火魅子伝 待ち人 第一話 (H:小説、ゲーム M:九峪、志野、伊万里 J:シリアス) |
- 日時: 07/27 07:21
- 著者: 志人
待ち人
1
人はどうして人を好きになるのだろう。
最近、私はよく自問する。
九峪様が好きだ。けれどもう、彼は私のものになりはしない。
少しばかり気付くのが遅れたことで、彼を止める事ができなかったから。
皮肉な事に、認識が強くなればなるほど、好意は強まり、愛に変わった。
一方的な愛。
彼は、知っているのだろうか。
体を起こすと、隣にいるのは最上位から次位へと降格された哀れな少女。
重くのしかかる毛布をそっと少女へとかける。
目の前には闇が、私を包み込むように鎮座していて、僅かな月明かりは
闇の前にとても陳腐に映った。
「志野。どうしたの」
もし、この子を、珠洲を殺して九峪様が手に入るというならば、私はどうするだろう。
いうまでもなく、そんなことは不可能だ。
誰かを殺し、誰かを手に入れるなどできないに決まっている。
けれど、これは仮定の話だ。
可能ならば、だ。
できるなら私は、どうするだろう。
「具合でも悪いの」
何を言っている、決まっているではないか。こんなにも私のことを愛してくれる少女を殺すことなどできはしない。あの人は、私を愛してはくれないのだから。
「なんでもないわ。さ、寝ましょう」
ゆっくりと美しく微笑む珠洲。
あまりにも綺麗で、嫉妬してしまうほど。
乱れた髪が目に入ったけれど、膝の上におかれた両手は微動だにしなかった。
もうすぐ、夜が明ける。
2
よく昔のことを思い出すのは、私の癖だろうか。
自室においてある双龍剣を眺めながら、ぼんやりと思う。
夏という季節はいつだって暑い。兵たちの訓練指導を午前に終わらせ、
休憩をとっていると僅かに汗が滲んできた。
身につけている将軍用の重厚な鎧は、私の気分と身体を徐々に落とす。
薄い胸覆いと下帯だけの格好が懐かしかった。
「そろそろ街の視察をやるじきだな」
朝の評定の際、九峪様は言った。
季節が移り変わると、毎回視察が行われる。
九峪様がおっしゃられるには、それ以上の間隔をあけると
国の指導者として街の状態を把握できないばかりか、民たちの信頼も薄れるとのことで、
また、それ以上頻繁に行うのもやはり良くはないらしい。
九峪様が九洲に来られてばかりの、
耶麻台国復興軍と耶麻台国再興軍が合流し、城を制圧したときは違った。
もっと頻繁に城下に出られていたし、民たちとももっと話されていたようだった。
けれど、私たちが狗根国を追い出すめどがたちはじめる時から、
その回数も徐々に減り、今では一年に四回が毎年の行事となっている。
私も護衛として、今まで三回ほどお供をさせてもらった。
一度目は、珠洲と音羽さんと忌瀬さんと供に。二度目は、珠洲と清瑞さんと衣緒さんと羽江ちゃん。どちらも、私の記憶の中では鮮やかな光を放ち、とても尊いものとなっている。
三度目は、去年の冬。
あれから冬という季節があまり好きではなくなった。
自然と思い出される光景が、私は嫌いだからだ。
もちろんあの時は、あの方が想像している通りの私で、微笑んでいたのだけれど。
そしてあの人は、私が気分を害していることに、
微塵も気付いていなかったように思う。いや、気付いていなかった。
だからだろう。私に向かって、羨ましいとさえ思える笑顔で微笑んでいた。
そのときにはすでに、あの人が好きだという自覚がうっすらとではあったが、
存在していたというのに。
ともかくも、私はこれで四度目の護衛をすることになったわけだ。
今回の私の番で、以前の記憶を上乗せできる。
嫌なことが一回あっても、いいことがそれ以上にあれば昔のことなど忘れられるはずだ。忘れることができなくても、終わりよければすべてよし。笑えるはずだ。
「じゃあ、伊万里と志野と珠洲。今回の護衛、よろしく頼むな」
ただ、一つ気がかりなのは、三度目の冬と同じ顔ぶれだということ。
一瞬だが、あの時の九峪様の視線がひどく喜色を含んでいた。とても、うれしそうに。
理由はわかっている。あの時と、同じような展開を期待しているのだろう。
そうなったら、私はまた、微笑んでいるのだろうか。自信は、ない。
微笑んでいる自信がないのではない。微笑まない自信がないのだ。
おそらく私は、あの方の思う私で居続ける。
