火魅子伝 居場所 第17話(改訂版) (H:小説+マンガ+オリ M:復興軍幹部・天目・虎桃・案埜津 J:シリアス) |
- 日時: 02/10 12:34
- 著者: 蒼獅
―復興軍が、当麻の街を奪還して四日目―
征西都督府に備えてある、大きな浴場で天目は湯に浸かりながら何やら考え事をしていた。
(今回の復興軍はどうやら相当の者達が集まっているようだな。これならば問題は無いか……あとは、蛇渇とあの男の動向と、紫香楽を何時殺るか。か……)
どうやら天目は、これからの事について考えているようだ。
(乱破からの報告によれば、復興軍は約二千五百近い兵力を持っていると聞いた。ということは、私が感知する前から秘密裏に行動を起こしていたという事か。なら必ず討伐軍が送り込まれてくることは予想しているはず。此処は一気に減らすにはちょうどいいな。ついでに虎桃に軍艦を任せるか)
天目はそこまで考えると、立ち上がり浴場から出て行く。
浴場から出た天目を迎えたのは天目親衛隊の者で、手際良く天目の体を拭くと、天目の武器にして防具にもなる孔雀の羽の様な形をした羽根飾りをつける。
天目は、羽根飾りの調子を整えるかのように二、三回震わせると、親衛隊に話し掛ける。
「虎桃を私の執務室まで呼んでおいてくれ」
「わかりました、天目様」
親衛隊の者は、そう言うとすぐに虎桃を探すため歩き出し、天目は自分の執務室へと向かっていった。
―天目の執務室―
天目が執務室の中で仕事をしていると、戸の外から声が聞こえてきた。
「天目様、親衛隊副体長、虎桃参りました」
「入れ」
「失礼しま〜す」
虎桃と名乗った女性が天目の執務室に入ってくる。
「天目様、何か御用ですか?」
「虎桃、二千五百ほど率いて火向まで行って来い」
天目は、虎桃が執務室に入ってくるなりそう言う。すると虎桃―桃色の髪をした度派手な衣装を着た女性―は嫌そうな顔をする。
「え〜私がですか〜?」
「ああ。お前がだ。なに、今回の反乱軍は相当な者達が集まっている。それに、お前が直接指揮を執れとは言わない。討伐軍の軍艦として復興軍の奴らを見てこればいい」
ニヤリと笑みを浮かべながら天目は虎桃を見つめる。
「はぁ〜わかりました。忌瀬と真姉胡には何かありますか?」
「ん、そうだな……いや、特にない。復興軍の近況はお前が行ったついでに貰っておいてくれ」
「わっかりました〜」
虎桃は、間延びした返事をすると天目の執務室から出て行った。
「さて、案埜津。私はこれから行くところがある。留守にする間の事は任せたぞ」
「……わかりました。天目様」
案埜津と呼ばれた女性は、天目の言葉に反論することはなく、少しの間を置き、頷いた。
―天目が考え事をしていた次の日の朝―
復興軍の幹部達は九峪から話があると聞かされ、旧留守の間に集まっていた。
九峪は全員が集まるのを確かめると話し始める。
「忙しいところを呼び出してすまなかった。昨日、ついに最後の火魅子の資質を持つ者が火魅子候補になる事を決意した」
「なっ!?」
九峪の言葉に一同は騒然となる。
「皆、静かに。じゃあ最後の火魅子候補である…………志野頼む」
九峪が志野の名を呼ぶと、皆が一斉に志野を見つめる。志野は皆の視線に気圧されることなく、自分の思いを語る。
「はい。皆さんが驚いているのは無理も無いことです。私自身、知ったのはつい最近です。九峪様とキョウ様から言われ、火魅子候補になるかどうかを聞かれました。私は、一座と火魅子候補を秤にかけ…………火魅子候補になる事を決めました。私なんかで勤まるかどうかは分かりませんが、一座の皆と精一杯やっていくつもりです。皆さん、よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ、よ、よろしくお願い致します」
