火魅子幻想譚 間奏話・騒がしきは楽しきこと?―後編―(H:オリ M:九峪、清瑞、伊万里、上乃、忌瀬、香蘭 J:コメディ)
日時: 02/01 22:36
著者: 由紀





「?」

清瑞の姿を探して、九峪は妙な事に気付いた。より正確に言うなら気になった、目についたと言うほうが正しいだろうか。

当麻の街を歩いていると、やけに大木を持った人間が多いような気がするのだ。

彼らは、木を手頃な大きさに分けて売り買いしたり、はたまたそのまま復興の資材に当てられたり……。
まあ、それがどんなことに使われているかというのは今は問題ではないからいいのだ。

ただ、その量が多いと感じられるのだ。
この時代には当然機械などないから、すべて斧などを使って切り倒してゆく。

だから、一日の生産量が限られているわけだ。
何しろ一本倒すのに決して軽くはない労力を強いられるのだから。

疑問に思った九峪は、近くを通りかかった壮年の恰幅の良い男を捕まえて、何とはなしに尋ねてみることにした。

「すまないが……」
「おっ、どしたい兄ちゃん?」

よっこらせ、と肩に乗せていた荷物を降ろすと、愛想のいい感じで答えてくれた。

「今日はいつもより木を伐採するのに人を繰り出しているのか?」

一瞬キョトンとしたようだったが、すぐに大口を開けて笑うと、

「兄ちゃん、よく気付いたなぁ」
「随分運んでいるように見えたからな……」
「まぁ、そりゃそうだろう」

おそらくはそれが男の癖――顎鬚を撫でさするようにすると、森の方に向いて、

「俺もこの眼で見るまでは信じられなかったんだが……つい少し前から変な女が森で暴れていてな」
「…………」

極めて嫌な予感がした。

「そいつが手当たり次第に木々をなぎ倒してるんだよ」

どこか苦笑じみてそう話す男は、しかし好奇がその表情に漂っている。

「……どんな女だった?」
「ん? そうだな〜……綺麗な姉ちゃんだったよ。何だか変な鎧着てたけどな」

嫌な予感が強まった。

「その女は、こう……頭の後ろで髪の毛を括ってなかったか?」

言いながら、九峪が手を持っていって、丁度ポニーテールのような感じに動かすと、

「ああ確かにそんな感じだったな。なんだ、兄ちゃんのいい人か?」
「断じて違う」

男のからかいの質問に、冷静にツッコむ。
が、男は、若いねぇ、と何を勘違いしたのか一人で納得してから、

「ま、そんなわけでその姉ちゃんが薙ぎ倒した木を街に運んできてるってわけだ。おかげで俺らは大助かりだよ」
「なるほど……」

どっと疲労感が体の奥から滲み出て来るような気がした。
もしかしなくても、その木を薙ぎ倒しているのは清瑞であろう。

「わかった……引き止めてすまなかった」
「いいってことよ。まあしっかりやんな」

含みのある笑顔と台詞を残して、男は荷物を背負うと軽快な足取りで立ち去った。
多分九峪とその女が喧嘩でもしていると思い込んだままであろう。

まあ喧嘩というのもある意味では間違っていないのだが。

「九峪様」
「ん?」

横で大人しく九峪と男のやり取りを聞いていた香蘭が、くいくいと九峪の袖を引っ張った。

「清瑞か?」
「…………多分な」
「すごいね。清瑞。木殴って特訓してるか?」
「………違うと思うぞ」

と言ったものの、じゃあ何が目的なのかと問われると、九峪もわからなかったが、

(……何となく想像はつく)

多分自分の失敗を恥じて、その怒りのぶちまけというかストレス発散というか……。

何にせよ、これ以上面倒が起きないことを願いながら、

「………行くか」
「はいね」

傍らでニコニコと笑顔の香蘭を連れて、重い足取りで九峪は森へ向かった。








火魅子幻想譚 間奏話・騒がしきは楽しきこと?―後編―








メキメキメキッ………!!!


木が折れる音は想像以上に大きい。
周りが静かとあってはなおさらである。


森に入って少し歩くと、奥のほうから凄まじい音が聞こえてきた。
続いて、


ズズーンッ………!!


