火魅子伝改(改訂版) 第五話 殿 (H:ALL M:九峪&伊万里&清瑞 J:シリアス)
日時: 06/23 13:16
著者: 矢野 晶   <akirada@hotmail.co.jp>

(近いな…思ったより早い…しかもこれは…)

 遠くに狗根国兵の気配を感じる。
 今九峪達は星華達と合流地点に向かい始めてから10分ほど走った。

「九峪さん?どうしたんです?急に止まって…」

 伊万里は心配そうな顔で九峪の顔を覗き込む。
 九峪は今も伊万里に肩を借りて走っていたので伊万里の足も止める事となった。

「…俺はもう走れない。だから、俺を置いて先に行ってくれ」

 九峪は伊万里に聞こえる程度の小さな声で言った。

「な?!まだ走れるでしょう?!」

 伊万里も小さな声で問いかけた。
 目から見て九峪は疲れているような感じではあったが、走れないぐらいまで疲れている
ようには見えなかった。

「いいや、もう走れない…だから星華達を合流地点まで連れて行ってやってくれ…頼む」

 九峪に深々と頭を下げられ戸惑っている伊万里だった。
 頑として譲らないと口調がそれを物語っていた。納得はいかなかったが、ここまでされ
たら何も言えなかった。

「わかりました……絶対追いついてくださいね?」

「あぁ…俺もそのつもりだ。伊雅達には『二の地点で三十分待ってくれ』と伝えてくれ」

「わかりました…」

 星華達は九峪と伊万里が止まっている事に気づかずに先に行っていたのでそれに追いつ
くよう伊万里はスピードを上げた。

(どうかご無事で…)

 伊万里は、そう祈った。






 九峪は準備をしていた…もちろん罠だ。あちらこちらに罠を仕掛けていた。狗根国の追
手が近づいているからだ。いくら九峪が肩を借りて遅くても、これほど早く追いつかれる
とは思っていなかった。

「こんなところで何してるのお兄さん?」

 突然後ろから声を掛けられ驚いたそれを隠すように仮面を被り何事も無かったように言
った。

「それは内緒だ。お嬢ちゃん」

 九峪は後ろにゆっくりと向きながら答えた。その容姿は少女だった…だが頭の上辺りか
ら生える耳を見て驚きを隠しもせず表に出る。

「私の姿を見てもそう言えますか?」

 兎の耳が生えている少女はどうやらお嬢ちゃんと言われる事が気に食わないようで不機
嫌さを隠そうともしていない。

「お嬢ちゃん…兎奈美の親戚か何かか?」

「なぜ私の妹を知っている…」

 不機嫌な表情が一変して冷たい無感情…最初に会った時の清瑞のようだ。
 少女は背筋が凍りそうな冷たい声で問いかけてきた。

「いや…今朝会ったんだ。それでご飯を一緒に食べて…」

「食べたですって?!」

「ちょっと待て!!前文を全て無視して最後だけ聞くなよ!」

「黙れ!!」

 立派な耳があるにも関わらず聞く耳持たずとばかりに襲い掛かってきた…次の瞬間には
が少女の身体は縄でグルグル巻きにされていた。

「貴様!!私も食べようと言うのか!!」

「おい!話を聞け!!」

 少女は縄を引きちぎろうと、もがくが…切れない。

「あれ?君、魔人だよね?それぐらいの縄も切れないの?」

 キョウから聞いた魔人とはかなりのギャップがある。
 力は人間とは比にならない強さ、素早さで上級魔人ともなると頭もいいという。
 普通の人間並みに話ができるこの少女は上級魔人ということである。

「私は空と言う能力で相手の能力に合わせて私自身の能力を上げるの!!」

「と言う事は無機質な物には弱いと言う事か?」

「無機質ってなに?」

「う〜んと…ただの動かない物とかの事」

「あぁ、なるほど。なら正解!!」

 少女は半分ぐらいやけくそ気味で答えてくれる。

「さあ、とどめを刺せ!」

 九峪はとりあえず少女から離れ、懐から清瑞から借りた苦無を取り出して少女の方に投
げた。
 少女は痛みを受ける心構えをした。…だが痛みは来ない。
 苦無は縄を切り、少女を解放する。

