火魅子伝改(改訂版) 第二話 罠 (H:ALL M:九峪・キョウ J:シリアス)
日時: 06/03 23:07
著者: 矢野 晶   <akirada@hotmail.co.jp>

 こちらの世界に着てから約2時間、獣道を歩いているので普通の道より距離は稼げてい
ないがそれを差し引いても遠い。
 周りは木に覆われて目的地はまだ見えていない。

「まだなのか?その神社は」

「もうすぐだよ〜喋る暇があったら歩く歩く」

「わかったよ、できなくはないけど野宿は嫌だからな」

(野獣に食われて死ぬなんてごめんだ)

 黙々と獣道を歩いて30分ぐらい経っただろうか。やっと石段が見えた。
 すぐ前には整地されている道がありその向こう側にあり石造りの…この世界には他には
ないが…の階段がある。

「後は階段を上がるだけだよ」

「軽く言ってくれるね…」

 ふと気になったので聞いてみる。

「キョウ…ここに敵が居ないと言う保障は?」

「居ないと思うよ。…けど、確認したほうがいいね。じゃあボク先に行ってくるね」

 意外と慎重なんだなぁ、と思いながらキョウは神社に向かった。
 九峪はとりあえず階段を上がり始めた。別に疲れているわけじゃなかったから結構なス
ピードで上がっていった。
 あがっている途中でキョウと会う。

「誰もいなかったよ〜それと九峪おみやげ〜」

 キョウは手に一杯…自分が隠れるぐらい一杯にキノコを拾ってきていた。

「……キョウ…それって毒キノコじゃないか?」

 昔まだ小さい時にある所に世話になっていた頃に色々な野宿知識を叩き込まれた…とい
うか覚えなければ生きていられなかった事もあり食べれる物の区別が五感で分かるまでに
いたった…のだがやはり時代と地質が違うのだろう見たこともなく、しかもあまりに毒々
しいキノコの為疑った。

「そんなことないよ、だってボクが採ってきたんだもん」

「偉い自信だな…自画自賛は感心しないぞ」

 苦笑いを浮かべてるとキョウは今までの自信満々とした態度はどこかに旅立ちしょんぼ
りしていい加減小さい体をさらに小さくして地面になにやら書いている。

「悪かった。ありがとな」

 九峪はキョウが採ってきたキノコを拾い笑顔で言うとすぐに機嫌をとり直したようで空中を舞う。

「じゃあ、早く神社行って食べよ〜」

 そして、神社に着いてからまずは神社に余計な荷物を置き、周りを散策しつつ色々な事
を準備して回った。
 その間キョウは九峪を呼んだ謝罪の気持ちで山からキノコや野菜、兎など…を何回も往
復してとっていた。






 九峪が帰ってくるまで1時間。キョウは大量の食料を確保して待ちくたびれていた。

「遅くなったな、とりあえず外で火を起こしてるから早速準備しよう」

「わかったよ。ところで何を作るの?」

 何処からか取り出したるは鉄鍋であった。

「まあ、見てたらわかるよ」

 そして、外に出てまず鍋に水を張り適当にキノコや野菜をスライスして兎を綺麗に切っ
て兎の皮だけは残った。
 ちなみに米も鞄に入っていた物を使い、もう既に炊く準備はできている。

