火魅子伝 居場所 第21話(改訂版) (H:小説+マンガ+オリ M:九峪・星華・香蘭・紅玉・真姉胡・亜衣・常慶・虎桃 J:シリアス)
日時: 03/10 13:50
著者: 蒼獅


当麻の街を出た襲撃部隊は、美禰の街の海岸近くにまで到着すると、兵下達は船から降りる。

船から降りた兵士達は、皆船酔いで顔色が悪い者が殆どだ。

辺りは暗く、まだ太陽が昇るまで時間がある。

そして、現在は海岸から多少離れた場所に天幕を張り、襲撃部隊の各隊長が集まって最終確認を行っていた。

「じゃあ詳しい説明をするけど、まず、これから街を包囲する。と言っても、俺達の兵力じゃ包囲なんて出来ないから、旗を沢山掲げて包囲する。これにより敵が此方の兵力の正確な数の把握をさせないのと、少ない兵で多く見せる事が出来る。次に、街からの伝令は、行きは見逃し、帰りは捕まえて、情報を聞き出し、偽の乱破を送り込む。その情報を元に当麻の街へ戻るか、美禰の街を奪還する。以上で何か問題や疑問はあるか?」

九峪が説明し終わり、そう尋ねると、星華が手を上げて問いかけてきた。

「あの九峪様。美禰の街にはどの位の兵力が存在するのでしょうか?」

「ああ、報告では討伐軍に出した三百を引いて、さらに九洲兵を引くから、百五十ほどかな」

「百五十ですか……。百五十なら此方の戦力の方が勝っているので、いっその事落してしまうのはいかがでしょうか?」

「それもいいんだが、いくら百五十でも、戦力的に見れば、此方の千に相当すると俺は思っている。まぁそれでも俺達が勝てるとは思うが、正面から戦えば時間が掛かってしまう。さらに、すぐに街を落してしまうと、討伐軍が分断せずに、当麻の街へそのまま向かってしまう。それではあまり意味が無い。だから、討伐軍が援軍を寄越す、寄越さないに関らず、襲う振りをして、美禰の街から乱破を放たせ、討伐軍にこの街の状況を知らせる必要があるんだ」

「あ、そうでした。討伐軍の兵力を分散させるのが本来の目的でした」

星華はこの部隊の目的を思い出して呟き。九峪に話の続きを促した。

「それで、ちょっと香蘭と紅玉に示威行動をやってもらおうと思っているんだ」

「示威行動ですか?」

「そう。香蘭や紅玉に敵の兵達に此方の強さを錯覚させようと思ってね。星華、もし自分が敵で、香蘭や紅玉ほどの猛者に目の前で力を見せつけられたらどう思う?」

九峪は星華に尋ねる。

「それはっ……!! つまり九峪様は敵に香蘭殿達の強さを見せつけ、敵に混乱を招こうと?」

「そう。まあこれは包囲した後、一番最初にしておくことだけどな。それに、これは敵を誘い出すのにも使えるんだ」

「敵を誘い出す……ですか?」

「ああ。どんな強い軍でも一番敗北しやすいのが退却時だ。俺達の強さを見て、援軍の伝令を出すが、伝令は偽の乱破により、出撃して迎え撃てと伝令が伝えられるわけだ。そんな時、俺達が撤退し始める。さて、この時、星華ならどうする?」

「そ、それはもちろん退却中ということは、敵に背中を見せているのですから追います……あっ!」

「そう。星華が言ったように、普通追い討ちをかける。いくら強いといっても俺達は退却中、敵は香蘭や紅玉ほどの猛者でも倒せるかも知れないと思い、しかも反対側からは援軍が来ていると思っている。しかし実際は……援軍は来ず、退却した振りをして待ち構えている俺達にまんまと嵌ってくれる……という寸法さ」

「…………」

「まぁ、これは討伐軍が援軍を寄越さなかった場合だけどな」

九峪は最後に一言付け足すが、一同は九峪の作戦に唖然として沈黙している。

(まさか、ここまでお考えになられているとは……)

(はぁ〜神の遣いっちゅうのは腕っ節だけじゃねぇんだな)

(流石は九峪様。惚れ直しました)

