火魅子伝 居場所 第4話(改訂版) (H:小説+マンガ M:九峪・キョウ・伊雅・清瑞・星華・亜衣・衣緒・羽江・伊万里・上乃・仁清 J:シリアス)
日時: 08/13 08:54
著者: 蒼獅

魔人深川が動き出すと同時に、九峪達も動き出す。

「仁清!」

伊万里は仁清の名を呼ぶと、上乃と共に魔人深川へと走り出す。伊万里の声を聞いた仁清が、数本の矢を掴み魔人深川に向かって立て続けに放つ。

「はぁぁぁっ!」 「せいっ!」 

飛んでくる矢を見向きもしないで払う魔人深川に、伊万里が高速で剣を振り下ろし、上乃が槍に回転を加えながら突きを放つ。2人の攻撃は、普通の人間相手ならば、一撃で殺すことの出来る威力を持っているのだが、魔人深川は2人の攻撃を真正面から平然と受け止める。

「「なっ!?」」

伊万里と上乃は、外見は人間の姿をしているので、多少なりとも傷を付けることが出来るかもしれないと僅かに思っていたのだが、自らの渾身の一撃を平然と受け止められてしまいその認識が甘いことに気づく。

「今度はこちらの番だな。これぐらいは耐えて見せろよ!」

魔人深川は2人に向かって拳を放つ。伊万里と上乃は、放たれた拳を避けられないと判断し、自ら後ろに跳ぶが、魔人深川の放った拳の威力に顔を苦痛に歪ませながら、数メートル飛ばされるものの何とか立ち上がる。

伊万里と上乃が飛ばされると同時に、今度は九峪、伊雅、清瑞が魔人深川へと向かって行く。3人は、正面から伊雅と清瑞が、背後から九峪が、それぞれ魔人深川に向かって剣を振り下ろす。

「ぬぅん!」 「はっ!」 「おらぁっ!」

気合の声と共に、魔人深川へ振り下ろされる剣は、先程の伊万里達の時と同等かそれ以上であったのだが、やはり伊万里達の時と同じく、魔人深川の体に直撃はするものの、魔人深川は平然としている。九峪達は、一旦距離をとろうと下がるが、距離をとれたのは九峪だけで、伊雅と清瑞は魔人深川に腕を捕まえられて、距離をとれないでいた。

「ほら、受け取れ!」

「うおっ!」 「うわぁ!」

魔人深川は、背後にいる九峪に向かって、伊雅と清瑞を投げ飛ばす。投げ飛ばされた伊雅と清瑞を避けた九峪は、いきなり横から現れた魔人深川に蹴り飛ばされる。

「ぐはっ!」

投げ飛ばされた伊雅と清瑞は、受身を取りすぐに立ち上がる。蹴り飛ばされた九峪も、蹴られたところに手を当てながら立ち上がる。そして次の瞬間、伊万里達と九峪達が攻撃を仕掛けている間に呪文を紡いでいた星華と亜衣の方術が放たれる。

「「天の火矛!」」

その声と共に、2つの炎の塊が魔人深川に向かっていく。放たれた2つの炎の塊は、魔人深川に向かって行く途中で、直径一メートル程の、1つの大きな炎の塊へと変化する。対する魔人深川は、大きな炎の塊に向かって掌を突き出し、呪文を紡ぐ。

「禍し餓鬼!」

魔人深川の左道が放たれ、1つになった炎の塊とほぼ同じ大きさの闇の塊が、大きな炎の塊を簡単に消し飛ばす。そして、闇の塊は、炎の塊を放った術者である、星華と亜衣の方へそのまま向かって行く。

「危ない!」

衣緒が咄嗟に星華と亜衣を抱えてその場から離れる。星華と亜衣の居た場所は、放たれた左道によって地面が抉り取られていた。

「な、なんて威力だ!」

抉り取られた地面を見て亜衣が叫ぶ。魔人深川は自分の手を閉じたり開いたりしている。

「ふむ、左道を使うのは初めてだが……私の趣味じゃないな。よし、左道は使わないでいてやる。これでもう少しは楽しめるだろう……さあ、続けようか!」

魔人深川はそう言うと、星華、亜衣、衣緒の方へと走り出す。

「星華様! お姉様さがって! せいっ!」

衣緒は、星華と亜衣をさがらせ、向かって来る魔人深川に渾身の力を篭めて鉄槌を振り下ろす。しかし、魔人深川は、衣緒の振り下ろした鉄槌を難なく受け止める。衣緒は、受け止められた鉄槌を引こうとするが、ピクリとも動かせずにいた。

