火魅子伝短編12・二人だけのホワイトクリスマス (H:小説? M:九峪×清瑞 J:シリアス) |
- 日時: 12/26 12:23
- 著者: 龍虎
- 火魅子伝短編12・二人だけのホワイトクリスマス
―落ち着け、落ち着け俺!―
15年にわたる狗根国の支配から九洲を解放し耶麻台国を復興させた神の使い、九峪は久しぶりの休暇を満喫していた。
しかし、今、九峪の思考は破裂寸前だった。
九峪は今兎華乃たちが湯布院基地建設時に兵士たちを使って作った別荘の露天風呂に浸かっていた。
そこまではいい。だが、九峪の隣には清瑞がいた。一糸纏わぬ姿で九峪のそばに腰を下ろしている。
―なんでこうなった?―
九峪は自問自答する。
話は3日前に遡る。
季節は冬。12月に入り、一段と寒くなった耶牟原城内を一人の少女が神の使い、九峪の私室へ通じる廊下を歩いていた。
「九峪さん、呼んだかしら?」
九峪の私室を訪れたのは兎華乃だった。
彼女は只深から新しい服を受け取りに耶牟原城を訪れたとき、兵士から九峪が呼んでいると聞き九峪の私室にやってきたのだった。
「お、兎華乃か。待ってたよ、入ってくれ」
部屋に入ると九峪は竹簡に眼を通していた。
「毎日大変みたいね」
「そうなんだよ、一応重要なものは眼を通しておいてくれってことで来てるんだけど、それでもこの量だよ・・・・」
九峪が傍に詰まれた竹簡を見る。
書かれている量はそれほどでもないが、紙と違って竹簡はかさばるため見た目に量が多く見えるのだ。
「それで、私に何か用でも?」
兎華乃が九峪に呼ばれた理由を尋ねる。
「ああ、実はさ、兎華乃にちょっと家を貸してもらおうかと思って」
「・・・・・・・・どういうこと?」
兎華乃が首を傾げる。
「兎華乃ってさ、阿蘇山と湯布院に家持ってただろ? そのどっちかを一日でいいから貸して欲しいんだ」
九峪はいたってまじめな顔をして兎華乃に言った。
「詳しく、聞かせてくれないかしら?」
九峪は去年、羽江の前で『クリスマス』と言う言葉を口にし、興味を持った羽江に教えたのを切っ掛けに瞬く間に幹部たちに知れ渡り、全員の相手をするということになってしまったことがあった。
結局彼女とは午後、遅い時間からしかいられなかったこともあり、今年は二人でゆっくりしたいのだという。
兎華乃と話し合った結果、湯布院の別荘を借りることになった。
距離的には若干阿蘇のほうが近いが、やはり神の使いである九峪が警護なしで出歩くのは問題がある、というか幹部達が許してくれないだろう。
その点、湯布院の別荘ならばすぐ近くに以前設営した基地があるため、警護もしやすいだろうから説得することは可能だと考えたのだ。
話がまとまったところで、火魅子と宰相の亜衣、相談役の伊雅に事の次第を話し、道中警護の兵を供うことを条件に許可をもらい、翌日彼女を訪ねた。
そして、『休暇を取るから付き合え』と少々強引ながらも清瑞を連れだしたのだった。
湯布院の別荘に着いたのはそれから2日後、25日の昼前だった。
道中供なってきた警護の兵は基地に入り、九峪は清瑞と四人の護衛兵を連れて別荘に入った。
護衛は別荘の玄関前と裏口に、基地に入った兵と交代で立つことになっている。
表上、九峪は耶麻台共和国の政からは退いたことになっているが、首脳陣会議にはいつも列席していたし、火魅子や宰相の亜衣、共和国軍最高司令官の伊雅などの相談に乗ることもある。
清瑞は清瑞で今年の初めに新設された耶麻台共和国の乱破集団、赤蛇の頭目に抜擢されてしまったため、多忙な毎日を送っていた。
二人は今まで会えなかった鬱憤を晴らすかのように時間を忘れて会話に興じた。
「そういえば、温泉なんて久しぶりだな〜」
九峪が窓から見える温泉を見ながら呟いた。
と、室内に『ぐぅ〜』という音が響き渡った。