と、重い何かが倒れこんだような音が聞こえてくる。
それと前後して、何羽か鳥が驚きの鳴き声を上げて飛んでいった。

「……………」

一瞬立ち止まって、それを複雑な気持ちで見ながら……再び歩き出した。
もはや何も言うまい、と若干諦めの境地に入っていた。

ちなみにその横では香蘭が楽しそうに歩いていた。
そうした彼女の明るい雰囲気がまだ救いといえば救いだった。



そうして歩いていると、程なくして音の発生源に辿り着いた。
九峪が到着した丁度その時に、また新たな被害者となった木が悲鳴を上げながら横に倒れこんでいった。

そしてそこに居た。
木の前に、その張本人が。

「………清瑞」
「!!」

ビクリ、と身を硬くする清瑞。
さほど大きな声ではなかったが、一応聞こえたらしい。

おそるおそる、といった体で振り返る清瑞。

「く、九峪様、どうしてここにっ!?」

心底驚いたように仰け反る清瑞。
普段ならここまで近づく前に気付かれるものだが……それだけ平静ではなかったということだろうか。

「………おまえが突然逃げ出すから捜しに来たんだ」
「う」
「九峪様、清瑞心配してたよ。とても」
「こ、香蘭様まで……」

九峪の後ろからひょこっと顔を出した香蘭がそう言うと、後ろめたいものがそうさせるのか、ますます小さくなる清瑞であった。
が、突然またも平伏すると、

「本当に申し訳ありませんでしたっ!!」
「……………」

またこのパターンか、と重く溜息をつく九峪。
しかも清瑞は続けざまに、

「かくなる上は自害してお詫びを……!!」
「……しなくていい」

物騒なことを言い始める清瑞を、疲れたように押し止める。

「別に清瑞の責任じゃない」
「ですが……」
「……あれは忌瀬のせいだ、全面的に」

と、そう言った時後ろの茂みの方からガサガサと何かが暴れるような音が聞こえてきた。
不思議そうに振り向いた香蘭を、気にするなと手で押さえる。
清瑞はまだパニック状態を抜け出ていないらしく、気付いてすらいなかった。

予想はつく。
忌瀬があの辺りにいるのだ。
騒ぎを糧として生きているような女性である。大方城の片づけをほっぽりだしてくっついてきたのだ。

彼女を見つければまたも面倒な事態になりかねない。
これ以上厄介ごとに巻き込まれたくは無い九峪は、「触らぬ神に祟りなし」と判断して放置することにした。

が、運命は皮肉というか何というか――

再度説得を試みようとしたところで、突然気配が変わった。

「「「!?」」」

三人を取り囲むように、周囲の茂みを掻き分けて十数人の男が現れた。

「…………」
油断の無い視線を巡らせる。どう見ても友好的とはとれない様相である。
平伏していた清瑞も当然既に立ち上がっている。

――と、男達の輪の奥から見覚えのある男が出てきた。
先程街で九峪が話した男だ。

「あんたは………」

今日はつくづく面倒ごとに巻き込まれる日だと心底思った。

「お楽しみのところ悪いねぇ兄ちゃん」
ニヤニヤと――話した時の愛想の良さは仮面だったのか――不敵な笑みのまま近づいてきた。
周囲の男達も同じように、その視線を――好色な視線を清瑞と香蘭に這わせるように見ている。

「兄ちゃんも人がわるいねぇ。まさか「神の御使い様」だったとは」
「………聞かれなかったからな」

無表情のままそう返すと――それが癪に障ったのか、ピクリと眉を動かしたが、すぐに元の笑みに戻すと、

「まぁ、個人的な恨みはないんだが、死んでくんねぇか?」
その言葉と同時、周りの男達も獲物を取り出して構えた。

「…………」
敵の構えに反応して、今にも飛び掛りそうな香蘭と清瑞を押し止めながら、九峪はある疑問を聞いた。

「………誰かに頼まれたのか?」

すっ、とそれまでの笑みを消すと男はドスの聞いた声で、

「……どうしてそう思う?」
「………さあな」

九峪のその静けさに満ちた――落ち着いた態度が気にいらないらしく、ふんっと鼻で笑うと、

「まぁいい。どうせてめぇはここで死ぬんだからな………安心しな、お前の女達は俺らが可愛がってやるからよ」
再びあの笑みになると、男は下がって、

「死ね」

男のその言葉と同時、包囲の輪が殺気に満ちる。
じりっ、と少しずつ縮めてきた。

(やれやれ……)