志野と珠洲は皆に向かって深く頭を下げる。頭を下げられた幹部達は、慌てて頭をさげる。
(くっ、志野がまさか火魅子の資質を持っていたとは)
(志野さんも私と同じだったんだ)
(これで最後ということはこの反乱が失敗に終わったら……)
(これは、手強い相手ですね)
お互いに頭を下げている中、とある人物達は、それぞれの頭の中に様々な思いが浮かんでいた。
皆が落ち着いたところで九峪が話し始める。
「さて、これで全ての火魅子候補が集った。これからの戦は、志野も一軍を率いてもらう事になるからよろしくな」
「はい。分かりました」
「じゃあ、これで終わり…………」
九峪がそう言っていると、廊下をドタドタと慌しい足跡が響いてきた。そして、旧留守の間の戸を勢いよく開ける。
「何事だ!!」
伊雅が戸を開けた兵士にそう怒鳴る。しかし兵士は、はぁはぁと息を切らせて、信じられないことを口にした。
「た、大変です!! こ、この街に、ままま、魔獣が押し寄せてきましたっ!!!」
兵士の言葉に、幹部達は騒然となる。
「何っ!! く、九峪様」
「落ち着け」
そんな幹部達に、九峪は静かな声で全員を黙らせる。
「街の民達を避難させる。清瑞、乱破部隊を総動員させろ。あと、街の門を全て閉じるように連絡。その時、外に居る人達は中に入れるように」
「はっ!」
「藤那と志野には、まだ軍の編成が出来てないから二人で一つの軍としてくれ。それと、星華と伊万里、伊雅と香蘭。以上の組み合わせで、それぞれ一つの軍として行動しろ」
「はっ!!」
九峪の言葉に鋭い返事を返すと、九峪に言われた者達はすぐさま旧留守の間を出て行く。最後に残った忌瀬と真姉胡に命令する。
「忌瀬、真姉胡。お前達は負傷者の手当が出来るように準備しておいてくれ」
「はい」
「わかりました」
九峪は二人の返事を聞くと炎の御剣を手に取り、魔獣がいる街の外へ向かって走り出した。
―時間は遡り、復興軍が当麻の街の狗根国軍と戦っている最中―
遥か彼方から手に持つ丸い水晶の様な物に映る、復興軍と狗根国軍との戦いを見ている男は、暫く見ていると唐突に呟く。
「……違う……」
その男は、水晶の様な物の中に映る九峪の姿を見ながらそう言うと、水晶に映る九峪の姿を拡大させた。そして、暫く九峪の顔をじっと見ていると、急に笑い出した。
「くくく、ははははっ!! まさか、あれは“奴”の息子か? あの時感じた波動はコイツのものだったのか?……しかし……あの時感じた力は“奴”の…………。ふっ、まぁいい。あの時逃がした“奴”の息子が……くくく」
その男はそう言うと何事かを呟き、姿を消した。
―復興軍が当麻の街の狗根国軍と戦った翌日―
蛇渇は昨日男に聞かされた事に、驚きを覚えながら黒き泉の前に来ていた。
「ふんっ、“奴”の息子か……。あやつが言うには“まだ赤子同然”と言っていたが……まぁこれ位は退けてもらわねばな」
蛇渇はそう言うと、以前魔人を召喚した時のように、皮と骨だけの様な腕から、一滴の血を黒き泉の中に落とし、ぶつぶつ呟く。
「グググ、蛇渇カ。何カヨウカ?」
召喚された魔人は、御伽噺に出てくるような狼男で、約三メートルはありそうな巨体に、二本の獣の足で立ちあがりながら蛇渇に尋ねる。
「おぬしには戦ってもらいたい者がおるのよ。その者は、今は耶麻台国の復興軍に入っとるようでの。“奴”の息子がどれほどの者か見てきてほしいのだ」
その魔人―人狼―は蛇渇が口にした「“奴”の息子」という部分に驚いたように目を見開くが、すぐに壮絶な笑みを浮かべる。
「グググ、マサカ、アノ……その息子、殺してもイイのダロウ?」
