『紅色は鮮やかに美しく』



 古めかしい鉄柵の門に茨が絡みついている。
さっきまでの晴天はどこへやら……今はどんよりとした雲が辺り一帯を包んでいた。
「ようやく狭っ苦しい孤児院を出られたと思ったのに、随分と辺鄙な場所に飛ばされたもんだわ」
 再び目の前の門と対峙する。
この辺の人たちが言うには、この先の屋敷には吸血鬼が住んでいるらしい。
「吸血鬼って言うのは大袈裟にしても、変人なのには間違いなさそうね……」
 わたしは自分の身を包む純白のドレスをまじまじと眺めてみた。
「ウエディングドレスを着て来ること」というのが当方の要望。
怪しさ大爆発じゃないの……。
 嗚呼、あの時の院長の微笑み! 怪しいとは思ったのよ。わたしと話をすることさえ煙たがっていたババァがあの日に限って理想の男性像を聞いてくるなんて。
裏でこんなお見合い話が進んでいるとは……うまく厄介者払いをしてくれたものだわ。
「それにしても……わたしはババァに頭が良くて優しくて顔が良い金持ちの年上って答えたはずなんだけど」
 本当にこの屋敷の主ってそんな人なわけ?
…………。
変人じゃないことっていう条件も入れておけばよかったかも。
「シェーン」
「うん?」
 いつの間にか門の向こう側に男性が立っていた。
男性が門に手を伸ばすと触れてもいないのに門が開いていった。
へー。どんなカラクリなんだろ。
「初めまして。私がこの屋敷の主であるライツェント=アイフリヒです」
「あー、どうも伯爵様。シェーンです」
 ……うーん。頭は……まあ良さそう。優しそうでもあるし、年上らしいし、顔もいい。んでもって伯爵ってことは金持ちよねぇ。
確かにわたしが答えた理想の男性像の通りではありそうだけど。
「それではシェーン。中へ」
「はい。っえ、わっ!?」
 突如ライツェントがわたしをひょいっと抱きかかえ、そのまますたすたと歩き出す。
「あのぅ、伯爵様?」
「私のことはライツェントでいい。君は今日から私の妻なのだから」
「えっと、じゃあライツェント。何でわたしをだっこしてんの?」
 まったくわけの分からないわたしとは逆にライツェントは自信たっぷりに微笑を返してきた。
「せっかく私のために着て来てくれたドレスが汚れでもしたら大変だからだよ」
 …………。
やっぱり変人じゃないことっていう条件も入れておくべきだった……。



