火魅子伝短編11・待ち人 (H:小説? M:九峪・日魅子 J:シリアス) |
- 日時: 11/13 01:04
- 著者: 龍虎
- 火魅子伝短編11・待ち人
「行っちゃったね・・・・・」
「仕方ないさ、あの人がそう決めたんだから」
荘厳な宮殿の地下、そこに立つ二つの影の前に『時の御柱』はあった。
つい先ほど女王火魅子と時の御柱の力で、一人の男が自分のいるべき世界へ帰っていった。
数々の奇跡を起こし、ついには狗根国という大国との戦に勝利し、耶麻台国を復活させた復興軍の中心人物、神の使い。
人でありながら人とは違う存在として周囲から崇め奉られた男は、この世界での絶大な権力と地位を捨てて元いた世界へ、そこに残してきた者の元へ帰ることを選んだ。
「でも、本当によかったの? 神の使い・・・・・・九峪様のこと、好きだったんでしょ?」
「・・・・・・・いいさ、あの人には私よりもずっと大切な人がいるんだ。その人の所へ戻ることで九峪様が幸せになるというなら、私は喜んで送り出すさ」
そう応えた影は時の御柱に背を向け歩き出す。その先、扉の向こうには彼女を待つ大勢の仲間がいるはずだった。
もう一人もあとを追って歩き出す。
「強いねぇ、火魅子様は。私だったら、どんなことをしても行かせないけどなぁ」
そういうと前を歩く影が口を尖らせる。
「なあ、その火魅子様っての、何とかならないか?」
「だって、火魅子様は火魅子様じゃない」
「それはそうだけど・・・・・・」
「頑張ってね、九峪様が残したこの国を引っ張っていくのは伊万里、あなたなんだから」
「ああ。だけど、お前にも頑張ってもらわないとな、上乃。いや、補佐官筆頭殿?」
「あ〜あ、補佐官筆頭があんなに大変な仕事だって知ってたら引き受けなかったのになぁ・・・・・・。ま、仕方ない、やるかぁ〜」
「頼りにしてるからな」
そういって女王火魅子となった伊万里は補佐官筆頭の上乃を連れて宮殿の地下、御柱の間を後にした。
時刻は深夜。
日魅子は住宅街を一人、何をするでもなく歩いていた。
九峪がいない日常が訪れてから1ヶ月が経っていた。
昼は学校へ行き、平然としていたが夜になるとあてもなく歩き回るようになった。
―九峪は大丈夫、どこかで元気にしている。―
九峪がいなくなった時、日魅子はそう確信した。必ず自分の所へ帰ってくるとも。根拠は無い。だが、日魅子には分かっていた。それは直感に近かった。だから何故かと聞かれても理由は日魅子自身にも分からない。それでも日魅子は自分の直感を信じた。
しかし、わかってはいても心配になる。部屋にいるとどうしても不安になってくる。だから、日魅子は夜の街を歩く。
そろそろ季節は夏から秋に変わろうとしていた。
秋の夜長というが、日魅子にとって九峪がいなくなってからの夜は本当に長いものになった。
日魅子は心の奥底にある小さな不安を払うため、少し風が冷たくなった夜の街を歩く。
いつもは一時間ほど歩いて家に戻るのだが、今日は一時間を過ぎても歩き続けていた。なぜだかは日魅子自身にも分からない。だが、今日はなんとなくまだ帰りたくなかった。
そして日魅子はいつの間にか学校裏の小高い丘の上に来ていた。ここは九峪が好きだった場所。
九峪は授業をサボったときは必ずここに居た。二人で昼食を食べるのもいつもここだった。
―どうしてここに来たんだろう?―
九峪が居なくなってから一度も訪れることが無かった場所。日魅子はそこに立っていた。
九峪がいなくなったあの日。銅鏡を見てからの自分は少し変だった。自分でそう思うのだから、当然九峪は自分がおかしいことに気づいていただろう。そして、日魅子の意識は光に包まれた辺りで一度途切れる。
再び意識を取り戻したとき、そこに九峪はいなかった。九峪だけではなく、昼間発掘された銅鏡と、いつも首からぶら下げていた鈴もなくなっていた。
それからは大変だった。警察に捜索願も出した。学校でも興味本位にいろいろと聞かれた。それでも、日魅子は九峪がいたときとなんら変わらない生活を送った。それが自分に出来る唯一のことだったから。
