火魅子伝改 第十一話 真実 (H:ALL M:九峪 J:シリアス)
日時: 06/06 19:52
著者: 矢野 晶   <akirada@hotmail.co.jp>

 国府城の一室に女が二人。
 二人ともこの国では珍しい魏服という現代で言うチャイナ服を着ている。
 紅玉香蘭親子だ。
 紅玉の調子が良くなく、戦いは続いているが無理はしてはいけないと団員達の気遣いで
今は寝ている。
 別に痛みがあるわけではないが体がいつも以上に重たく感じ、身体に力を入れようとす
ると何かが邪魔をするような感覚に襲われ霧散してしまうかのようだ。
 それを心配そうに見守っているのが香蘭。
 周りは静かで風の音さえ聞こえない。その静かさの中で慌しい足音がこちらに近寄って
くる。
 その足音の持ち主は一度この部屋を通り過ぎて少しして戻ってきた。そして部屋の入り
口から一瞬にして紅玉が横たわっている場所まで移動して問い詰めた。

「紅玉さん!珠洲は?!珠洲は何処に居るんですか!」

 志野だった。今まで見た事がないほど冷静さを失っている。
 紅玉は教えるかどうするか躊躇った。

(志野さんに教えれば今すぐ探しに行くでしょう…ないとは思うけどあの狗根国兵がいる
可能性も)

「紅玉さん!!」

 苦悩している紅玉を見て志野は更に問い詰めた。
 今の志野ならば素手で魔人をも倒せそうな勢いだ。

「わかりました。香蘭、道案内をしてあげなさい。もしあの者に会ったら志野さんをお守
りしなさい。わかりましたか?」

 あの狗根国兵以外であれば香蘭でも10人以上を相手する事ができる。

(あの者は私に止めを刺さずに立ち去ったのだから大丈夫だとは思うけど…)

 そんな紅玉の気持ちを知ってから知らずか香蘭は自信に満ち溢れた顔で頭以上の大きさ
の胸を揺らして答えた。

「わかったのこと。母上はゆっくり休んでるといいネ!」

 そう言い終わるやいなや志野の腕を掴み土煙を上げそうなほどの勢いで出て行った。

(ここに来た時はどうなるかと思いましたが…香蘭も少しは倭国語を使えるようになって
よかった…)

 そんな思いを再び慌しい足音が複数こちらに向かってきているのに気がついた。

(座長達ね…さて、どうしましょう)

 どう説明しようかと考えた。だが、そんな事を悩む必要はなかった。志野の出生を聞く
ことによって…







 志野と香蘭は全速力で走った。
 もちろん珠洲の姿を求めて。

(珠洲…無事でいて)

 志野はひたすら走った。
 本来香蘭の足の速さには志野では追いつけないはずだが今の志野は限界を超えて走って
いた。

「この辺アルネ」

 香蘭が立ち止まり告げた。
 周りを見渡すが珠洲の姿どころか影すら見えない。

「珠洲〜!!」

 敵がいるかもしれないという考えたが脳裏に過ぎったが、やはりじっとはしていられな
い。

「珠洲〜何処アルカ〜!!」

 香蘭も叫ぶが反応はない。
 二人は周りを警戒しつつも捜索を続ける。

「珠洲〜!」

 すると、少し離れた茂みが揺れる。
 香蘭と志野は一斉に茂みを凝視する。
 出てきたのは…珠洲だった。

「珠洲!」

 志野は走り駆け寄る。
 だが、走っている速度が歩きになり、そして止まった。
 笑顔も歩く速度が遅くなるにつれ表情が暗くなっていった。

「志野?」

「??」

 何事かと首を傾げる二人。
 そして志野が呟く。

「なんで…なんで教えてくれなかったの」

 珠洲は志野が言いたい事を理解した。
 今まで口止めされていた志野の秘密…火魅子の血を引いている事を知っていると。
 珠洲はさっきあった出来事も頭から消え去り、色々伝えたい思いが思い浮かぶ…が、今
言っても志野には届きそうになかった。
 それでも伝えようと口を開く。

