火魅子伝 居場所 第24話(改訂版) (H:小説+マンガ+オリ M:九峪・蛇渇 J:シリアス)
日時: 03/31 17:33
著者: 蒼獅


―去飛の街―

襲撃部隊の面々は、清瑞と真姉胡は一番速く、星華と只深、香蘭は清瑞と真姉胡の部隊に少し遅れて九峪に挨拶してから出発した。

「さて、俺達も行こうか」

「はっ」

九峪の言葉に、部下達が鋭く答える。

九峪はそんな部下達を見て、前方を見詰めると、何か不吉なものが胸を通っていくような感覚がした。

(何だ? この感じは……)

九峪は内心そう思いながらも、藤那が連れてきた馬に跨ると出発した。





九峪達が暫く森を歩き続けていると、九峪は何かを感じて馬を止める。

(何だこの気配は? 何かが居る……!! な、何だコイツは!? 何でこんな奴がこんな所に……)

九峪はその禍々しいまでの気配に冷汗を流す。

「九峪様? どうかなされたのですか?」

九峪の様子に近くに居た兵士が尋ねる。すると、九峪は馬から下りて、皆に聞こえるように話し始めた。

「皆、今すぐ街に全速力で戻るぞ」

「え? 何かあったのですか?」

「何も考えるな。全力で街へ向かって走れ、いいな!! 行くぞっ!!!」

九峪はそう言うと、馬を街の方へ向けて走らせ、自身も部下達を炊きつける様に大声を上げながら走り始めた。

九峪のその様子に、ただならぬものを感じた部下達は、不審に思いながらも、九峪の言葉に従い、全速力で街へ向かって走り始めた。




暫く走ると、一人の兵士が大声を上げた。

「おいっ! 九峪様は何処だ!?」

「何っ!?」

兵士の言葉を聞いた皆は走りながらも辺りを見渡すが、九峪の姿は見えない。

「何を言っておる。九峪様は我々より遥か先に行かれたわ!! 九峪様は既に先に行って待っていてくださっている。さっさと行くぞっ!!!!」

九峪の姿が見えないことに気づいた兵士達の間にそんな大声が響き渡る。その声を聞いた兵士達は皆大慌てで街へと向かって更に速く走り始めた。

(九峪様。これでよろしかったのですな)

大声を上げた一人の老兵士は心の中でそう呟きながら、自分達を逃がすために森に残った九峪の身を案じ、自身も街へ向かって走り出続けた。




森の中で九峪は静かに背後から近づいてくる何かに、炎の御剣を構えている。

すると、九峪から二十メートル程離れた場所から、何者かが音も無く現れた。

(な、なんて奴だ!! これだけ離れていてもこんなに威圧感を感じるなんて……)

中級魔人の威圧感さえ流して見せた九峪が、現れた者と対峙しているだけで、冷汗をびっしょりと掻いている。そんな九峪の様子に気づいているのか、その者は笑いながら口を開いた。