「なぜ私を助けたの?」

「女や子供を殺すわけにはいかないだろ?それに無益な殺傷もごめんだ。それに殺そうと
したら君に力を与える事になるんじゃないか?」

「私は魔人ですよ?殺してもいいじゃないですか」

 最後の言葉にギクリとしたが、その言葉に対しては返答しなかった。

「それは兎奈美も同じだな…だから?」

「そういえば!!兎奈美を食べたって!!」

「まあ、落ち着けよ。今そこからここまで来ようとすると、また罠に掛かるぞ」

 確かに罠に掛かったら、また振り出しに戻ってしまう。
 少女は少し考え話ぐらい聞いてみようと思った。

「いいわ…話して」

「と言っても、さっき言った事をちゃんと思い出してもらうだけでいいんだけど…」

「え〜と、確か『今朝会ったんだ。それでご飯を一緒に食べて』って……あら?」

「わかってくれたか?」

「ごめんなさい!」

 少女は深々と頭を下げた。

「別にいいよ。誰も怪我してないしね」

 九峪は、もう大丈夫だろうと思い少女に近づいた。

「俺は九峪って言うんだ。君は?」

「私は兎華乃。魔兎族の長にして兎奈美の姉です」

 九峪は兎華乃を足から頭まで見て一言

「兎奈美の姉??」

「みんなそう言います」

 兎華乃は苦笑した。そりゃ、みんなそう言うだろうな。九峪はそう思った。兎華乃はど
う見ても18歳未満だ。
 それに比べ兎奈美は18〜23歳ぐらいに見える。

「俺が聞きたいのは一つだけだ。兎華乃ちゃんは狗根国に仕えているの?」

「昔は仕えてたけど、ちょっと事情がありまして今は中立です」

「そうか、なら戦わなくていいみたいだな。俺は狗根国兵が近くにいるから時間稼ぎに罠
を作ってたんだよ」

「よかったわ、貴方が相手なら結構いい勝負しそうですもの」

「そう言ってもらえると嬉しいな」

 九峪は自分の武術に自信があった。それが魔人と同等の力を持つと言われて嬉しくない
はずがない。

「兎華乃ちゃんは、これからどうするの?」

「実は兎奈美を探しに、ここまで来たんだけど…」

「兎奈美は村に帰るって言ってたよ」

「そうですか…すれ違いになったようですね。私も村に帰ります」

「わかった。じゃあね、兎華乃ちゃん」

 兎華乃の頭を撫でて立ち去っていった。
 兎華乃は初めての感覚だった。自分は魔兎族を率いる頭で、魔人の中でも最上級の魔人
なのだ。魔人にも疎まれ、人間には恐れられ…まあ、それは他の魔人でも同じなのだが…
兎華乃は姉妹以外の他の者達と会話すらできないほど、恐れられていた。
 それが自分を子供のような扱いで話をしてくれる人物ができた。
 ただの人間なのだが兎華乃は、あの人なら一緒に居てもいいかな。
 そんな事を考えながら村に向かって帰り始めた。

(それにしても…『ちゃん』はないでしょ)

 心でツッコミを入れていたが、顔は見た目相応の可愛い笑顔をしていた。






「「な、なに〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」」

 森中に響かんばかりの大声を出しているのは、伊雅と清瑞だった。
 伊万里から九峪を森に置いてきた事を聞いたからだ。それは、当然の反応といえた。

「い、伊万里殿!く、九峪様が言い出した事なんだな?!」

「は、はい。私も止めたんですけど…」

「む…う……」

「私が様子を見てきましょうか?」

 清瑞は、内心では

(と言うか行かせろ!!)

 顔には出していないが不安だった。
 いくら九峪が武術や罠などに優れているとはいえ相手は狗根国軍である。心配するのも
当然と言えた。

「……いや、九峪様が言ったように二の地点に移動するぞ」

 伊雅はある事を考えていた。

(九峪様の行動に無駄がある訳が無い…わし達に心配させまいと思って黙って行動を起こ
したのだろう)

「は、はい…」

 伊雅が決めた事だから従わないわけにはいかなかった…が一言いって欲しかったのも確
かである。
 この話は終わりだと伊雅は向きを代え星華達の方に視線を向ける。

「ところで、そちらの方々は捕虜だった人達か?」

 それを代表として星華が一歩前へ出て深々と感謝の心と共に頭を下げる。

「助けていただいて、ありがとうございます。私は星華と申します」

「私は長女の亜衣と言います。」

「次女の衣緒です。それでこっちが三女の羽江です」

「うがふがもがふが〜〜〜もがもがもがふが!!」(私は羽江で〜〜す、よろしく!!)