「好きにせい。お主に殺られるなら所詮それまでの奴だっただけよ」
「グググ、分かった」
人狼は蛇渇にそう言うと、掻き消えるようにして姿を消した。
人狼が去った闇の泉の前に立つ蛇渇に、何者かが尋ねる。
「よかったノカ? アノ程度、“ヤツ”ノ息子トヤラ、ナラバ……」
「よい。あの程度の下級魔人に勝てなくては我が此処に来た意味がないからの」
「……ソウカ」
何者かは、蛇渇がそう言うと納得したように頷き、気配を消した。
「くくく、“奴”の息子よ、お主の力、見せてもらうぞ」
蛇渇はそう言うと、ふっとその場から姿を消した。
―九峪達が、魔獣の群が来たのと報告を受ける数時間前―
蛇渇に召喚された人狼は、当麻の街の近くにある森まで来ていた。
「グググ、マズハ、コイツラダ……」
人狼が呟きながら何かを呼び寄せる。すると、狼の姿をした魔獣が五体ほど集まってきた。
どうやらこの人狼は、狼の魔獣―魔狼―を呼び寄せ、使役することが出来るようだ。
「グググ、行け」
人狼の言葉に従うように、魔狼は当麻の街へと向かって行った。
―現在―
魔狼が当麻の街に押し寄せて来たとの報告を受けた復興軍の幹部達は、すぐに自分の軍を率いて防衛の陣を引き始めた。
清瑞は、魔狼達が襲ってこないのを不思議に思いながら九峪の元へ急ぐ。
「九峪様!」
「清瑞か。街の民達は無事に避難したか?」
「はい。何故か魔獣が襲ってきませんでしたので、民達は慌てながらも被害無く避難し終えることが出来ました」
「そうか。魔獣の考えなんて分からないが、あのままにしておくわけにもいかない」
九峪は門の外にいる五体の魔狼を鋭い視線で睨みつける。
「清瑞。各部隊に伝令“部下に防衛をさせ、腕の立つ者のみで魔獣を殲滅”以上だ」
「御意」
清瑞は、九峪に対して片膝を付き、そう言うと走り出した。
「九峪様。伊雅様、香蘭様、紅玉殿、星華様、衣緒殿、伊万里様、上乃殿、藤那様、志野様、珠洲。以上が魔獣の殲滅を行うと申しております」
「そうか(なんで火魅子候補全員が出て来るんだか……まったく)じゃあ俺も行ってくるから、俺達が出たら門を閉めるようにと言っておいてくれ」
「……はい。わかりました。お気をつけて九峪様」
「ああ、行ってくる」
九峪は、清瑞にそう言い残して自分の部下達に聞こえるように声を上げる。
「俺はこれから魔獣の殲滅に行ってくる。もしかしたらあそこに居る魔獣だけじゃないかも知れないから、油断しないように。いいな!」
「はっ!!」
部下達は、九峪の言葉に鋭い返事を返す。その返事に頷きながら九峪は門の外へと出ていった。
門の外に出ると、既に他の面々は武器を構えながら魔狼の動きを見ている。
九峪は、そんな面々に向かって指示を下す。
「星華、藤那、二人は方術で攻撃。衣緒は二人の護衛。他の皆はお互い連携して魔獣の殲滅。いいな?」
「はっ!」
「よし……行くぞっ!!」
九峪の掛け声と共に全員、魔狼へと向かって行った。
「はぁぁぁぁっ!」 「せいっ!」
伊万里と上乃が近くに居る魔狼の体に剣と槍を叩き込む。
「グォォォッ」
魔狼は向かってきた伊万里と上乃の攻撃を避けて吼えながら鋭い爪を振るう。伊万里と上乃は魔狼の爪を剣で受けながら自ら後ろに飛び、距離をとる。
「天の火矛!」
そこへ、計ったかのように放たれた星華の方術が炸裂し、魔狼の体が燃え上がる。
「ガオォ!!」
体を燃やしながらも、魔狼は伊万里に標的を定めて向かって行く。
「天の風牙!」
しかし、藤那の方術が魔狼の横から襲い掛かり、魔狼は何かに切り裂かれたような傷を負い、体勢を崩す。
「はぁぁっ!」
そこへ、魔狼に珠洲が鋼糸を使って魔狼の動きを止め、止めに志野の剣が魔狼の首を突き刺す。
