火魅子伝改(改訂版) 第六話 短い休憩 (H:ALL M:九峪・星華・亜衣・衣緒・羽江 J:ほのぼの)
日時: 06/23 13:49
著者: 矢野 晶   <akirada@hotmail.co.jp>

「おまたせ〜♪」

 伊雅達の緊迫した雰囲気の中、能天気な声が響いた。
 九峪である。

「お待ちしておりました、九峪様」

(能天気な事で…)
(何を考えてるのかしら?)
(見た目通りの方ですね)
(だから猿轡外してよ)

 上から順に亜衣、星華、衣緒…以上(私も入れてよ〜)
 九峪は伊雅の傍らまで歩いて近寄った。それに続く清瑞と伊万里。

「伊雅、何処まで話を進めてるんだ?」

「わし達の素性は話しました。九峪様の事はまだ…」

「そうか…伊雅…ちょっと」

 さっきの能天気な顔とは一転してまじめな顔で伊雅にもっと近づくように手招きした。

(伊雅…星華さんは王族みたいだぞ)

(?!なぜお分かりになられたのですか?)

(だって、亜衣さんや衣緒さんは星華さんを崇めている傾向がある。もしかしたら火魅子
候補かも)

(なんですと?!)

 九峪は驚いている伊雅を一時的に放置して鞄の中から天魔境を出す。

「キョウ、ちょっと星華を見てやってくれ」

 キョウに聞こえる程度に話す。

「わか……!!」

 キョウの顔の色を変えて、気が狂ったように変な飛び方をして九峪の顔の前で止まった。

「九…」

「わかった」

「たまには最後まで言わせてよ」

「やだ、と言うより分かりやすいんだよ」

「いいんだ、いいんだ…どうせボクは……」

 拗ねたキョウは放置して、伊雅に向き直る。

(確認とれた、間違いなく火魅子の資質を持ってるよ)

(なんと?!)

 伊雅は火魅子の資質の事にも驚いていたが、それを確認もせずに言い当てた九峪にも驚
いていた。

(伊雅はとりあえず星華さんが耶麻台国の王族であるかを確認してくれ)

(わ、わかりました)

(くれぐれも俺が言った事は内緒だぞ)

 伊雅は頷いて答えた。星華に話をしようと振り返ろうとしたが、九峪がそれを止めた。

(それと、伊万里…彼女も火魅子の資質を持つ者だ)

(なに?!真ですかそれは?!!)

(ああ、間違いない。天魔鏡で確認したからな)

 信じられなかった。
 伊雅はこれまでどれだけ火魅子の資質を持つ者を探しても見つからなかった。
 それに比べ九峪は伊雅と会って本格的に探そうとする以前に見つけてしまったのだから
信じられないのは無理はなかった。

(じゃ、頼んだよ、伊雅)

 そう言われて、思考の渦に飲み込まれている伊雅を現実に戻した。

(九峪様は神の使いだ…今更驚く事でもないか…)

 今度こそ星華達に振り返り、期待に胸を躍らせるが表に出さないように抑えて訊く。

「星華殿…あなたは耶麻台国の王族なのですか?」

「「「!!」」」

 三人…星華と亜衣、衣緒は驚きで一瞬固まった。
 一番早く復帰したのは星華だった。

「は、はい。そうです…なぜ、わかったのですか」

 伊雅は一瞬九峪の方を見ようとしたが途中で止める。

(ここで助けを乞うのはいけませんな)

「亜衣殿の星華様への言葉遣いや態度で…」

 アドリブだがうまく理由をつける。

「なるほど、さすが伊雅様だ!」

 亜衣は改めて伊雅を尊敬した。自分達の救出作戦は伊雅が立てたという事になっている。
しかも、伊雅は先の戦いで二十人近くを倒しているのを知っているので伊雅は副王で知力、
武力共に万能と言うイメージになっている。
 ちなみに、九峪と九峪の罠では倒した数は五十人ぐらい倒していたから九峪の方が倒し
た数は多いのだが…それは言わないお約束である。

「ところでそちらの九峪…様は何者でございますか?」

 九峪を神の使いと知らない亜衣はとりあえずは『様』付けにはしているが口調は残酷ま
でに冷たい。

「ああ…俺は耶麻台国八柱神が一人、天の火矛の遣いだ」

 胸を張り堂々と言い放った。
 その場は静まり返り誰も口を開かなかった…いや、口は開いている。だが、そこからは
声は出ず、まるで金魚のようだ。
 たっぷり時間をとり、否定の意を込める悲鳴のようなものが響く。

「「「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」」」

「あぐうぐぅ〜あぐうぐぅ〜はうふぐふ?」(神の使いだ神のお使いだ〜何のお使い?)