「この世界なら多少役に立つかな?」

 九峪はそんな事をぼやきながら順調に鍋に放り込んでいった。

「そしてここに取り出したるはカレーのルー!!」

「なるほどカレーか〜…わ〜い…って何でルーなんか持ってるんだよ!!」

 何事も無かったかの如くルーを割って鍋に放り込んでいる九峪に突っ込んだ。

「鞄に入れてたんだよ。いざという時のために…」

「どんな時なんだよ!」

 漫才をしているような感じでツッコミをいれる。
 確かに学校の鞄にルーなんて入れている奴なんてそうはいないだろう。

「こんな時の為だよ」

「……」

 九峪はキョウにメデューサに匹敵するほどの視線を発した。漫才は終わりキョウは石化
していた。

「冗談は置いといて、とりあえず何たら玉ってのは今何処ぐらいまで来ている?」

 いつもの調子に元に戻して話しかけたことによって、やっと石化から開放されるキョウ。
 余談だが九峪の鞄の中には本格的なスパイスが盛り沢山である。

「後1時間くらいで着くみたい」

「移動してるんだな?なら多少は安全だろう。少数で移動しているみたいだしな」

 キョウは気づいていなかったみたいで驚いていた。確かに夜に団体で移動するには時間
が掛かるのだから少数で活動していると推測する事ができる。

「じゃあ、そいつらを待ってそいつらと食事でもするか…この世界にカレーって普及して
いるのか?」

 多分ないだろうな、と思ったが一応確認してみた。

「まだないよ」

 キョウも九峪は確認しているだけなのはわかっていたので簡素に答えた。

「じゃあとりあえず休みから神社に入ろう」

 カレーは薪を多く使っていないので残り火でじっくり煮込んで完成なので放っておく。

「わかった。じゃあボクは鏡に戻るね」

 九峪は、神社に入り鞄から寝袋を取り出し仮眠をとる。






 蒼龍玉を持つ者達は天魔鏡を誰が持っているかを突き止めるべく途中でスピードを上げ
て進んでいた。
 スピードを上げたのには理由があった。夜は魔獣が活発化しているからだ。
 魔獣がなぜ人間界にいるかというと狗根国の左道士達が魔獣界より呼び出され旧耶麻台
国との戦いの際に大量投入されて戦いで主である左道士が死ぬ、もしくは無責任に放置し野良と化した魔獣達が未だに存在するのだ。
 そんな心配も杞憂ですみ神社の階段の手前まで来ていた。キョウが1時間と予想してか
らまだ20分しか経っていなかった。
 人影は二人…二人は階段を使わず脇の森の木々を伝って上がって行く事にした。
 そして二人の戦いは始まった。二人は階段の脇を左右に分かれて上がっていた。読んで
いる人は大体検討はついてると思いますが、片方は女で片方は男です。
 女の方は木を登って枝から枝へ忍者のように飛んで移動していく。
 そして女が次々と枝から枝へと跳び、着地する…と枝が嫌な音と同時に折れてバランス
が崩れるが何とか無事着地する。そこへ丸太が目前に現れる。

「くっ」

 その丸太に足蹴にして後方へ跳ぶ。着地したと思ったら次は上から毬栗が降ってくる。
 まるで子供騙しではあるが痛いものは痛い。

「ちっ」

 舌打ちをつきながら毬栗が落ちてくる前に全力疾走し回避する。

(罠自体は凄い精密だが相手に被害を与えるような罠がな…い?!)

 そんな事を走りながら考えていると女の足元が急に沈み始める。踏み出していない足
を軸にして跳躍した。落とし穴の底には木でできた槍が飛び出ていた。
 実は子供騙しは油断を誘う為の物でこちらが本命なのである。

(前言撤回)






 一方、男の方は山の斜面を平地かのようなスピードで走る。
 こちらも同じような罠が多数仕掛けられていた。
 いつもだったら軽々回避もできるだろうが長距離走ったせいで足腰に疲労がたまってい
る事も原因の一つではあるが最大の理由はこの先に天魔鏡があるという焦りである。
 足に何か引っかかった。そう思った瞬間、男の左右から丸太…しかも木で作った棘が
複数ついた物が男に襲い掛かるように挟んで来ている。

「うっ」

 慌ててジャンプし逃げる事に成功し丸太同士が接触した。
 その丸太の上に着地するところを見ると男は現代人とは比べものにもならないほどの身
体能力の高さだ。

(最初は子供騙しだったが、だんだん危険な物になってきている…ぅ!)

 今度の罠は袋一杯に入った毛虫が降ってきた。別段傷を負う事はないが精神的な攻めで
ある。好きな人が見ても嫌なほどの数の毛虫が男に襲い掛かる。
 この後の事はご想像にお任せします。






 二人は何とか神社の前までたどり着いた。二人は肩で息をしながらお互いに何があっ
たのか…既に語り合う必要がなかった。怪我がないのはさすがである。

「酷い目にあったわい」
「酷い目にあいました」

 小声でお互いの簡素な結果報告をしてみた…がやはり結果は同じであった。

「おぬしはここで待機をしておれ、わしが中の様子を見てくる」

「いえ、私が中に入ります」

 男は何か言いたそうだったが女はすでに先行していたので何も言わなかった。
 暗い屋内でも寝袋があるのが見えた。女は気配を消して足音もなく寝袋の近くまで行っ
た。
 その瞬間…何かが派手に壊れる音がする。
 それは女の後ろの方である。
 女が振り返ると何処から出てきたのかわからない大きな岩が出入り口を塞いでいた。