九峪の話を聞いていた皆はそれぞれ思い浮かぶ事は違うが、感じている事は一緒のようだ。

「さて、じゃあ時間まで各自体を休めておくように。解散」

「はっ!!」

九峪のその一言で、皆はそれぞれの天幕へと戻って行った。




―襲撃部隊の最終確認が終わって数時間後―

復興軍の面々は、美禰の街を取り囲む様に幟を大量に揚げている。

「な、何だこれはっ!? た、大変だ!! た、隊長!! そ、外に復興軍の旗が……」

それを発見した兵士は大慌てで隊長を呼んだ。

「何だ騒々しい。いったい何が……こ、これは……」

呼ばれた隊長は外に立てられている復興軍の幟の数の多さに唖然と呟く。そして、その中から魏服を着た二人―香蘭、紅玉親子―が他の兵士達より、前に出て来た。

「聞きなさい美禰の街の者達。あなた方が素直に降伏し、この街を明け渡すなら見逃しましょう。しかし一日経って……はっ!!」

紅玉はそこまで話すと、いきなり飛んできた三本の矢を、一歩も動くことなく覇璃扇も使うことなく、指の間で挟み込んで止め、バキッとへし折る。

「なっ……」

問答無用で、声も出さずに射ったのに、それをあんな馬鹿げた方法で止められ、弓を射った隊長は驚愕の声を漏らす。

「そうですか……これが答えですか……では覚悟しなさい」

紅玉が冷たい声でそう言い、背を向けて香蘭と一緒に戻っていく。そんな紅玉と香蘭を見て、隊長が兵達に怒声を上がる。

「くっ、何をぼさっとしている!! 射て!!」

「は、はいっ!!」

隊長の怒声に怯えながらも、その場にいた兵士達五人ほどが、一斉に紅玉と香蘭に射る。しかし、その矢は紅玉と香蘭に当たる事は無く……。

「はぁぁっ!!」

香蘭の気合の声と共に放出された“気”で、二人に当たる前に、矢は何かに弾かれる様に、飛ばされた。

「こんな物、私達には意味無いね」

香蘭はそう言い戻って行く。しかし、既に兵士達の耳には香蘭の声は聞こえていなかった。彼らは、己の放った矢を何もせずに弾かれた事に凍り付き、あんな者達を相手に戦わなくてはならないのかと恐怖を抱いていた。




戻ってきた香蘭、紅玉親子を迎え入れたのは九峪からの労わりの言葉だった。

「二人ともお疲れ様」

「いえ、あの程度どうという事はありません」

「そうそう。あんなのじゃ、私達殺すの無理、無理」

紅玉は笑みを浮かべながら控えめに言い、香蘭はえっへんとばかりに胸を張る。その時に香蘭の小振りな二つのスイカがプリンの様に揺れる。

(うっ、最近こういうの多くないか?)

そう思いながらも、九峪は首を動かし、香蘭から視線を外すと、九峪は美禰の街の兵士達に……。

「さぁ、俺達の思うように動いてくれよ」

と呟いた。






美禰の街の隊長は先程の事を留守に報告した。

「に、二千もの復興軍がこの街を囲んでいるっ!? ほ、本当か!?」

「はっ。おそらく奴らは当麻の街を捨ててこの街を狙ったのではと考えられます。留守様いかがいたしましょうか?」

留守は隊長から聞かされた事に動揺を隠せず、慌てふためく。

「……ど、どうすればいい?」

「はっ、ここは国都に援軍の要請をするのではなく、当麻の街の討伐に向われた常慶将軍に援軍の要請を火急に行い、此方に援軍を寄越してもらうのがよろしいかと……」

「う、うむ。し、しかし、常慶将軍が素直に援軍を寄越してくれるだろうか?」

留守はそう言いながら、目でどうすればいいと隊長に尋ねる。

「それには、実際の二千より多い、“三千の敵兵に包囲され、五日と持たずに落されてしまう!”と伝えれば常慶将軍も必ずや援軍を送っていただけるでしょう」

「おお、それはいい!! すぐに乱破を送れ!!」

「ははっ!」

留守に言われた隊長は直ぐに乱破を向かわせた。






―当麻の街へ進行中の討伐軍―

「何っ!? 美禰の街が三千の復興軍に包囲された!?」

「はぁはぁ、は、はい。そ、そうで御座います」

美禰の街から来た乱破に常慶は聞き返すが、乱破は荒い息をつきながらも肯定する。

「どういう事だ? 三千もの兵が美禰の街にいるという事は、当麻の街には殆ど復興軍の兵士がいないということになる」

「それでは、どうなさるのです常慶様」

幕僚の一人から問われ、常慶は暫く考える。

「うむ。…………ここは、当麻の街を速攻で落とし、すぐに美禰の街へ向う。今ならば、当麻の街には殆ど兵士達がいない。ならば、さっさと街を落とし、美禰の街にいる反乱軍どもを血祭りに挙げればよい。おいっ、さっきの者に、四日、四日死に物狂いで耐えろと伝えろ」