 今日で何回目の驚きだろうか…森の動物達にすれば迷惑な事この上ない。

(いい加減もうちょっと別のリアクションを取れよ)『すいませんです』

 九峪は空耳が聞こえたが特に気にしなかった。
 耶麻台国副王の伊雅に言われた真実だが星華や亜衣、衣緒は中々信じられずにいた。

(敵に追われている途中に休憩するような人が…)

(あんな小さい胸ですけべ顔をしてたこの人が…)

 上が亜衣、下が星華。衣緒はもう考えない事にした。
 亜衣はもっともだが、星華は少し間違ってるような気がするが…その辺はお察しという
事で。

「あれ?なんで羽江ちゃんまだ猿轡してるの?」

 いつの間にか羽江の近くに移動している九峪は亜衣が止める暇も無いくらい素早く猿轡
を取り外した。

「「「「「あ」」」」」

 星華や亜衣達、伊雅と清瑞までも間抜けな声を上げた。

「ひっく…ひっく…びぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜亜衣の鬼〜〜〜〜〜〜〜〜胸無し人でなし〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 今まで溜め込んでいた物を吐き出すように羽江は泣き始めた。
 周りにガラスがあったら砕け散るような声量だった。ある意味方術より破壊力がある。
 急いで亜衣は皆に耳栓を配る。
 もちろん外した本人である九峪にはくれなかった。
 いつもなら怒りに燃える亜衣なのだが本気で泣いている羽江相手はどうしようもない。
 だが九峪は何も聞こえていないかのように羽江に近寄り、頭を撫でながら言った。

「よしよし、可哀想に…俺で良ければあっちで遊ぼうか?」

 優しく、いつもの九峪スマイルで話しかけるとまるで嘘かのように元気な声に変わる。

「え、いいの?!じゃあ神の国の事教えて教えて!」

「ああ、いいよ。星華さん達は忙しいだろうから…ちょっと行ってくる。伊雅、キョウ後
は頼んぞ」

 鞄の中から天魔鏡を出し伊雅に渡して、羽江と一緒に移動する。
 伊万里も付いていこうとするが清瑞に肩を掴まれ行かせまいと行く手を阻む、二人が沈
黙の戦いを繰り広げている間に九峪は羽江を連れて離れていってしまう。
 伊万里は肩を落とし、してやったりと言った顔の清瑞。

「亜衣…九峪様は…色んな意味で神以上の存在ですわ」

「え、ええ、そう…ですね…」

「わ、私もそう思います」

 今まで羽江は泣き始めると3時間は収まる事はない。それは亜衣が怒ろうと褒めようと
謝ろうと何をしようとも収まった事など一度も無かった。
 それは星華でも衣緒でも同じでだったのだが九峪は十秒で機嫌を直したのである。
 それはまさに神業以外に言いようがなかった。
 三人は色んな意味で神の使いと認めた。『そんな事で認めるなよ』

「ところで、キョウとは?」

(ここにいるのが全員ではないのか?)

 亜衣は周囲に気を配り誰かいないか探りを入れる。

「キョウ様出てきてくだされ」

「は〜い、初めましてボクがキョウです。これでも神器の一つ天魔鏡の精なんだ」

 伊雅が大事に抱いている天魔鏡からキョウは出て、胸(?)を張って名乗った。

「「「!!」」」

 突然天魔鏡から出てきたキョウを見て星華達三人は驚き、慌てて平伏する。

(ボクって本当はこれほど偉いんだよね)

 最近九峪に苛められてばかりだったのでプライドがなくなっていたキョウだったので今
は感無量の喜びを噛みしめる。

(これでちょっとはボクの立場も変わるかな!!)