「紅茶は気に入って貰えたようだね」
「ええ! 美味しい〜」
「それは良かった。では毎朝それを用意させよう」
 わたし達が座っているソファを囲むように控えている大勢のメイドさん。
どの人もわたしなんかよりよほど美人で女らしい人なんじゃないかと思うんだけど……この人の趣味って分かんない。
「ん? なんだい、じっと見て」
「これだけ淑女が揃ってて、どうして孤児院育ちのがさつなわたしなのかなって」
 わたしがそう尋ねると、ライツェントは何故かうれしそうに目を細めて答えた。
「それは君が『世界一のわがまま』だからさ」
 …………。
は?
「な、なにそれ?」
 わたしが呆けているとライツェントは今度はクックッと笑い出した。
「まあ、君は当時4歳だったから覚えていないのも無理ないか」
「覚えていない……って会ったことあったっけ?」
「12年前の夏に一度ね。あの日は夕方になっても日差しが強くて、散歩の途中に気分が悪くなったんだ。それで孤児院で少し休ませてもらった」
「何か……嫌な予感がするんだけど」
「皆、わたしが伯爵だってことでよそよそしくしていたが、ひとりの少女だけは私にズカズカと近づいて来てね、『わたしは世界一のわがままなんだから、変なおじさんなんかに遠慮なんかしてやんない』と言って来客用に出されたお菓子を食べ始めたのさ」
「あちゃー……覚えあるわ、それ」
 忘れ去ったはずの苦い思い出が蘇る。あの後院長にこってりしぼられて全部屋の掃除を言いつけられたのよね。――さぼったけど。
「あの時は本当に驚いたよ」
「……ほっといて」
 ライツェントはまだ笑っている。
もしかしてこの人、面白半分でわたしに求婚したんじゃあ……シャレになんない。
「いや、すまない。あまり笑うのも失礼だな。私もそんな君だから好きになったわけだし」
「あー、はい、そらどーも」
 もうすでに投げやりな返事。さらにスプーンで紅茶を激しくかき混ぜてみたりで投げやり度をアピール。
ライツェントは「おやおや」といった顔でわたしの行儀の悪い手を取り、軽く口づけしてみせた。
「本当に君が好きだよ。隣でお菓子を食べながら、私の上着のボタンのほつれを繕ってくれた君が……ね」
 さっきとは打って変わって真剣な眼差しのライツェント。
う……思わず視線を外してみちゃったり。
「別にたまたま目に付いて気になったからそうしたんでしょうよ。4歳のがきんちょのなんとなくの行動に結婚だなんて一生を揺るがすほどの衝撃を感じるなんて、貴方よほど愛に飢えているのねぇ」
「そうだよ。だから君にその愛を満たして欲しい」
「…………」
 そ、そうきたか。
そしてそういう台詞を真顔で言うか!
――でも、それだけこの人はわたしを好きってことよね。うれしいけど、それってちょっと……苦しい。
「ライツェント、わたしはただ孤児院から出たいばっかりに今回の結婚を受けたの。貴方だからじゃなくて、ほとんど養女感覚なわけで……」
「もちろん知っている。君の気持ちを汲み取れないほど私は馬鹿じゃないよ」
 わたしの頬にライツェントの息がかかる。
そして耳元で囁くような声。
「シェーン、君のありとあらゆるわがままを聞こう。だから私の傍にいてくれ。その間に私は君が私を愛すようにしてみせるよ」



 人生突っ走って失敗したことなんて星の数。
しかし。
だが、しかし。
これほど後悔したことはなかったわ。
「ねぇ、ライツェント。それ、本気で言ってる?」
「無論。私が君に嘘をつくはずがない」
ライツェントはワイングラスに注がれた赤い液体を美味しそうに飲んでいる。
「今回に関しては嘘だと言って欲しかったわ」
 食卓に並べられたサラダを小皿に取り分けながら、わたしは彼が手にするグラスの動きを追ってみた。
……確かに飲んでる。血液を。
「シェーンは吸血鬼が嫌いかい?」
 パク。
サラダをひとくち。
ほっ。これはまともな料理みたい。
「「好き」「嫌い」以前に物語の中だけの存在だと思ってた。そしてそれが普通」
 ライツェントがおもむろにサラダに手を伸ばし、レタスを1枚口に運ぶ。
「…………。うーむ、どうやら私は「普通」にはなれないようだ」
「気にしないで。わたしが出した条件に「人間であること」なんて入ってなかったから」
「入れておけばよかった?」
「正直、そう思った。……けど、貴方を見てると分からなくなる」
「どんなふうに?」
「人間であっても普通じゃない奴なんてごまんといるわ。それにくらべて貴方はわたしの機嫌を窺いながらサラダを食べてみたり……こんな普通もあるのかなって思えてくるの」
「そんなふうに言ってくれたのは君が初めてだ。なるほど……だからこんなに君が好きなのか」
 ライツェントはグラスを回しながら、どこか切ない顔で微笑んで見せた。
そんな顔されたって……。
「吸血鬼……ねぇ」
 そう、「吸血鬼」。ライツェントは自分のことを確かにそう呼んだ。何を馬鹿なと思ったが、この様子……どうやら冗談ではなかったようだ。
「夜な夜な美女の生き血を求めて彷徨うと言う」
「私は好き嫌いは無い方だと思うがね」
「噛まれた者は同じく吸血鬼になると言う」
「うん? それは違うな」
「え、違うの?」
「吸血鬼は遺伝だ。増えるなどしては人間が滅びてしまう」
 そっか。言われてみればそうよね。
「じゃあライツェントに血をあげてもわたしが吸血鬼になることはないんだ」
 よく知らない男と結婚する覚悟はあっても吸血鬼になる覚悟まではしてなかったのよね……。
 コトン
ん?
グラスがテーブルに置かれ、空いたライツェントの手がわたしの頬を撫でる。
「シェーン。君に関しては遺伝でなく感染であって欲しかったと切に思うよ」
 また……切ない微笑み……。
「ライツェント……」
「シェーン。私が恐いかい?」
「ううん、全然そんなことない」
 いや、まあ、血を美味しそうにがばがば飲むのはやっぱりいただけないんだけどさ。
「そうか」
 うれしそうに目を細めるライツェント。
わたしの言葉に落ち込んだり喜んだり……ああ、この人本当にわたしを好きでいてくれるんだ……。
ライツェントなら、彼が最初に言ったように、わたしもいつか愛せるのかもしれない……。
「ところで、ライツェント。さっき何でもわがままを聞くって言ったよね?」



