火魅子伝改(改訂版) 第九話 副官? (H:ALL M:九峪 J:シリアス)
日時: 10/20 19:49
著者: 矢野 晶   <akirada@hotmail.co.jp>

 周りには綺麗な緑色の絨毯のような草原…だった場所には狗根国兵の死体の山と血で染
められ血の小川が造られている。
 その中で立っている人影が四つ。
 それは伊万里を助けるべく狗根国の一団に特攻した副官達のものであった。
 追撃した狗根国兵の数は150人ほどだったのだが70は副官達よって10分も経たな
い間に切り捨てられ残りの兵士達は逃げていった。
 伊万里と仁清が聴いた絶叫は副官達のものではなく、狗根国兵達のものだったのである。

「ねえ、伊万里さんをあのまま置いてきていいの?」

 鎧を着た他の者達より一回り小さな体格の兵士が副官に聞いた。
 他の三人より立派な鎧を着た副官が答えた。

「仕方ないだろ…仁清君が一緒じゃなかったら助けるつも……どうした?」

 少し気落ちしている副官は言い訳をしていると、三人は何やら異変に気づいたようだ。
 副官以外の三人は兜を外す。
 そこから出てきたのは人間にあるまじき兎の耳だ。
 説明するまでも無く兎華乃、兎奈美、兎奈美の三姉妹である。
 三人の耳はピョコピョコと愛くるしく左右に動き何やら探知をしているようだ。

「左道士達は兵達とは別行動らしいですね…兵達のいる場所とは別の三ヶ所に魔獣の気配
を感じます」

 冷静に意見を述べたのは兎音だった。
 兎華乃も兎奈美も同じ意見だったらしく頷いて肯定する。
 副官の兜を外す…それは副官の鎧を着ているのは顔色がよろしくない九峪であった。
 少し沈んだ表情で呟く。

「そうか…なら少しはやりやすくなったな」

 副官は九峪達が駆けつけた時には既に戦死していた。
 鎧には大きな傷がなかったので借りと共に罪悪感が生まれる。いくら正体がバレない為
とはいえ死者の鎧…しかも武士の鎧をとるのは侮辱しているように感じた。
 九峪がここまでして来たのは伊雅に渡した竹簡には書いていなかった…亜衣達も気づい
ていない問題があったからだ。
 物見に出ていた者達も気づいていないぐらいなので仕方がない。
 それは左道士と魔獣の問題だ。星華達を助け出した時に左道士が二人も居た事を考える
と左道士は一般的に活用されるぐらいの数が揃っていると考えられる。
 今度の戦闘にも左道士が多数存在すると思って間違いない。
 それを解決すべく九峪は極秘に狗根国兵士として潜入して片付ける予定だった。
 なぜ伊雅達に教えなかったかと言うと、第一に兵力不足。第二に自分だけがのんびりと
隠れ里なんか居られない。そんな理由だ。
 だが、三ヶ所にも分けられているのは思いもしなかった。
 いたとすれば前回戦った時のように一団に一般兵士の中に紛れ込んでいるか、第三軍団
の近辺に潜伏していると思っていたのである。

「三ヶ所って言うのは何処の辺りだ?」

「あっちとあっちとあっち」

 兎奈美は第三軍団が潜んでいる方向と伊万里達が逃げていった方向と国府城を指で示し
た。

「な?!もっと早く言えよ!!兎華乃ちゃんは第三軍に!兎奈美さんは伊万里を追ってく
れ!兎音さんは国府城へ行ってくれ。三人とも、魔人って事に気づかれるなよ。誰かの命
の危険が伴った時は別だ。魔獣の片づけが終わったら国府城で合流だ」

