火魅子伝 居場所 第1話(改訂版)後編 (H:小説 M:九峪・キョウ J:シリアス)
日時: 07/24 19:40
著者: 蒼獅

九峪はいつも見ていた夢をまた見ていた。しかし今回はいつもは見えなかった景色が、見えるようになっていた。そこは煌びやかな部屋だった。たぶん位が高い人が使っているんだろうと思いながら辺りを見渡す。すると床になにやら描かれている場所の中心に、腰をおろしている男女と、その女の腕に幼子が抱かれているのを発見した。九峪は彼らの方へと近づいていく。

男の方は精悍な顔つきの三十歳くらいで、腕から見える筋肉は物凄いが、スラリとした体形だ。全身を鎧の様な物で覆っている。

女の方は、神秘的な雰囲気を持つ絶世の美女と言っても過言では無いほどの容姿を持ち、薄い衣の様な物を羽織っている。

「…………様。もうあまり時間が……」

「あぁ、わかっている」

九峪が近づいていくと、男女はなにやら話をしている様だ。話の内容はやはりよくわからないが、二人の表情からどうやら切羽詰った状況のようだ。

(この二人がいつも夢で話していた人達か…………)

九峪がそんな事を考えていると、男が女の腕の中ですやすやと寝ている幼子へ語りかける。

「お前にはすまないと思っている。何も知らぬまま、巻き込んでしまったこと……本当にすまない。だがお前は、俺と…………の…………だ。それに、お前が望めば…………は応えるだろう。愛しているよ…………。後の事は頼んだぞ…………」

(何のことを言ってるんだ?)

男はそう言うと床に置いてあった不思議な形をした剣を持ち、立ち上がると歩き始める。女は目に涙をためながら男の背中に向かって呟く。

「…………はい。承知しております。…………様。来世でまた会いましょう」

男の姿は既に見えない。女は零れ落ちる涙を手で拭う。そして、赤子に向かって、聖母の様な笑みを浮かべる。

「あなたは、私と…………様との間に生まれた唯一人の愛しい子、でもそんなあなたに何もしてあげられなくてごめんね。でも……あなたの事は世界で一番愛しているわ。立派ないい子に育ってね」

女はそう言うと幼子の額に口付けし、なにやら呪文を唱える。

「我、…………の名において命ずる。…………よ…………を誘いたまえ」

女の呪文が唱え終わると同時に、眩い光が視界いっぱいに広がる。それと同時に、九峪の意識も浮上し始めた。

「……うっ…………はっ! ……ここは?……」

「うわぁ!」

九峪は、がばっと体を起こし、周りを見渡す。どうやら自分は深い森の中にいるようだ。

(此処はどこなんだ? それよりいつもの夢が、今までより大分はっきりしていた……何故だ?……)

「も〜、酷いじゃないか! 人がせっかく親切に起こしてあげようとしてたのに!」

九峪が思考に耽っていると、目の前から、男とも女ともつかない声が、聞えてきた。

「ん、なんだお前?」

「おいら? おいらは天魔鏡の精さ。まぁキョウちゃんとでも呼んでよ」

全長四、五十センチくらいの人形っぽいのが、片手を挙げて九峪に挨拶してきた。

「ふ〜ん。天魔鏡の精ねぇ〜」

「あれ、驚かないの? 随分と落ち着いているんだね? もっと混乱すると思ったのに」

キョウと名乗った天魔鏡の精は、落ち着いている九峪を見て尋ねる。

「まぁな、俺は世界中を旅して回っていたからな。多少の事には驚かないさ。ところで天魔鏡の精ってなんだ?」

「ああ、君も見ただろ? 耶牟原遺跡で発掘された銅鏡。あれが天魔鏡なんだよ」

「ふ〜ん。じゃああの銅鏡に宿っていた精霊っていうのがお前ということか?」

「そうだよ」

(ということは、俺はこいつの所為であんな目に遭ったのか?)