「「ああ!」」

 男は外側から女は内側から叫んだ。
 瞬間、背後にから男の首筋にナイフが突きつけられていた。
 男もかなりの腕を持つ武人だったが虚をつかれたことと疲労が溜まっていた為に簡単に
背後をとられてしまう。
 もちろん全て九峪が仕組んだ事だった。

「おじさん…名前は伊雅だったりする?」

「?!なぜわしの名前を!」

 驚きと共に石炭をダイヤモンドに変えてしまいそうなまでのプレッシャーが九峪に襲い
掛かっているはずなのだが平然とした様子で受ける。

「キョウ、間違いないか?」

「うん、間違いないよ。久しぶりだね、伊雅。ちょっと老けたね」

 九峪の質問を答えを返して、伊雅の前で浮かびながら挨拶した。

「キョウ様!」

 伊雅は驚きのあまりに動きそうになった。ナイフを突きつけられた事すら忘れて。
 慌ててナイフを退かせる。

「伊雅さん、いきなりすまない。こちらも味方かどうか確認ができなかったのでこんな
形の挨拶になっちまった」

 九峪はナイフを内ポケットに納めながら言った。

「そなたは?」

 九峪と向かいあった伊雅は訝しげな顔で質問した。そこにキョウが九峪の肩ぐらいで
浮かびながら

「耶麻台国八柱神が一人、天の火矛より耶麻台国復興の命を受けた神の使いの九峪だよ」

 何やら自分が聞いていた設定より長い文章が次々と言うキョウは胸(?)を張って自信
満々だ。

「神の使い?!」

 平伏しようとした伊雅を九峪はとめた。

「今はそれより神社の中の女性を出してあげないと」

 あまりにも大事で女の事を忘れていたが慌てて救い出そうと岩を押してみるものの重く
て全く動かない。

「ちょっと離れていてください」

「は、はい」

「ところで中にいる女性の名は?」

「清瑞といいます。」

 九峪は頷いて中にいる清瑞に話しかけた。

「清瑞さん!この岩の左右のどちらかに隠れてください」

「誰だお前は!!」

 先ほどのナイフより切れそうでしかも肉をえぐるような棘のある声で返ってきた。

「清瑞!説明は後だ早く隠れろ」

「は、はい。わかりました」

 怒気を含んだ声は清瑞に絶対的な命令として伝わり慌てて岩から離れ、離れた事を伝え
る。

「じゃあ、いきますよ」

 一応何処に居ても聞こえるような大きな声で警告する。
 九峪は深呼吸して手を岩に当てた。そして見た目には力を入れた様子はないが岩がゆっ
くりと移動していく。

「「な?!」」

 岩を押している九峪を見て伊雅とキョウは驚いていた。キョウもこんな力まであるとは
知らなった。
 九峪は岩を押し続けて自分の身体が中に入った途端、清瑞は動いた。

「貴様か私を閉じ込めたのは!」

 怒りをあらわにしながら苦無を首筋に当てられる。

「清瑞やめないか!」

「は、はい」

 伊雅の絶叫に近い声に反射的に従い苦無を引っ込める。

「すまない。こちらもあんた達が敵か味方かわからなかったんだ。本当に申し訳ない」

 頭を深々と下げて謝る九峪を見ると先ほどの清瑞の行いで青くなっている顔が青を通り
越して白くなりそうな勢いで変色する。

「あれだけの罠を張り巡らすとは…よほど後ろめたい事でもあるんじゃないのか」

 さらに追い討ちを掛ける清瑞だが九峪に対する追い討ちではなく伊雅への追い討ちとな
っている。

「清瑞!やめんか!!」

 もう何度目かの伊雅の怒鳴り声のような絶叫のような声が響く。

「そんなに怒らないでやってくれ、別に清瑞さんがとった行動には俺に責任があるんだ
から」

「は、はぁ、わかりました」

 九峪の変わらない態度が少し安心させた。
 清瑞は口にはしないが不信を抱いているのは間違いない。

「ところで二人は晩御飯は食べた?」

 伊雅と清瑞は顔を見合わせて「あ、そういえば」といった感じの顔をしていた。
 だが清瑞は「だからどうした」と思ったがまた怒られるのは目に見えているので喋らず
にいる。

