火魅子伝短編13・二人の始まりの日 (H:小説? M:九峪×清瑞 その他大勢 J:シリアス)
日時: 01/01 02:36
著者: 龍虎

火魅子伝短編13・二人の始まりの日






 ここは共和国の首都、耶牟原城。その一角に大会議室があった。


 普段ここは二ヶ月に一度、各県知事が集まって行われる大会議と、月に一度、首都耶牟原城にいる幹部たちで開かれる定例会議に使われており、耶牟原城内でも特に静かなところだ。


 だが今その大会議室は普段はまったくの無縁である喧騒に包まれていた。


 九峪の提案で年越しの宴会が開かれているのだった。





 「ほら閑谷、裸踊りのひとつでもやってみろ!」


 「そ、そんなの無理だよ〜」


 藤那が閑谷に裸踊りを強要すると横にいた志野がすっと立ち上がる。


 「それじゃあ、私が閑谷君の代わりに踊りを披露しましょう」


 そういって突然志野が服を脱ぎだす。


 「えぇっ!?」


 あわてた珠洲が志野の椀を取ると鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。


 「誰!? 志野にお酒飲ませたの!!」


 別のところでは酔った上乃が伊万里に詰め寄っていた。


 「ねぇねぇ、伊万里ったらいつになったら九峪さまに告白するのよ〜」


 「な! ば、馬鹿!!」


 あわてて伊万里が上乃の口を押さえる。


 また別のところでは伊雅が九峪に何度も頭を下げていた。


 「いやいや、こうして皆で宴を開き新年を迎えられるのも九峪様のおかげです。この伊雅、皆を代表してお礼申し上げます」


 「だから、それはもう何度も聞いたってば」


 「いえいえ、何度言っても足りるものではございません」


 そういって伊雅はまた頭を下げる。


 「勘弁してくれよぉ」


 耶麻台国復興後初めて迎える新年と言うこともありすでに宴は誰にも止められないほどヒートアップしていた。


 「石割りやるね!」


 突然そういって香蘭が立ち上がる。


 事前に用意していたのかすぐに石版が運ばれてくる。石割りとは現代における瓦割りだった。この時代には瓦がないため、比較的薄い石を積み重ねて行う。だが、薄いといってもその厚さは普通に瓦の倍はあった。