「カカカ、この我を前にして立っていられるか……。なかなか肝が据わっている」

「…………お前は何者だ?」

「我は蛇渇。狗根国左道士の頂点に立ち魔人すら従える者よ」

「お前が蛇渇……だと……」

九峪は目の前にいる骸骨顔で、黒い衣を纏っている存在を見ながら唖然と呟く。前に亜衣から蛇渇の話は聞いた覚えがあるが、まさか骸骨顔とは思わなかったようだ。

「その左道士の頂点に立つお前が何でこんなところに居る?」

「カカカ、決まっておろう。貴様じゃよ。あの“奴”の息子。貴様が居らねばこのような場所に我が居るはずがなかろう」

蛇渇は、カカカと笑いながらそう答える。九峪は自分が居る所為でこのような化け物が此処に来てしまった事に顔を歪ませる。

「カカカ、そんな顔をせずともよい。どのみち、反乱が起これば我は出向くことになっていたのだ。ここは“奴”
が治めた国だからな」

「何っ? ここは火魅子が治めた国じゃないのか?」

「それは“奴ら”が消えてからの話よ。まぁ今はそんな事はどうでもよい」

蛇渇はそう言うと、何事かを呟く。すると、蛇渇の周りに二メートル程の黒い塊が複数出現し、そこから何者かが飛び出てきた。

「なっ! こいつらはっ!?」

九峪が驚愕しながら召喚された者達を驚愕の眼差しで見る。

「そうじゃ、貴様が倒した魔人が最後に呼んだ魔獣どもよ。もっとも我が少しばかり手を加えたがの」

カカカ、と笑う蛇渇。その蛇渇に召喚された魔獣は、確かに九峪が倒した魔獣の面影を残してはいるが、以前と違うのはその体の大きさのみではなく、爪や牙などが、前に比べて二倍以上に大きく、更に鋭くなっている。

「さて、今からこやつ等の相手をしてもらうぞ。もっとも貴様が死んだら貴様が逃がした者どもを襲うように命令してある。せいぜい足掻くがいい。(それに、こいつらを倒しても後には……)カカカ、カ――――カカカカっ!!!!」

蛇渇はそう言いながら姿を消した。後に残されたのは、九峪と二十体もの魔狼達だけであった。




「グルルルルルルッ」

魔狼達は九峪を取り囲みながら唸り声を上げている。

「ちっ、この数を相手にするのは厳しいな」

九峪は口ではそう言いながらも、蛇渇が消えてくれてホッとしていた。

(この魔獣達と戦うより蛇渇一人の方が絶対に危険だ)

九峪は蛇渇が放った威圧感に圧倒されっぱなしだったのを思い出す。もし、あれに殺気を加えられたら、殺気だけで殺されていたかもしれない。

(それにここで俺が死ねば皆が……)

九峪は部下達の顔を思い浮かべる。みんな自分の事を神の遣いとしてしか見ていなかったが、最近ではそれだけじゃない絆が出来つつあった。せっかく出来上がってきた絆を、こんな魔狼達に殺されて絶たれるわけにはいかない。

九峪はそう思いながら、深く息を吸い込み…………。

「はぁぁぁぁぁぁっ――――!!!!」

大きな叫び声を上げ、炎の御剣から炎を放出させて、自身の力に変える。魔狼達は九峪の叫び声に警戒する。九峪はそんな魔狼達を睨み付け、…………。

「行くぞ魔獣どもっ!!」

掛け声と共に魔狼達との戦いを開始した。





「はぁはぁ、はぁはぁ、あ、あれ九峪様は?」

街へ戻ってきた九峪の部下達は九峪の姿を探して辺りを見渡す。

「あ、あれ? 九峪様が居ないぞ!」

「なにっ!? とにかく手分けして探せ!」

部下達は、手当たりしだいに探したが、九峪の姿はおろか、九峪を見たという話すら聞かない。

そんな所へ、老兵士が遅れて街へ戻ってきた。兵士達は老兵士に詰め寄る。

「じいさん。九峪様がいないんだ。何処に行ったんだろう?」

「九峪様は…………九峪様は街には居らん」

「なんだよ、じいさん。街には居らんって、じいさん、あんた何か知ってるのか?」

老兵士の口ぶりに兵士達が尋ねると、老兵士はポツリと呟いた。

「九峪様はいまでもあの森に居られる。わしらを助けるために、あの場に残られたのじゃ」

「何だって―――!! じいさん、何で言わなかったんだよ! それに俺達を助けるためにって……とにかく今からでも迎えに行かなきゃ……「ならん!!!」……じ、じいさん?」