「私は―」

「志野様ー」

「何処ですか!」

「あっちを探せ」

「こっちは居ません」

 その珠洲の声は騒がしい声に遮られた。
 伊雅と志都呂、座員達である。
 伊雅はもちろんの事、志都呂、座員達も非常に優秀で足が速いのは当然である。
 今回だけはその優秀さが仇となった。

「話は後でゆっくり話しましょう」

 志野は踵を返し伊雅達のいる方向へと歩き、よく分からないがとりあえず香蘭も続く。
 珠洲は離れて歩いてついていく。








 戦いには勝った。だが状況は劣勢である。
 満身創痍とはこの事だろう。
 第二軍団500、第三軍団900、合わせて1400もいた兵が450人が死亡、50
0人が重傷で最低二週間の戦闘不能、残り者達も軽傷などを負っている。

「亜衣様、仁清殿からの報告で行方が分からなかった伊万里様の所在が判明いたしました

「おお、そうか…で伊万里様は?」

「負傷されたようで森の中に潜んでいるそうです」

「わかった。案埜津に足が速い者を五十人選抜して捜索に向かわせよ」

「はっ」

 兵士が立ち去るのを見送り、亜衣は安堵の溜め息をついた。
 心配事の一つがこれで減った。

(星華様の競争相手だからと言って早々火魅子候補が討たれては士気に関わる)

 今亜衣と百人ほどの兵士は狗根国兵が装備していた武器や防具を…言い方が悪いが盗っ
ている。
 兵士の数が減ったとはいえ武具の不足なのに代わりはない。それでも武器や防具を合わ
せても数が足りない。

(これで国府城が落ちた事を街や里に知らせればもっと人が集まる)

 真姉胡は国府城の状況を確認、虎桃も兵を二百ほど連れ援軍に出た。残り百五十は警備
に当たっている。
 今まで狗根国と四人で戦ってきた亜衣は勝ったからと油断はなかった。
 油断が命取りになる。それは味方が増えたところで変わりはない。

「とりあえず、こちらは勝った…後は伊雅様の方だけか」

 こちらの作戦は予定通り成し得た。

(この戦いは勝ちだ…だが次はどうする?)

 近隣は敵ばかり、援軍を頼む相手もいない。食糧事情や魔獣の対策、政治などやる事は
山ほどあるが解決策が見つからなかった。

(なんとかするしかないか)

 頬を叩いて気合を入れて作業を再開した。








「九峪さん、九峪さん、大丈夫ですか!!」

「そ、の声、は、兎華、乃ちゃ、ん…おね、がいだ、から、揺、するの止め、て…吐くよ」
「あ、ごめんなさい」

 掴んでいた肩を離して兎華乃は少し離れた。
 九峪は少し眠っていた。
 目はまだ完全には回復していないが仮眠をとった事によりぼんやりとだが見えるように
なった。

「三人とも無事のようだね」

「ええ、私達より九峪さんは大丈夫なの?」

「少し疲れたから仮眠してただけだよ。たいした事じゃない」

「それならいいんですけど」

(まるで死んだように眠っていたから…)

 九峪が調子が悪い事を本能的に気づく兎華乃だが目の焦点が微妙にあってない事に気づ
かなかった。

「とりあえず俺達がやる事は終わったな。国府城も落ちたし、亜衣さん達の方も大丈夫だ
ろうし、帰ろうか」

「わかりました」

 九峪は一時的に力を開放して視力を回復させるが、これは借金のようなもので利息が付
いて本当に回復するのが遅れてしまう。
 そして何事もなかったかのように九峪は立ち上がり先頭で走り出す。
 走っていると近くで声が聞こえてきた。どうやら狗根国兵達が態勢を立て直そうと一時
的に戦場から離れているようだ。

(退却じゃなくて立て直しって…それは困るなぁ)

「どうします?なんでしたら処分してきましょうか?」

「さて、どうするか」

(これ以上殺したくないんだけど、勝負はついてるし)