 早口で用件を言い終えた九峪は地面に倒れていた狗根国兵の鎧を脱がしに掛かる。
 その行動を見て不思議そうに眺める兎華乃達。

「もう潜入しても意味がないのでは?」

「ちょっと用事があってね」

 兎華乃は納得できなかったが、それ以上追及しない。
 魔獣達の気配が動き始めたのを感知して時間がないと判断したからである。

「後で詳しい話を聞かせてね〜」

 九峪が頷いたのを見て兎華乃達は兜を被り直して指示された通りそれぞれ走っていった。
 残された九峪は副官から借りた鎧を脱ぎ地面に丁寧に置く、そして手を合わせる。

「すまない…」

 副官を偽った事への、そして武士の鎧を借りた事への謝罪…小さな声だったが悲痛に満
ちた声であった。

(本当にすまない…だが今は時間がない…急がないと…)

 気持ちがまだ追いついていないが身体を無理に動かし慌てて狗根国の鎧を着る。
 狗根国兵にも手を合わせようとするが途中でやめた。
 自分で奪った命、冥福を祈ったり謝罪したりする資格がないと思い止めたのだった。
 兜も被り、近くに落ちていた鞘に納まった剣を拾い上げ脇にさす。

(それにしても…兎華乃ちゃん達が居てくれてよかった一人では三箇所を周るのに時間が
掛かる…でも…なぜだ?…なぜ第三軍団の近くに?)

 どうにか気持ちを切り替える。
 伏兵である第三軍団の近くに左道士が潜んでいる可能性はあった。だから来る途中で調
べた。だが、その時は左道士の気配は感じず、もちろん魔獣の気配も感じられなかった。
 兎華乃達も一緒だったのだから気づかないわけがない。

(にも関わらず第三軍団の近くに?)

 答えがでないのでそれ以上考えるのはやめる。

(とりあえず…行くか…)

 鎧を着替え終わった九峪は最後に副官の鎧に一礼して走っていった。








「伊万里…しばらくここに隠れてて、後で迎えに来るから」

「ああ…今の私じゃ足手まといなだけだからな」

 簡単な止血をしたが、まだ出血が止まらない脚を見て苦笑をして言った。
 その顔は青く、疲れているようだ。肉体的にも…精神的にも。

「おとなしく、ここで待っててよ?」

「ああ…」

 伊万里の返事を聞いた仁清は第三軍団に向う後姿を見送ると伊万里は目を瞑り仮眠をと
る事にした。
 自分が考えているより、よほど疲れていたのか仮眠ではなく熟睡していまった伊万里だ
った。

(あらら…寝ちゃってるね…まあ、都合がいいけどね)

 兎奈美は伊万里と距離をとってと魔獣が何処にいるかを探った。
 何かを感じた兎奈美は慌てて前の倒れるように身体を前方へと転がり後ろを確認する。
 さっきまで兎奈美が居た場所には刀が地面に刺さっていた…いや…刺さっていたという
ほど可愛い物ではない…地面を切り裂かれている。

「誰カト思エバ…兎奈美カ…マダ生キテイタノカ?」

「土羅久琉…なんであんたがこんな所にいるのよ〜魔獣の気配しかしなかったのに〜」

 兎奈美は平然とした口調で話しているが、心の中ではかなり焦っていた。
 土羅久琉は上級魔人でいい加減死に難い魔人が不死を売りに魔界でも顔を利かせている
吸血種族を束ねる王の第一王子である。

(他の奴らならともかく…こいつを相手できるのは姉さんしかいない…)

 土羅久琉は吸血種族の中でもトップクラスの強さを誇っている。
 他の吸血種族なら再生ができないほど切り刻み、燃やせば終わりなのだが、土羅久琉は
そうはいかない。
 元来吸血種は自分が不老で不死に近い存在であるという驕り防御を疎かな者が多いのだ
が土羅久琉は完璧主義者で武術を極めている事で有名で王より実力が上だと言う噂だ。

「答エル義務ハナイ…死ネ」

 地面を斬ったままの形で置いていた刀を持ち上げた…その瞬間には土羅久琉の姿は無く
次の瞬間には兎奈美の背後に現れる。そして頭上から兎奈美の身体を真っ二つにしようと
剣は振り下ろされた。
 それを兎奈美は腰についていた剣で受けるとその瞬間に折れる…いや、斬れるが避ける
ほんの僅かの時間を稼ぐ事には成功する。
 兎奈美は鎧を着たままで武器は鎧の下…しかも背中にさしてある。

(…どうしたらいいかなぁ…鎧を脱ごうにも…ねぇ…しかも相手は斬っても死なないし)

 泣きたい気持ちを必死に堪え、ワンアクション遅れる事が命取りとなる相手なので神経
を張り巡らす。

「クックックック…重ソウナ鎧ダナ」

(こいつ…分かってていってるなぁ!)

