火魅子伝改(改訂版) 第七話 作戦会議 (H:ALL M:九峪 J:ちょっとシリアス)
日時: 10/20 18:42
著者: 矢野 晶   <akirada@hotmail.co.jp>

 九峪は闇の中にいた。

「なんだこれは」

 真っ暗な世界の地面には赤い水が流れている。
 それを辿ると…死体死体死体…数えれないほどの死体の山だ。
 自分が手で殺した狗根国兵達だ。
 そしてその中の何体かの死体がこちらを見るように目を開いている。
 それは…

「伊万里!清瑞!…伊雅!」

 他にも星華、亜衣、衣緒、羽江のものまである。
 つい先日会い、仲間となった者達だ。

「なぜ…なぜ…」

 そして、何かの気配を感じ振り返る…そこには黒く塗りつぶされているような人型の何
かが剣が振り下ろす。
 避けようと身体を動かそうとするが動かない。
 そして身体に剣が触れ―――






「わあああああ!!!……ハァハァハァ……」

 首がついているか確認するように手をあてると汗で濡れた。

「ゆ、夢か…」

 悪夢を振り払うように頭を振り、大量に掻いた汗を拭く為に上着を脱ぎ、近くにあった
布を手にする。
 窓があったので外を覗いてみると日は完全に沈み闇の帳が下りている。
 手を見ると気づかなかったが震えている。それを抑えるように震える手で震える手を掴
むが両手が震えているのであまり変わらない。

「…人を殺したんだ…これぐらいの罰があって当然か…これから先もっと人が死ぬのか…」

 その呟きが終わるか終わるまいかと言う所に何者かが天井から姿を現した。

「く、九峪!なにかあった…の…か」

 それは顔を青くした清瑞だった。よほど驚いたのか刀を引き抜いていた。
 どうやら何者かに襲われたと思ったらしく息が荒々しい。
 そして真っ青だった顔色が一気に真っ赤になりあっちの方向を向く。

「しし、失礼しました!」

「ん?」

 何の事か理解できてない九峪は何の事かと考えていると今の自分の状態をみて気づく。

「ああ、ごめんごめん」

(意外と純情なんだな)

 上着を着なおし清瑞にこっちを向いていいよと合図を送ると方向を正し九峪を正視する。

「先ほどの声はなんだったんですか?」

「いや、なんでもないよ」

 暗い顔を無理やり隠し、笑顔で答えた九峪だったが、隠し切れなかったようで清瑞は心
配そうな顔をして

「そうですか…ですが顔色が良くなさそうですが?」

 さすがに隠し通せるほど甘い相手ではない。だが、気にされるほどではないと思いごま
かす事にした。

「ところで、ここは何処だ?」

 とりあえずは、もっともな質問で誤魔化してみた。
 大体見当がついているのだが話題を変えるには手頃の話題だ。

「ここは私と伊雅様が隠れていた里です」

 それ以上追求せず、刀を鞘に収め聞かれたことに簡素な答えは九峪の予想通りの答えで
ある。

(長い時間寝たな…それにしても…腹が痛いがなぜだ?)

 衣緒からすれば幸いな事で九峪は衣緒の胸を触った事を覚えていない。

「これからの事は決まったのか?」

 いつの間にか震えが収まった手でお腹をさすりながら言った。

「いえ、話をするのは九峪が起きるまでは待とうと伊雅様が延期させました」

 清瑞が丁寧に答えた。いつもならこれほど丁寧に言わないが、今の九峪は機嫌が悪いと
いうか怖いというか…とりあえず虫の居所が悪いように感じとり、あまり気に触れないよ
うな言い方を無意識のうちにしていた。