 とご機嫌なキョウには悪いがその立場も長続きはしない…というか出番自体もかなり減
ります…もっとも今も出番は少ないですが。

「失礼いたしました」

 代表として星華が謝罪をした。

「そんなに気にしないで。とりあえず顔を上げてくれるかな?話ができないから」

 星華達は恐る恐るといった感じで頭を上げた。

「星華殿、あなたは火魅子の資質をお持ちのようだが…」

 伊雅は内心では興奮と喜びで溢れていたが、口調はいつもと変わらない。さすが副王と
いったところだ。
 星華の顔には驚きの色はなかった。

「はい、存じております」

 簡素に答えではあったが実は心の中では不安でたまらなかった。
 小さい頃に火魅子の資質を持っている事を教えられ、火魅子になる為に勉強も努力もし
た。だが火魅子の資質を持っている事を言われたのは小さい時だけであった。耶麻台国が
滅びて周りには亜衣や衣緒、羽江しかいなかった。
 方術の勉強をしている途中で、ふと思った。
 自分は本当に火魅子の資質を持っているのか、と。
 確証は何処にもない。小さい時からそう言われて育ってられそれが当たり前であった。
 だが時が流れ大人となって小さく重い不安に襲わる。
 亜衣達は星華の事を火魅子の資質を持っていると疑いはしなかった。
 だが、それでも不安なのである。
 それは今でも解消されていない。良かれ悪かれそれが解決される時が来た。

「一応確認の為に天魔鏡を覗いてくだされ」

 天魔鏡を持った伊雅が星華に近づき天魔鏡を預ける。
 そんな不安な思いを一杯に星華が天魔鏡を覗き込んだ。
 そこには、はっきりと姿が星華映し出されている。

「おお!!正しく火魅子の資質をお持ちになられている!!」

 それを確認すると伊雅は改めて感動する。

(火魅子候補が二人…それに九峪様、天魔鏡…もはや無理だとあきらめかけていた耶麻台
国復興が目前じゃ!!)

(よかった…本当に…)

 長い間ちくちくと苦しめてきた悩みが解決し安堵をもらす。
 自分が火魅子の資質を持つ者であると確認できた。
 亜衣達は当然と言った顔をしている。
 星華が火魅子の資質を持つ者なのか?などの疑問などもった事は一回もない。

「それで星華様、こちらの伊万里様ですが…」

 星華は多少緩んだ表情だったが、それを引き締め話を聞く。

「伊万里様も星華様と同じ火魅子の資質を持つものです」

 星華達は驚いて声がでなかった。
 伊万里は気まずそうに伊雅の後ろに立っていた。
 清瑞に限っては顔を青くしていた。

(わ、私…火魅子候補に喧嘩を売ってしまった。ど、どうしよ、どうしよ。潔く切腹で
も)

 と言った感じで焦りまくってる清瑞の姿を見て、伊万里は近寄り耳打ちする。

(それほど気にしないでください。火魅子候補ではありますが、私は九峪様の役に立つ為
になっただけですから)

 伊万里は笑顔で清瑞に言った。
 これで一つ借りが出来てしまった、と思いつつ

(……九峪に迷惑を掛けるなよ)

(ええ)

 にこやかな顔で答えた伊万里に清瑞は苦笑した。
 嫌味で言ったつもりなのだが伊万里には通じなかった。

「伊雅様、今からどちらに向かわれるんです?」

「予定ではわし達が隠れていた隠れ里に行こうと思っているのだが…」

 そんな伊万里と清瑞とのやり取りに気づかず星華と伊雅は話を進める。

「わかりました。では、すぐに出立を?」

「それはそうなのじゃが…」

「何か問題でも?」

 伊雅が何か迷っているのを見て星華は尋ねた。

「九峪様は体力が著しくないのでございます…」

「「「ああ、なるほど」」」

 これは予め九峪と伊雅が打ち合わせて『無能な神の使い』を演じる上での特徴の一つだ。
 清瑞と伊万里は真実を知っているので特に変化はない。
 星華達は、しきりに納得している。それを見て伊雅と清瑞、伊万里は星華達は九峪の思
惑通り進んでいるのを確信する…が、清瑞と伊万里は少し不愉快である。