「食べてないみたいだね。じゃあ一緒に食べよう!事情は準備をしながら話すよ。俺が
作ったから味は保障しないけどね」

 笑いながら食事の準備をするべく外に置いてあった鉄鍋に向かって走っていった。

「伊雅様、あいつは何者です?」

「九峪様は神の使いだ」

 二人の間に沈黙が訪れた…そして…奇声

「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
あ、あんな奴が?!」

 さすがの伊雅でも耳を押さえた。

「これ、失礼なことを申すな!!」

「は、はぁ…申し訳ありません」

(あんな奴が神の使い?!というより神の使いって何だ?あからさまに怪しいではない
か)

 清瑞はかなり疑っていたが、それ以上考えるのはとりあえずやめる。目の前で今にも
角が生えてきそうなぐらいの怒りのオーラが伊雅の周りから放出されていた。

「清瑞…わしの言う事が信用できないのか?」

 少し寂しそうな顔をして清瑞に訊いた。伊雅は清瑞を小さい頃から乱破として育てた
…他の子供ならともかく、清瑞には後ろめたさがあった。

「いいえ、そんな事ございません。疑って申し訳ありませんでした」

(伊雅様は単純な所があるからつい)

 と心の中で付け加えた。

「うむ、ならいいのだが…ん?何か変な匂いがするのぉ」

「そう言われてみれば…なんだか刺激的な匂いですね」

 九峪が用意した料理だと気づき九峪のいる場所に行く…途中で清瑞だけがなぜか小さな
罠に掛かると言う事件があったが故意はありません。






 九峪はとりあえずカレーが入った鉄鍋に蓋をして伊雅達を待っていた。途中で変な奇
声が聞こえたが、おそらく俺が神の使いである事を聴いた清瑞の疑いの声だろうと考え
た。カレーに蓋をしていたのは理由があった。それは…

「お待たせしました、九峪様」

「お待たせしました、九峪………………様」

 清瑞はかなり陰険な声だ。

「清瑞!!」

「いや、いいんだ」

(まだ俺の事を信用できないか…まあ、当然だな)

 用心深い事はいい事だと、だからこそ九峪は怒りはしない。
 実を言うと陰険なのは疑いを持っているのも当然あるがついさっき罠に掛かったからと
は思いもすまい。

「改めて自己紹介するけど、俺は九峪、耶麻台国八柱神が一人、天の火矛より耶麻台国復
興の命を受けた神の使いだ」

「私は耶麻台国副王、伊雅です。これからよろしくお願いします」

「乱破の清瑞だ」

 必要以上に畏まった伊雅と必要最低限でぶっきら棒な清瑞の自己紹介。

「それで早速だけどお願いがあるんだけど―」

「はっ!いかなる事でも…」

 全部言い終わる前に伊雅が勢い込む。
 相手は副王、現代では一般市民の自分、そんな事を考えていると居心地の悪さはこれ以
上ないぐらいの九峪であった。

「ああ、そんなに大した事でもないんだ。俺に『様』なんか付けなくてもいいから好きな
ように呼んでくれ。もちろん呼び捨てでもいい」

 伊雅と清瑞は驚いた。神の使いである方を呼び捨てなんかできるわけがない。

「しかし、それでは…」

「俺が言ってるんだからいいの」

「わかった…じゃあ九峪」

「き、清瑞」

 順応が早いと言うか無遠慮と言うか…に伊雅は少し慌てた。
 口調が変わらない清瑞だがどうやら九峪の自分が偉い事に鼻を掛けない態度はそこそこ
好意が持てたようで表情は本当にかすかだが柔らかくなっている。

「なんだ?」

「私は清瑞でいい『さん』なんか付けられると寒気が走る」

「…わかったよ、清瑞」

 一方伊雅の方はと言うと、やはり抵抗があるのだろう。黙って何か考えていた。

「やはりわしは九峪様と…もちろん、ワシの事は伊雅で結構です」

「わかった。元々ただ好きに呼んでほしいだけだから。無理にこう呼べとは言わないって
事だけ言いたかったんだよ」

 九峪は笑顔で伊雅に言った。伊雅は自分に自由の意志を求められているのが初めて分
かったのだ。
 それは人の上に立つ立場としては、どうかと思うが個人としては非常に嬉しかった。