「ああ、わかった。ところで今伊雅は何処に居る?」

「伊雅様は自宅におられると思いますが…呼んで参りましょうか?」

 察しの良さに微笑を浮かべながら頷く。

「ああ、お願いしたいな。俺は今から準備があるから…あ、その前に…」

「何でございましょう?」

「清瑞…字は書けるか?」

 意外な問いかけに一瞬思考が止まるがすぐに動く。

「え、あ、はい。書けます」

「じゃあ『あいうえお』と書いてくれ、次は漢字で『清瑞』…自分の名前を書いてくれ」

 都合よくあった竹簡と筆を渡すと清瑞はよく分からないといった感じの顔だったが文句
を言わずに書いていく。

「中々の達筆だな…うん、俺の国と同じ文字だ」

 清瑞は今九峪が何を確かめているのかわかった。九峪は神の国から来たのだ、自分の国
の文字と違うか確認をしていたのだ。

「ありがとう…じゃあ、早速伊雅を呼んで来てくれるかな?」

「はっ」

 清瑞は会釈をしてから入って来た時のシーンを逆再生したかのように天井へと消え去る。
 九峪はまだ本調子ではなかったがとりあえず部屋にあった机へと移動した。

「字が同じでよかった…一から覚え直しってのは勘弁してほしいからな」

 苦笑を浮かべ書きなれない竹簡にスラスラと文字を書き始めた。
 そこへ

「お〜に〜い〜ちゃ〜ん〜!!!」

 後ろから飛びつき九峪の首に腕を巻くつけチョークスリーパーをしたような感じになっ
ていた。

「ぐ、ぐるぢぃ〜だずげで〜」

「キャハハハハ〜」

 天使のような顔をして喜んでいるが、やっている事は悪魔の…『おにいちゃん』と呼ぶ
のは今のところ一人しかいない。

「羽江〜ギブ…ギブ」

 羽江の手を叩きながら言ったが当然外すはずがない…なぜなら…

「ギブってなに??」

 手を叩く意味も知らなければギブなんて言葉も知るはずがない。

「こ、降参……ブハァ…ハァハァハァ…」

「勝者!!羽江ちゃん!!」

 腕を上げて高らかに勝利を宣言する。
 何処かでゴングの音がなったような気がした九峪だった。

「いつ…の間に…戦いに…なってたんだ?」

 息絶え絶えながら聞いた。

「えっと〜……猿轡を外してくれてからかな?」

(そんなに前から戦いになってたんだな…)

 これ以上深く追求するのはやめた。
 羽江のペースに流されると話が先に進まない事は森の中で話した時に学んだ事である。

「羽江ちゃん…できれば普通に話しかけてくれないかな?」

「は〜い」

 素直な返事を聞いて九峪は微笑み、羽江の頭を撫でながら言った。

「ところで、何か用事??」

「あ!!そうそう!!私達の飛空挺壊しちゃったから、また造っていい?」

「壊しちゃったのあれ?!」

 伊万里から聞いていた空を飛ぶ物の事だとすぐ推察がついた。
 あれはこの時代では驚異的な発明の賜物である。それを失うのは軍事的にも文明発展的
にも致命傷である。

「うん、亜衣お姉ちゃんが『敵に奪われたりした時にいつでも破壊できるよう札を貼って
おけ!』って言われてたの!酷いでしょ!せっかくの発明を…」

 羽江は言い終わるぐらいには涙目になっていた。慰めるように膝の上に乗せて、頭を撫
でながら優しく言った。

「…酷いお姉ちゃんだね、でも羽江ちゃんの作った飛空挺でお姉ちゃん達がやられたら嫌
でだろ?」

「う、うん」

 今にも泣きそうだった羽江は少しだが元気が出てきたようだ。

「それに造り直せるんだろ?また頑張ればいいじゃないか」

「わかった、じゃあ頑張る!…て言う事は造っていいの?!」

「ああ、材料とか時間があまり無いけど、それに許される程度ならいいよ」

「やった〜おにいちゃんありがと〜〜」

 元気よく跳びだしていった羽江に手を振りながら見送りながら思う。

(羽江ちゃん…どうやって俺の部屋に入ってきた?しかも俺に気配を悟られずに…)