「ガァァ」
志野に首を突き刺された魔狼は、そのままピクリとも動かなくなった。
「おぉぉぉっ!」
一方此方は、伊雅が叫びながら魔狼に切りかかる。
「ガッ」
魔狼は咆哮を上げ、伊雅の剣を避けると、その素早さを活かして伊雅に体当たりを放つ。
「くっ」
魔狼の体当たりに伊雅の体が宙に浮き、魔狼が詰め寄ってくるが、そこへ香蘭と紅玉の強烈な蹴りが左右から襲う。
「せいやっ!」 「はぁぁぁっ!」
「ゴォア」
二人の蹴りに魔狼は動きを止める。しかし、魔狼は右腕を振り回して香蘭と紅玉へ鋭い爪を振るう。しかし、そんな攻撃は二人に当たる筈も無く、逆に紅玉が魔狼の爪を掻い潜り、懐に入り込みながら肘打ちを放つ。
「せいっ!」
「ガォッ!」
「はいっ!」
「はぁぁぁっ!」
魔狼は息が詰まったように吼える。そんな魔狼に次は香蘭が魔狼の頭に向かって上空から拳を振り下ろし、止めとばかりに、伊雅が魔狼の首を気合の声と共に断ち斬る。
―ザシュ―
首を絶ち斬られた魔狼はそのまま首から大量の血を出しながら絶命した。
九峪は、他の皆が魔狼を倒しているのを見ると、僅かな疑問を感じた。
(どうして、あの魔獣達は動かないんだ?)
そう。九峪が疑問に思ったのは、伊万里達や伊雅達に倒された魔狼以外攻撃すらせずに、ただ動き回っていた魔狼達の行動の事だった。
(考えても仕方ないか)
九峪は、そんな魔狼達を見ながら疑問には思うが、倒さなくてはいけないことに変わりは無いと思い直し、近くに居る魔狼に斬りかかった。
「グォォォォッ!!」
九峪が斬りかかった魔狼は、叫び声を上げながら、九峪の炎の御剣を回避すると、すぐに爪を振るってきた。
「ふっ!」
九峪は、魔狼の爪を炎の御剣で受けると、鋭く息を吐き、魔狼の爪を弾き飛ばて炎の御剣を一閃する。
「ゴアッ!?」
魔狼はそんな声を上げて、九峪が一閃したところからゴトリと音を立てて崩れ去る。あまりの鋭さに、魔狼自身何が起こったか分かっていないようだった。
三体の魔狼が倒されると、他の魔狼達は、ゆっくりと森の方へと戻っていった。
「いったい、何だったんだ?」
魔狼の行動に困惑しながら九峪は呟く。そんな九峪に伊雅は尋ねる。
「九峪様。このまま魔獣を逃してもよいのでしょうか?」
「そうだな。あまり深追いはしたくないんだが……伊雅、魔獣とはこんなに弱いものなのか?」
「いえ、私も魔獣と戦った事はこれが初めてでして……」
「そうか。他の皆はどうだ?」
九峪が皆に尋ねると、皆は思案顔になりながら考えるが、どうやら皆分からないらしい。
「まあいいか。とにかく狗根国軍が来るのがわかっている状態で魔獣をあのままにしておく訳にはいかない」
「では、行くのですか?」
「ああ。ただし此処からは俺と紅玉で行こうと思う。伊雅達は、魔獣が他のところから襲ってくるかも知れないから此処に残っていてくれ」
「ですがっ! ……わかりました」
伊雅は反論しようとするが、九峪の目を見て言うのを止める。
「皆。そういう事だからこの街の防衛は任せた。紅玉いいか?」
「はい」
「じゃあ行ってくる」
「はい。お気をつけて」
九峪と紅玉は魔狼が戻っていった方へと走り出し、伊雅達は街の中に入らず、門の前で、警戒を始めた。
あとがき
どうも蒼獅です。第十七話如何だったでしょうか?
今回は、志野が火魅子候補という事を幹部の皆に教える様子と、狗根国の様子をお送りし、魔狼との戦いをお送りしました。久しぶりの戦闘になるのですがやはり書くのは難しいです。
次回は、九峪、紅玉と人狼、魔狼の戦いをお送りします。
宜しければ感想掲示板に意見や感想、指摘などをお願いします。
では今回はこれにて失礼します。
| |