? お前何を考えているんだ?」
亜衣さんが尋ねてきた。
「え・・・・? 磔にして火あぶりにするんじゃないんですか?」
私は恐る恐る聞き返す。
「何を考えているんだ、お前は・・・・・・・」
亜衣さんがジトッと私を睨みつける。
「だ、だって、九峪様に・・・・・・・」
「ああ、そうだな、普通なら処刑されてもおかしくは無いな?」
亜衣さんがにやりと笑った。
再び私の身体が震えだす。
「だがまあ、元は九峪様が自ら言い出されたことだからな。私は別に音羽を処罰するつもりは無いさ。・・・・・九峪様自身はどうだか知らんがな」
そういって亜衣さんが再びにやりと笑った。
「あ、あう・・・・・・」
私の背中をまた冷たい汗が伝う。
「ま、九峪様のことだから、自分の力不足だとかいうんだろうけど」
そういうと亜衣さんはきびすを返して歩いていく。
「あ、あの・・・・・?」
「私はまだすることが残っているのでね、これで失礼するよ」
そういうと、後ろ手に手を振って立ち去った。
「ふぅ・・・・・・」
亜衣さんの後ろ姿を見送って再び九峪様に目を向ける。
すると、九峪様と目が合った。
「・・・・・・起きていたのですか?」
「あ、うん、まあ・・・・・・」
九峪様が頬に手をやる。
「イテッ!」
九峪様の顔が痛みで歪む。
「あ、す、すいません。つい、本気になってしまいました」
怒られるかと思っていたが、逆に九峪様は嬉しそうに笑った。
「そっか、音羽が本気でなぁ・・・・・」
「く、九峪様?」
私は笑い出した九峪様を見る。
「あ? ああ、俺は嬉しいんだよ」
「嬉しい?」
私は首をかしげた。
顔を殴られて気絶したというのに嬉しいとは・・・・・?
「音羽が本気を出したって事はそれなりに俺が成長したって事だろ? それが嬉しくてさ」
そういって、九峪様は満面の笑みを浮かべられた。
途端に私の頬が熱くなる。
「さ、さあ、訓練の続きをしましょう」
顔の火照りをごまかすため私は九峪様の上半身を起き上がらせようとした。
しかし、私が九峪様の首の後ろに手を回そうとすると九峪様が私の腰に抱きついてきた。
「やだ」
「ちょ、ちょっと、九峪様!?」
抱きついてきた九峪様を引き剥がそうとするが、ここ半年の鍛錬で九峪様の筋力が上がっており、容易に引き剥がすことができない。
「ちょっ、九峪様っ、放してくださいっ!」
「なんで?」
「は?」
予期せぬ応えに間の抜けた声が私の口から出た。
「い、いえ、なんでといわれても・・・・・・」
「だって、今までこうして音羽とゆっくり出来る時間なんて無かったじゃないか。だから、少しぐらいいいだろ?」
そういって九峪様は私の顔を見て微笑んだ。
うっ・・・・・私はこの笑顔に弱い。
頼まれてもいないのに、つい世話を焼きたくなる。
「しかたないですね、少しだけですよ?」
そういうと、九峪様はあの笑顔を浮かべた。私にとってこれ以上ないほど極上の笑顔を。
その笑顔を見た私も九峪様に笑みを返す
ところで、気のせいかも知れないが、最近九峪様が私の元に来られることが多くなった気がする。
事務仕事で疲れた、会議で疲れた、とにかく疲れたと言ってはよく私の元にいらっしゃる。
そして私の足を枕にして休むのだ。
仕事がないときも私の元を訪れ、しきりに膝枕を頼む。これは、甘えられていると思っていいのだろうか?