「では、先ほどと同じように私が肩を…」

 伊万里は普通の調子で言ったつもりだが、他の人から聞けば嬉しさが混じっているのが
容易にわかった。
 そこで亜衣の目が光る。

「いえいえ、火魅子候補の伊万里様にそんな事をさせる訳にはいけません。うちの衣緒に
九峪様を背負わせましょう!」

(先ほど点を稼がせてしまった分取り返さなくては)

「え、私?!なんで私が…」

 衣緒が抗議をしようと口を開いた。衣緒には亜衣の意図が見えたが反論をしないではい
られなかった。

(神の使いを背負わないといけないの!そんな恐れ多い事私にしろと!しかも男性を…)

 亜衣は星華のライバルとなるであろう伊万里にこれ以上点数を稼がせたくないのは衣緒
にも分かった。だが、それとこれとは別だ。
 衣緒は今までろくに男性と話したことがない。話したことがあると言って自分より年上
だ。その上、背負うとなると嫌と言うのもわかる。
 だが…亜衣は笑っていた…いや、笑っているのは顔だけで、目が笑っていない。
 それを見て、衣緒は背中に寒気が走り鳥肌がたつ。そして衣緒は折れる。

「わ…わかりました…はぁ」

 そっと溜め息を漏らすと再び六回ぐらい殺されそうな視線が刺さる。
 咳払いで軽く誤魔化す。

(あの目は私が昔、殴り合いの喧嘩になった時…その時は私が圧勝した後の復讐を誓った
時の目だ…それから一年大事な物が次々無くなるし、なぜか倒れそうにもない巨木は倒れ
てくるし…地獄は死んでからではなく生きている間にあるって事が分かったのはあの時か
しら)

 悲惨な目にあったあの頃の事を思い出すと狗根国軍の中に突撃した方がよっぽど楽だろ
うな。そんな風に思えた。
 そんな事を衣緒が思っていることも知らず、満足そうに頷いている亜衣。
 伊万里というと表では平然とした顔ではあったが心中では

(清瑞さん以上に邪魔されそうだ)

 本能的に亜衣の事を敵だと判断していた。
 そんな事を思い亜衣を睨んでいると、亜衣もこちらを睨み返してきた。

(あちらもそう判断したみたいだな)

「では、九峪を呼んできます」

 話が大体まとまったのを確認して清瑞は走り出した。
 伊万里は迷いなく九峪が羽江と一緒に行った方向と逆の方向に向かって走っていくのを
見て思う。

(清瑞さん…いったい何処に行ってるんだろ?それとも九峪様が何処に行ったのか知って
いるのだろうか?)

 少し経ってから無事九峪と羽江を見つけて帰ってきた。
 どうやって見つけたのかは企業秘密。






 そして清瑞が帰って来た。後ろには九峪と羽江がいた。
 羽江は九峪に肩車をされて上機嫌である。

「う、羽江!!」

 それを見て慌てて近寄ってる亜衣とそれに続く衣緒。

「羽江は子供なんだ、それほど気にする必要はないだろ」

 羽江を肩車したまま、お馴染み九峪スマイルで亜衣を落ち着かせる。
 これ以上続けると九峪自身が怒られるのはいいが羽江が怒られそうなのでゆっくり下ろ
すと亜衣は安心したようだ。

「え〜もうやめちゃうの〜」

 羽江は不満げな…というか不満を漏らし服を掴んでせがむ。

「また今度ね」

 今それに応える事ができない代わりに頭を撫でると羽江は嬉しそうにしている。

「ぜっっっったいだよ!」

 そういうと羽江は亜衣と一緒に星華が居る方に向かって走っていくのを見ながら、伊雅
に話しかけた。

「で、どうなった?」

「はい、最初の予定通り里を目指す事にしました。上乃殿と仁清殿は、清瑞とわしが運び
ます」

「わかった。じゃあ俺は…」

「九峪様は衣緒の背中にお乗りください」

「え」

 亜衣の嬉々とした声が耳に入ってくる。
 九峪の計画では伊万里に肩を借りながら歩くはずだったのだ。

(しかも、いつの間にか『背負う』事になってるし…まあ、問題はないか)

