火魅子伝 居場所 第9話(改訂版) (H:小説+マンガ+オリ M:九峪・香蘭・紅玉 J:シリアス)
日時: 09/17 13:08
著者: 蒼獅


―九峪達が砦跡に来てから十五日後―

九峪は、紅希との修行で昨日まで休んでいた為、今日は砦跡に来てからの日課となっていた鍛錬を再びしていた。暫く無言のまま、少しだけ炎を自分の力に変える練習をしながら、炎の御剣を振るっていた九峪は、視線を感じたので剣を振るうのを止め、視線を感じる方へ話し掛ける。

「……俺に何か用なのか? 紅玉、香蘭」

九峪がそう言うと紅玉と香蘭が九峪の元へ近づいてきた。

「いえ、香蘭と鍛錬をしようとどこか広い場所はないかと探していましたら、此処で九峪様が鍛錬をしていたので見させて頂いていたのです」

紅玉は微笑みながらそう言う。その隣で香蘭は目を輝かせて九峪を見つめ問いかける。

「九峪様、魔人を倒したと聞いたけど本当か? 母上も魔人を倒したね。母上とどっちが強いか?」

香蘭が興味津々と言った様子で九峪と紅玉を交互に見つめる。そんな香蘭の様子に、紅玉は苦笑しながら答える。

「それは実際にやってみないとわかりませんよ香蘭」

「そうだな」

紅玉と九峪が香蘭に答えると、香蘭が九峪に尋ねる。

「そっか……じゃあ九峪様、今から私と勝負してほしいね。だめか?」

そう九峪に聞きながら、香蘭は全身から闘気を放つ。香蘭の様子に九峪は紅玉を見ると、苦笑しながらも止めようとはせず、むしろ……。

「九峪様、もしよりしければお願いできないでしょうか? 香蘭にもいい経験になりますし……」

と言ってくるので、九峪は溜息を吐きながら答える。

「ふ〜別に良いけどお互い素手でな。それならいいよ」

「わかりました。良いわね香蘭?」

「わかたよ母上」

そう言うとお互い適度に離れて向き合う。九峪は自然体で立っているのに対し、香蘭は左足をスッと前に出して腰を落し、左手を胸の前までもっていき、九峪の方へ掌を向けて構え、右手は腰の横に拳を作っておいている。

「では……始め!」

「はぁぁぁ―!」

紅玉の合図と共に、香蘭が九峪へ向かって駆け出す。

「はいっ! せいっ! はい―!」

そのまま速度を落さずに九峪へ右ストレート、左ハイキック、左の手刀を九峪の肩目掛けて振り下ろす。しかし、九峪は、右ストレートを右に避けて、左ハイキックをバックステップで避けると、左の振り下ろされる手刀を受け流し、そのまま腕を捕ろうとする。しかし、香蘭がすぐに右ハイキックを繰り出す。

「えいやぁっ!」

「はっ!」

九峪は腕を捕ろうとした手を引っ込め、素早く右から来るハイキックを掻い潜り、香蘭の腹部に掌手を放つ。香蘭は九峪の掌手を喰らうが、すぐに反撃してきた。

「まだよ!」

香蘭は九峪に次々と右ハイキック、左ストレート、左ハイキックから右の踵落しを放つ。

(単純な戦闘能力なら火魅子候補の中で一番だな。それにまだまだ強くなりそうだし……)