 未だに猿轡を外されていない羽江であった。

「その猿轡はなぜ…」

「気にしないでください」

 亜衣がきっぱり言ったので伊雅もそれ以上は突っ込まない事にした。

「わしは伊雅と申す者だ」

「……清瑞だ」

 清瑞の反応が冷たいのは小説やゲームの性格上ではなく、ただ九峪が心配で反応が冷た
く感じるだけです。

「伊雅…もしかして耶麻台国の副王伊雅様ですか?!」

 亜衣は確信を持ちつつも訊ねた。
 伊雅は顔には出さないが内心驚いていた。副王ではある伊雅だが一般市民にはそれほど
有名ではない。それが幸いし狗根国からの追撃があまり厳しくなくて済んでいたのも事実
だ。

「ふむ…わしがその伊雅だったとしたら、おぬし達はどうするつもりだ?」

「私達と共に耶麻台国を復興をして欲しいのです!!」

 亜衣に代わり星華が言った。
 今までも真剣な表情だったのだがそれ以上に気迫を感じられる。

「わかった、わしは確かに耶麻台国副王、伊雅だ。四人で捕虜を助け出そうとした勇敢な
者が仲間になるのだ。喜んで受け入れよう!」

「ありがとうございます!…ところで先ほど何か驚いていたみたいですが、どうしたので
すか?」

「あぁ…それが非常にまずい事になったのだ…」

「と、言いますと?」

「実は九峪様…伊万里殿と一緒に貴方達を助けて合流するはずだった人ですが…」

「あら?…そういえば、居ませんね」

 亜衣は自分達と一緒に走っていた男が見当たらないのに気づいた。

「『疲れたから先に行っててくれ』と言って途中で休憩をとっているそうです」

「「「は?」」」

 星華達は何か聞き間違いをしたような気分であった。
 伊雅は苦笑をした。

(確かに、これだと無能…無知だと言われても仕方ない事じゃな)

 伊万里と清瑞は星華達の九峪を馬鹿にしたような顔をみて、小さな怒りが生まれたがよ
うだが、そんな事は些細なことだった。九峪の安否が気になってしかたなかった。

(何を考えてるんだ!あの男は!撤退中に勝手に行動して!しかも休憩だと!!)

 亜衣は馬鹿にしたように。

(はぁ…情けない人)

 星華は呆れたように。

(………)

 衣緒は絶句する。

(早く、これをのけてよ〜)

 羽江の心の声は誰にも届かなかった。

「伊雅様、先ほど九峪『様』と申していましたが…」

 亜衣は副王である伊雅が『様』をつける事に違和感を感じていた。

「…」

 伊雅は説明するべきか九峪を待って説明をしてもらうか迷う。

「…九峪様が来てから説明する」

 伊雅は考えるのが面倒だったので九峪に押し付ける事にした。
 意外と伊雅は無責任だった。
 亜衣は納得していなかったがとりあえず待つことにする。






 九峪は兎華乃と別れて少し移動した所で暇を潰していた。

(あまり早く帰ったら体力が無い力が無い神の使いにはならないよな)

 そんな事を考えて木の根元に座っていると、大軍の足音が聞こえた。

(な?!早いな、あの罠を抜けるにはもう少し時間が掛かると思っていたが…それにして
も妙だな…なぜ敵はこちらに一直線に来ている?)

 追撃の手が、なぜまとまって…しかも合流地点に向かって進んできているのかを考えて
いた。

(もしかして魔獣を警察犬の代わりみたいに使っているのか?!)

 それは、当たっていた。
 九峪が伊万里を助ける時に倒した魔獣のように犬型は基本的に犬と同じ…いや、それ以
上の五感を持っているのだから追跡が容易いのである。

「あれだけの罠をこんな短時間で破るぐらいだから罠の意味があまりないが…一応仕掛け
ておくか」

 鞄の中を探っていたら、魔獣に襲われた時に、と言ってキョウが渡してくれた札を思い
出した。
 これは、魔獣ぐらいなら撃退できるらしい事を言っていたのを信用して狗根国の追撃隊
を相手にする事にした。
 九峪はブレザーを脱いでいた。
 動くのに長袖は邪魔だし暑かったからである。

(確か左道士ってのが魔獣呼んでるんだよな…なら、そいつだけでも倒しておかないと)

 いくら魔獣を倒したところで左道士が生きていれば手間は掛かるだろうが、その程度で
終わってしまう。
 再び罠を仕掛け、待ち伏せをした。






 狗根国兵は九峪が隠れている茂みを通り抜けた。
 そこで待ち受けるのは、もちろん九峪の罠だ。
 先頭の部隊が罠に掛かった。その混乱に乗じて九峪はワイヤーを操り次々と血祭りにあ
げていた。この攻撃で先頭を歩いていた魔獣は絶命していた。

(数が多いな…七十といったところかな?)