そう思って一度九峪様に思い切って尋ねてみた。
『九峪様、まさかとは思うのですが、私に甘えておられるのですか?』
今考えてみると、率直過ぎたと思う。
それでも九峪様は応えられた。
『うん。なんていうのかな、こう、ついつい甘えたくなるんだよね・・・・・・年上だからかな?』
『年上だから甘えたくなるというのでしたら、私以外にも大勢いるでしょう?』
『う〜ん、そうは言っても俺の周りには音羽ぐらいしか甘えさせてくれそうな奴っていないしさ。それに、音羽の場合一緒にいると凄く落ち着くんだよなぁ。・・・・・・・・はっ! もしかしてこれがいわゆる姉属性って奴か!?』
最後の一言は意味が良くわからなかったけど、九峪様に甘えられて悪い気はしなかった。
むしろ甘えられれば甘えられるほど、可愛いと思うようになった。お世話をしたいとも。
普段公の場では見ることの出来ない九峪様の一面を見られることも影響しているのかもしれない。
事実、私と二人きりの時にはやけに子供じみた言動が目立つ気がする。
もっとも、逆にそのことが九峪様の世話を焼きたいという私の思いを増長しているようだが。
「ところで音羽」
不意に話しかけられ過去を振り返っていた頭が覚醒する。
「は、はい、なんでしょうか?」
「今、他の奴が俺たちのこと見たら、どう思うかな?」
九峪様はそう尋ねてきた。
「それは・・・・・・」
私は返す言葉に窮していたが、今の私と九峪様を他人が見ると恋人同士に見えるかもしれない。
しかし、私たちは別段、恋人同士というわけではない。
私が九峪様に告白したことも、九峪様から告白されたことも無い。
だが、私は九峪様に恋心を抱いている・・・・・・のかも知れない。
そこが私自身もいまいちわからない。
今まで数えるほどしかないが、尊敬という意味で人を好きになったことはある。
しかし、異性として好きになったことは一度も無い。
ただ、特定の異性を放っておけない、つい世話を焼きたくなるという感情が恋だというのなら、私は九峪様を異性として好きなのだろう。
私は途中まで九峪様に感じていた感情も今までと同じ、尊敬から来るモノで、それ以外の生まれて始めて感じた感情も神の使いという今まで出会ったことのない人物への畏敬の念から来ているものだと思っていた。
だが、それが尊敬や畏敬の念から来る想いとは少し違うと感じるようになってからもそれが何なのかわからなかった。
そして、胸の中にある想いが異性への恋心から来るモノではないかと思い始めたのはいつの頃からだったか。それほど昔のことではなかったと思う。
しかし、私には恋愛経験などないし、自分で言うのもなんだが、そういったことには奥手なほうだと思う。
だから私は今まで胸の中で密かに感じていた想いを表に出せずにいた。
それでも、一抹の期待を胸に九峪様の問いかけに応えた。
「そうですね・・・・・・・・・・・もしかしたら、恋人同士に見えるかも知れませんね」
少し、というか、かなり勇気が必要だったが、私は九峪様の問いにそう返した。
「恋人同士に見えるかも、か・・・・・」
九峪様がそうつぶやいて私の顔を見るが、私は九峪様の顔をまともに見ることが出来ない。おそらく私の顔は真っ赤になっているに違いない。
先ほどの言葉はある意味、そう見られたいと言っているも同然なのだから。
すぐにこの場を去りたいと思いつつも恐る恐る九峪様の顔を窺うと、そこには少し残念そうな表情で、なにやら考えている様な顔が見えた。
「九峪様?」
「なあ、音羽はこんな男迷惑か?」
「はい!?」
突然のことに声が裏返った。
うう、恥ずかしい。
だが、九峪様はかまわず続ける。
「これでも結構モーションかけてたんだけどなぁ・・・・・」
「も、もーしょん?」
聞いたことのない言葉に戸惑う。
「あ、え〜っと、モーションをかけるってのはこの場合、異性を誘うって事だな」
異性を誘う・・・・・・・・私を?
こんな武芸しか取り得のない女を?
私が困惑していると九峪様が私の顔を見て言った。
「これでも俺なりに音羽を誘ってたつもりなんだけどなぁ・・・・・・・」
そういって苦笑する九峪様の顔も心なしか赤いような気がした。
「・・・・・・どうして私なんですか?」
「さあ、何でだろう? 理由は俺にもはっきりとはわからない。でも、人を好きになるってそういうものなんじゃないかな? 理屈じゃなく、頭で理解するんじゃ無くて、ここで感じるんだと思う。自分にとって大切な人ってことをさ」
そういって九峪様は自分の胸を指で軽く叩いた。
「そうですね・・・・・・・」
私もそうだ。頭で理解するよりも早く心が反応していた。
人としての一番深いところで感じてしまったものは頭でわかっていてもどうすることもできないと誰かに聞いたような気がする。
ああ、これがそうなのだろうか。
どうしようもなく止められない感情が確かに私の胸の内にある。ならば認めよう。私は九峪様のことが好きだ。