そう心中嘆いたのは自身ではない。周りを囲んでいる男達に向けたものだった。
多分に彼らは、清瑞と香蘭の実力の程を……知らないのだろう。哀れと言えば哀れである。

「九峪様、ぶっ飛ばしてよいか?」
何の気負いも無しに、ただ一応九峪に許可を求めるといった様に香蘭がこちらを見上げてきた。

それに一つ頷くと、
「……怪我しないようにな」
「任せるのことね!!!」

咆哮一閃、ダンッと地面を踏み切る。
フワリと、そのチャイナ服のような衣装の裾をたなびかせながら、包囲の輪を跳び越したところに着地する。
そのあまりの見事すぎる動作に、一瞬男達が見いった。

それで香蘭は心配ないというように、清瑞を見ると、
「清瑞」
「へ? は、はいっ」

敵に集中していたところに突然声をかけられて、幾分不満そうにこちらを向く。

「……さっきの失敗、これで取り返せるな」
「え…?」

虚をつかれたように、間の抜けた声を出す清瑞。

「護衛………頼りにしてる」
「あ……はい!」

無表情ながら、普段であれば滅多に言わないような九峪の言葉を聞いて、清瑞が顔を輝かせた。
主君である存在からそう言われれば、乱破冥利に尽きるというものだろう。
生き生きとした表情の清瑞が、九峪を守るように前にでる。

劣勢にありながら全く焦った雰囲気もない九峪たちに、男達が業を煮やしたのか襲い掛かってきた。


「破っ!!」
伸ばされた男の手を軽くいなすと、香蘭の鋭い掌底が顎を打ち抜いた。

「ぐがっ!?」
潰されたような声を出しながら、男が吹っ飛んだ。

「!?」
思いがけぬ反撃に男達の足が一瞬止まった。
そしてそれを見逃す香蘭ではない。

ひゅうっ、と短い呼気。
一瞬だけ限界を超える集中力が身体を突き動かす。

「はぁっ!!」

轟ッ――!!!

風が巻き起こるかと錯覚するほどの回し蹴りが鮮やかに敵をなぎ払った。

清瑞も負けてはいない。

背から抜いた剣で打ち払ってゆく。
が、峰を使っているため一人も殺していない。殺すまでもないということか。

清瑞の必殺の剣を食らった男達が悶絶する。
峰打ち、と活人剣の類でよく言われるが、清瑞の一撃の場合、逆に死にたく思えてくるほど痛みが凄まじい。
無駄のない研ぎ澄まされた一閃が屠っていく。

「ふん、出直してこい」
地面でのた打ち回る男達を見下ろしながらそう切り捨てる。この手の類の男達は清瑞の一番嫌いなタイプだ。

勇ましいを通り越して格好いいとしか表現できない清瑞を見て、

(やっと元に戻ったか)

安堵する九峪であった。やはり清瑞はこういう感じの方が合っていると思った。

「お、おのれ……」
横から聞こえてきた唸り声に視線を向けると、リーダー格の男と、逃れた何人かがあとずさっていた。
先程までの驕った様子は消えうせて、ただ怒りに顔をドス黒く染めていた。