「さあ、ご飯にしよう…その前に約束がある」

「なんでしょうか?」

「今から食べるのは神の世界…の料理ではないが少なくとも伊雅や清瑞は食べた事が…い
や見たこともない料理なんだ。見た目上ある物に見えるけど気にしないでくれ」

「九峪様が作った物を食べない訳がありません」

「…私もできるだけ食べよう」

「わかった…二人を信じるぞ…いくぞ」

 九峪が蓋を持ち上げて伊雅と清瑞は中を凝視した。

「こ、これはまるで…」

「はい、そこから先は言わない!」

 九峪は、反応が分かっていたので素早くとめた。

「なるほど、先ほどの注意はそういうことでしたか」

 納得したかのように頷く伊雅に比べて清瑞は少々引き気味である。

「でわ、まず実験台にキョウに食べて貰おうか」

「へ…なんでボク??」

「なんとなく」

「まあ、いいけどね」

 キョウ用に九峪が作った木製の皿にご飯とカレーを盛り付けた。そしてキョウに渡し
た。

「じゃあ、お先に〜いただきま〜す」

 さすがカレー自体を知っているだけの事はあってキョウはなんの抵抗もなく食べる。

「九峪〜おいしいよ〜料理も上手だね」

「それはよかった」

 九峪は嬉しそうに笑った。
 それを聞いて、ほっとしている伊雅と明らかに不審に思っている清瑞。

(キョウ様は天魔鏡の精なのに味が分かるのか?!)

 清瑞のそんな疑問も知らずに九峪は着々と皿に盛り付けていく。

「はい、清瑞…伊雅もどうぞ」

「ありがとうございます」

「かたじけない」

 二人に配り自分の分も用意する。

「じゃあ」

「「「いただきます」」」

 伊雅は、やはり自分が食べるとなったら抵抗があった。

(今から仕える相手を信頼せずして耶麻台国復興なるものか!)

 顔つきが急変する。どうやら覚悟を決めたようだ。意気込んで食べる。

「おぉ、少し辛いですがおいしいですな」

 伊雅は素直にそう思った。独特の味ではあるが嫌いではなかった。
 一方、清瑞は匂いを気にしていた。

「そうか、清瑞は忍者…じゃなかった…乱破だったな…匂いがきついからやめておくか?」

「いいえ、せっかくですので頂きます」

(これだけ匂いに当たっていたら身体にはもう匂いがついているか)

 清瑞はそう結論をだした。それにもう伊雅が食べているのである。自分だけ食べないと
いう事は許されない。

「では」

 食べると決めてから躊躇もなく口へ運んだ。

「変わった味ですが私も嫌いではありません」

 相変わらずの無愛想さだが多少角が取れたような気がするようなしないような。
 カレーは優に5人分ぐらいあったのだが伊雅と清瑞が予想以上に気に入ってくれたのか
あっという間になくなっていた。
 九峪は嬉しかった。最初は耶麻台国復興なんてだるいな〜と思っていたが。

(こういう人達と一緒だったらいいかな)

 今はこういう事もあるならそれもまたいいだろうと思えた。

「「ごちそうさまでした」」

「お粗末さまでした」

 最後に水を飲んで清瑞と伊雅は食べ終わった。
 伊雅はある事に気がついた。

「すいません、九峪様の分まで食べてしまったのではありませんか?」

「そんな事気にしない、元々俺一人じゃ食べれなかったし、何より二人とも罠を抜けてく
るのに大変だったろ?」

「えぇそれはもう…そういえば、私達が来るとわかってて罠を仕掛けてあったんですよね
?」

 清瑞は興味があった。乱破の清瑞が罠に苦戦をする事なんて、そうそうないからであ
る。

「ああ、すまないとは思ってるよ」

「いえ、そうではなく。あの罠は九峪一人で作ったのですか?」

(どう考えても私の方の罠だけでも一人でできる量ではなかった。さらに伊雅様の方にも
同じ量の罠があった事を入れれば絶対十人は居なくてはおかしい)