今まで理性で押さえつけていた心の声。
それが九峪様の言葉を聞いて、自分が九峪様のことを好きなのだと認めた瞬間、心の声が、頭に、身体に染み渡っていく。
まるで、昔からそうであったかのように身体の隅々に染み渡っていく。
そうか、これが人を愛するということなんだ。
私は直感的にそう悟った。
「・・・・・・・九峪様。私も、そう思います。人を本当に好きになるって、理屈じゃないんですね」
私がそう返すと九峪様の顔に笑みが浮んだ。
本当に、心の底から嬉しそうな笑顔。
九峪様の笑顔はもう何度も見てきたはずなのに、初めて見るような錯覚に陥る。辺りを見回すと見慣れているはずの風景がどこか違って見えた。
普段見慣れている草や花の一本一本がとても素晴らしいものに見える。
人を愛することでこうも変わるものなのか。
とても不思議な気分だった。そして、少し不安でもあった。でも、その不安も再び私の目に映った九峪様の笑顔で払拭された。
この人と一緒なら何が起こっても大丈夫、乗り越えられる。そう思わせる笑顔だった。
「音羽、これまで曖昧にしたままだったけど、今日改めて言うよ・・・・・・・・俺は音羽が好きだ。ずっと、俺のそばにいてくれるか?」
そういって九峪様は私の手を取るとそっと握り締めた。
私に拒む理由なんて無かった。
「私も九峪様のことが好きです。ずっと、傍に居させてください」
私がそういうと九峪様は笑顔を浮べ、頬が赤くなっていた。
・・・・・・可愛い。
頬を赤くした九峪様の顔を見たとき、素直にそう思った。
「音羽が強いってのは俺が一番良く知ってる。でも、俺は音羽を守りたい。これからずっと、いろんな意味で音羽を守りたい」
そう言うと九峪様は身体を起こし、私に正対するように座った。
その瞳は真剣そのものだった。
会議の場で見せる真っ直ぐに先を見据える眼。その眼に今は私が映っている。
正直、ずるいと思う。こんな眼で見つめられて拒めるわけが無いではないか。
私はその眼を見ながら頷いた。
すると九峪様は私の腕を取って私の身体を引き寄せると優しく抱きしめた。
とても心地よい暖かさが伝わってくる。
「音羽のことは俺が守る。これから、ずっと一緒だ」
九峪様は私の耳元でそうつぶやいた。
そして、ほんの少しだけ身体を離す。私の顔より少し下に九峪様の顔があった。
その顔が近づいてくる。私はそっと目を閉じた。
しばらくすると私の唇に暖かいものが触れた。それが人の唇だということはすぐにわかった。
私は九峪様にされているように九峪様の身体をそっと抱きしめる。
しばらくして九峪様の唇が離れた。
そっと目を開けるとそこには耳まで真っ赤になった九峪様の顔があった。
誰も、私も今まで見たことのない恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうな顔。それが私のすぐ目の前にある。
今初めてみた顔だが、これからは私だけが見ることの出来る顔。そう考えるととても嬉しくなってくる。
「あ〜、癒されるなぁ〜」
九峪様はそういうと私の胸に顔をうずめた。
「ちょ、ちょっと九峪様っ!?」
突然のことに狼狽える。
「音羽、今凄くいい顔してた」
「え・・・・・そうですか?」
「うん、なんていうのかな、慈愛に満ちた顔って言うのかな、とにかく凄くいい顔だ」
そういってまた九峪様が笑った。
「普段の凛々しい顔も好きだけど、俺と二人だけの時に見せてくれる今の顔。その顔が凄く好きだ」
私は九峪様と二人きりの時、そのような顔をしていたのか。
自分のことだというのに私は今初めて知った。
そして、九峪様はその顔が好きだと言ってくださった。これ以上ない言葉だ。
「私も、今の九峪様のお顔が一番好きです」
そういうと九峪様の顔がまた赤くなったようだ。九峪様の顔の大半は私の胸に隠れて見えないが、それでもわずかに見える耳が赤くなっている。
それがとても可愛くて、先ほどよりもほんの少し強く九峪様を抱きしめた。と、九峪様の顔が私の胸から離れる。そして、再び九峪様の唇が私のそれと重なる。
先ほどよりも強く押し付けられた九峪様の唇。
そこから九峪様の体温を直に感じながら、同時に私は言い様の無い心地よさに包まれていた。
九峪様も私と同じような心地よさを感じているのだろうか。
そうだといいのだけれど。
少し息が苦しくなってきた頃、九峪様の唇が離れた。
ほんの少し見つめあった後、お互いの顔から自然に笑顔がこぼれた。
三回目は私から口付けた。
先ほどよりももっと強く、ずっと長く。
もしかしたら誰かに見られるかもしれないが、それでもかまわない。ずっと九峪様を感じていたい。今、私は心からそう思う。
私は今日、人を愛するということを知った。
きっと今ならはっきりと言える。
九峪様―――――-貴方を、愛しています。
あとがき・感想はこちら
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