 色々な考えが浮かんでは消える。
 三十秒ほど考えて結論が出る。

「ちょっと相手しようか」

「わかりました」

「けど…」

 ここで少し九峪は予定を変える。
 兎華乃達に作戦を話し、三人が理解したところで九峪は狗根国兵に向かっていった。







 清瑞は珠洲と志野、香蘭を発見した後、伊雅の命令で亜衣に無事国府城を落とした事を
伝えると隠れ里に報告に来た。
 皆に報告すると一瞬の沈黙、そして国府城まで届かんばかりの歓喜…いや、狂喜と言う
べきか…の声が響き渡る。
 九峪には直接報告しようと廊下を本人曰く小走り、第三者からすれば疾走と言うような
速度ですぐに九峪の部屋に着いた。

「九峪さ―――あぁ?」

 部屋に入ると九峪は寝ていた。
 それだけなら別にいいのだが問題は…九峪を中心として兎華乃、兎奈美、兎音が抱きつ
いて寝ていることである。
 疲れたからと九峪は一人で寝たのだが、熟睡したのを見計らって隣の部屋から出てきた
兎奈美が腕を取って寝始め、兎音、兎華乃も釣られ…今に至る。

「………」

 3秒ほど硬直して、やっと頭が働き始めた。働き出したのはいいが怒りの業火で燃え上
がるのが見て取れる。
 寝てからまだ間もない為九峪は清瑞がやってきた事に気づかず…そもそも兎華乃達とこ
んな事になっているとは夢の中でも思いはすまい。
 決して九峪は悪くはないのだが、そこは第三者に知るところではない。
 清瑞は無言のまま、気配を消そうともせずに、足音もなく九峪の近くまで来た。
 そして…渾身の力を込め拳を振り下ろす。

「!?」

 九峪は風切り音で目を覚まし回避しようと身を捻ろうとする…が両手は兎音、兎奈美が
抱きしめ、足の上では兎華乃が上で寝ている事に加え副作用で弱まっている力で振り不ど
く事も不可能。
 結果

「ぐほぉ!」

 鳩尾に防御も力を入れることができず無防備のまま受ける事となった。
 九峪の身体が跳ねると兎華乃達が何事かと目を覚ます。

「おはようございます。皆様」

 冷たい刃のような声色と滅多に見せない笑顔を浮かべている。
 ちなみに九峪はそれどころではなく開放された身体を床を転がっていた。
 これ以上力の解放は避けたいので普通に激痛が治まるのを待つしかないのだ。
 兎華乃は何が起こったのか察したらしく、こちらはこちらでいつも以上に極上の笑顔で
答える。

「あなたね、乱破風情が神の使いに手を上げるなんて許されると思ってるの?」

「なんの事でしょう?」

 私は何もしてませんよ?なに言ってるんです貴方?と喧嘩を売っているようにしか感じ
ない態度で…というか喧嘩を売っている清瑞。
 兎華乃は清瑞を睨みつけると清瑞もそれに受けてたつように睨み返す。
 CGを付け加えるとしたら絶対火花が散っている事だろう。
 兎音と兎奈美は二人の戦い?には気を向けずに転がるのをやめて腹を押さえ俯いている
九峪の背中を擦り、大丈夫と気遣っている。

「だいたい、戦争中に寝ているなんて非常識にもほどがある」

「そうは言うけど起きててもやる事なんてないでしょ」

「それでも―」

「だから―」

 二人の言い争いは止まらない。本来止める役目は九峪なのだが痛みが中々引かないのは
老人以上に弱体した身体となっている為である。
 九峪が復帰するまで5分ほど経ち、やっと二人を止めに入る。

「悪かった。皆が頑張ってるのに昼寝なんて…本当にすまなかった。兎華乃ちゃんも」
「ごめんなさい」

 九峪が頭を下げ、続けて兎華乃も下げる。

「いいいいいいいいや、たたた確かにここじゃ暇だろう。うん」

 そこまでされると何も悪い事をしていない清瑞が何故か罪悪感を感じ、ついフォローを
入れて自分が悪いかのような物言いをしてしまった。

「ところで何か報告があって来たんじゃないのか?」
「そ、そうだった。国府城を落としたぞ!」

 やはり清瑞も嬉しいのか少し興奮気味に報告する。

「そんなこ知―」

 兎奈美が言い終わる前に兎音が口を塞ぎ、兎華乃は兎奈美を叩く。その動作はまるで最
初から段取りを決めたコントのようだ。
 気にした様子はなく清瑞は黙々と報告を上げていく。

「死亡が確認されたのは四百五十名、重傷者四百七十名、これは全て第二、第三軍団の被
害です。第一軍団の被害はありません」

「ん?」

(第一軍団に被害なし?)