「くっ、なんて力なの!?」

「どうした? 自慢の力はこの程度か?」

「ちっ、ならば!!」

衣緒は鉄槌から手を離し、魔人深川目掛けて、ストレート、ハイキック、フック、膝蹴り、顎へ肘撃ちを放ち、最後に回し蹴りを放つと、すかさず後ろに下がり距離をとる。しかし、魔人深川は、すぐに何事もなかったかのように動き出し、次の瞬間には姿が消えていた。

「中々良い攻撃だったぞ」

「えっ!? きゃぁぁぁっ!」

いきなり背後から聞こえてきた声に反応し、振り返った衣緒の腹部に拳が放たれる。衣緒は防御も出来ずに、数メートルも飛ばされてしまう。

「「衣緒!!」

「他人の心配より自分の心配をした方がいいのではないか?」

「「きゃぁぁぁっ!」」

星華と亜衣が叫ぶが、何時の間にか魔人深川が目の前におり、2人に蹴りが放たれる。その威力は凄まじく、2人は一瞬にして数メートルも吹き飛ばされてしまう。

「はぁぁぁっ!」 「やぁぁぁっ!」

2人を吹き飛ばした魔人深川に、右から数本の矢が向かって行くと同時に、背後から伊万里と上乃が首を狙い斬りかかる。

しかし2人の攻撃は、やはり魔人深川にダメージを与えることが出来ず、逆に2人は腕を掴まれ、地面に強く叩きつけられた後、仁清の方に投げ飛ばされる。

「ふんっ!」

「ぐっ!」 「あうっ!」

投げ飛ばした伊万里と上乃には構わず、魔人深川は仁清の側面に回り込み蹴りを放つ。

「うわぁっ!」

蹴り飛ばされた仁清は、数メートル飛ばされ、背中を木に強打してしまう。魔人深川は、蹴り飛ばした仁清には見向きもせず、今度は九峪達の方へと走り出す。対する九峪達は、九峪と伊雅は魔人深川の正面へと動き、清瑞は、魔人深川の背後へ回ろうと動き出す。魔人深川は、正面の九峪と伊雅に向かって走っていたが、いきなり停止し、後ろに回し蹴りを放つ。

「ぐはっ!」

不意に放たれた魔人深川の回し蹴りにより、清瑞は防御も出来ずに蹴り飛ばされてしまう。

「清瑞!! おのれっ!」

蹴り飛ばされた清瑞を見て激怒した伊雅は、怒りの形相で魔人深川に向かって行く。

「おぉぉぉっ!」

「はははっ! どうした全然効かないぞ? そらっ!」

「ぐおっ!」

伊雅は、魔人深川に何度も斬りかかる。しかし、魔人深川は、その全てを喰らっているにもかかわらず、平然として笑っている。そしてお返しとばかりに、魔人深川は、伊雅の腹部に蹴りを放つと続けて伊雅の頭を掴み地面に叩きつけ投げ飛ばす。伊雅は、地面を滑るように飛ばされてしまう。伊雅は、何とか立ち上がろうとするものの、上手く体を動かせずにいた。他の者も同様で、まともに動けるのは、たった数分ですでに九峪だけになってしまった。

「さて、これで他の奴らは暫く動けまい。さぁて、この女(深川)が最も憎んでいた貴様を、これからたっぷりと痛めつけてやる。覚悟しろよ!」

魔人深川は、ドンッという音を立てて、九峪との数十メートルもの距離を一瞬にして縮め、九峪の腹部に蹴りを放つ。

「ぐっ!」

今までとは比較にならない速さで動いた魔人深川に、九峪の反応が遅れ直撃を受けて、蹴り飛ばされる。しかも、飛ばされた先には、何時の間にか魔人深川が待ち構えており、飛ばされてくる九峪に向かって上から拳を振り下ろし地面に叩きつけ、さらにボールの様に九峪を蹴り飛ばす。魔人深川は九峪を痛めつける為に、ワザと弱く攻撃している。その証拠に、口から血を吐き出しながらも、九峪は立ち上がることが出来た。