九峪はそう思いながら、右ハイキックを左腕で受け、左ストレートを払い落とし、左ハイキックをサイドステップで避け、右の踵落しをバックステップで避ける。

「せやぁ―――!!」

香蘭は、踵落しが避けられるのも想定済みだったのか、右足をそのまま勢いよく後方に振り、くるっと回転しながら左と右の浴びせ蹴りを放つ。

「ちっ……だが甘い」

九峪はそう呟き、迫り来る左と右の浴びせ蹴りを避けると、香蘭の背後に移動し香蘭の後頭部に拳を突き出した。

「俺の勝ち……だな?」

「……参りました」

九峪がそう言うと、香蘭は悔しそうな顔をして負けを認める。九峪は突き出した拳を引きながら紅玉に話し掛ける。

「流石、紅玉の娘だな。この歳でこれほどの腕前なんて……」

紅玉は九峪の言葉に微笑みながら答える。

「そう言って頂けると嬉しいです。ただ九峪様には一撃も入れる事が出来ませんでしたが…………」

そう言って笑顔のまま香蘭を見つめる。見つめられた香蘭はビクッと肩が振るえ、恐る恐るといった様子で紅玉の顔を見つめる。

「は、母上。こ、これは、そ、その……」

ビクビクしながら香蘭は何かを話そうとするが、紅玉はすっと香蘭の頭の上へ手を持っていく。

(あ、ま、またお仕置きか?)

内心怯えまくっている香蘭だったが、何時までたっても痛みは来ない。不思議に思っていると、頭を撫でられた。

「は、母上?」

「香蘭、今のあなたに足りないのは経験です。自分より強い人と戦った時にしか得られない経験。それがあなたに備われば更に強くなれますよ」

紅玉は微笑を浮かべたまま香蘭の頭を撫でながらそう言う。香蘭は頭を撫でられるのが嬉しいのか、お仕置きされなかったのが嬉しいのか、多分その両方だが大きく頷いて、紅玉に答える。

「わかたよ、母上。私、もっともっと強くなるね」

「ええ、期待していますよ香蘭」

紅玉と香蘭の会話が終わると、九峪が話し掛ける。

「さて、それで……紅玉は如何する?」

九峪が何気なく発したその言葉に、紅玉は笑顔から一転して真面目な顔になり九峪を見つめる。

「やはり、気づいていましたか……」

紅玉はそう呟くと闘気を放つ。九峪は紅玉の闘気を受けながらも話し続ける。

「まぁな。で、やっぱり紅玉もか?」

「はい。よろしいですか?」

紅玉の口調は疑問系だが、既に決定事項のように更に闘気を高めていく。九峪はふ〜と息を吐く。

「仕方が無いな。それと……そこにいる皆も見たそうだしな」

九峪がそう言うと、物陰から伊雅を始め復興軍の幹部がぞろぞろと出てきた。

「これだけ居るんなら、いっそのこと兵達にも見てもらった方がいいな。どうだ紅玉?」

「ええ、私は構いません」

「じゃあ移動しようか」

そう言と一行は広場へと移動を始めた。





九峪達が広場へ着くと、大勢の兵達が集まっていた。ある者は賭けまでしているようで、それを取り仕切っているのは隊商の頭で火魅子候補の只深だ。

「さぁさぁ、どちらに賭けますか? 今のところは九峪様が七、紅玉はんが三となってるで。さぁそこの人、どっちに賭けますの?」

というように周りに賭け事を勧めている。九峪はその様子に苦笑し、紅玉に話し掛ける。

「すっかり見世物になってしまったな紅玉」

「はい。ですが、手加減はいたしません。よろしいですか?」

「構わないよ。俺も今の俺がどれぐらいの力があるのか試したいしな」

九峪と紅玉はそう言うと、ある程度離れる。二人のその様子に周りは一斉に静かになった。
二人は一礼すると構える。九峪は香蘭の時のように自然体ではなく、左半身になって軽く拳を作り右手は顎へ、左手は胸の前に構えている。一方紅玉は香蘭と同じ格好で構えている。だが紅玉の構えは香蘭と同じ構えなのに、九峪の目には全然違う構えに見えた。それだけ紅玉の構えが洗練されているということだ。





周りで見ている伊雅達や兵達は、二人が構えてから途方もなく長い時間が経っているように感じられた。二人は一歩も動かず構えたままだ。そして緊張が頂点に達した一人の兵が、手に持っていた訓練用の竹槍を落としてしまった。

―パキィン―

その瞬間、二人は物凄い速さでお互いの距離を一瞬にして詰めた。

「おぉぉぉぉっ―!! 「はぁぁぁぁっ―!!」

二人は気合の声を発しながら、拳、蹴り、肘撃ち、膝蹴り、手刀等、様々な攻撃をお互いに繰り出すが……。

「あ、当たらない…………」

「凄い……あんなに近いのに……」

伊雅達は唖然として呟く。目では九峪と紅玉の動きを何とか追えるものの、自分では避けることは出来ないと皆考えていた。しかし、二人の戦いを見ていた香蘭が信じられない事を呟く。