「ならん! 九峪様はわしらが居ては満足に戦うことが出来ないと判断したからあのような事を仰られたのだ。わしらが行ったところで足手纏いになるだけじゃ」

「………………」

老兵士の言葉に、全員が思い浮かべたのは、人に在らざる者である魔人や魔獣の存在だ。魔人や魔獣ならば自分達を庇いながらでは確かに満足には戦えないであろう。

「でも、九峪様はついこの前も魔人や魔獣を倒していたじゃないか……」

「わからんか? 確かに九峪様は魔人や魔獣を倒しておる。しかしじゃ、それならば何故、わしらをあんなに急かして街へと引き返させたのじゃ? 答えは……今まで九峪様が倒された魔人より、遥かに強い魔人があの先に待ち構えとったということじゃ」

老兵士の言葉に、口を開くことが出来ない。

「それに、わしは九峪様から伝言を預かっておる。内容は、“俺が帰ってくるまで街の安全を頼む”と。わかるか? わしらは九峪様が帰ってくるまでこの街を守らねばならんのじゃ」

老兵士の言葉に、皆が顔を上げる。

「だったら、俺達がちゃんとこの街を守らないと九峪様に怒られるよな?」

「ああ。そうだな」

「九峪様に怒られるのは嫌だな……」

「ならっ、九峪様が帰ってくるまでこの街は俺達で守るぞっ!!」

「おうっ!!」

兵士達はそう言うと、街の各所に散らばり、見張りを始めた。





「はぁぁぁぁぁっ!!」

―ザンッー

九峪の気合の声と共に、魔狼がまた一体絶命した。

九峪が魔狼達と戦い始めて、数十分を過ぎようとしていた。これまで倒した魔狼の数は十。半分を倒した代償に、九峪の体にはあちこちに傷が出来ている。

「はぁはぁ、あと半分か……」

呟く九峪にまた一体魔狼が飛び掛ってくる。

「ゴァァァァッ」

「ふっ!!」

「ガッ!」

「グオッ――!!」

「はっ!」

飛び掛ってきた魔狼を左に避けると、魔狼の腕に炎の御剣を振るい、腕を切り飛ばす。さらに、背後から来た魔狼の爪を、体を回転させて炎の御剣を振るう。

「ギャオ――!」

振るわれた炎の御剣で、真っ二つにされた魔狼は、絶叫しながら絶命する。

「「グルァァァッ!!」」 「「ガァァァァッ!!」」

さらに四体の魔狼が、正面と背後から一斉に九峪に襲い掛かる。

「くっ!」

四体の突撃をかわしたまではよかったが、振るわれた爪に、右腕を裂かれ、炎の御剣を握る力が弱まってしまった。

「「「「グォォォォォッ!!」」」」

そんな九峪に、魔狼が突進する。九峪は炎の御剣を両手で確りと握りなおし、四体の魔狼の内、片腕を切り飛ばした魔狼の方へ転がるようにして何とか避けると、その魔狼の体に炎の御剣を振り下ろす。

「ガッ!」

短い悲鳴と共に、魔狼が倒れる。しかし、息をつく暇も無く、三体の魔狼に加え、新たに二体の魔狼が時間差で突撃してきた。

「「ゴァァァァッ!!」」

「がはっ!!」

突撃を炎の御剣で受け止めたのはいいが、何時の間にか背後に回りこんだ他の魔狼の爪に、背中を裂かれてしまう。

「くっ、ふ〜ふ〜、はぁぁぁっ」

大きく跳んで距離を稼いだ九峪は、息を深く吸い込みながら炎を力に変え、その力で先程裂かれた腕と背中を治す。

実は、九峪は気づいていないが、このように傷の治療をすることなど、本来、炎の御剣から放出される炎を力に変えても出来ることではない。その事を知り、なら何故、自分がこんな事が出来るのかというのを知るのは、もう少し後の話し……。