 九峪は茂みから飛び出し狗根国兵と対峙する。

「何!」

 九峪に気づいた狗根国兵は驚くが対応はきっちりしていて剣を引き抜き振り上げて攻撃
しようとするが懐に潜り込んで下からアッパーのように腕を突き上げ顎にヒット、そして
兵士は身体が空中に飛んだ。周りの兵士達も何事かと九峪の方向を見た。
 九峪には迷いも無く次々と兵士達に拳を叩き込んでいく。
 兵士達もようやく敵である事を認識した…だが二十人近くが戦闘不能になり残りの兵は
既に逃げ腰だった。

「出でよ魔獣!!」

 何処からかそんな声が聞こえてきた。九峪は慌てて周りを見て怪しい札を手にしていた
兵を見つけた。

「貴様か!!左道士は!!」

 九峪はワイヤーを操り邪魔をする者を全て排除して普通の兵士のふりをした左道士まで
道が開いた。
 九峪が左道士との間合いを詰める間に魔獣が呼び出された。
 だが、九峪は慌てずに札を魔獣の額めがけて投げる。すると、薄気味悪い魔獣の遠吠え
が耳に残りながら魔獣の姿薄れて、消えた。

(おお、まともな物だったんだな)

 キョウから貰った札の効力に感心しつつ左道士に詰め寄った。
 左道士は驚愕して逃げる事も忘れていた。そこに九峪は拳を腹部に叩き込んだ。
 完全に鳩尾に入り一撃で絶命させた。

「貴様もか!!」

 札を取り出していた兵士が見えた。
 いつでも対応できるよう用意していたワイヤーに手で操り、左道士の首に絡ませ締める
……そして堕ちた。

(これで全員かな?)

 こんな小さな部隊に左道士が三人以上も付いているのはあまり考えられないので撤退し
た。
 撤退をしている九峪を狙って矢が飛んできた。どれも当たりはしなかった。どちらかと
言うと周りに居た自分達の仲間に被害を与えるだけであった。
 九峪は狗根国兵が向かっていった方向を真っ直ぐ歩き、置いてあったブレザーを鞄に片
付け合流地点へと走った。
 魔獣や左道士を失った追撃部隊は九峪達を見つけることができなくなり、追撃を諦め来
た道を戻った。
 九峪が倒した兵は四十三人にも上った。







 伊雅達が待っているはずの場所までついた。そして姿を確認する。

「お〜〜い!!」

 大手を振って九峪は呼びかけながら近づいた。
 こっそり近寄ったら何されるかわかったものじゃない。

「ぬお?!」

 九峪が呼びかけてほとんど同時に苦無と剣が飛んできた。

「き、清瑞…い、伊万里さんも……げ、元気だった?」

 九峪は無理やり笑顔を作った…が引きつった笑顔しかできない。
 清瑞は淡々と自分の方に近づいてくるその傍らには伊万里も一緒だ。
 剣を投げたのは実は伊万里である。表面上は何も気にしてなさそうだが、さり気なく怒
っている。
 伊万里と清瑞は九峪の両脇を担ぎ、森の中に連行されてしまう。
 伊雅は、呆れた顔で見送る事しかできない。本当はすぐにでも事情を話したいが、こう
いう時の女性は怖い。伊雅の経験上そう結論を出して九峪の無事を、ただ祈るだけであっ
た。






 伊雅達が居る場所から離れ、九峪の逃げ道を塞ぐかのように木を背に右前左前には清瑞
と伊万里と完全に不良に絡まれ路地に連れ込まれた純情な(?)少年となっている。

「「なにを考えてるんですか!!」」

 二人の第一声だった。

「いゃ…だから…休憩を…」

 言い訳を並べようとするが清瑞は一刀両断する。

「なら、その袴(はかま)についた血はなんですか!!」

 見事な一太刀に九峪は言葉が詰まった。
 ブレザーを脱いだのは暑いからと言う理由もあったが一番の理由は血で汚れると気づか
れてしまう事を警戒してであった。だがブレザーはともかくズボンまでは脱げるわけがな
く、それによって清瑞に気づかれてしまう。

「で、本当のところはどうなんです?」

 自分と別れてから何をしていたのか気になっていた…気にしない方が不自然である。

(九峪さんは何を考えてるの?…追手に追われているにもかかわらず休憩するなんて…追
手…まさか?!)