「まだね、母上も九峪様も本気じゃないよ」

「えっ!? あれで本気じゃないなんて……」

香蘭の様子に嘘じゃないと判断した一同は驚愕して九峪と紅玉へ目を向ける。二人は相変わらず至近距離での攻防を続けていた。

「ふっ! せいっ!」 

九峪が緩急をつけ、更にフェイントを入れながら右ストレートを放つ。

「はぁっ!」

一方紅玉は九峪のフェイントには掛からずに放たれた右ストレートを、僅かに左にずれて避けながら腹部に蹴りを放つ。

「おらぁっ!」

九峪は紅玉の蹴りを避けずに、前進する事で蹴りの威力を減らすとそのまま足を掴んで軸足の方へ足払いを掛ける。しかし、紅玉は素早く身体を回転させ九峪にハイキックを放つ。九峪は迫り来るハイキックを防御する為、足を掴んでいた片手を離しハイキックを防御する。

―バキッ― 

「くっ!」

九峪の口から苦悶の声が漏れる。ハイキックの衝撃で防御した腕は痺れ、足を掴んでいた手も離してしまった。しかし九峪はすかさず紅玉へ蹴りを放つ。

―ドカッ―

「うっ!」

九峪へ回転してハイキックを放ったことで、九峪に背を向ける格好になって着地してしまった紅玉に、九峪の蹴りが炸裂する。これによりお互いの距離が開いた。

「!!」

紅玉は、九峪に背中を向けたままだが、九峪の気配が自分に迫って来るのを感じ、すぐに振り向いて構える。しかし、振り向いた先には九峪の姿は見えない。

「!!!」

「はっ!」

しかし、次の瞬間背筋が凍りつくような感覚が紅玉を襲う。紅玉は咄嗟にその場から今まで使っていなかった“気”の力も使って常人離れした速さで離れると、先程まで居た場所を物凄い速度で蹴りが通り過ぎていく。

「ちっ」

聞えてきた舌打ちの方向に顔を向けると、そこには蹴りを振りぬいた体制で舌打ちを打っている九峪が居た。

(九峪様がまさかここまでとは)

紅玉は九峪の実力が此処までとは思っておらず内心感嘆していた。自分は大陸でも五指に入る程の実力を持っているのに素手とはいえ自分が押されている。こんな事は今まで戦ってきた猛者の中でも、片手の指ぐらいの人数しかいない。それと同時に安堵もしていた。これほどの実力があればお飾りの総大将では無いと確信できたからだ。ちなみに九峪は紅希との修行で得た力は使っていない。というより炎の御剣が手元に無いので使えないのだが……。

「流石ですね九峪様。まさか此処までとは正直思っておりませんでした」

「俺も紅玉が魔人を倒したというのは本当だと思っていたけど素手で此処まで強いとは予想以上だよ。それより……」

「ええ、そろそろ……」

「「決着をつけよう(ましょう)か!」」

そう言うと、九峪と紅玉はお互いに向って走り出した。

「はぁぁぁっ!!」

紅玉は走りながら大きく息を吸い込み、“気”を溜めて、一気に足から放出する。ダンッという音をたてて紅玉の姿が伊雅達や志願兵からは消えたように見えた。ちなみに、紅玉の踏み込んだ所の地面を見てみると、紅玉の足跡がしっかりと残されるほど陥没していた。

「はぁっ!!!」

そして、紅玉は物凄い音を立てて踏み込み、双掌を放つ。九峪は予想以上の速さで距離を詰められて、対応が遅れるのを紅玉は見た。

(勝った!!)

紅玉は内心で自分の勝利を確信した。この一撃は九峪に確実に当たると判断したし、大事を取って急所を外したが、これをまともに喰らえば、いかに九峪とはいえ倒れる事は間違いないと思ったのである。





「はぁぁぁっ!!」

九峪は、紅玉がダンッという音をたてて姿が消えたと思ったら何時の間にか自分のすぐ近くまで来ているのに気づいた。

(まずい!!)