「がはっ!……くそっ!」

「はははっ、中々楽しませてくれるじゃないか!」

九峪は、口から出た血を服の袖で拭いながら立ち上がり、魔人深川へ刀を振るう。

「どうした、どうした? こんなものなのか貴様は!」

「ちっ、くそやろうっ!」

「くっくっくっ、無駄だ!」

しかし、九峪が何度も斬りかかるが、魔人深川は、平然としている。そして、魔人深川が九峪の刀を掻い潜り零距離から魔力を九峪の腹部に放つ。数十メートル飛ばされた九峪は、腹部に手を当てながら、地面をゴロゴロと転がる。しかし、近づいてくる魔人深川の気配を感じ、何とか立ち上がろうとが、その前に近づいてきた魔人深川に頭を掴まれ無理やり立たせられる。

「ふっふっふっ、まだまだこんなものでは終わらんぞ」

魔人深川は、九峪の頭を掴んだまま、サンドバックの様に殴り始めた。




「星華様、あの術しかもう……」

「分かったわ……」

九峪が殴られている間に、何とか立ち上がった亜衣と星華は、なにやら話をしている。その会話を聞いた他の者が星華と亜衣に尋ねる。

「何か策があるのですか?」

「はい。しかし、私と亜衣の二人掛りでやっと放てる程の方術なので、その分高い集中力が必要になり、私達が無防備になってしまうのです」

「それでは、私達が時間を稼げばいいのですね」

「ええ、お願いします」

星華と亜衣の方術に望みを託す伊雅達は、まずは九峪を助けようと動きだす。一度、お互いに顔を見合わせると、無言で頷く。そして、伊雅、衣緒、伊万里、上乃が、魔人深川へ武器を構えながら走る。清瑞は、伊雅達とは違う方向へ移動し、九峪の方へと向かう。仁清は、何時でも弓を放てるように構えている。星華と亜衣は、皆から少し離れたところで、お互い向き合い、両腕を前に出し、2人で声を揃えて呪文を唱え始める。

「「天の火矛よ、我、火の巫女が願う。……………………」」

「おぉぉぉっ!」 「はぁぁぁっ!」

伊雅と衣緒が、魔人深川へ剣と鉄槌を振り下ろす。

「でぇぇぇぃ!」 「やあっ!」

続いて、伊万里と上乃が魔人深川へ剣を振り下ろし、槍を突き刺す。

「ふん、そんな攻撃は効かんというのがまだ分からないのか?」

魔人深川は、九峪を殴るのを止め、後ろを振り向く。魔人深川が振り向いた瞬間、仁清が矢を放ち、魔人深川へと突き進んでいく。魔人深川は、向かって来る矢を、九峪の頭を掴んでいない方の腕で払おうとして、九峪を掴む腕の力を緩めてしまう。その緩んだ一瞬を見逃さず、清瑞が魔人深川の腕から九峪を救い出し、九峪を抱えてすぐに魔人深川から離れる。

「九峪様! 九峪様! 大丈夫ですか?」

「ぐうっ……はぁはぁ……ああ、なんとか……」

清瑞の呼びかけに、九峪は辛そうにそう答えると目を閉じる。今の九峪の状態は、服は所々破れ、口や頭から血を流している。しかし、幸いにも出血の割に傷自体はそれほど深くはないようだ。

一方伊雅達は、星華と亜衣の方術が紡ぎ終わるまで魔人深川相手に必死に攻め続けていた。魔人深川は、攻撃は効ないものの、攻め続けられて鬱陶しくなったのか、怒声をあげる。

「ええいっ、鬱陶しい!」

魔人深川は、全身から魔力を放出し伊雅達を吹き飛ばす。しかし、ここで魔人深川にとって不運な、伊雅達にとっては幸運な奇跡が起こる。なんと、魔人深川が魔力を放出し終えた一瞬の、魔力を纏っていない状態の無防備なところへ仁清の放っていた矢の内の一本が、魔人深川の顔に突き刺さったのだ。