滑稽に、醜く、道化のように笑っているのだろう。
今、できるのは、九峪様の記憶に留まろうとすることが精一杯でしかない。
窓から日差しが部屋へと差込み、剣がきらりと光った。
3
視察へ出かけるまで、あと一日暇がある。
暇といっても、私も一応は幹部としての仕事が存在する。
兵の訓練、状態、武器などの管理や他にも細々とした雑務。
楽しくもなんともないものばかりだ。
もちろん兵たちや文官たちの手前、そんなことはおくびにも出さないが、
やはり以前の自分からは想像もできなかっただろう。
あの頃は、本当に楽しかった。
各地を転々として、自由気ままに踊る。
自分で自画自賛しているわけではないが、様々な地で褒められるとうれしかったし、
更なる励みにもなった。
弱冠、体目当ての人達がいなかったわけでもない。
踊り始める前は、淫猥な声や下卑た言葉が喧騒にまぎれて飛び交ってもいた。
しかし相反して、踊り終わると、私の踊りに拍手が送られた。一人二人ではない。
ほとんどその場にいる観客が、目をいっぱいに開いて、手を叩いてくれた。
私は、鳥になった。
自由はこんなにも素晴らしく、私を空へと解き放ち、輝かせてくれる。
私はもう、鳥に翼がないと生きてはいけないように、
絶対に踊るということから離れて生きてはいけないと思っていた。
だとすれば、今私がしていることは何なのだろうか。
したくもないことを毎日させられて、同じような日々を送り、
生きがいの踊りもたまにしかできない空間。
何の面白みもない。鳥は鳥かごへと収まった。
それでも始めは、違った。
軍というものに多少なりとも興味があったし、
面識を持つ事で各地の巡業が楽になると思ったから、耐えていられた。
それに、こんなにも長期間いる予定ではなかったのだ。少し役に立ってさっさと出て行くはずだった。
でも、あの人がここにいる。
鳥もただで鳥かごに収まっているわけではないように、適度に餌は与えてもらえる。
その餌がなくならない限りここからは出られないのだ。いや、出たくはない。
「志野さん」
「伊万里様」
山人服は最近あまり見なくなった。火魅子候補としての自覚が芽生えてきたのだろうか。
兵を訓練するときだけでも、といってわざわざ着替えていたはずなのに、
今は山人であったはずの彼女がどんどん薄れている。
別の意識が芽生えていることは容易に想像できた。
「どうしたのですか」
「ほら、明日、街の視察にいくから、下見をしないと」
通常、神の遣いが下見にいく場合、さあどうぞ、とはいかない。
危険な場所には極力行かないようにしなければならないし、
不穏な輩がいるとも限らない。様子見が必要なのだ。
「わかりました」
「すぐに出られるかな」
「…いえ、少し仕事が残っていますので、門のところで待ち合わせましょう」
頷いて、伊万里様はもと来た道を引き返す。
背中が綺麗だと思ってしまって、視線を逸らした。
「さっさと終わらそう」
隣にいた珠洲が少し私の前を歩き始めた。彼女の後ろ姿を見たときは少し安心して、
でもやはり背中が綺麗だと思った。
「何を終わらすの」
「仕事、あるんじゃないの」
あまり伊万里様と話したくなかったから言ったことだったのに、
珠洲は私の言葉を信じている。本当のことを言うわけにもいかないので、
咄嗟に、ええ、と答え、意味もなく、文官へとわかりきっている書類の確認へと行った。
わかりきっている確認。
もしかしたら、明日の視察もそうなるのだろうか。
4
九峪様を好きになったのはいつからだろう。
曼陀羅華をみんなと一緒に採りに行ったときだろうか。
興行の見物をしてもらったときだろうか。意外にも、初めて会ったときだろうか。
どれも、違う。
明確に断言する事などできはしない。
冷たいものをさわると冷たいと感じるように、
熱いものをさわると熱いと感じるように、
好きになっていたのだ。存在が好きだといってもいい。
初めて会ったときに好きになった、というのもあながち外れてはいないのかもしれない。
「こうやって志野と二人だけで話すなんて久しぶりだな」
今、九峪様と二人だけで、城の裏にある丘に来ている。
周囲には、花や草が生い茂っていて、なんともいえないのどかさが漂っている。
空気もとても澄んでいて、天気も太陽が、
雲の狭間から顔を覗かせているため、良好だろう。
伊万里様との下見が終わった後、自室に戻ろうとすると、