焦る九峪を余所に、紅玉の双掌は九峪の腹部へと吸い込まれる。九峪は、避ける事が出来ないのならばと、腹部に力を入れる。そして、九峪は気づいていなかったが、この時九峪の腹部には、九峪が力を入れた事によって“方力”が集まっていた。

―ドンッ―

紅玉の双掌が九峪の腹部に直撃し、九峪の体から爆発音のような音が聞こえた。しかし、紅玉は一瞬驚いたように動きを止める。

(私の“剄”が通らなかった!?)

「がはっ!! ……ッ!!」

九峪の口から苦痛の声が漏れる。しかし、九峪は苦痛に歯を食いしばりながら、自分の“剄”が通らなかった事に一瞬動きを止めた紅玉の両腕を掴むと、上に持ち上げ素早く体を回転させながら懐に潜り込み、背負い投げた。

「あっ!?」

紅玉は、何時の間にか自分が投げ飛ばされている事に気がつくが、既に遅く、九峪が紅玉の顔に拳を向けていた。

「俺の勝ちだな?」

「参りました九峪様。私の負けです」

その一言を聞いた九峪と紅玉の試合を見ていた皆は大歓声を上げた。

「うぉぉぉぉっ―――!! す、すげぇ……凄すぎるぜ!!」

「ああ、信じられぇ……」

観戦していた兵達が歓声を上げながら興奮した面持ちで周りの人達と話している。

「素晴らしい試合であったな清瑞」

「はい。そうですね」

「星華様、紅玉殿が魔人を倒したという話。嘘ではないようですね」

「ええ、心強い味方だわ」

伊雅達も九峪と紅玉の戦いを見て興奮しているようだ。皆が話している間に香蘭は紅玉の元へ駆け寄り尋ねる。

「母上、大丈夫?」

「ええ大丈夫よ香蘭。それにしても九峪様。九峪様は“気”を使う事も出来るのですか?」

「いや、俺は“気”の事は多少知っているだけで使えないよ。それより、俺も紅玉が何時の間にか俺のすぐ近くまで迫っていたのには驚いたよ。あれはどうやったんだ?」

「はい。あれは“縮地”と言いうんですがご存知ですか?」

「まあ名前だけはな。へぇ〜紅玉は“縮地”も使えるのか流石だな」

九峪が紅玉にそう答えると、紅玉は苦笑する。

「流石と言われましても、九峪様は“気”も使わずに私に勝ったじゃありませんか。まだまだ香蘭共々鍛えねばなりません」

「まぁ鍛えるのは良いんだけど、これからは志願兵達を鍛えてもらわなくちゃいけないから、程ほどにしておいてくれよ」

「はい、わかりました。では九峪様、私達はこれで失礼させて頂きます。今日はありがとうございました」

そう言って九峪に頭を下げると紅玉と香蘭は歩いて行った。そして、周りに居た兵達も伊雅達に言われ自分達の仕事に戻っているようだった。

「さて、俺も戻るか」

そう呟きながら九峪は自分の部屋へと歩き出した。





あとがき

どうも蒼獅です。第九話如何だったでしょうか?

今回は九峪と紅玉、香蘭親子との試合でした。今回はお互いが素手という状況なので、真の実力というわけではありませんが……。“気”に関してはあまり知らないくせに書いたので、間違いなどがあれば指摘してください。あと、紅玉の“剄”が通らなかったのは、九峪が“気”とよく似た力“方力”を使ったからです。無意識ですけど……。私は、“気”と“方力”は似ているのではないかと考えているので、書いてみました。

さて次回は、紅玉との試合に自分の力量が上がっている事を自覚した九峪君。そして自分に方術が扱える事を紅希から教えてもらったので、星華に方術を習いに行く。というような内容です。

もし宜しければ、感想、意見、指摘など感想掲示板にお願いします。

ではこれにて今回は失礼させて頂きます。