 土羅久琉は兎奈美が武器を持てない理由を察して嫌味を吐く。

「ダガ…手加減ハセン!!」

 次から次へと繰り出される斬撃に紙一重で避ける事しかできない兎奈美、身体には届い
ていないが刃が数撃掠り鎧は簡単にボロボロとなる。
 少し余分な力を入れると鎧が外れるぐらいまでに至っている。だが余分な力を入れる暇
すら与えてはくれない。

「クックック…イツマデ避ケラレルカナ?!」

 さらに斬撃が速くなり、兎奈美の身体を少しずつ傷つけていった。

(このままじゃ…もしかしてやばい?)

 まだ能天気な考え方ができるほど余裕だから大丈夫だろう。






 時を同じくして兎華乃は嫌な奴とご対面。

「……なんで、お前がこんなとこにいるのよ」

 薄気味悪い骸骨…と言えばあの人…

「グッグッグ…この蛇渇をお前呼ばわりするのは、そなたと紫香楽ぐらいのものじゃな…」

 薄気味悪い笑い声が響く。
 兎華乃のいつものような子供っぽい表情は無く、魔人として…魔兎族の女王として相応
しい顔つきになっている。

「お前と世間話なんぞしたくない」

「グッグッグ…ワシはそなたとはまだ戦いたくない…取引といこうではないか」

「………」

 蛇渇の言葉に反応を示さずに次の言葉を待った。

「今回は見逃してくれぬか?それと引き換えは…兎奈美の命と、この戦いには手出ししないというのはどうじゃ」

「わかったわ…今回は見逃そう…」

 決断は早かった。兎奈美が土羅久琉と戦闘をしているのを感知している。

(兎奈美では土羅久琉は倒せない)

 その返事を聞き終えると懐から札を出して何やら唱え始め終わったのだろう、札は鳥に
なり何処かへ飛び立っていった。

「グッグッグ…これで大丈夫だ…では、御機嫌よう」

「その前に質問があるわ」

「グッグッグ…わしとそなたの間柄じゃ…なんなりと申せ」

「左道士達は何処にいるの?」

「グッグッグ…国府城じゃ…耶麻台国残党なんぞワシ一人で十分じゃからな…城に残して
きたのじゃ」

 そう言い終えるか終わるまいかには、足元が消え始めて少しずつ消えて蛇渇の姿が完全
に消えるまで兎華乃は目を離さなかった。
 完全に消え終わると辺りを見回して、ため息をついた。

(全く……嫌な奴に会ったわね…兎奈美は大丈夫かしら?…それと…こんな物、置いてい
かないでもらいたいわ)

 周りには60体近くの魔獣がいた。その中に何体か魔人も混ざっていた。
 兎華乃からすれば下級魔人は魔獣と大して変わりがない。魔獣と下級魔族は知力が低い
上に欲望に忠実だ。
 そんな低脳の魔獣、魔人達は兎華乃を獲物と判断したようだ。

(身の程を知りなさい…)

 次の瞬間、魔獣達は一斉に兎華乃に襲い掛かった。
 結果は言うまでも無いだろう。








(いたたたた……体中が痛い……)

 兎奈美は鎧を脱いで、いつもの…水着のような戦闘服で地面に座っていた。
 土羅久琉は、蛇渇の放った鳥により言伝を聞き、何処かに去っていった。
 魔獣もいたが土羅久琉は低脳な奴らは邪魔だ、と言うことで兎奈美と会う前に殺されて
いた。
 今は治療に専念している。上級魔人の再生能力は恐ろしいほど速い。だが、土羅久琉が
持っていた刀は特別な物で対魔人用に作られている物で再生能力を著しく下げる。
 兎奈美や兎華乃、兎奈美が持っている武器も対魔人用なのだが、不死である吸血種族に
は普通の武器よりは効果があるがそれでも倒すには至らない。

(それにしても…なんで土羅久琉がいるんだろ?)