「ボクも手伝ったよ」

 九峪の代わりに答えるキョウで少し胸を張って言った…が

「お前が手伝ったのは最後の罠だけだ」

 キョウは驚いた。

「あの罠以外にまだあったの?!」

「ああ、味方なら腕試しに、敵なら数減らしに結構な数を仕掛けたな」

 平然といいのける九峪だったがキョウはひとつ気になった。

「いつそんな罠作ったの??」

「カレーを作る前に散策を一時間ほどしただろ?その時に薪と食料集めのついでに仕掛け
たんだ」

「「え!!」」

 あの数の罠を1時間…しかも薪拾いと食料集めをしていたのだから1時間も経たぬうち
にしかも一人で全てを仕上げたと言う事になる。到底信じられる話ではない。
 清瑞も伊雅も身を持って体験しているが、あれほど精密な罠は自分達が時間を掛けても
作れないような品物だった。

(清瑞、この方は間違いなく神の使いだ…そうじゃなかったら化け物に違いない。どち
らにしても強い味方だ)

(神の使いはともかい味方であるなら心強いのは確かのようですね)

 九峪に聞こえないように小声で話した。
 味方かどうかは別として力に関してはさすがの清瑞も認めるしかなかった。
 余談だが罠が仕掛けてあるのは森の中だけで階段には何もなかったりする。

「よし食べたからとりあえず休憩にするか。伊雅も清瑞も神社へ行って休んでくれ、俺
が番をするから。」

 またまた意外な事を言い出した。神の使いに番を任せられるはずがないので当然の如く

「いえ、私が…」

 と申し出たのだが…

「駄目だ」

 これ以上にないぐらい一刀両断される。

「な、なぜです?」

「もし敵が来たら清瑞なら安全だと思うんだけど…」

 うんうん、とキョウと伊雅が頷き、清瑞は納得できないような表情である。

「だけど、ここは俺が仕掛けた罠でいっぱいなんだぞ?清瑞には悪いが全てを見切ること
はできないと思うぞ」

「「「ああ、なるほど」」」

 つい納得してしまった。すぐに否定しようとしたがもう既に遅し。九峪は伊雅と清
瑞の背中を押して神社に放り込んで扉を閉めた。

「明日は早いんだ早く寝ろ〜」

 そう言い残すと元の位置へと戻る。

「神の使いは強引だな」

 豪快に笑いながら横になろうとしていた。

「伊雅様!笑い事ではありません!!」

「清瑞、九峪様の心も汲んであげなさい」

「九峪の心?」

「あんな風に言ったが実の所、わし達の身体を気遣っての事だ。自分が張った罠で苦労
を掛けたのだ…多分そういう事だろう」

 伊雅は九峪の優しさがなんとなく分かったような気がした。

「……わかりました。では、おやすみなさいませ」

「ああ、おやすみ」

 清瑞は渋々納得しながら横になった。
 外では火を絶やさぬよう枝を足す九峪の姿と空中を無意味にウロウロしているキョウ。

「キョウ、お前も休んでいいぞ」

「そ、そう?なら戻ってるよ」

 キョウは神社に向かった。
 九峪は一人で縁側に座り夜空を見上げると見渡す限り星が敷き詰められていた。

(現代だと見られない絶景だな。しかも空気が美味しい……ん?)

 二人と一匹が眠っているはずの神社から誰かが現れた。

「清瑞か…どうしたんだ?眠れないのか?」

「いや…そうじゃないくて…ただ話をしにきた」

 清瑞は九峪の隣に立った。

「とりあえず座りなよ」

 九峪は隣に座るように進めるが清瑞は隣に座るか少し迷ったが結局座った。

「で、どうかしたの?」

「い、いや、さっきは悪かった。いきなり失礼な事をして…」

「ん?あぁ苦無で脅した事か?それなら俺の方が色々してるよ、罠だって大変だっただろ
?」

「ああ、いや、確かに大変だったが…」

「なら、いいじゃないか」

 九峪は笑った。清瑞は心が軽くなった。神の使いである事を抜きでこの人に嫌われたら
嫌だと思った。

(この人がどんな国を創りどこまで登っていくか見届けたい)

 清瑞はそう思った。
 暫しの沈黙、そして肌寒い風が強く吹き焚き火が少し揺らぐ。

「さすがにちょっと夜は冷えるな。清瑞も明日は早いんだからもうそろそろ寝るか?」

「ああ、そうだな…時間になったら交代させてもらうぞ。いくら罠があるからとは言え神
の使いに寝ずの番をやらす訳にはいかないからな」

「わかった」

 笑顔を絶やさない九峪に見送られ清瑞は神社内へと戻っていった。