 誰もそんな疑問に答えてくれなかった…答えられるのは一人しかいないけど。

(それよりも…羽江ちゃんが造り直すって言ってたから…羽江ちゃんが造ったのか?!…
それに亜衣さんも中々頭が回るようだ。飛空挺は強力な武器になると言う事を知らなかっ
たら自爆をする準備をするようには言わないだろう…となると、あの奇襲作戦も亜衣さん
が立てたものだろう)

 現在の九峪が会った事のある仲間の中では一番の切れ者だと判断した。

(おっと…とりあえず、これを仕上げないと…)

 考え事を中断して黙々と竹簡に字を連ねていく。






 清瑞から聞いて来たのだろうしばらくして九峪の部屋を訪れた伊雅。

「遅くなり申し訳ありません。準備に少々手間取っていましたもので…」

 伊雅は他の耶麻台国縁の者や近辺の村に協力を求める書状を書いていたのだ。

「いや、俺が無理に呼んだんだ気にしないで」

「で、話っていうのは…清瑞も降りてきてくれるか」

 今度は間もなく天井裏から音も無く姿を現した。

「まずこれを見て欲しい」

 九峪は手に大き目の紙を丸めて持っていた。それを伸ばして伊雅達に見せた。
 その内容は…察しのいい方は大体見当がつくでしょう。

「「こ、これは!!」」

 まず、紙である事を知って二人は目玉が飛び出んばかりに目を見開いた。
 この時代では紙はまだ流通していない。
 紙の製造法は天界の遺産と言う形で残されている。
 今残されている紙は製造された物は無く、遥か昔に天空人によって造られた物しか存在
しないのである。

「これはここ…つまり九洲の全体地図だ。恐らく九割以上に正確だと思う」

「「………え?!」」

 ちなみにこの地図は…九峪の鞄に入っていた地図を引っ張り出してきたのだ、現代とさ
ほど地形に代わりが無い事はキョウから聞いていたので問題はない。

「この地図を元に作戦を立ててくれ、これは伊雅に預けておく。無くすなよ」

 冗談を言ったのだが伊雅は平伏して

「はは!」

「これからもっと重要な任務があるのに、それほど硬くなられたら言いづらいよ」

 あまりの大袈裟ぶりに九峪は苦笑しつつ言った。
 伊雅は、さらに重要な任務があると聞いて唖然とした。
 傍らで聞いていた清瑞も同じだった。

「伊雅…字が読めるよな?」

 清瑞が読めるのだから伊雅も読めるとは思ったが、一応確認をしてみる。

「はぁ…読めますが…それが何か?」

「じゃあこれを読んでくれ。清瑞はこっちを」

 二人にそれぞれ竹簡を渡した。
 二人は竹簡を開きの内容を読みに掛かった。

「二人とも読みながらでいいから聞いてくれ、二人に渡してあるのは極秘中の極秘だ。そ
れを教えるのは他には伊万里だけだ」

 伊雅は竹簡の内容に驚いた顔を一瞬したが納得をしたように、うんうんと頷いていた。
 伊雅が読んでいるのは、もうすぐ始まる会議で決める予定である今後の方針について。
 そして、いつ、どんな人材で、どの任務を行うか細かくつづられていた。
 二人に渡した物は内容は別々で清瑞が真剣の面持ちで読んでいるのは、ローマ字である。
 これからは直に会って話す機会が少なくなる可能性が高い、そして何より注意しなくて
はならないのは九峪が策を立てている事が暴露される事だ。
 それを防ぐ為の暗号としてローマ字を応用した。まず知っている者はいないので確実で
ある。
 清瑞は竹簡を懐に入れた。

「これは私だけではなく、伊雅様と伊万里様にも覚えてもらわなければなりませんね」

 肯定の意を持って九峪は小さく頷いた。

「伊万里にも後で渡すつもりだ。伊雅にも後で渡すけど、とりあえず、それを全部暗記し
て欲しい。今度の会議で言ってもらうつもりだからな」

「ははっ!」

 伊雅は、また平伏して床に頭を擦り合わせるほどに頭を下げた。
 それをみた九峪は苦笑いしつつ思う。

(いくら俺が神の使いでも、こんなに頭を下げてられてたら感づかれてしまいそうだな)