 思案していると誰かがこちらに急接近している事に気づき戦闘の構えをしたが接近して
いる気配は良く知っている者だったので緊張している筋肉を緩める。

「姉さ〜ん」

 血だらけの兎華乃の姿が見えたので手を振って元気な声で呼んだ。
 兎華乃は少し安心した面持ちで歩いて近寄る。

「大丈夫だった?」

「うん…と言いたいけど…結構痛いかな。姉さんこそ大丈夫?」

 兎奈美は苦笑を漏らし痛みを堪えて笑顔で安心させようとするが引きつった表情で余計
に痛々しく見える。

「私は大丈夫よ。この血は返り血です」

 体型と不釣合いな鎧には大量の血が着いている。
 兎華乃を見るとなぜか不機嫌な顔をしているのでどうしたのかと聞こうとするがその前
に兎華乃は口を開いた。

「蛇渇と会いました」

 あまりに意外な言葉に兎奈美は目を見開き次に一瞬だが憎しみや憎悪の感情がよぎる。
 それと同時に土羅久琉がこんなところにいたのも納得する。

「…で、どうしたの?」

「今回は見逃してやったわ」

 兎奈美は怪訝な顔をしていたが、それ以上のことを聞こうとは思わなかった。
 兎華乃も訊かれても答えるつもりは無かった。
 もし自分のせいで逃がした事を知れば、兎奈美が傷つくと思ったからである。言わなく
ても伝わっていたとしても。

「お姉ちゃん…これからどうするの?」

「九峪さんが言ってた通り国府城に行くわ…とりあえずは休憩をしてからね」

「ありがと、流石にすぐは動けないよ」

 感謝の言葉を送ると地面に寝そべって回復を早くするために眠りにつく。
 それに倣うように兎華乃も横になった。
 兎華乃は別に疲れていなかったが、他にする事がなかった。








 多李敷率いる第三中隊、第四中隊、親衛隊は耶麻台国残党達の姿をギリギリ見える程度
に距離をとりながら追撃していた。
 逃げられる恐れがあったが、耶麻台国残党に与えた被害は少ない、あまりにに鮮やか過
ぎる撤退。

(これは…やはり伏兵か)

 伏兵を警戒して進行が遅くなってしまっている。
 そこに副官…じゃなくて九峪達に撃退され、逃げ果せた兵士達が合流する。
 そして、合流した兵士達から報告が入った。

「なに?!……わかった…全軍とまれ!」

 軍の進行を止めて、多李敷は考えた。
 4人によって70人の兵士が撃退されるなど…普通ではありえない話である。多李敷が
信じられるはずがない。
 兵士達は少数の精鋭兵達による奇襲を受けて錯乱状態に陥った…と多李敷は判断した。

(『火』の旗は兵を集める為の囮と言うことか…)

 そして、まだ錯乱状態が残る兵士100人をどうするか悩んだ。

(本来なら…後方待機だ…だが、兵数は第三中隊八十、第四中隊九十、親衛隊は無傷…伏
兵は五百程度だろう…撤退していった部隊も含めると八百はいるだろう…)

「よし、第三中隊に二十、第四中隊に十、残りは親衛隊に組み込め!」

 多李敷は兵士に言い、兵士はそれを聞き頭を下げ伝令に走った。
 自分達は倍以上の敵と戦おうとしている。
 勝算はあった。真正面で戦いを挑んできたとしても武具の差、修練の差はそう簡単に埋
まる物ではない事は多李敷は良く知っていた。
 奇襲が間違いないと思っている多李敷からすれば、相手がいくら奇襲を仕掛けてきたと
しても真正面から戦うのと変わりがない。
 後は、兵数だけである。
 錯乱状態である兵士達を部隊に加えるのは賭けではあった。
 それでも、被害を少しでも抑える為には仕方ない処置だ。