九峪の腹の音だった。
九峪が頭を掻きながら振り返る。
「あ、あははははは・・・・・・・悪いんだけど、そろそろ夕飯作ってくれる?」
九峪が清瑞を見ながら言った。
「ふふ、分かりました、少しだけ待っててください」
清瑞は苦笑しながら炊事場へ向かった。
最近清瑞はこういう顔をよく見せるようになった。
他人がいるときはいつも通りだが、九峪と二人きりの時はいろんな表情を見せてくれる。
最近では清瑞のそんな表情を見るのが九峪の密かな楽しみになっていたりする。
調理に取り掛かる清瑞を見ながら九峪は去年のことを思い出していた。
去年の初め、九峪は清瑞を恋人として選んだ。
そして、クリスマスの時期が近づいてきたとき、ふと『クリスマス』という言葉が口から出た。
それを聞いていた羽江にせがまれて『クリスマス』の意味を教えたのが運のつき、あっという間に幹部たちに伝わり九峪に好意を持つ女性たちが『くりすますはぜひ私と!!』と押し寄せた。
結局断りきれなかった九峪は全員に付き合うことになり、解放されたのは夕食前だった。
その後、夕食をとろうと食堂に向かった九峪は途中で忌瀬に捕まり、忌瀬の部屋へ連れて行かれのだが、そこでは清瑞が始めて作った料理と共に九峪を待っていた。
お世辞にも上手とは言えなかったが、九峪にとって清瑞が自分のために料理を作ってくれたということが何よりも嬉しかったことを覚えている。
「できましたよ、九峪様」
ふと我に帰ると清瑞が料理を運んできていた。
清瑞が運んできた料理は去年のクリスマスに彼女が作ったものと同じ物だった。
「へぇ、去年清瑞が初めて作った料理と同じのだな」
九峪は運ばれてきた料理を見てそういった。
「でも、味は良くなっているはずですよ」
そういって清瑞が九峪の向かいに座った。
「なんか、去年のあれ以来良く衣緒に料理を教わってるそうじゃないか」
「・・・・・・知っていたのですか?」
清瑞が箸を持とうとした手を止めて九峪を見た。
「ああ、忌瀬が教えてくれたんだ。清瑞が衣緒から料理を教わってるってな」
「忌瀬殿が・・・・・」
忌瀬は清瑞の応援をしており、去年のクリスマスに清瑞に料理を作るようにけしかけたのも彼女だ。
今まで恋愛などしたことのない清瑞にとって忌瀬はよき相談相手となっていた。同時に、一番からかわれる相手でもあるのだが・・・・・・・。
そして、忌瀬は九峪の相談相手でもあった。
清瑞の応援をしているだけあって、清瑞と九峪の進展具合を当人以外で一番把握していることもあり、九峪もたびたび忌瀬に相談を持ちかけていた。
九峪から見て忌瀬は顔だけ見れば十分美人の域に達しており、男がいてもおかしくはないのだが、以前聞いたところによると、『もっといろいろとやりたいことがあるから当分は男なんて作るつもりはない』とのことだ。
もっとも、彼女を慕う男は多いようなので忌瀬がその気になれば男の一人や二人、すぐにできるだろう。だが彼女と付き合うのは生半可なことでは勤まらないだろうと九峪は思っている。
九峪自身、忌瀬に何度も薬の実験台にされたことがあるのだ。彼女の男などになれば、おそらく毎日のように忌瀬が作った薬を飲むことになるだろう。それだけは勘弁願いたいものである。
「・・・・・・・どうですか?」
しばらく九峪の様子を見ていた清瑞が尋ねる。
「ん? ああ、すごくうまいよ」
そういって九峪は次々と平らげていく。それを清瑞は嬉しそうに見ていた。
「ふ〜、食った食った」
清瑞の料理の腕はここ一年で格段に上がっていた。
衣緒の教え方がいいためだろう。もっとも、忌瀬に言わせると『愛の力』だそうだ。
「そういえば、今年入った新人はどうだ?」
後片付けをしている清瑞の後姿に声をかける。