 言った所で今の伊雅にそれを演じるのは難しそうなので口にしなかった。

「じゃあ、準備も色々あるし…解散」

 伊雅は立ち上がり部屋を出る前に会釈をして立ち去った。
 清瑞はまだ座ったままだった。

「ん?他に用事があるのか?」

「いや、特に用事はないが…私は護衛だ。近くに居るのが自然と思うが?」

「まあ、確かに」

 九峪もそう思ったが…二人の会話はそう長くは続かない。
 部屋に沈黙が訪れる。
 気まずくはないが間が持たないので必死で話題を考えた。
 思いついた話題は最小限にまとめられた適切な回答で答えられて終わり、そしてまた沈
黙が訪れ、また考える。
 そして必死になって考えた話題で話をする。
 あまり長続きはしなかったが何回か清瑞を笑顔にするという成果を得た。






 時は経って、会議室に移る。
 部屋はそれなりに広い。その部屋の中央には縦長い机が置かれ、それを挟むように十二
人の人たちが左右に分かれて座っていた。左側に古株の伊雅や清瑞等が並んで座り、右側
には星華や伊万里達のような新参者が座っていた。
 古株組は、もう既にご存知の伊雅と清瑞、一回り大きい女性、名は音羽と言う。大きい
と言うのは太っているのではなく筋肉で覆われている戦士の身体だ。
 そして能天気でお調子者だが弓の名手の虎桃。清瑞と同じ乱破の真姉胡、案埜津と並ん
で座っていた。
 新参組は、星華に始まり宗像三姉妹の長女亜衣、次女衣緒、三女羽江、そして伊万里に
乳姉妹の上乃、青年と言っていい年齢だがどこか大人びた感じのある仁清といった順に並
ぶ。
 それぞれの自己紹介を終え、今は今後の方針を決めているところだった。

「とりあえず、今は基盤を造る事が必要です。なら城を落とすしかありません!狙うはこ
こから一番近い国府城!」

 選挙の演説に近い亜衣の発言にあちらこちらから拍手が起こった。
 だが、全員が賛同してはいなかった。
 賛同をしていない一人、星華が異を唱えた。

「亜衣…それはまだ早いのではありませんか?まだ十分な兵力も整っていないと言うのに」

 亜衣はメデューサの如く眼で睨む。
 それの対象となった蛙(星華)は固まる。
 その眼は『なぜあんたが反対するかな?一回死んでみる?ん〜?!』と語っているよう
に見えた。

「私達を捕らえた部隊を全滅させていたなら、それでもよかったのですが生存者が存在す
る以上、本隊に報告され大規模な捜索が始まるのは必至なのです。なら敵が戦の準備を終
える前に強襲するのです」

「姉さん…それは無理です。すぐに動かせる兵はこの里の六百人と近隣の村や里からの志
願兵二百人とどう考えても正規兵、当然武器も足りません」

 的確な指摘をする妹の衣緒に星華と同じように睨みつける…が衣緒は慣れているので何
処吹く風だ。
 そして更に強い口調で言う。

「それでも攻めるしか選択肢は残されていないのです!」

「いやいや…ここは出て来てもらおうじゃないか」

 突然の伊雅の声に驚きを隠せない亜衣、他の者も驚きを隠せなかった。
 そんな事を気にとめない伊雅は淡々とした口調で続ける。

「篭城戦になれば、こちらが不利になるのは明らじゃ。なら野外戦の方が有利じゃろう?」

「そ、それはそうですが…もし野外戦に持ち込めたとしても今の戦力では勝利するのは難
しいかと…やはり時間が足りません」

 そうは言ってもそれ以上の策が亜衣には思いつかなかった。

(物見の報告によると城に駐留している部隊はおよそ五百だ…それに対してこちらは明日
には千五百ぐらいには増えているだろう…それでも足りない)