(それに…味方の圧倒的な戦いを見れば落ち着くだろう)

 この選択が大きな敗因になる事を多李敷は知るよしも無かった。
 再編成を終えて進行を開始する。
 残党の姿は既に見えなくなっているがこの辺りの地形は詳しかった多李敷は慌てる事は
なかった。それは奇襲をかけて来る地点は既に見当がついている。
 そして奇襲を仕掛けてくると思われる地点に差し掛かったところで…

「た、多李敷様!!」

「なんだ!!敵が現れたか!!」

「我々の中に乱破が紛れ込んだようで皆は疑心暗鬼になり、同士討ちしております!」

「何?!」

 多李敷の耳にも鉄と鉄が同士が衝突して奏でる音が耳に入った。

「ぐわ!」

「落ち着け!落ち着けば乱破なんぞ―ぐあ!」

「やめ…ぎゃ!」

 多李敷の周りにいる兵士達も斬り合いを始めている。

「静まれ!!静まれ!!」

 多李敷は混乱を収めようと試みるがそこへ凄まじい音が鳴り響く。
 そして爆風が襲う。不意を突かれた多李敷は地面に倒れこんだ。
 何が起こっているのか分からず、状況を確認しようにも砂塵で視界が悪く周りの兵も混
乱が深まる。
 更に追い討ちとばかりに轟音がまた鳴り響いた。
 そこでやっと多李敷は気づいた。空中で何か飛んでいる事に。
 気づいたが、それに対応しようとする前に森の方から土煙が上がっている。

「ぐは!!」

 周りにいた何人かが矢の餌食となり、それに加えて方術まで打ち込まれ、第三中隊は更
に混乱した。

「て、敵襲!!」

「言わなくてもわかっている!!…くそ!」

 多李敷は『敗北』と言う字が頭に浮かぶが頭を左右に振って払いのけて、指令を出すべ
く起き上がる。

「親衛隊!!前へ出て応戦!!第四中隊は退いて混乱を収めろ!第三中隊も下がれ!!」

 親衛隊も混乱はしていたが実際に混乱していたのは、後で追加になった部隊だけであっ
た。
 親衛隊は多李敷の信頼持った者だけで構成されていた。実力も他の部隊より格段に上で
命令を受け、すぐ前線に移動して他の部隊を庇う様に敵を迎え撃つ。
 第三中隊、第四中隊共に後退していく。
 この時点で第三中隊は60人、第四中隊80人、親衛隊は70人程度まで減少していた。

(予想より…数が多い!!)

 親衛隊と共に前線に出た多李敷は眼前の敵兵を叩き切り周りを見て思う。
 他の部隊が立ち直るのが早いか、親衛隊が全滅が早いか微妙なところだった。

「兵達よ!まだ我らには有利なり!相手はしょせん残党だ!恐れる事は無い!」

「「「おぉ〜〜〜〜〜〜〜!!」」」

 兵士達は雄たけびを上げて勢いを増す。兵力に差があり、混乱状態の味方、この不安材
料を抱えた状態では士気だけが便りである。

(最後の最後まであきらめはせん!!)






「どうやら成功したらしいな…これからは亜衣さん達次第だな」

 九峪は多李敷の部隊より少し山に入ったところで眺めていた。
 本当はもっと混乱させる予定だったのだが、思ったより飛空挺の爆撃が早かったので早
々に切り上げたのだ。
 敵がまだ統率が取れている部隊を前面に出して対応しているのが九峪の場所からでも見
える。

(負けはしないだろうが…被害が大きくなるな)

 統率が取れている部隊は思った以上の奮戦振りを見せている。

(助っ人に行くか…だけど、この鎧じゃ―)

「ハァ!!!」

 突然背後から、かけ声が聞こえて何かが風を切る音が耳に届く。
 九峪は慌てて振り返って目に飛び込んできたのは…脚だった。

(中々綺麗な脚…じゃなくて!!)