そう思うと、九峪はだんだん腹が立ってきた。

「じゃあ、お前が天魔鏡の精だとしていったい何が起こって俺は此処にいるんだ?」

「え?」

「『え?』じゃねえだろ! これはお前がやったんだろ!? ちゃんと説明しろよ!」

「いや、あのね……つまり、これは間違いで、その、予定とは違って………………」

キョウは下を向いてぶつぶつと独り言を言い始めた。九峪はそんなキョウを見て、フワフワ浮かんでいるキョウの体を手で掴む。

「おい、コラ! なにをぶつぶつと言ってるんだ? 俺は説明しろって言ったよな?」

「わわわ、わかった。せせせ、説明するから、ははは、離してぇ〜」

ドスの効いた声で脅す九峪に、キョウは真っ青になりながら答える。



「………………ということだよ」

「…………そうか」

キョウの説明を聞き、九峪は今の自分の状況を頭の中で整理する。

ここは、三世紀の“九洲”という自分の居た世界とは似て異なる世界ということ。そして自分が元の世界へ還るためには、時の御柱というものを動かす為に、今は滅んでいる耶麻台国を復興させ、“火魅子の素質”を持つ娘を見つけ出し、女王“火魅子”を立たせなくてはならない。さらに、耶麻台国を復興させるためには、現在九洲を支配している狗根国を倒さなければならない。

以上がキョウの説明を聞いたことで一番重要なところだと九峪は判断した。

ちなみにキョウは、九峪が自分の頭の中で整理している間放たれる殺気に、顔を真っ青にしてずっと怯えていた。九峪はそんなキョウに構わず更に質問する。

「ちなみにほかに方法は無いのか?」

「あ、あるにはあるんだけど………………ということなんだ。だから耶麻台国を復興させた方が確実なんだよ」

「……なるほど。確かにそうだな」

九峪はキョウの聞いた話を、再び自分の頭の中で整理していく。キョウから耶麻台国を復興する以外で、還れる方法を聞いたところ、この世界は“五天”という“天界”、“仙界”、“人間界”、“魔獣界”、“魔界”の五つの世界で成り立っており、そのうちの天界に住む天空人が使う天界の扉というのが還れるもう一つの方法らしい。しかし天界の扉は何処にあるかわからず、本当に還れるかどうかも怪しいとのことだった。

暫し考えた後、九峪はふぅと溜息を吐く。

「しかたないな。(ここに何時までも居るわけにはいかないしな)力を貸してやるよ」。

「え、ほんと?」

「あぁ。だだし、ちゃんと耶麻台国を復興したら元の世界に還せよ」

「(やった〜♪)わかったよ♪」

九峪の言葉を聞いたキョウは、先程までの死にそうな顔が一瞬にしてぱぁっと明るくなる。九峪はそんなキョウを見て内心溜息をつきながら、これからの事について尋ねる。

「で、これからどうする? それと俺の事はどうするんだ?」

「まずは耶麻台国副国王の伊雅を探そう。それと君の事は……「九峪だ」……九峪の事は、“神の遣い”って事にしよう。神器の精の僕が一緒にいればそう怪しまれる事はないし、なにより僕が連れてきた人が普通の人じゃあ信用されないしね」

「わかった。これからよろしくなキョウ」

「うん。よろしく九峪」

九峪は服についた土を手で払いながら立ち上がり、歩き出そうとする。すると後ろからキョウの声が聞えてきた。

「お〜い、九峪〜、天魔鏡忘れずに持ってよ〜」

「おお、すっかり忘れてた」

九峪はそう言いながら天魔鏡を拾うと歩きだす。九峪は歩きながら先程の夢の事について考えていた。

(何故こちらの世界へ来たらあんなに聞こえるようになったんだ? この世界と俺が何か関係があるのか?…………まあいい。そのうち判るだろ)