「そうですね、実戦で使うにはまだまだですが、着実に力を付けてきています。とはいえ、実戦投入するには早く見積もって後3年というところでしょうか」
「き、厳しいな・・・・・・」
「当然です。それくらいはしないと、逆に足手まといになります」
「ま、まぁ、その辺は清瑞に任せるよ」
ふと窓を見ると、外はすでに薄暗くなっていた。
「九峪様」
呼ばれて振り返ると片づけを済ませた清瑞が戻ってきていた。
「どうした?」
九峪が尋ねると居住まいを正した清瑞が頭を下げる。
「ありがとうございます」
「な、何だよ、急に改まって」
九峪が慌てる。
一拍おいて清瑞の頭が上がる。
「いえ、実は少し前から九峪様がいつにもまして仕事に打ち込んでいると聞きまして・・・・・」
清瑞が九峪の顔を見つめる。
「誰から聞いたんだ? 忌瀬あたりか?」
「いえ、亜衣さんからです。とても良いことだと喜んでましたよ」
「あ、あはははは・・・・・・・」
―本当は今日のためだったんだけど・・・・・・・・・・・―
どうやら普段あまり仕事をしたがらない九峪が仕事に精を出しているのを見た亜衣が勘違いしたようだ。
「ですが、本当の理由はこうして私と過ごしてくださるためだったんですね」
しかし、清瑞は本当の理由がわかったようだ。
「うん、去年は二人でゆっくりできなかったからさ。たった一日だけだけど、何とか時間を作ることができたよ」
「はい、いきなり『休暇を取るから付き合え』と言われて連れ出されたときは驚きましたが、今は本当に嬉しいです」
清瑞が満面の笑みを浮かべる。それを見た九峪は今日までの苦労が無駄ではなかったことを実感した。
「それじゃあ、そろそろ風呂にでも入るかな」
そう言って九峪は立ち上がった。
「そうだ、どうせなら一緒に入るか?」
九峪は笑いながら清瑞に言った。
もちろん冗談だ。
しかし清瑞は、少し考えるそぶりをした後に、
「わかりました、ご一緒させていただきます」
と返してきた。
「ええぇ!?」
あまりに意外な答えに九峪の声が裏返る。
「だ、駄目ですか・・・・・・・?」
そういって清瑞が頬を染めながら九峪を下から見上げてきた。
―き、清瑞、その仕草は・・・・・・・!!!―
普段、というか今まで一度も見せたことのない清瑞のおねだりポーズ。その威力はというと・・・・・・・
「トンデモナイ、ゼヒ!」
破壊力抜群だった。
かくして二人は一緒に露天風呂に入ることになったのだった。
―そ、そうだった。俺のほうから言い出したんだった・・・・・・・・―
原因に突き当たったものの、結局事態が変わることはなかった。
「・・・・・・そういえば、九峪様と一緒に入るのは初めてですね」
すぐ横で清瑞の声がする。
「あ、ああ、曼陀羅華の採取に行ったときとか、以前ここで療養してたときお前はいなかったからな」
「療養・・・・・・・・ああ、九峪様が心の病にかかられたというあれですか」
よく考えればあのときのことを清瑞に話すのはこれが初めてだが、清瑞は知っているようだった。おそらく忌瀬から聞いたのだろう。
「で、でも、よく一緒に入る気になったな?」
九峪がそういうと横で清瑞の体が強張った。
「い、いえ、忌瀬さんに『九峪様も男なんだから、それぐらいはしてあげなきゃぁ。そのうちほかの人に取られちゃうかもね〜』と言われまして・・・・・・」
ちらっと清瑞の顔を覗き見ると頬だけではなく、耳まで赤くなっていた。純情な清瑞にとってはかなり恥ずかしいのだろう。
「で、でもいいのか? 忌瀬に言われたからって気にすることなんてないんだぞ? それくらいで俺が清瑞を嫌うわけないんだから」
九峪が正直な気持ちを口にする。
「い、いいんです。忌瀬さんに言われたって言うのも確かにありますけど、最後に決めたのは私ですから・・・・・・」