 香蘭の前に石版が十五枚積み上げられた。瓦でいうと三十枚ほどだろうか。


 「はぁぁぁ・・・・・・・・・・・・・はいっ!!!!」


 気合を込めて香蘭が手刀を振り下ろすと石版は割れるどころかすべて粉々に砕け散ってしまった。


 「おお〜」


 そこかしこで歓声が上がる。


 すると香蘭の母、紅玉がすっと立ち上がった。


 「香蘭、あなたはまだまだですね。石割りは砕くのではなく割るのです。・・・・・・・このように」


 そういっていつの間に用意したのか香蘭と同じだけ積み上げた石版に軽く手刀を見舞うと刃物か何かで切断したかのようにすっぱりと二つに割れてしまった。


 「おおう、やぱり、母さまはすごいね。香蘭なんかまだまだね」


 「いや、石版が砕けただけで十分だと思うんだけど・・・・・・っていうか、それ以前に何で石版があんなに綺麗に両断されてるんだ」


 切断された石版の断面は丁寧に磨かれた銅鏡のように滑らかだった。そばに近寄って見るとうっすらとだが九峪が映っていた。


 別の場所では兎華乃と藤那、志野の飲み比べが始まっていた。一緒に参加した織部、愛宕、伊部、重然の4人はすでに3人に、というか志野に潰されていた。


 「ほお、やるな、兎華乃殿」


 「藤那さんこそ」


 「みんな飲んでるぅ〜?」


 志野は周囲の人間を巻き込みながら次々と杯を空にしていく。


 「ほらほら、火魅子様も。ああ、亜衣さんもどうぞ〜」


 次に志野のターゲットになったのは火魅子となった星華と宰相の地位に就いた亜衣だった。


 「い、いえ、もう十分いただいてますから」


 「そんなこと言わずに〜、もっと飲みましょうよ〜」


 こんな感じで志野は次々と撃沈していった。


 最終的には兎華乃が藤那を下し、飲み比べに勝利したが彼女もまたしたたかに酔っていた。


 「はふぅ〜、久しぶりに酔ったわ〜」


 そういうとポテッと横になってそのまま眠ってしまった。


 酒豪3人衆が悉く眠ってしまったことで飲み比べは終了したが、その前に大勢が志野の標的となりもはや意識のあるものは数えるほどしかいなかった。


 九峪は要領よく志野から逃げていたが、なんだかんだで酒を口にしていたため皆ほどではないが九峪も酔っていた。


 「みんながこんなに羽目を外すなんて、よっぽど嬉しかったんだな・・・・・・・・」


 そうつぶやくと九峪は外に出た。


 仲冬ということもあり風は冷たいが火照った体にはちょうどいい。


 九峪が体の火照りを醒ましていると、背後から誰から近づいてきた。


 振り返るとそこに立っていたのは・・・・・・・・・・清瑞だった。


 足取りはしっかりとしているが宴の熱気に当てられたのか少し顔が赤かった。


 「隣、よろしいですか?」


 清瑞は九峪のそばまで来るとそう言った。


 「あ、ああ、かまわないぜ」


 九峪の返事を聞いた清瑞は九峪の隣に立ち、風で乱れた髪を整えた。


 眼下には所々に焚かれた篝火の光で照らし出された城下町が広がっている。九峪は昼間の活気に満ちた町を見るのも好きだったがそれと同じくらい夜の町を見るのが好きだった。


 「清瑞はすごいよなぁ」


 九峪が声をかける。


 「何がです?」


 「いや、全然酔ってるようには見えないからさ」


 九峪がそういうとくすっと清瑞が笑った。


 「そんなことないですよ。これでも少し酔っています」


 「そうなのか? いつもと変わらないように見えるけど・・・・・・・」


 「まあ、完全に酔っ払っているわけではありませんが・・・・・・・・」


 そういうと清瑞は九峪に向き直った。


 「九峪様」


 「ん?」


 清瑞に呼びかけられて九峪が振り向くと清瑞が軽く頭を下げていた。


 「ありがとうございました」


 「おいおい、お前もかよ。勘弁してくれよ」


 先ほどまで伊雅をはじめいろいろな人から頭を下げられていた九峪はもううんざりだといわんばかりに手を振った。


 「いえ、私はまだ九峪様にお礼を申し上げていなかったので。・・・・・・・・打倒狗根国、そして耶麻台国復興。この二文字は伊雅様の夢、願いでした。私は幼いころ母を亡くし、伊雅様に引き取られてからずっと伊雅様のそばにいました。ですが、私は伊雅様ほどそのことを望んでいたわけではありませんでした」


 そこまで話した清瑞は九峪の顔を見る。九峪は夜の町を見ていたがちゃんと聞いてくれているようだった。


 「ですが、九峪様が現れて、次々と狗根国軍に勝利していくうちに私の考えも変わりました。それまではできたらいい、その程度にしか考えていませんでした。ですが、九峪様と共にいる戦ううちに絶対に実現する、いや、実現させるんだと思うようになりました。・・・・・・・・・そして三月ほど前にそれが実現しました。私は今でも夢ではないかと思うことがあります。ですが、こうして九峪様やほかの方々、活気に満ちた町を見るたびに夢じゃないんだと実感できるんです」


 酔っているためか清瑞はいつもよりも饒舌だった。


 「で、何が言いたいんだ?」


 それまで聞いていた九峪が清瑞に尋ねた。


 「・・・・・・うまく言えないのですが、こうして今の共和国があるのは九峪様のおかげだと思います。本当にありがとうございます」


 そういうと清瑞は再び頭を下げた。


 「うわ、清瑞に礼を言われちゃったよ。明日は雨か?」


 「ちゃ、茶化さないでください。私は心からお礼を言ってるんです」


 清瑞がそう抗議すると九峪がかすかに笑った。


 「わかってるよ。ただ、もう嫌というほど聞かされたからな、ちょっと冗談を言ってみただけだ」


 「まったく・・・・・・・・そういえば、九峪様、どうして元の世界に帰らなかったのですか?」


 清瑞はそれまで疑問に思っていたことを口にした。


 「ん、まあ、いろいろとな」


 いつもの九峪らしくなく言葉を濁した。


 復興後、九峪たちは耶牟原城の修復とその地下神殿の修復を急いだ。地下神殿には九峪が元の世界に帰るための装置、時の御柱があったためだ。そして火魅子の即位も地下の神殿で行うため、作業は急ピッチで進められた。


 そして復興から一月が立ったとき、九峪を元の世界へ帰すため火魅子となった星華が時の御柱を起動させた。


 しかし、九峪は結局元の世界へは帰らずこの世界に戻った。九峪は今まで理由を言わなかったが気になった清瑞は思い切って聞いてみた。酔っている今なら案外簡単に答えてくれるかも知れないと思ったのも少しはあった。