 手元にある情報だけである事を推測する伊万里、だが心の中で否定する。

(まさか…ね)

「ま、まさかとは思うけど九峪さん…一人で追手を?」

「あ、あぁ、伊万里さんは察しがいいな…狗根国は左道士まで用意して魔獣を使って追跡
してきていたんだ」

「「!!」」

「だけど、もう追跡できないだろうけどね、左道士を倒してきたから…もちろん魔獣もね」

 二人は黙った。先ほどまでの勢いは完全に消えうせ、逆に責任を感じていた。
 自分達の為に一人で追手を相手にして…しかも魔獣と左道士を倒してきてくれたのだ。
 感謝はすれど責めるような事はしていないのだ。
 それを感じとった九峪は言った。

「それほど気にするなって。言わなかった俺も悪いし…俺は無能な神の使いなんだからさ」

 最後の部分は冗談だったのだが、清瑞は今朝の話を聞いている為、苦笑でという形で答
えた。
 しかし伊万里には事情を話していなかったので過剰の反応を示した。

「無能?!誰がですか!私達を魔獣から助けてくれました!しかも一人で狗根国兵をどれ
だけ倒したと思っているんですか!!」

(貴方が無能なら私は何だと言うんだ…命の恩人に恩を返すどころか叱咤した私は…)

 九峪は今の冗談は言うべきではなかったと後悔していた。
 その結果が伊万里にさらに負い目を感じさせる結果になってしまったからである。

(伊万里さんは生真面目だな。事情を話していなかった俺に責任があるな)

 伊万里に事情説明をする事にした。
 清瑞に視線をやるとこちらを見ている。
 そして何を考えていたのかわかったようでただ頷いて応えてくれる。

「伊雅にこのことを伝えてくれ。それと星華さん達はどうなった?」

「星華さんは我々と戦ってくれるそうです」

「そうか…わかった」

「では」

 清瑞の背中を見送り伊万里を真っ直ぐ見つめ真剣な声で言う。

「伊万里さん…今から話す事は秘密にしておいてくれよ」

「わかった」

 伊万里はまだ怒りを収めていなかったが、九峪は話を始めた。

「伊万里さんも知っている通り、俺は神の使いだ。目的は耶麻台国復興だ…ここまではわ
かるな?」

「…はい」

 まだ怒っている伊万里だが、とりあえず返事をした。

「耶麻台国の象徴…火魅子がいないからには誰か代わりに象徴がいる…それが俺であり神
の使いと言う事なんだけど…一時的な象徴に過ぎないが、神の使いの名の下に復興が成し
遂げられたら、本来の象徴である火魅子の印象が薄くなる」

「だから…神の使いは無能でないといけない…目立ってはいけない…と言うことですか?」

 九峪が言わんとすることを察して話すとそれを肯定するように頷く。
 伊万里は事情を知り、九峪の思考の深さを知る。

「納得してくれたみたいだな…この事は伊雅と清瑞とキョウの三人しか知らない事だから
繰り返すようだけど秘密だ」

「わかりました…が、それと殿の件とは違うと思いますよ?いえ、むしろ神の使い様がど
うかと」

 再び怒りオーラ到来するのが見えたような気がする九峪であった。
 すげー綺麗な笑顔なんだが背後には何やら鬼神のようなものが見える。

「いゃぁ」

 いろんな意味でさっき戦った魔獣…いや兎華乃よりも怖いかもしれないと感じるほどの
迫力で伊万里は迫る。
 もうこれまでか(何が?)と思ったところで鞄がゴソゴソ動いている事に気づく。
 動く原因と言えば一つだ。これは助けだ!と思い鞄を開けると案の定キョウが青い顔を
して出てきた。

「九峪!!そこにいる子…」

「わかってるよ、そんなに慌てるな」

「え?!わかってたの!」

「ああ、なんとなくな」

(よし、これで話はそれる!)