九峪に言いたいことはたくさんある。でも、今本当に心から望むのは九峪が無事に帰ってくること。九峪が無事に帰ってきてくれさえすれば、他に何も望まない。
それが日魅子の本心だった。
「・・・・・・・・・・早く帰ってきなさいよ、九峪」
そうつぶやくと日魅子は元来た道を戻る。
それからもしばらく歩き回り、家を出てから二時間が過ぎたところで日魅子はようやく家に戻ることにした。
家の近くまで来たとき、後ろから誰かが来るのを感じた。振り返ったがこの辺りには街頭が少なく、はっきりとは分からなかった。
―こんな時間に誰だろう?―
日魅子は夜歩き回るようになってから今まで家の近くで一度も誰かに出くわしたことが無い。
それでも特に気にするでもなく歩き続けたが、後ろの人物はずっと日魅子の後をついてくる。
さすがに怖くなり、少し早足になる。だが、後ろの人物は一定の距離を保ったまま付いてくる。
日魅子は駆け出した。すると後ろの人物も駆け出した。今度は一定の距離を保つことなく、次第に日魅子に近づいてくる。
日魅子は大声で叫ぼうかと考えた。街頭は少なくても、ここは住宅街だ。大声で叫べば誰か出てくるだろう。
だが、日魅子が叫ぶことは無かった。日魅子が叫ぶよりも早く、追いついてきた人物が呼びかけてきたのだ。
「日魅子? やっぱり日魅子か!」
それはよく知った声、今までに何度も聞いた声。だが、ここしばらくまったく聞いていなかった声。
名前を呼ばれた後、日魅子は後ろを振り返って相手を確かめ、そして相手に抱きついた。目には涙が浮んでいた。
「九峪ぃ!!!!」
日魅子の後についてきていた人物、それは九峪だった。一ヶ月前突如として姿を消した九峪がそこにいた。
九峪に抱きついた日魅子はしばらくの間泣きじゃくった。その間九峪は日魅子を優しく抱きしめていた。
日魅子が落ち着いた頃を見計らって九峪が口を開く。
「心配、かけちまったな」
「心配かけたな、じゃないわよ。私やおじいちゃんがどれだけ心配したか、わかってんの!?」
日魅子が涙声で反論する。
「だから悪かったって。でも、俺のほうもかなり大変だったんだぜ?」
そういわれて日魅子は改めて九峪のことを見た。
一ヶ月前、姿を消したときと同じ制服を着ていたが、なにやらずいぶんくたびれている。一ヶ月くらいでこうまでなるものだろうか? それになんだか体つきまでたくましくなったような気がする。
それに、先ほど日魅子は全力で走ったにもかかわらず九峪は苦も無く日魅子に追いつき、息が乱れている様子も無い。
まるで九峪であって九峪ではないようだ。
だが、日魅子の前に立っているのは間違いなく九峪だ。日魅子が知っている、ちょっとスケベで、でもときどき誰よりもかっこよく見える九峪だ。
「なんか、変わったね」
「そうかな?」
「うん、変わった。なんていうのかな、雰囲気がちょっと大人っぽくなったような気がする」
日魅子がそういうと九峪が苦笑した。
「まあ、あんなことを経験すりゃあね」
日魅子には何のことだかわからなかったが、九峪の目が少し悲しそうな色を浮かべたことで何か自分には計り知れない経験をしたのだろうということだけは分かった。
「・・・・・・説明、してくれるんでしょうね?」
「ああ、全部説明するよ」
九峪が頷く。
「あ、でも、その前に・・・・・・」
日魅子が少し九峪から離れて後ろを向く。
「日魅子?」
九峪が首を傾げる。
後ろを向いた日魅子は数回深呼吸をした。最後に笑顔を浮かべて振り返った。
「お帰り、九峪」
思ったよりも自然に言えた。
一瞬驚いた九峪だったが、すぐに笑って返した。
「ただいま、日魅子」
そして二人は自然とお互いの手を取り歩き出す。風が冷たかったが、その分お互いの温もりを感じることが出来た。
「九峪、私だけじゃなくて、おじいちゃんにもちゃんと説明するんだよ?」
「分かってるって。でも、明日学校が終わってから全部話せるかな?」
「大丈夫、明日学校休むから♪」
「おいおい・・・・・・」
二人はいつものように談笑して歩く。
夜の町に本当に楽しそうな二人の笑い声が響いていた。
あとがきはこちら
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