まあ自業自得と言えばそうなのだが、多少同情の余地もあるかと思った。
だから、

「言い忘れたが……」
「!?」

忠告してやることにした。

「後ろにも注意したほうがいい」
「なっ!?」

九峪の言葉と同時、男達の後ろの茂みから何かが飛び出してきた。

混乱した男達は動物だとでも思っただろうが、違った。

伊万里と上乃だ。

事態に思考が追い付かない男達を尻目に、二人の剣と槍が彼らを打ち据える。
鮮やかな手並みだ。

「う、うぬっ!!」
しぶとく逃れようとする男だったが、その喉に背後から短剣が押し当てられた。

「まあ、その辺にしときなさいって」
場違いなほど軽い口調で、男の動きを封じた女性――忌瀬が笑いながら言った。

「ッ!!!」
「だからやめなって」

おりゃっ、と舌を噛み切ろうとした男の首に忌瀬が手刀をくれた。
白目を剥いて男が気を失い、そしてそれと連動するように戦いも終わった。

取り囲んでいた敵を全員倒した香蘭と清瑞が、九峪の傍に戻ってくる。

息一つ乱していない。
怪我も負っていないようだ。

フゥッ、と安堵の息をつく。何だかんだで無意識のうちに心配していたらしい自分がおかしく思えてくる。

「九峪様?」
その様子を不審に思ったか―−あるいはまた自分がまた何か不手際をしたと勘違いしたのか、眉根をしかめた清瑞が尋ねてくる。

「いや、何でもない。二人ともよくやってくれた」
「とても、楽勝よ」
「歯ごたえのない奴らです」

九峪のその言葉を受けて二人ともに笑顔になった。

「九峪様〜、私達は〜?」

駄々をこねるような声で上乃が言ってくる。
その後ろでは伊万里が苦笑していた。

「ああ、三人も」

不満はどこへやら、やった〜と上乃は飛び上がるようにして喜んだ。
過剰ともとれるリアクションだが、何故か上乃がやると自然である。

「こいつらどうします?」

忌瀬が、これ、と手に持った短刀で足元の気絶した男達を示す。

「誰か城に戻って人を呼んできてくれ。一応全員捕まえていこう」
「あっ、じゃあ私が行ってきますよ」
「頼む」

言うが早いか、城へ向かって駆け出す上乃を見送ると、改めて視線を巡らせる。
既に全員気絶しているらしくピクリとも動かない。

「にしてもこいつらは何なんですかね?」
忌瀬が腕を組んで考え込むようにして言う。

「そう言えば九峪様、誰かに頼まれたのかって聞いてましたよね?」
さっきの九峪と男のやり取りを思い出したのか、清瑞がこちらを向いた。

「狗根国の奴らだったら、わざわざ最初に姿を見せることもしないかと思ったからな……」
「それで九峪様に私怨がないって言っていたから、後は依頼の線と……」

九峪の思考の跡をなぞりながら、納得したように清瑞がうなずいた。

――と、そんな中でふいに清瑞の視線が、ニヤニヤと笑っている忌瀬を捉えた。

「な、何です?」
「ん〜、九峪様と仲直り出来たんだあ、って」
「んな!?」

顔を真っ赤にした清瑞が、ムキになって忌瀬につっかかった。
「というか、どうして忌瀬さん達がここにいるんですか!!」
「いっやあ〜、何か面白そうだったから九峪様の後をついて来たんだよね」
「お、面白そう……」

がっくりと肩を落とす清瑞。それを見てますますからかうように笑う忌瀬。

そんな二人をどこか楽しげに眺めている九峪に伊万里が、

「九峪様はお怪我はありませんか?」
「ああ、大丈夫だ」

と、答えたところでふと九峪は疑問に思って、

「そういえば伊万里は何でついてきたんだ?」
「えっ、あ、あの」

自然ともとれる九峪の疑問に、何故か顔を真っ赤にする伊万里。
それがなおも疑念を募らせる。

「た、たいしたことではないので気にしないでください!!」
「あ、ああ」

そう言われては九峪としても問う気にはなれなかった。
と、そこへ、

「九峪様、清瑞、元気になたよ」
「………そうだな」

香蘭の嬉しそうな声に、自然九峪の返事も穏やかなものになった。

見ると、またも顔を真っ赤にした清瑞が忌瀬に何か言っていた。
第二ラウンド開始のようである。


(やれやれ……)

またも心中呟いたその言葉は、しかしどこか楽しさに似たものに溢れていた。






                           
                      騒がしきは楽しきこと?      了








後書き

大変長らくお待たせしました。
一ヶ月以上も開けてようやく後編をお届けします。

こんにちは、由紀です。
火魅子幻想譚 間奏話・騒がしきは楽しきこと? はいかがだったでしょうか?

正直最後の纏め方が無理矢理感一杯な気がしてならないのですが、勘弁のほどを。
しかも、結局新キャラも出せずじまい……。
中編の伊万里と上乃の最後の方の会話も生かせないものになってしまいました。

お詫びするほかありません。ほんとにごめんなさい……(平伏)


本当はこのあと、城のほうから亜衣達がやってきてそこでまたも一騒動、と考えていたのですがここで力尽きました。申し訳ないです。

初めて書いた短編だったのですが難しかったですね。
どうやって最後のオチをつけるのか、いかにして笑わせるのか、などなど。

それと今度からは全部、前中後編揃ってから投稿した方がいいかなと思いました。
油断するとすぐに期間が空いてしまいますね。反省です。


一応捕捉を。
誰かに頼まれた、という描写がありましたが、これは特に重要な設定ではなく、本編にも関わってきません。
単純に短編用の設定です。
私も誰が頼んだのかは知りませんw 多分狗根国の人だと思いますが。


力量不足が満載な作品となってしまいましたが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
次も頑張ろうと思いますので、よろしくお願いします。


ここまで読んでくださった方に感謝の言葉を。
本当にありがとうございました。