 衣緒を見ると顔が多少赤くなっていた。

「じゃあ衣緒さん、よろしく」

「よ、よろしくお願いします」

 背負ってもらう九峪も恥ずかしいのだがそれ以上に恥ずかしそうな衣緒は軽々と九峪を
背負った。

(凄い筋肉だな…力だけなら伊雅よりあるな)

 女性に対して無礼な事を言っているな、と思ったが実際その通りである。
 衣緒の得物は金槌で、しかも普通の男性では持ち上げれないほどの重さである…を片腕
で持ち上げ木の枝のように振り回すので筋力があって当然だ。

「さて、参りましょうか」

 伊雅が一同に話しかけると頷いて答え、走り始めた。






 走り始めてから一時間が経過しようとする頃に衣緒の背中に乗っている九峪が言った。

「……もうそろそろ休憩にしない?」

(あなたは走ってもないのに何が休憩ですか!)

 亜衣は罵倒したいところだが相手は神の使いだから無理である。
 衣緒は九峪に賛成だった。大の男を背負って歩くのはいくら男以上の筋力の持ち主であ
る衣緒でも限度がある…と言っても筋力は関係なく、男性を背負っているという事の方が
疲れる原因であった。

「わかりました…では、10分ほど休憩にしよう」

 伊雅が仁清を降ろし、それに習うように清瑞も上乃を降ろす。
 さすがの清瑞も上乃を抱え上げた状態での獣道は辛いようで汗ばんでいる。
 九峪も衣緒から降りようとした…がタイミングが悪かった。
 衣緒も九峪を降ろそうと屈もうとした。二人は微妙な動作を同時に行った為バランスが
崩れる。

「あ」

 バランスをとろうと九峪は何か掴もうと手を伸ばした…それが運の尽きだった。
 手は衣緒の胸を掴んでしまったのだ。(掴むほどの胸があったのかというツッコミは無
しで)
 弁解を試みようとする九峪は口を開く間もなく

「キャ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 衣緒の悲鳴と共に胸を掴んでいた九峪の手をとり、一本背負いを決めた。
 一本背負いだけならまだしも連動で鳩尾にエルボーを決められ、九峪は泡を吹きながら
気絶する。

「「九峪様!!」」
「九峪!」
「お兄ちゃん!!」

 伊万里と伊雅、清瑞なぜか羽江までが慌てて駆け寄った。
 羽江は九峪が神の使いという事を忘れて『お兄ちゃん』と呼んでいる。
 こんな状況なので誰も突っ込まなかった。
 衣緒は星華と亜衣に怒鳴られていた。いくら反射的にとった行動とはいえ、神の使いに
暴力を働いたとなれば、本来ならその場で斬り捨てられるか切腹を申し渡される所だが…
今は、貴重な戦力を減らすような事をしないし、誰もそこまで責任をとれなどと言う様な
者はここにはいなかった。…伊万里と清瑞は殺気を発していたが。

「さて、もうそろそろ行きますかな?」

 九峪に特に怪我がないのを確認した伊雅が言った。
 元々九峪が言い出した休憩なので10分も経っていないが、誰も異論を唱えなかった。
 伊雅と清瑞は仁清と上乃を抱えあげた。
 衣緒は先ほどと違い九峪を背負う…のではなく肩に担ぐようにした。
 気絶した事により衣緒の負担が減り…特に精神面が楽になったので結果的に良かった…
のか?

「では、出発!!」

 走る揺れもなんのその九峪は気持ちよくすやすや眠っている。
 伊雅や清瑞は忘れているが九峪は昨日から(第2話から)仮眠程度のものしかとってい
ないのだ。
 しばらくは安らかな眠りにつかせてあげようではないか。
 そして、九峪はとうとう隠れ里に到着するまで起きる事はなかった。