 亜衣が立てた策では相手は篭城をするだろう。
 そうなると攻撃側は篭城側より三倍以上の兵力が必要である。
 確かに兵力自体は三倍にはなるだろう。先ほど衣緒が指摘した武器、訓練度が足りない
現状ではギリギリ勝てるか否かの瀬戸際である。

「なら、餌を巻いておけばいいのじゃ」

「と言いますと?」

「『火魅子の資質を持つ者』とわし…『耶麻台国副王』さらに『神の使い』という餌を使
うのだ」

 亜衣も含めて場にいる全員がよく分からないと顔が言っている。

「そうすれば確実に我々を捕らえる為に本格的な準備を始めるじゃろう。そうなれば二日
か三日はかかるだろう」

「なるほど!その間に我々も戦の準備が進められます」

 確かに火魅子の資質を持つ者、耶麻台国、神の使いは餌としては極上である。
 この辺は田舎で恵まれない将兵が多いと言う事もあり出世を夢見る者が多数いるので簡
単に喰いつくだろう。そして捕まえるにしろ討ち取るにしても篭城戦では難しいので出撃
してくる可能性は高い。
 兵の数、質、武具の問題を考えるとそれ以上の策は無いと皆が思った。

「策を言うとじゃ、まずは兵を三分して一つは狗根国軍を誘き寄せる囮部隊、次に誘き寄
せた狗根国軍に奇襲をかける部隊、そして最後の部隊は…手薄になった国府城を落とす部
隊じゃ」

「「「「「え〜〜〜〜!」」」」」

 黙って聞いていた一同は驚きの声を上げる。
 亜衣ですら敵部隊を撃破した後に落とすと考えていたのだが伊雅の策はそれ以上であっ
た。

「それで行きましょう!ですが問題は…」

「それは…」

 皆は細かい問題の解決に入った。
 九峪は自分の策に決まったのを確認して、静かに立ち上がり部屋の出口に向かって歩き
出す。
 すでに他の者達は興奮状態の為九峪が出て行こうとしていることに気づかない。
 もちろん全員が全員気づかない訳じゃない。清瑞と伊万里は気づき九峪に声をかけよう
としたが、その行動に気づいた九峪は手でそれを止めて部屋を後にした。






 九峪は会議室から出て割り当てられた部屋に戻ろうとするが、その道中で外に異様な気
配を感じる。
 九峪の感はある事を告げている。

(鞄から例の物を出すか…)

 鞄を探り、その例の物を取り出した…その瞬間、気配はいつの間にか九峪の真後ろにい
た。
 気配は九峪の胴を斬ろうと鎌らしき物で横薙ぎ切り払われるそれを精一杯屈んで回避す
る。
 九峪は後ろに向かって蹴りを出す。当たる直前に身体を反らして避けられ鎌らしき物を
完全に振りぬく前に力でそれを止めて無防備な足を斬りつけようとする。
 まだ地面に着いていた片足で蹴りを放った。蹴りは鎌のような物を持った手に当り軌道
を変えることはできたが、それだけでダメージはないようで本来の目的は武器を手放さす
つもりだったのだがそれもない。
 相手は動きが止めた今やっと姿を確認することができた。

「もう止めよう…お前、魔兎族だろ?なら兎華乃ちゃんか兎奈美さんを知らないか?」

 見覚えがある耳…もちろん兎の耳だ。
 魔兎族らしき(というか魔兎族)女性の顔に動揺が走る。

「姉さん達をを知ってるのか?!…もしかして…」

(お、もしかして俺の事知ってるのか!なら話は早――)

「食べちゃったの?!」

 ガクッと肩を落とす九峪を見て笑顔の魔人さん。

「冗談だ、貴方が九峪さんだね?姉さん達から聞いてる。私は兎音だ、これからよろし
く」

 冗談を言った時の悪ガキのような声と笑顔は一変してクールな声色と渋い表情で名乗る。

(心臓に悪いよ。それにしても…乳デカ!!そういえば兎奈美さんもデカかったな……兎
華乃ちゃんは……案埜津ちゃんレベルだけど…)

「ところで…」

 兎音は涎を出さんばかりに九峪の手に持っている例の物を見ていた。

「ああ…食べる?」

 九峪の手に握られている例の物とは…人参だった。
 魔兎族とはまた何かのきっかけで会うような気がしたので一応用意していた。
 人参を兎奈美に差し出すと兎音は受け取り食べ始めた…と言っても量が少ないのであっ
という間食べ終わった。

(エサをやって仲良くなる。それは動物と触れ合う基本!と言うことで出したんだけど…
裏目に出ちゃったな…やはり魔人は別なのか?)