 慌てて上半身を後ろ向きに折り曲げ回避すると、その蹴りは木を蹴る。
 そして信じられない事に蹴った場所が粉々に消し飛び木が倒れる。

(おい…ちょっと待て…それはインチキだろ…)

 幸い追撃はなく、態勢を整える事はできた。そして蹴りを繰り出した張本人に目を向け
る。

(チャ…チャイナ服?!)

 チャイナ服…この世界では魏服と言うが…を着た女の子が眼前にいた。

「あなた…強いあるな」

 自分の蹴りを避けられてかなり警戒している。

(全く…そっちから仕掛けてきておいて…それほど警戒するなよ)

 また風を切る音が聞こえたる。しかも、また後ろからである。

「ちっ!」

 自分の腹部に向かって来ている脚が目に入る。それは、先ほどの蹴りより鋭く簡単に避
けることはできない。案の定避ける事はできず、胴に蹴りを叩き込まれる。
 その結果、九峪は吹き飛ばされ木に当たって止まり崩れ落ちる。

「やったあるか?」

「いえ、終わっていません」

 九峪を蹴り飛ばしたのも、また女性だった。
 こちらの女性も魏服を着ていた。その女性は腰に隠していた覇璃扇を取り出す。

「そ、それを使うのか?!」

 女の子が驚きの声を上げると女性は九峪が蹴飛ばされた辺りを凝視して肯定する。

「えぇ、あの兵士…強い…そろそろ狸寝入りはおやめになってはどうです?」

「貴方ぐらいの腕を持った方ならわかるでしょうね」

 平然と、何事も無かったように九峪は起きあがる。
 傷一つない九峪を見て目を丸くする女の子、笑みを漏らす女性。

「母上の蹴りをもらて無傷あるか?!」

「香蘭…まだ修行が足りないわね」

 九峪は蹴り飛ばされたのではなく、蹴りが当たった瞬間自分で跳んだのである。
 あまりにも鋭い攻撃だったので派手に飛ぶ事になっただけでダメージは皆無。

(貴方達親子だったんですか?!姉妹と思ってた…)

 九峪は命のやり取りをしている場面では場違いな考えをしていた。
 香蘭は攻撃を仕掛けるべく走ろうとしたが女性が手で制した。

「あなたでは勝てないわ」

 女性にキッパリと言われ、香蘭は少し落ち込んだようで肩を落としている。
 香蘭は分かっていた。女性が覇璃扇を出した時点で自分が敵わない事を、それでも悔し
いものは悔しい。

(俺は…戦いたくないんだけど…あの人強いし…)

 九峪は二人に注意を払い、どうやって逃げるか考えていた。
 微かだが森の茂みの葉のすれる音が耳に入り、気掛かりだったが女性が動いた事で、そ
ちらに気を配る事ができなくなった。
 女性の左手は脇腹にボディーブローをする様に襲い掛かる。
 九峪の動きは相手の女性を上回る速さで懐に潜り込み女性のわき腹辺りに手の平を当て
る。

「ぐっ!!」

 女性は痛みのあまりにうめき声を上げる。
 何が起こったのか分かっていない香蘭は九峪に注意して女性に走りよった。

「母上!!大丈夫か?!」

「えぇ…大丈夫…」

 そうは言っているが女性は片膝を落としたままなので大丈夫じゃない事が分かる。
 女性は九峪の手を当てられたわき腹に自分の手で抑えている。

「怪我は無いはずだけど…あまり無理しないでくださいね…」

 まさか狗根国兵にそんな事を言われるとは思ってなかった香蘭と女性はお互いの顔を見
合う。それが逃げる隙を生み素早く逃げ出す九峪。
 香蘭達は九峪を追いかけようとはせず見送る。
 九峪は国府城に向かうべく木から木へ飛び移って行く。
 二人と少し離れ、木の枝から枝へ飛び移ろうとした時、また何か空を切る音が耳に入っ
てきた。
 それは九峪が聴きなれた音に近い。普通の人間には捉えれないが九峪の目は捉える。
 正体は…極細の糸だ。この世界では鋼糸という…九峪の使うワイヤーよりは耐久性が落
ちるが殺傷性は格段に上だ。
 鋼糸は、九峪の脚が枝から離れ空中に浮いているところを狙って襲う。
 空中なので避ける事は出来ない。