そうして九峪は、致命傷の傷を優先して治し、魔狼達を屠っていったのだが…………。

「はぁはぁ、傷の治りが遅い、くそっ、力を使いすぎたか……」

己の力量の無さに悪態をつく九峪。しかし、魔狼達は関係無いとばかりに襲い掛かってきた。

「「グルッ!!」」 「「「ガァァッ!!」」」

「このっ!! くたばれっ!!!」

襲い掛かってきた五体に炎の御剣から炎の塊を作り出し、魔狼へと放つ。

―ドォォォォンッ―

爆発音と共に、土煙が立ち昇る。

「「「ゴォォォォッ!!」」」

土煙から魔狼三体が九峪へと襲い掛かった。どうやら、二体の魔狼を犠牲にして、炎の塊をやり過ごしたらしい。

「くそっ!!」

舌打ちを打つ九峪。そんな九峪に三体の魔狼が爪を振るう。

「ぐっ」

「「「ギャオ!!」」」

九峪は襲い掛かってくる魔狼達の爪を炎の御剣で受け止める。すると背後から三体の魔狼が咆哮を上げて、迫ってきているのが分かると、ぎりぎりまで引き寄せる。そして背後から来た魔狼達が九峪の背中を切り裂こうと鋭い爪を振るう瞬間……。

「今だ!!」

「「「「「「ガッ!?」」」」」」

九峪は炎の御剣で受けていた爪を受け流して、体を横に流し距離をとる。そして、九峪の背後にいた魔狼達が放った爪は、九峪の正面にいた魔狼達にあたる。その衝撃で、魔狼の立ち上がりが遅くなったのを見た九峪は最後の力とばかりに、炎の御剣から巨大な炎を作り出し、魔狼達へ向けて放った。

「これでも……くらいやがれ―――――!!!!」

―ドガァァァァァン!!!!―

巨大な炎の塊は、魔狼達に見事命中し、六体の魔狼達を全員絶命させた。

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ…………」

九峪は荒い息をついて片膝を付いた。





暫くそうしていると、倒した魔狼達の体から何かが抜けていった。

「はぁはぁ、な、何だ?」

九峪は倒した魔狼達を見ながら呟く。魔狼達はその何かが抜けていくにつれて、巨体がみるみる縮んでいく。そして、遂に魔狼達の体がミイラのようになると、何処からか声が聞こえてきた。

「ヤハリ、マズイナ」

九峪は声がした方向を見る。すると、そこには鎧のような物を着た銀髪の髪を持つ、人型の者が居た。

「貴様ガ“ヤツ”ノ息子カ……アノ魔獣タチヲ倒すトハ……」

その者は九峪を無表情な顔で見つめながら、そう呟く。九峪にはそんな呟きなど聞こえず、その者を見ていた。

(拙い、全力でも勝てないのに、今の状態じゃ……)

九峪はその者の実力が万全の状態の自分より遥かに上に居る事を悟る。

(だが、こんなところで死ぬわけにはいかない!!)

九峪はぐっと足に力を込めて立ち上がる。

「ホウ、ソンナ体デ、戦うトイウノカ」

その者は立ち上がった九峪を見ながらポツリと呟くと、右手を掲げ、何かを引っ張るような仕草をすると、次の瞬間には、右手に漆黒の剣が握られていた。

九峪は炎の御剣を力なく構える。

「ククク、オモシロイ、貴様ノチカラ、ミセテミロ!!」

その者―魔界の吸血貴族、土羅久琉―が九峪にそう言いながら、襲い掛かってきた。






あとがき

どうも蒼獅です。第二十四話如何だったでしょうか?

今回は、九峪と蛇渇の邂逅と、魔獣との戦い、さらに上級魔人でもかなり高い位置に居る、土羅久琉が登場しました。次回は九峪対土羅久琉です。魔獣との戦いで疲弊している九峪はどうやって土羅久琉と戦うのか?
そして、例の兎さん達は今何処に居るのでしょうか? 

宜しければ感想掲示板に意見や感想、指摘などをお願いします。

では今回はこれにて失礼します。