その言葉を聞いた九峪が清瑞の方へ向き直る。
が、すぐに背を向けてしまう。
―だ、駄目だ、いざとなったら・・・・・・・・―
「・・・・・・九峪様、かまいませんから、こっちを向いてください」
九峪の肩にそっと清瑞の手が触れる。
九峪は覚悟を決めた。何度かの深呼吸の後、九峪はゆっくりと清瑞のほうへ向き直った。
そこには恥ずかしそうに顔を赤くしながらも九峪のことを真っ直ぐに見つめる清瑞がいた。
下ろすとかなり長い清瑞の髪が湯に濡れて頬や肩に張り付いており、普段の凛々しい清瑞とは別の妖艶な雰囲気を醸し出していた。
その肩や腕には小さな傷がたくさんある。以前聞いた話によると体中に無数の傷があるということだが、その傷さえも清瑞の美しさを醸し出す要因になっているようなそんな気がした。
―・・・・・・よし、予定とはちょっと違うけど、今しかない―
しばらく清瑞と見詰め合った九峪は決心し、清瑞の肩をそっと掴んだ。
清瑞は身じろぎせずに九峪に肩をつかまれるがままにした。
「清瑞、一度しか言わないから良く聞いて欲しい」
「はい・・・・・・」
九峪の顔が見る見るうちに赤くなっていく。
「・・・・・・・・俺と・・・・・一緒になって欲しい。これからもずっと、清瑞に俺のそばにいて欲しい・・・・・・・・」
それだけ言うと九峪は押し黙った。
長い沈黙が続く。
―や、やっぱまだ早かったかぁ!?―
九峪がそう思ったとき、清瑞が口を開いた。
「私などでいいのでしたら、いつまでも、どこまでもご一緒させていただきます」
少し驚いた顔をしていたが、清瑞ははっきりとそう応えた。
「なぁ、清瑞」
「何ですか? 九峪様」
二人は風呂から上がって縁側で火照った体を冷ましていた。すでに冷たくなった風だが、少し温度の高いここの露天風呂から上がった体にはちょうど良い冷たさだった。
「帰ったらやっぱり一番に伊雅のおっさんに報告しないと駄目かなぁ・・・・・」
「そうですね、やはり私の父ですから、それが筋というものでしょうね」
伊雅は終戦直後、清瑞に実の父であると名乗り出ていた。
当時清瑞は大いに混乱したが、それでも今では父として伊雅と接することができるようになっていた。
「やっぱ報告しないと駄目かぁ・・・・・・」
「頑張ってくださいね、九峪様」
伊雅はこれまでの付き合いから清瑞のことを溺愛しているのを九峪は知っていた。それだけに気が重い。
「でもま、清瑞を手に入れるためだと思えば!」
そういって拳を握り締める。
「・・・・・・帰ったら全員に報告するのですか?」
「・・・・・・そうだな・・・・・・共和国の主だった奴らには報告したほうがいいだろうな。特に忌瀬にはなんだかんだで世話になったからなぁ」
「そうですね」
今まで二人のことを応援してきただけに忌瀬も大喜びだろう。
「そろそろ中に入ろうか」
九峪が立ち上がって清瑞に手を差し伸べる。
「はい」
清瑞もその手を取って立ち上がる。
と、空から白い何かが降ってきた。
「へぇ、珍しいな、雪だ」
九峪が空を見上げて言った。
「これが雪・・・・・・・・・」
清瑞が差し出した手に雪が付着する。
それを皮切りに純白の雪が降り始めた。
「・・・・・入らないのか? 冷えるぞ」
「もう少し、いいですか?」
「・・・・・ま、雪の中の露天風呂ってのもいいかもな」
もしかすると、二人は明日もここで過ごすかも知れない。
だがそれは許されない。二人がいなければ共和国の機能が停止するということはないだろうがそれでも二人は共和国にとってなくてはならない存在なのだ。
だから二人は時間の許す限り話し続けた。
いつまでも、いつまでも・・・・・・・・・・・・・
あとがきはこちら
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