 疑問に首を傾げるのを見て説明を加える。

「国府城に攻め込もうとしていたのですが伊雅様の友人の志都呂様という奴が率いる旅芸
人一座達によって落とされていました。それでも驚いたが更に驚かされたのは旅芸人一座
の人たちは腕が立ち狗根国兵にも引けをとらない…いや、狗根国兵と比べる事は過小評価
かと」

(なるほど、だから予想より早く落とせたのか)

 納得すると同時に自分と同じ鋼糸使いの少女とあの若々しい親子を思い出す。

(もしかして珠洲ちゃんもあの親子もその仲間かな?)

 背中に嫌な汗が伝う。
 最初は志願兵の類かと踏んでいた九峪なのだがどうやら元耶麻台国の縁の者であるとい
う線が出てきた今ではもしかすると重要人物として紹介される可能性が高い。

(珠洲ちゃんは口止めしてるから大丈夫として、あの親子の方だな。問題なのは)

 顔は見せてなかったが気配で分かるほどの実力がある香蘭達は味方としては心強いのだ
が今は少し厄介なものだった。

「九峪様?」

 あまりにも反応がないので訝しげに様子を窺っている。

「あ、あぁ。すまん」

「九峪様?大丈夫ですか?」

「大丈夫だ」

 特に気にしたようすはなく次々と報告していく。
 話は半分以上聞いていない九峪だが要点はしっかり聞きつつ、これからの行動を計算し
ている。

「話の途中で悪いんだけど」

「なんでしょうか」

「清瑞はこれからどうするんだ?」

「伊雅様から九峪の護衛するよう言われてる」

「そうか」

 なんとか抜け出して事情を話しておこうかと考えたが清瑞の護衛がついては力を回復さ
せればそれほど苦にはならないのだが今のこの状態ではどうにもならないと踏んだ九峪は
これ以上考えるのを止めて、とりあえずはこのまま流れに流される事を選んだ。

(少なくとも母親の方は頭が切れそうだった…それに賭けよう)

「それと四時間後ぐらいに国府城に移動してもらうから準備を整えておいてくれ」

 あぁ、という返事を聞くと清瑞は少し用事があるのでくれぐれも勝手に行動するな。と
言い残し部屋を後にした。

「聞いた通り兎華乃ちゃん達も荷支度を終わらせといてくれ」

 三人は頷いて答えるがよく考えるとこの隠れ里に来てからそれほど時間が経っていない
為、荷支度は最初から必要ないようだった。

「勝手な行動はもう済ませたもんね〜」

「そういう事を迂闊に言うな」

 おかしそうに笑う兎奈美に人間の頭なら破裂するであろう張り手を喰らわす兎音。

「ごめんなさい」

 痛みに耐えているが目尻に涙を溜めながら謝る。

「今度からもう少し考えて喋ってくれたらそれでいいよ」

 にこやかに諭すようにそして優しく叩かれた後頭部を撫でた。
 兎奈美は猫よろしくゴロゴロゴロと喉をならす勢いで頭を摺り寄せてきたが、すぐに兎
華乃と兎音に引っ張り返された。

「兎奈美〜ちょっと九峪さんが良い顔するからっていい気にならない」

「ちょっときついお仕置きが必要かしら」

 まぁまぁ、と抑える九峪だが力が無いので押しのけられ二人は兎奈美へのお仕置きと言
う名の拷問を開始された。

「ぎゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 兎奈美の悲痛な悲鳴は国府城まで届いたとか届かなかったとか