「ぐっ! くそっ! ……人間の体が仇になったか!」

魔人深川はそう言いながら再び魔力を体に纏おうとする。

今まで、魔人深川に傷が付かなかったのは、魔人深川の体を覆っている膨大な魔力によって防がれていたからだ。そうでなければ、いくら魔人といえども、九峪達の攻撃をあれほど喰らったら、それなりのダメージを負っているはずだからだ。………………遥かに高位に位置する上級魔人は別として。

さらに、今回深川が召喚し、盟約した魔人は魔界でも珍しい種類に分けられる。

この魔人は、自分で説明したように自らの肉体というものを持っていない。この魔人の本来の姿は、意思を持った、魔力と瘴気の集合体である。魔力と瘴気の集合体なので、膨大な魔力を持っているのだが、総合的な力は、中級と言ったところだ。何故なら、この魔人の強みは、特に魔力が膨大、物理攻撃が効かない事が主なところで、下級魔人の単なる怪力等は効かないが、特殊な能力や、左道を使う魔人相手では、相性が悪いのだ。なので、今の状態では、魔力を纏っていなければ、元は人間の体なので、簡単に傷が付いてしまうということだ。

伊雅達は、この好機を絶対に逃してなるものかと、傷ついた体を無理やり動かし、魔人深川へと攻撃を仕掛ける。魔人深川は、傷つけられたことに対する怒りや動揺から魔力を上手く纏う事が出来ずにいた。そして、魔力を纏おうと意識を内側に置いていた所為で、先程まで攻撃してきた伊雅達の姿が、何時の間にか離れているのに気がつかなかった。そんな魔人深川に、星華と亜衣の方術が放たれる。

「「…………汝の力を持ちて我が敵を滅ぼし、魔の者を浄化せよ! 浄魔炎滅呪!!」」

星華と亜衣、2人の声が重なって放たれた方術から、直径50センチ程の青白い炎の塊が発生し、凄まじい速度で魔人深川へと向かって行く。その速度は、魔人深川が青白い炎が向かってくるのに気づいたが、避けることが出来ない程の、凄まじい速さだった。そして、魔人深川の体が青白い炎で包み込まれた。

「ギャァァァァァァァァッ―――――!!!!!」

魔人深川は、青白い炎に包まれながら絶叫をあげる。しかし、魔人深川は、激痛に耐えながら魔力を腹部に集中させて溜めている。そして魔力を限界まで溜めると、雄たけびをあげながら、魔力を開放した。

「ガァァァ……人間如きに……殺られて……たまるか――――!!」

魔人深川の体から、強烈な魔力が発生し、凄まじい爆発音と共に、土煙が立ち昇る。

「……どうなったんだ?」

九峪は傷だらけの体を起こしながら、爆発した場所を見つめて呟く。他の者も同様に爆発した場所を見つめていた。すると、土煙の中から声が聞こえてきた。

「はぁはぁはぁはぁ、……まさか……あんな術を持っていたとは……」

魔人深川が、肩で息をしながら土煙から出てきた。体を包んでいた炎は全て消されてはいたが、体中に傷がついており、相当のダメージを負った様だ。

「な!? アレでも倒せないなんて…………」

星華は唖然と呟く。先程の方術の間に、魔人深川に攻撃していた伊雅達は、立ってはいるが、戦闘はほぼ無理な状態だ。

魔人深川は、伊雅達の様子を見ながらも、意識を集中させ、星華と亜衣が放った方術を破るのに消費した魔力を確かめつつ、体中の傷を治し始めた。

「ちっ、(思ったよりも減っているな)……まあいい。今の貴様達なら充分だ」

魔人深川は、星華と亜衣の方へ走り出す。その走りは今までの速さと比べるとかなり遅い。しかし星華と亜衣の体は方術を放った反動で体が鉛のように重く、思うように動くことが出来ないでいた。そんな2人に魔人深川の容赦ない一撃が星華と亜衣を捕らえる。