 ひゃー。やっぱ二人きりになるとこの屋敷の広いこと広いこと。
「シェーン、君の言うとおり使用人を全員解雇したけれど……その、どうするつもりだい?」
「決まってるでしょ。わたしが全部する」
 えーと、掃除用具は階段の下、と。
とにもかくにも広い屋敷。どこになにがあるかちゃんとメモっとかないとね。
「……君が…かい?」
 その間の意味は何!?
「馬鹿にしないで。貴方ひとりの世話ぐらい余裕よ」
「まあ……私も君と二人きりのほうがうれしいことはうれしいが……」
「うれしいが……何?」
 ライツェントはちらちとわたしの首筋を見やり、小声で「外食は少々骨が折れるが仕方あるまい」と呟いた。
ぬ! こやつ今何と申した!
「外食ぅ〜!? 寝言は棺桶で言って! んなもん駄目に決まってるでしょっ」
 なるほど……この人一人に多すぎる使用人だと思ったら、そういうことだったわけね。
「シェ、シェーン。いくら吸血鬼でも食事をしなければ餓死するのだが……」
「だったら、はい」
 わたしは肩にかかる髪を払い除け、左の首筋をライツェントに見せた。
うーん。吸血鬼に噛まれたらどのくらい痛いのかは知らないけど……まあ、ショックで死にはしないでしょ。
「わたしを妻にした以上は他の女に口づけするなんざ言語道断よ! いい? わたし以外の人から血を貰っちゃ駄目」
 ライツェントの指が差し出した首筋をゆっくりなぞる。
「しかし……毎日君から血を貰うとなると……」
 息がかかる。
「!」
 瞬間、チクリとした痛み。
何だ。思ったより痛くない。
「わたしなら大丈夫よ。むしろ血の気が多いから抜いてもらった方がよかったりするかもよ? だからライツェント、わたしのわがままちゃんと聞いてよね」
 首筋に触れた唇が……熱い。
「分かった。約束するよ、シェーン」



 結婚生活一週間目。
市場の安売り情報に過敏に反応できるようになったあたり随分主婦が板についてきたと思う。
吸血鬼なんていっても、昼間の買い物の荷物持ちをさせられないぐらいで人間となんら変わりは無い。
加えてうちの旦那は食事の用意もいらなければ身のまわりの世話も夜だけでいい。こんな楽なことは無い。
「今日はポテトが新鮮みたい。ポテトサラダでも作ろうかな」
 ん?
何か……視線を感じる。
気づいてないふりをしてさり気なくチェック。
「奥さん……ほら、あの人よ」
「ああ……あれが噂の……」
 おばさんふたりがひそひそ話。井戸端会議というやつ?
でもよく見れば彼女たちだけじゃない。道行く人たちが一様にわたしを振り返っていく。
…………。
美しさって罪ね。
――なんて冗談はさておき、一体全体何だってのよ。
「はー、帰ろ。帰ろ」