 しかし九峪は答えようとしなかった。


 ―やはり駄目か・・・・・・―


 今まで尋ねなかった人がいなかったわけではない。それこそ火魅子をはじめ大勢の人が九峪に尋ねた。だがその誰にも九峪は答えなかった。九峪をこの世界に連れてきた天魔鏡の性、キョウでさえ。


 ―たかが一介の乱破などに答えてくださるわけがない、か・・・・・・・―


 清瑞が小さなため息をついたその時、突然九峪が清瑞の手を取った。


 「え?」


 「ちょっと付き合え」


 そういって九峪は清瑞を引っ張っていく。


 「ちょ、ちょっと九峪様?」


 突然のことに戸惑うが九峪はかまわずどんどん歩いていく。仕方がないので清瑞もおとなしく従う。


 連れてこられたのは耶牟原城で一番高いところ、九峪の私室だった。


 ここには大会議室のように外に出ることはできない。だがその代わりに九峪の要望で取り付けられた大きな窓があった。眼下の町も、城壁の外も一望できる耶牟原城で一番見晴らしのいいところだった。


 そこから外を見るとちょうど真正面、東の空が白み始めていた。夜明けが近い証拠だ。


 九峪は窓の前に腰を下ろし、清瑞も九峪に言われて隣に腰を下ろした。


 「で、このようなところに連れてきてどういうつもりですか? 九峪様」


 「いや、その・・・・・・・・・清瑞と一緒に初日の出を見ようかな〜と思って」


 「は?」


 九峪の言った意味が清瑞にはわからなかった。


 なぜ自分と? それにわざわざ九峪様の部屋に来てまで・・・・・・・。


 「さっき聞いたよな。何で俺が元の世界に帰らなかったのかって」


 清瑞がうなずく。


 「この世界が好きになったってのもある。前の世界と違ってここでは俺のことを必要としてくれる人が大勢いるってのもある。ずっと戦ってきた皆と別れたくなかったってのもある。・・・・・・でも、一番の理由は・・・・・・・・この世界に好きになった奴がいるからだ」


 「へぇ、それって誰ですか? やっぱり火魅子様ですか?」


 清瑞が少し驚いた顔で返す。


 九峪は大きくため息をついた。


 「お前、ほんと鈍感だよなぁ〜」


 「な、ど、鈍感で悪かったですね!」


 そういって清瑞はソッポを向く。


 「俺の部屋に引っ張ってきてこんな話ししたんだ。わかるだろ?・・・・・・・・・・俺が好きなのはお前だよ」


 清瑞の思考が一瞬停止した。


 ―い、今九峪様は私のことが好きだとおっしゃったのか? ・・・・・・私!? こんなたかが一介の乱破に過ぎない私!?―


 清瑞が混乱していると九峪が真正面から清瑞の顔を見つめてきた。


 その真剣な目に清瑞は顔をそらすことができなくなってしまう。


 「いきなりで悪いとは思うよ。でも、こういうことははっきりさせといたほうがいいだろうからさ」


 そう、九峪はこの世界に残ることを決めたとき、同時に女性陣に言い寄られていた。今まで九峪はいろいろとはぐらかしていたがつい最近女性陣からいい加減はっきりしてくれと言われていたのだ。


 以前から九峪の想いは決まっていたのだがいざとなると言い出せないでいた。今こうして告白できたのも酒の力もあるだろうが、九峪が覚悟を決めた証拠でもあった。


 「こ、こんな・・・・・・・」


 清瑞の肩が震えている。


 「ん? どうした?」


 「こ、こんな不意打ち、卑怯です」


 清瑞がむくれる。その目にはうっすらと涙が滲んでいた。


 「わ、悪いとは思うよ。けど、酒でも入ってないとこんなこといえねぇよ」


 「・・・・・・・まったく、軟弱なところは直っていませんね」


 「う、うるせぇ」


 そういいながらも九峪は清瑞の肩に手を回していた。


 「・・・・・・・九峪様、後でお酒のせいで覚えてないなんてこと、無しですよ」


 「あ、当たり前だ」


 「でも、なぜ初日の出なんです?」


 「ん〜、別にこれと言って大した意味があるわけじゃないんだけどさ。初日の出って一年の始まりでもあるわけだろ? 俺たちもこれから始まるんだからさ、一緒に見たいと思って」