「…よっと」

 鋼糸の一本を掴み、他の鋼糸に絡ませた。
 茂みの気配の正体は鋼糸使いのものだったようで茂みが揺れている。

「……え?!」

 気配がした茂みの方向から小さな驚きの声が聞こえてきた。
 九峪は茂みに向かって話しかけた。

「いい腕だね。だけど、攻撃が素直すぎるよ」

 返事が返ってくるとは思っていないので忠告をして足早に逃げる。
 九峪の姿が見えなくなったのを確認すると茂みに隠れていた人が香蘭達に近づく。

「……紅玉さん…大丈夫?」

 茂みに隠れていたとのは子供だった。
 鋼糸を使って九峪に攻撃を仕掛けたのは彼女だ。鋼糸の攻撃を見事に見破られてショッ
クで少し落ち込んでいた。
 やっと立ち上がった女性…紅玉は少女に笑顔で答えた。

「えぇ、大丈夫です…それより珠洲ちゃんも大丈夫?」

 落ち込んだ様子の少女の名は珠洲。
 日頃は感情を表に出さない珠洲が誰が見ても分かるぐらい落ち込む事は珍しい。

「『ちゃん』はいらない…」

 会ってからずっと言っているのだが紅玉にはなぜか弱い珠洲だった。
 普段は冷たく、尖った言い方をするのだが、今回は棘も切れ味も無い。

「おぉ!!珠洲が落ち込んでいる!母上、明日は槍が降るあるね!」

 いつもなら紅玉が覇璃扇で香蘭を止めるのだが身体がうまく動かず対応できない。
 珠洲は今までに無いぐらい感情を捨てた冷たい表情で香蘭をみた。
 それも香蘭の前には無力で通じた様子は欠片もなく、ニコニコと笑っている。
 重たい身体を動かし少々遅れて紅玉の覇璃扇が香蘭の頭部に炸裂する。

「うぅ……流石に覇璃扇は痛いあるよ…」

 並大抵の事では頭を押さえて屈みこんでいるのを無視して話を進める。

「では、珠洲ちゃん。座へ帰りましょうか」

 結局『ちゃん』をやめる気がない紅玉。
 珠洲はあきらめたのか抗議することはなかった。

「別にいいけど…耶麻台国に助っ人に行かなくていいの?」

「今から参戦したら余計な混乱を起こすかもしれませんし、敵と間違えられて攻撃される
のも嫌なのでやめておきます」

(と言うのは建前で、傷も治さないと…まさか発頸をあれほど綺麗に使えるほどの者がい
るとは…しかも何か特殊な力が働いてるようね)

 まず発頸の頸とは単純に言えば相手を倒す為に必要な威力の事である。
 だからと言って単純な力の事では無い。
 力を圧縮し瞬間的に爆発させて発生させるパワーの事を言う。
 そしてその筋肉を作る過程を基本功と言われ、武術を学ぶ上で必要な筋力や知識、柔軟
な身体を得る。
 発頸とはそうして鍛えられた筋肉の様々な使い方の複合したものである。
 九峪が使った技は空手の裏当てといわれるものと本質は同じ技でそれに少し特殊なもの
を織り交ぜてオリジナル化したものだ。
 紅玉はもちろん香蘭も習得している技術だが九峪のそれは紅玉と同レベルかそれ以上の
ものだ。
 本来は身体にダメージがあるだけのはずなのだが身体が動きが鈍くなり苦痛はあるが外
傷はほとんどないので原因は分からない。
 外傷はほとんどないと言うが、それは紅玉だからである。普通の人が喰らえば一週間以
上は寝たきりの生活を送れるほどの威力がある。
 紅玉の具合を心配した訳ではないが最初から気乗りではない珠洲は先ほどの九峪との戦
闘で更にやる気がなくなっているのでそれ以上何も言わず国府城へと歩き出す。
 それについて行くように紅玉は香蘭の肩を借りて歩き出した。