九峪は夢のことについては一旦考えるのを止め、何時の間にか前にいるキョウの後を追いかけた。




―時間は少し遡り、九峪がキョウによって現代から消えた直後―

現代のとある場所で、一組の男女が何かを感じたように九州の耶牟原遺跡の方角へ顔を向ける。

「あなた、あの子は…………雅比古は行ってしまったのですね?」

「あぁ、そうみたいだ」

「幼子のあの子を拾って早十五年。時が過ぎるのは早いものですね……せっかく“こちらの世界”であの子に再び逢えたのに……」

「あぁ。これからあいつは自分が何者かを知ることになる。親としては行かせたくなかったのだが………これも運命なのか……」

「出来れば……あの子には辛い思いをしてほしくなかったのに…………。これを運命と言うなら私達があの子を“こちらの世界”で拾ったのもまた運命だったのでしょうか?」

「それは俺にもわからない。だが、今まであいつに教えてきた事は“あちらの世界”では必要な事ばかりだ。教えておいてよかったと思う反面、やはり辛いものがあるな」

「ええ、ですが信じましょう。雅比古を……あの子は、私たちの“唯一の愛しい子”なのですから……」

「そうだな…………」

一組の男女、九峪の父、九峪雅之と母、九峪美穂子は、息子の無事を静かに祈った。




―九峪夫婦が息子の無事を祈っている時―

耶牟原遺跡では、姫島教授が孫娘から大変な事を聞かされていた。

「なにっ!? 九峪君が銅鏡と共に居なくなっただと?」

姫島教授は孫娘から聞かされたことが信じられなかった。

(九峪君が銅鏡の価値を理解しているとしても、彼が盗みなどするはずが無い。第一盗むなら一人でプレハブに行くはずだ。何かに巻き込まれたのか?)

教授は九峪がそんな事をするような人間ではないということをよく知っている。そして、暗い顔をしている日魅子に、教授はワザと明るい口調で話し掛ける。

「まあそんなに落ち込むな日魅子。彼のことだ、また旅にでも行ったんじゃないのか」

「私達に何にも言わずに? こんな夜遅く?」

「それは……」

日魅子の指摘に教授は唸る。確かに彼が自分達に何の言伝も無しに出て行くとは考えにくい。教授は俯いている日魅子を見る。すると日魅子が小さな声で呟いた。

「私の鈴も無くなっているの」

「鈴?」

日魅子はゆっくりと手をかざす。確かに彼女の手元にはちぎれた鎖だけがあった。

(鈴……か)

教授は日魅子を見つけた時の事を思い出す。

(そういえば、最初に日魅子を見つけたのは九峪君だったな……)

あの時、耶牟原遺跡の調査に来ていた姫島教授の元へ、まだ見た目四歳か五歳くらいの幼い九峪を連れた九峪夫妻が訪れていた。教授と九峪夫妻は話に花を咲かせていたが、何時の間にか九峪が居なくなっている事に気づいた三人は大慌てで探した。しかし、当の九峪は赤子の日魅子を抱いて教授達が話していた場所に座っていた。

(あの時、九峪君はどうやって日魅子を見つけたんだろう………………)

教授は考え込むが、いくら考えてもわからない。当時の幼い九峪に聞いてもわからないとしか返事が無かった。ふうっと溜息を吐き側にいる日魅子に話し掛ける。

「日魅子。そう心配しなくてもそのうち帰ってくるさ」

教授の言葉を聞いた日魅子は、こくんと頷き両手を祈るように握り締める。

(九峪。…………無事に帰ってきてね)

そう祈らずにはいられない日魅子であった。



あとがき

どうも蒼獅です。第一話の改訂版後編です。如何だったでしょうか?

第一話の全体的な話の内容事態はあまり変わっていません。まぁ九峪君は、三世紀の“九洲”に来たことにより、色々と自分について知ることになるのですが、それはまだ先のお話です。

ちなみに九峪君の両親の事は、わかると思いますがあえて言いません。

では今回はこれにて失礼します。何か指摘事項があれば感想掲示板にお願いします。