「ところで、兎華乃ちゃんと兎奈美さんは元気にしてる?」

 兎華乃と別れて1日も経たず、兎奈美とは1日しか経っていないのだが、九峪は慣れな
い事が積み重なり、もう何週間も経っている様な感覚なのだ。

「姉さん達だったら今お出かけの準備してるよ」

「お出かけ??」

「うん、私達は阿楚山の近くに隠れ住んでたんだけど、居心地が良さそうなところ見つけ
たから別荘にするんだって」

「へ〜お出かけか〜何処に行くの?」

 少々図々しいような気もしたが訊いてみる。

「あなたの所だってさ」

 九峪は耳を疑った。そして…

「明日は晴れるかなぁ?」

「晴れるんじゃない?」

 九峪の現実逃避に普通の返事が返ってくる。
 兎音の声ではない。
 いつからそこにいたのか九峪の隣に少女がいた。
 少女の正体は!って大体の人は見当がつくでしょう。

「お久しぶりです、九峪さん…「様」の方がいいかしら?」

「いや、九峪でいいよ、兎華乃ちゃん」

「いいえ、私の本来の立場上でならそれでもいいですけれど、これからこちらでお世話に
なるのですから呼び捨ては他の者への示しがつきませんわ」

「ん〜…じゃあ「さん」でいいか。流石に「様」は嫌だな」

 平然と話しているように見える九峪だがバクンバクンと破裂寸前の心臓を何とか抑え込
む。
 さすが上級魔人だけあって九峪に全く気配を感じさせず隣に立つ事など造作も無い。

「それにしても最初に会った時…わざと気配を消さなかったんだな、兎華乃ちゃん…それ
に兎奈美さん」

 九峪は苦笑しつつ兎華乃と兎音と知らないうちに空いている方の隣に立っている兎奈美
に話しかける。

「だって〜普通の人だったら感じ取れないし感じ取れたとしても殺せるからし」

 平然と当たり前のように回答する兎奈美に九峪は少し機嫌を悪くして三人に訊いた。

「…三人共、俺と一緒に来るのか?」

 九峪のオーラが変わった事で三人は頷いて答えた。

「…なら…無意味に人を殺すな……いいな?」

 上級魔人三人相手に絶対的な命令口調言う。
 息が詰まるほどのプレッシャーをぶつけられ兎音は思う。

(さっきの手合わせはかなり手加減してたのか)

「もう無意味に殺したりしない…約束するわ」

 九峪の力に当てられ少し成長している兎華乃が言うと何も無かったようにプレッシャー
はすぐに消え、兎華乃の頭を撫でる九峪の顔はいつもの笑顔に戻っていた。

「約束…破るなよ」

「私は魔兎族の女王なのよ?約束は守るわ」

 顔を少し赤らめた兎華乃は少し頬を膨らませた。
 兎奈美は羨ましそうに兎華乃をみていたが、自分が言った事で九峪を怒らせているので
何も言えなかった。
 兎音は九峪の強さに興味を感じたらしく目が燃えていた。

「とりあえず、俺の部屋に来てくれるか?」

「いやらしい事考えてない?」

 兎華乃は冗談か本気か分からない声色でいった。

「そんなことするか!」

 九峪は兎華乃達と部屋に向かって歩き出した。

(魔人三人か〜大変な事になってきたなぁ)

 これからまだまだ波乱に満ちた日々が待ち構えている!がんばれ九峪(笑)