「「きゃぁぁぁぁっ!!」」

2人は数十メートル飛ばされ地面に倒れる。方力を限界近く使い、さらに、打たれ弱い2人には最早立てる力は残っていなかった。

「星華様! お姉様! ……う、うわぁぁぁ!」

「俺たちも行くぞ!」

 衣緒は2人が倒れたのを見ると、叫び声をあげながら魔人深川へ攻撃し始める。それに続き、九峪達も魔人深川へ攻撃を仕掛けるが、体は思うように動いてはくれなかった。

「ふん、そんな体でまだ向かってくるその気力は褒めてやろう。だが貴様らの相手をするのもそろそろ飽きてきたしな…………いい加減諦めろ!」

しかし魔人深川は、そう言いながら、向かって来る九峪達の攻撃をかわし、魔力を纏った拳や蹴りを放っていく。その攻撃により九峪達は、弾かれるように飛ばされてしまい、ついに全員が地面に倒れ臥してしまった。




「くっくっくっ、いい様だな。さて…………そろそろ終わりにしようか」

九峪は魔人深川の言葉を聞き、何とか起き上がろうと体に力を入れる。しかし、体は言うことを聞いてくれず、立ち上がることが出来ない。

「くっ! ……こんなところで…………死んでたまるか!!」

九峪が叫び声をあげると、九峪の声に反応するように、リーン、リーンというあの鈴の音が辺りに鳴り響く。

(……まだ今のお前ではこの位が限界か…………仕方ない…………)

突然脳裏に男の声が聞こえてきたと思うと、九峪の意識はだんだんと薄れていった。



九峪の意識が薄れてきた頃、伊雅達はあの鈴の音が聞こえてきたことから、何か起こるのかと、左道の時を思い出し、九峪を見ていた。すると、九峪がゆっくりと起き上がってきた。

「ちっ、まだ立ってくるのか……しぶとい奴め。……だが、たとえ立ち上がってもその体では碌に動けまい」

魔人深川は、九峪が立ち上がろうとしているのを見て舌打ちを打つ。しかし、自分の方が圧倒的に有利なことには変わらないと、笑みを浮かべる。

「くっくっくっ、そのまま地べたに這い蹲っていればいいものを……そんなに死にしたいのなら……望みどおりにしてやる!」

魔人深川は、九峪へ向かって走り出す。一方、何とか立ち上がった九峪は、顔を俯かせ、足はフラフラして、今にも倒れてしまいそうな様子だ。

「はははっ、死ね―――!」 

「「く、九峪様―――!」

そんな九峪に向かって、魔人深川が、魔力を纏った拳を物凄い速さで放つ。倒れていながらも、星華達や伊万里達が九峪を見つめ、伊雅と清瑞は九峪の名を叫ぶ。そして、誰もが殺られると思ったその時、俯いたままの九峪が、突然低い声で呟いた。

「……ふう、まったく……」 

ガシッという音と共に、魔人深川の放った拳は、九峪の右手によって受け止められた。

「なっ!?」

確実に九峪を殺すために、今までより魔力を集中させた拳を放ったのに軽々と受け止められ、驚愕している魔人深川を余所に、九峪は掴んだ拳に力を入れていく。魔人深川は、掴まれた右手を離そうとするが、物凄い力で掴まれており、ピクリとも動かせずにいた。

「くっ、離せっ!」

今度は左の拳を放つが、右と同じように受け止められてしまう。九峪は、掴んだ両手に更に力を篭めながら、俯いていた顔を上げて、魔人深川を睨みつける。顔をあげた九峪の目の色は、何故か真紅に変わっていた。

「うっ! (何だこいつの目の色は!?)」

魔人深川は九峪の真紅の目に睨まれ、ビクッ!と体を震わせる。

「何時まで調子に乗っているつもりだ貴様?」

九峪の声は先程とは違い、まるで別人のようだ。その声を聞いた魔人深川は、一瞬金縛りにあったように硬直した。

「ぐはっっっ!」

硬直した魔人深川の腹部へ軽く蹴りを放つ。魔人深川は、軽く蹴られたのに、数十メートルも飛ばされてしまう。九峪は、蹴り飛ばした魔人深川を一瞥した後、右手を上にあげ、静かに呼びかける。