「はっ」

常慶の言葉を近くに居た兵士が、此処まで走ってきた美禰の街の乱破に話すと、その乱破はすぐさま美禰の街へと走り去って言った。






―当麻の街―

「…………と言うことで、当麻の街に討伐軍全軍が向かってくるようです」

美禰の街の兵士が常慶に話していた内容を、真姉胡が話終わると、亜衣は若干苦い顔をするが、九峪はその場合の事も考えもしていたと思い出す。

「そうか……若干、敵の誇張が大きすぎたな。まぁいい。九峪様ならば直ぐに美禰の街を落とす行動に移るはずだ。真姉胡、ご苦労だった。九峪様に宜しく言っておいてくれ」

「はい。わかりました」

真姉胡は亜衣の言葉を聞くと、直ぐに九峪達のいる美禰の街へと向かって行った。





―真姉胡が美禰の街へ帰る途中―

森の中に、三人の女性が白い肌を惜し気も無く晒し、何事か話している。

「まったく〜復興軍も鬱陶しいわね〜。あの襲撃の所為でいっつも起こされるし〜」

「虎桃様。あの襲撃は復興軍の者の仕業とは分かるのですが、どうやって攻撃してきたんでしょうか?」

「さぁ〜? けど、復興軍にはあんな事が出来る何かを持っているって分かっただけでも上等よ。あれを一日中やられたら、私達では対抗できないしね〜。まぁ、なんか何時も短い時間しかしてこなかったのを見ると、あんまり長い時間は使えない物なんじゃない。ね、そこの人」

「ええ、あれは飛空挺っていう物らしいですよ」

「!!!」

虎桃がそう言いながら一本の木の上を見る。するとそこから少女の声が返ってきたので、他の二人の女性は慌てて、剣を抜刀して構える。

「はいはい。慌てない」

虎桃が二人を抑えると、木の上にいた少女―真姉胡―が姿を現した。

「あれは、方術士しか乗れないんですけど、なんと空を飛ぶことが出来るんです。私も実際見たときは驚きましたよ。しかも、あれを作ったのが私より年下の娘なんですよ」

「へぇ〜。そんな凄いのをあんたより年下の娘がねぇ〜」

虎桃が、何かを考えながら呟く。その呟きに何かを感じた真姉胡は、虎桃に忠告する。

「あ、虎桃さん。何考えてるか知りませんけど、復興軍の人を攫うのは止めて下さいね。後、殺すのも」

「え〜別にする気無いけど〜。どうして?」

「復興軍の幹部の人達が皆達人なのと、あと訊いた事無いと思いますけど、“神の御遣い”で復興軍の最高司令官の九峪様。それと、大陸から来た紅玉って女の人なんですけど、この二人を敵に回したら、天目様でも多分勝てません」