 キョウが近くに火魅子の資質を持っている人がいるって言い始めて探したら伊万里が居
た。なら上乃もいるにも関わらず伊万里が火魅子の資質を持った人だと思った。
 それは自分でもなぜか分からないが言うなれば…『なんとなく』別の言い方をすれば直
感とも言う。

(伊雅達は戦いで気づかなかったようだけど)

「伊万里さん…君は火魅子の資質を持っている…」

 キョウという珍入者に伊万里はキョトンとしている所に更に追い討ちをかける。

「え?!」

 たっぷり時間を掛け、石化したように固まり、そして再起動した。

「わ、私は山人ですよ…そんな事があるはず…」

 だが九峪が嘘をつく訳が無い事もわかっていたし、そんな冗談を言うわけがない。
 でも、すぐには飲み込めない事実というものもある。

「本当…なんですか?」

「今からそれを確認する。この鏡を覗いてみて」

 伊万里は言われた通り覗いた。自分の姿がはっきり見えた。

「これが??」

「じゃあ、俺を映してみるよ」

「?!」

 九峪の姿が映るはずの鏡には九峪の姿はなかった事に驚き声も出ない。

「これは火魅子の資質を持つ者しか映らないんだ」

「そう…ですか」

 伊万里の頭には上乃と仁清の顔が浮かんだ。

(二人がこれを知ったら…どう思うだろう)

 伊万里は自嘲気味に笑う。その表情を見て心情を察してか九峪は続けて言う。

「伊万里さんはどうしたい?もし火魅子候補が嫌なら黙っていてもいいが?」

「く、九峪!」

 キョウは九峪が何を言っているのかわからなかった。
 伊万里も同じ心境のようで唖然としている。

「キョウ…俺は『才能があるんだからしろ』そんな強制はしたくないんだ。わかってくれ」

 頼む、と続ける九峪は頭を下げた。
 キョウは心を痛めた…自分は九峪を才能がある…それだけで無理やり現代から連れてき
たのだ。
 その言葉で九峪は自分を非難しているように感じた。

「わかったよ」

「ありがとう」

 九峪は笑顔で言った。
 その笑顔は九峪がキョウを非難する気など最初から無い事を表していた。
 九峪がそんな事を気にしていないのを知り、キョウは安堵した。

「伊万里さん、どうする?もし火魅子候補になって嫌になったら辞めればいい。その時は
俺もできる事は手伝うから」

 伊万里は黙り込み考えている。
 あまり時間が経たずして結論が出たらしく俯いていた顔を九峪に見せるようにあげる。

「わかりました。火魅子候補としてよろしくお願いします…辞める時は九峪様も手伝って
くださいよ?それと伊万里でいいです」

 伊万里は笑顔で言った。
 いつしか優しく、心が広い九峪に魅入っていた。
 恋愛感情も入っていたが、崇拝に似た感情でもあった。
 だから九峪『さん』ではなく九峪『様』と呼ぶことは自然な事のように感じた。

「もちろん、できる事ならなんでもするよ」

 確認の意味でもう一回繰り返していった。

「その時は私と結婚してください」

 顔を赤らめてはっきりとした声で言うと九峪は元よりキョウも固まっていた。
 時が止まったように三人とも動かない。

「きさま!!」

「清瑞?!いつの間に!!」

 何処からともなく現れた清瑞によって止まっていた時間が動き出す。
 問いかけなど無視して清瑞は伊万里に詰め寄った。

「いったい何のつもりだ!!」

「…さっきのは冗談だ…半分は」

「きさま…!!」

 清瑞は伊万里に飛びかかろうとする。
 伊万里も迎え撃つつもりらしく刀に手を添えている。

「いい加減にしないか!!」

 九峪の怒りで清瑞と伊万里は身体が動かなくなった…ように見えるが実際は動けないの
だ。
 いつものようにいつ操っているのかわからないほどの手際でワイヤーを操り二人の間接
を全て封印する。
 本気で怒っているのを感じ二人は黙った。

「まったく、清瑞はちょっと頭に血が上りすぎだ。乱破として生きていけないぞ?」

 既に怒気は消え口調は優しかったが言っている内容は厳しかった。

「伊万里も冗談が過ぎるぞ」

「「すいません」」

(冗談じゃないのに)

 心の中で思うがまた怒られるのは嫌なので口にはしない。
 二人が落ち込んだ様子を見て九峪はもう大丈夫だと思いワイヤーを解いた。

「二人ともどうした?仲間同士で喧嘩してたら復興なんかできないぞ」

「「はい…」」

「俺が居たから止めれたが居ないところで喧嘩するなよ?」

「「はい」」

((九峪(様)が居なかったら喧嘩の種はないんですけど))

 伊万里と清瑞は同じことを考えていた。
 二人はまるで申し合わせたかのように顔を見合わせて呟いた。

「「九峪(様)が怒ったら怖いな」」

 さっきまでは殺し合いを始めそうな雰囲気だったのに今度は意気投合と言った感じであ
る。

(女は分からん…)

 苦笑を浮かべつつ伊雅達が待つ場所へと歩く。