ぼんやりとしている九峪様を見つけた。
仕事が一段落ついたのだろうか、なんとなく暇をもてあましているように見えた。
珠洲はいない。唐突に亜衣さんからの呼び出しをうけて、渋々ながら出向いていた。
数少ない機会だと思って声をかけてみると、九峪様は笑顔で迎えてくれ、
そしてこの場所へと誘ってくださった。
率直に言えばうれしかったのだが、この状況で私を誘うのは、
矛盾してはいるのだが、やはり九峪様は浮気者という意識を強めた。
私も素直についていったし、九峪様にそんな度胸はないと、わかってはいたのだけれど。
「そうですね。前に話したのは、九峪様が私の踊りを見に来てくださったときですから、
もうずいぶんになるような気がします」
「志野と二人で話すとなると珠洲の猛威をかいくぐらなきゃいけないわけだからな」
そりゃ久しぶりにもなるさ、と付け足して、二人で笑った。
正確に言えば、話すこと自体はそこまで久しぶりじゃない。
評定の中では私の発言に答えてくれたし、廊下ですれ違うたび声をかけてくれた。
それでも、九峪様が久しぶりというのは、
そんな些細なことは覚えていないということだろう。
「どっちにしても、明日の視察には志野も来るし、またこういう機会もあるだろ」
「はい」
「こんなこといったら不謹慎かもしれないけどさ、
俺、明日のこと結構楽しみにしてるんだ」
風で九峪様の髪がさらさらと揺れる。
彼は、腰を下ろして、近くにあった草を無造作にちぎった。
楽しみなのは伊万里様がいるからですか。
口に出す事はなかったけれど、聞かなくても九峪様の気持ちぐらいわかる。
九峪様の気持ちだからわかるのかもしれない。
不意に、まとめた髪をほどいてみた。
風はない。さっきまでの風は止んでいて、
私が髪を解くと同時に太陽だけが地面を照らし始めた。影が滑稽な私を笑う。
「おっ、志野の髪をほどいたところは初めて見たな」
それでも彼は気付いてくれた。
「ありがとうございます」
ありがとうはないだろうと、自分でも思った。
九峪様も驚いたように私を見つめている。けれど、間違ってはいない。
今はお礼をいいたかった。それに、九峪様はこの後、
「なんていうか、ありきたりな言葉で悪いけど、髪をほどいた志野も、きれいだと思うよ」
と、言うに決まっているのだから。
少し前の、一人であったころの彼なら、こんなこと、言ってくれただろうか。
私のことをなんとも思っていないが故に発せられる言葉。
うれしかったはずなのに、素直にその言葉を受け入れる事はできなかった。
「九峪様は、髪の長い人がお好きなのですよね」
「えっ」
代わりに意地の悪い言葉が口から出る。徐々に紅くなっていく彼。
純粋な彼は、普段の軽い口を持つ彼とは別人格のように思えて、
もしそうならどんなにいいだろうと思った。
彼が二人いるのなら、片方でも、欲しい。
「人が悪いなぁ、志野」
「すいません」
「でも、短いよりは長いほうが好きだよ」
「でしたら、明日は髪をほどいておきましょうか」
大歓迎さ、そういって彼が笑ったのを見たとき、反射的に、私は汚いな、と思った。
こうやって九峪様との話題を作り出し、次に話ができるように機会を作っている。
本来ならば、女性から男性へと好意を寄せることは、
なんらいけないことではないはずだ。
けれど、彼にはもう、心に決めた人がいる。
そんな人に、回りくどく好意を寄せたりして、
私は彼を横取りしようとさえ考えている。
なんて醜く汚いのか。
「まぁ、髪が長かろうが短かろうが、志野はきれいだよ。本当に」
それでも。
汚かろうが醜かろうが、私は彼が好きだ。
いいではないか。想いを寄せても。どちらにしても決してかなうはずのない恋。
それならば、このお調子者とさえ思える神の遣いを愛しても、いいではないか。
城の方から、笑顔で歩いてくる女が見える。
きっと、いや絶対に、伊万里様だと思った。
あとがき
ここまで読んでくださった方に感謝いたします。
もし早く続きが読みたいと思った方、いましたら感想掲示板の方に、感想がいただけるとうれしいです。
というのも、もうほとんど続きはできておりますので、
そういう方がいましたら急いで続きを出そうかと。
読んでいただきありがとうございました。
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