 ガコッ
わたしが近づくと勝手に開く屋敷の門。
最初は驚いたけれど今となっては普通。
そういう門なんだって思っちゃってる。
……駄洒落じゃないわよ?
玄関へと続く長い石畳の道を進む。
「どうしてこう、無意味にでかい前庭を造るかなあ?」
「それは君とより長く歩くためさ」
 !?
「ライツェント!? まだ日没の時間じゃないのに平気なの?」
 いつの間にかライツェントが並んで歩いていた。
初めて会った時といい……この人はわたしを驚かすのが趣味みたい。
「今日は曇っているから陽の光が弱い」
 フワリ
ライツェントがコートを広げ、わたしをその内側に引き寄せる。
これをライツェント以外の男がやったなら、笑ったろうなぁ。
「今日は随分と冷えるな。寒くないかい? また君を抱いて屋敷まで行こうか?」
 この台詞もライツェント以外の男が言ったなら肘打ちものよね。
…………。
ライツェント以外なら……か。
「平気、このまま歩いて行く」
 そっか。やっぱりこの人の言ったとおりになったのね。
「貴方とこうして歩く機会って滅多にないじゃない?」
 わたし……ライツェントが好きなんだわ。
…………。
「あ、雪……」
 白いものが鼻をかすめ、わたしは思わず空を見上げた。
 灰色の空から真っ白な粉雪が生まれ落ちてくる。
「綺麗だわ」
 両手を差出し、そっと受けとめる。
 手のなかで溶けて消える粉雪。
 氷の結晶の一生は刹那の時しか刻まない。
 刹那の時しか……それはまるで……
「ねえ……ライツェント」
 吸血鬼。永遠を生きる者。
「なんだい? シェーン」
 わたしにとって、この至福の時が貴方には……
「……ううん。呼んでみただけ」
 貴方にとっては……一瞬の過去になるのね……。



 こんなにも悲しいのは貴方のせいだわ。
 独りが恐くなったのも、貴方のせいよ。
「どうしたんだい? もっと暖炉の側においで」
 ライツェントが手招きする。
 ううん。これ以上近寄れないわ。身体が火照っているの。暖炉の温かさなんて不要なぐ
らいに。
 わたし、どうしたのかしら。
 ああ、これも貴方のせいなんだわ。
 駄目よ。
 貴方は遠ざかる運命の人じゃない。
 駄目よ。
 貴方を愛したって、痛みが返るだけよ。
 駄目よ。駄目……
「ライツェント……」
 ……頭では分かっているのよ。
「わたし……」
 でも、心が、身体がいうことを聞かないの。
 ライツェントのいざないに抗えないの。
 腕が貴方の背を放さない。
 唇が貴方の唇を求めて止まない。
「貴方を……愛してるわ……」
 後のことなんて、考えられない。
 今はただ、この愛に甘えさせて。
「私もだ……。私も君を愛している」
 愛してる。
何度も言ってもらった言葉。
聞き慣れたはずの言葉。
なのに……こんなにも切ない……。
 ライツェントの少し冷たい手が、わたしの頬に触れる。
「……寝室に行こうか」
「え? 寝室って、棺桶?」
 はう。しまった。思考回路がぷっつんしてる。ぐ。ライツェントは大ウケしてるし。
「ごめん。今のNG」
「くっくっくっ……いやいや、君がその方がいいというならそうするが?」
「んなわけないでしょ! 馬鹿!」



 …………。
 部屋に薄暗い光が差している。
 朝か。……っておい!
「ラ、ライツェント!」
 わたしを抱き締めたままの姿で眠る、ライツェントの平和そうな寝顔がそこにあった。
「ちょっと……起きてってば!」
 わたしはライツェントの肩を激しく揺さ振ってみた。
 普通、こんなシチュエーションの場合、ゆっくり目を覚ました恋人に「おはよ。ダーリ
ン」とか甘い台詞のひとつもいってあげたいところだが、ことこの男に関してはそんな
悠長なことはいっていられない。
「起きやがれって言ってるだろ、このタコ!」
 ガスッ
 布団越しだが、きれいにみぞおちに愛の鉄拳が入る。
「う……」
 ライツェントが呻き声を上げる。
 起きたかな?
「ああ、シェーン。……? 何故ここに?」
「それはこっちの台詞よ。もう朝なの、早く棺桶に戻って!」
「! そうか。昨夜は君と一緒だったから…」
 ベッド周辺から服を探し出し、それを寝呆け男に手渡す。自分も急いで着替える。
 わたしは一足先に着替え終わり、部屋の出入口に向かった。
「廊下の窓のカーテン、全部閉めておくわ!」
 わたしがもし昼まで寝ていたら、どうするつもりだったんだろ。起きたらベッドが灰だ
らけ……。か、考えただけでも背筋が寒いわ。
「シェーン」
 部屋を出ようとしたところで、ライツェントがわたしを呼び止めた。
「今夜も君に会いに行っていいかい?」
 ブラウスのボタンを一つづつかけ間違えていては、決まる台詞も決まらないなぁ。
「今度は寝坊しないでよ」
 ボタンをかけ直す彼にわたしは意地悪な顔をしてみせた。