「来い、天の炎」

九峪がそう呼びかけると、神社の前に置いてあった筈の天の炎が、九峪の右手から2メートル程浮いたところに突然現れた。

「天の炎よ、我が命により、在るべき姿に戻り、我が力となれ」

九峪は、空中に浮かぶ天の炎を見つめながら静かに天の炎に語りかける。すると、天の炎の皿の裏側に描かれていた紋章が九峪の言葉に応えるように強く輝きだす。すると天の炎から炎が凄まじい勢いで放出し、天の炎自体を炎が球状にして包み込む。

天の炎を炎が完全に包み込むのを確認した九峪は、右腕を上から前に移動する。すると、九峪の右腕の動きにそって、球状の炎が九峪の前まで移動した。そして、球状の炎に向かって、右腕を一気に突っ込む。

「なっ!?」

伊雅達が驚いているが、九峪は顔色一つ変えずに呟く。

「いでよ、炎(かぎろい)の御剣」

そう言いながら、九峪の腕が、炎の中から引き戻されると、右手に一本の剣が握られていた。



その剣は、剣と呼ぶには不思議な形をしていた。刀身には不思議な文字が描かれており、中心から枝分かれするように六つの刃がつき、とても神々しい光を放っていた。

この「炎の御剣」は、遥か数百年前に起こった魔天戦争の際、ある男が使っていた剣だった。その剣の力は凄まじく、例え上級魔人であろうとも、使う者次第では、一撃で倒す事の出来る強大な力を秘めた剣なのである。

そのことを知る者は、キョウを含めて此処には誰もいなかった。しかし、阿蘇の山奥に居る兎華乃や、何処とも知れぬ場所に佇んでいるある者は、「炎の御剣」の波動を感じ、あの時感じた波動が自分達の知っている者の波動だと確信した。…………その者達と出会うのはまだ先の話。



「悪いな。また一緒に戦ってくれるか?」

九峪は、右手に握っている炎の御剣に優しく語りかける。すると、九峪の言葉に応えるように、刀身に刻まれている文字のようなものが光りだし、球状の炎を吸い込んでいく。



「さて、……貴様如きでは肩鳴らしにもならないからな。……さっさと掛かって来な」

九峪は、完全に炎を吸い込んだ、炎の御剣を肩に担ぎ、立ち上がった魔人深川に向かって淡々と述べる。その口調は相手を挑発したりするものではなく、本当に事実を言っている口ぶりだった。しかし魔人深川には、そんな事には気づかず、自分を侮辱したと思いこみ、先程九峪の真紅の目に睨まれた時に感じた恐怖も忘れて怒声をあげる。

「私では肩鳴らしにもならないだと?…………ふ、ふざけるなよ貴様っ!!」

魔人深川は怒りの形相で全ての魔力を右腕に溜めながら九峪に向かって走り出す。

「はぁぁぁっ―――!! 死ね―――――――!!!!」

「……遅い……」

魔人深川は叫び声をあげながら、九峪に向かって魔力を限界まで溜めた右腕を物凄い速さで振りぬく。一方九峪は、向かって来る魔人深川にそう言うと、伊雅達ですら見えないほどの速い動きで炎の御剣を水平に振りぬく。

九峪と魔人深川が、一瞬交錯し、そのまま通り過ぎる。2人が立ち止まると、魔人深川の方に変化が訪れた。なんと、魔人深川の体が、間近で見てみないと分からないほどに、腹部のところで、上半身と下半身に、綺麗に斬られていた。

「ごふっ!……ば、馬鹿な……」

「ふんっ、やはり肩慣らしにもならなかったな。……さっさと滅べ」

九峪がそう言うと、魔人深川の斬られた所から、青白い光が輝きだし、魔人深川を包みこむ。

「グハッ! ……そんな……こ、この私が……人間如きに……グッ、グワァァァァ―――!!!!!」

魔人深川は、そう言いながら口から血を吐く。そして、絶叫と共に青白い光に包まれて消滅していった。





あとがき
 
どうも蒼獅です。第四話如何だったでしょうか?

今回は、戦闘シーンばかりでしたが如何でしたか? 戦闘メインというのはやはり難しいですね。

さて次回は、魔人深川との戦いの時に、意識が薄れていった九峪に起こった事をメインにお送りします。

まだまだ未熟者なので、できれば感想掲示板に指摘等をお願いします。

ではこれにて失礼させて頂きます。