 「・・・・・・これから始まるって、私はまだ何も言ってないですけど」


 「え、で、でも流れから言ったらOKだろ?」


 「おーけー?」


 聞きなれない言葉に清瑞が首をかしげる。


 「あ、えっと、その・・・・・・俺と付き合うってこと了承したってことでいいんじゃないのか?」


 あわてた九峪がそうまくし立てる。


 「冗談ですよ九峪様。拒むわけないじゃないですか」


 くすくすと清瑞が笑う。


 そんな清瑞を見て九峪が安堵のため息をついた。


 「あ、九峪様、そろそろですよ」


 清瑞に言われて窓の外に視線を転じるともう東の空は明るくなっていた。


 と、下からいくつもの物音と話し声が聞こえてきた。


 「藤那、大丈夫?」


 「皆さん、もうすぐですよ〜」


 「別にこんなもの見たからってどうなるものでもないでしょうに・・・・・・・」


 皆が起きてきたようだ。


 「皆起きてきたみたいですね」


 「ああ・・・・・・・・・・・来るぞ」


 九峪の声が始まりの合図かのように空が急速に明るさを増す。


 耶牟原城が上方から朝日に照らされ闇の中から徐々にその姿を現す。


 そして、耶牟原城で一番高い位置にある九峪の部屋に朝日が差し込む。


 その光はとても暖かく柔らかだった。


 下のほうから歓声が上がる。


 志野たちのほうでも日の出を確認できたようだ。


 九峪が清瑞を引き寄せる。清瑞もそれに逆らわず九峪に身を預ける。


 「その、俺と付き合い出したら、いろんなことを言われると思う。でも、気にすることはないぞ、俺がお前を選んだんだからな。なんか言ってくる奴がいたら俺が言ってやる」


 「大丈夫ですか? 武術の腕は一般兵にも負けるのに?」


 そういって清瑞は首を傾げる。


 「それはいうな。男だったら惚れた女の一人ぐらい守りたいんだ」


 そういう九峪の顔は真っ赤だった。


 「そうですね・・・・・・・わかりました。九峪様に守ってもらうことにします」


 九峪が清瑞に顔を近づける。


 清瑞は咄嗟に顔を背けた。


 「あ、や、やっぱりいきなりは不味いよな・・・・・・」


 そういって九峪が顔を遠ざける。


 「い、いえ、いきなりで驚いただけです」


 「そ、そうか?」


 と不意に清瑞がかすかに笑う。


 「な、なんだ?」


 「いえ、そういえば前に九峪様におまじないと称して口付けされたことがあったと・・・・・・。確かあのときもいきなりでしたよね」


 「あ、あう」


 ずいぶん前のことだが、確かに九峪はまじないと称して清瑞に口付けたことがあった。


 「で、でも、その後はお前がもう一度お願いしますって・・・・・・・っ!?」


 清瑞が不意に口付けた。


 「な・・・・・あ、う・・・・・・・」


 いきなりのことに九峪は口をぱくぱくさせるが声が出ない。


 「わ、わかりましたか? いきなりされる者の気持ちが・・・・・・・・」


 そういう清瑞の顔も九峪に負けず劣らず真っ赤だった。


 「や、やっぱお前相当酔ってるだろ」


 「・・・・・・・そういうことにしておきます」


 そういって清瑞は顔をそらす。


 「じゃあ、俺も酔ってることにする」


 そういうと九峪は清瑞の頬を両手で挟むと自分の方に向け口付けた。


 「・・・・・・・卑怯です」


 「清瑞から言い出したんだろ? 酒のせいだって」


 「・・・・・・・・・同じようなこと、ほかの人にもしたら怒りますよ?」


 清瑞が幾分殺気を込めてつぶやく。


 「しないって。こんなことするのは清瑞だけだよ。神に誓ってもいい」


 「神に誓うって九峪様は神の使い、いわばこの九洲における神じゃないですか」


 「まぁまぁ、固いこと言わないの」


 そういうと再び口付けた。さっきよりも強く、長く。












 いまや太陽はその姿を完全に現していた。


 一年の始まりの光を浴びて九峪と清瑞は互いに寄り添いながら小さな寝息を立てていた。


 窓を開け放しているため冷たい風が室内に入ってくるが、二人を包み込む日の光が風の冷気を悉くさえぎっていた。


 窓からは二人がいない事に気づいた者たちの騒ぐ声が聞こえてくる。


 だが外の喧騒などどこ吹く風で二人は眠り続けた。


 清瑞は浅い眠りを取ることはあっても完全に眠ってしまうことはなかった。それが乱破だ。どんなことが起ころうともすぐに起きられるように訓練されている。


 旅先をしていたときも伊雅や幾分気心の知れる者が番をしていても完全に眠ってしまうことはなかった。


 しかし、今の清瑞は完全に安心しきって深い眠りについているようだ。


 それは今まで表面上は許しても誰一人として心の奥底から許したことがない清瑞が九峪にすべてを許した瞬間でもあった。


 そんな二人をいつまでも照らし続ける光は二人を祝福しているかのようであった・・・・・・・・・・










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