真姉胡の言葉に、二人の女性がむっとするが、虎桃が抑える。

「へぇ〜そんなに凄いの? 天目様だって、魔人ぐらい簡単に殺せるよ」

「ええ。それは私も分かっています。しかし、九峪様の力は計り知れません。それに、いくら天目様でも、同等以上の相手に、二対一では勝てないでしょう?」

「……わかったわ。私程度じゃ手も足も出ないのが二人と、私と同じくらいが全員幹部なんだね?」

「はい。あ、あとこれを、天目様に……」

真姉胡はそう言いながら何かを渡す。

「わかったわ」

虎桃はその何か―復興軍の近況が書いてある報告書―を受け取る。

「それでは私はこれで……」

真姉胡はそう言うと、さっと走り去っていった。

「あっ!!」

「ほら、そんなに取り乱さないの」

虎桃は、二人の女性を宥めながらも、真姉胡の話を聞いて、今回の復興軍がどれほどの強敵かを知った。





―九峪達が集まっている天幕―

「…………以上です。なので此処へは援軍は来ないようです」

「わかった。それにしても、三千と討伐軍には伝えて、援軍は寄越さなかったか。まあ最悪の事態にならなくてよかったな」

九峪は真姉胡の話を聞いてそう呟く。

「最悪の事態とは何ですか?」

真姉胡が不思議そうに尋ねる。

「ん、まぁ全軍で俺達の方へ戻って向かって来なくて良かったって事。この兵力で討伐軍四千を相手には戦えないだろ」

「でも、会議の時には……「真姉胡」……はい?」

「あの時の皆の顔見ただろ。あんな顔をしてる時にこの事を言えば、皆不安を抱える。希望を抱いて動こうとしている時は、あまり馬鹿正直に何でもかんでも言うものじゃないんだよ。まぁ篭城部隊の指揮を執る亜衣にだけは予め言っておいたけどな」

「そうだったんですか……(はぁ〜やっぱりこの人は凄いな〜。多分最悪の時の策も考えていたんだろうな)」

真姉胡は、九峪の言葉を聞いて、心底感心した。それと同時に危機感を抱く。

(これだけの知略に、あの腕前。はぁ〜九峪様がいる限り、復興軍は負けないだろうな〜。そうすると、天目様とも戦うことになっちゃったりして…………うゎ〜嫌だな〜。その時って、私は狗根国の乱破でしたって復興軍の皆にバレちゃう……ってそう言えば九峪様と清瑞さんにはバレてるんだっけ)

真姉胡の頭の中で様々な考えが浮かぶ。

そんな真姉胡をよそに、九峪達は、美禰の街へ戻ってこようとしていた乱破を排除し、排除した乱破の服を着た復興軍の乱破が美禰の街へ入って行った。

九峪はその様子を見送ると、直ぐに撤退の準備を進めさせた。




―美禰の街―

「なにっ!? それは本当か?」

「はっ、常慶将軍は我々の援軍に二千を送ると仰って下さり、さらに挟撃し敵を逃がさんように我々も出撃せよとの事であります」

留守は帰ってきた乱破―もちろんこの乱破は復興軍が送り込んだ乱破だ―の話を聞き、飛び上がらんばかりに喜んだ。

「よしっ、おいっ! 直ぐに出撃だ」

「はっ」

隊長も乱破の話を真に受けて、出撃しようと留守の間をでようとすると、もう一人乱破が入って来た。

「留守様。て、敵が幟を畳み始め、撤退していく模様です」

「これは……」

「留守様。これは願っても無い機会かと……」

「うむ。期待しておる。勝利の暁には恩賞は思いのままだと兵達に伝えろ!」

「ははっ!! よしっ、出撃の準備だ!!」

「はっ!!」

乱破の報告を聞いた留守と隊長は興奮して出て行ってしまい、先程までいた乱破の存在を忘れていた。





―九峪達の天幕―

美禰の街へ忍び込んだ乱破が帰ってきた。

「九峪様。予定通り、敵は出撃の準備を始めました」

「そうか……。撤退の方はどれくらい進んだ?」

「はい。既に殆どが終わりました」

「わかった。じゃあ部隊決めをしようか。まず、囮部隊は星華、総隊長として指揮してくれ。その部隊に、只深の部隊も入ってくれ」

「わ、私が総隊長ですか?」 「わっかりました〜」

九峪が星華と只深の名を呼ぶと、星華は不安げに聞き返し、只深は暢気に答える。不安を隠せない顔をしている星華に、九峪は言い聞かせるように話す。

「星華、誰にでも初めてはある。それが星華には今日だっただけだ。それに、星華には衣緒が居る。それと、今回は、星華は方術を使わず指揮に専念すればいい。方術を使ったら、敵の兵士たちが追ってこなくなるからな」

「はい。わかりました。頑張ります」

「任せた。次に伏兵部隊だけど、香蘭部隊に俺の部隊の兵達を使ってくれ。それと同時に、清瑞の部隊で街を解放する。後は、本陣に俺と真姉胡、重然達も残ってくれ。何か質問はあるか?」

九峪が訪ねると、全員首を横に振ふる。

「よし、じゃあ早速行動開始だ」

「ははっ!!」

その言葉と共に全員が動き出した。






あとがき

どうも蒼獅です。第二十一話如何だったでしょうか?

今回は、襲撃部隊をメインにお送りしました。次回も引き続き襲撃部隊の様子をお送りするのと、篭城部隊の様子をお送りしようかと思います。

宜しければ感想掲示板に意見や感想、指摘などをお願いします。

では今回はこれにて失礼します。