「う……これは」
 一難去ってまた一難。
 今朝のライツェント朝寝坊騒動が収まったと思ったら……この手紙。
「厄介払いでここに嫁に出したと思ったら、久々に会いたいだぁ!?」
 我が青春時代、孤児院からの愛のメッセージである。
「わたしは会いたくないっつーのっ!」
 思わず手紙に叫んでしまう。
「会えるか?」ではなく「会いに行く」という文章で締めくくられているのだ。
「はー。ババァに会って気力がなくなる前に買い物行っとくかー」



 じろじろ。またもや街の人々の注目の的。
 最近になってその原因が、ライツェントだと判明。
確かにわたしが逆の立場なら「へぇ、あれが噂の吸血鬼の妻なの」とか言っちゃいそう。だから怒る気はないけど、やはり気持ちのいいものではない。
「早足で通り過ぎるが吉ね」
 早々に買い物を済ませ、屋敷へ。
……げ。いるし。
「シェーン……」
「は……あ、おひさです……えへ☆」
 …………。
 沈黙。
 ううう、なんだってのよ。ガミガミ院長が借りてきた猫みたいじゃないの。
「シェーン。貴女にはわたくしも手を焼きましたが、決して貴女が嫌いだったわけではな
いのよ」
 しんみりしちゃって……もう!
「院長、何改まっているんですか。気味が悪いなあ」
「ああ、シェーン。ごめんなさい……わたくしは何てことを……」
「からかうのもそれぐらいに……」
 ?
 何だろ。これ。急に胸から銀色の金属が生えてきちゃった……けど。
 金属の先端から出ている赤い液体が床へとこぼれ落ちている。
 ねぇ、これって……
「院長、ご協力ありがとうございました。これで住民たちも少しは安心することでしょう」
 背後から男の声が聞こえた。かなりの近距離だ。
「ううっ、可哀相なシェーン。一刻も早くあの忌まわしい吸血鬼を退治して下さい。あい
つを殺さなければこのこが浮かばれません」
 何を言っているの?
「そうですね。この娘のことは本当に残念です。首筋に傷跡が……手遅れでした」
 ズグッ
 鈍い音とともに金属が背から引き抜かれる。
 身体が意志とは関係なく床へ引き寄せられる。その身体を金属を手にしたままの男の腕
が支えに入った。
「この娘の遺体はこちらで引き取ります。共同墓地に埋葬しても、住民が納得しないでし
ょう。吸血鬼の屋敷とともに火葬します」
 何? 何を言っているの?
 ライツェントを退治? どうして? わたしがいつあの人を忌まわしいなんて言った?
「遺体を運び終わり次第、屋敷に火を放ちます」
 ライツェント! ライツェントに伝えなくちゃ……
「これで……全てが終わります」
 ライツェント……



「まずいよね……」
 血が止まらないよ。ライツェントにあげないといけないのに、無くなっちゃう。
 ゴトッ
 黒い棺をこじ開ける。
 ああ、わたしの愛しい人……
「ライツェント、起きて」
 この人が何をしたっていうの? 住民の不安だなんて、笑わせないで。
「うん? シェーン? 君からこちらへ来るなんて珍し……どうしたんだ!?」
 優しい優しい貴方。
「シェーン、その怪我は!?」
「この屋敷が燃えているの。早く逃げて!」
 本当に恐いのは人間の方だわ。勝手に悪を作り上げて、それを正義の名の下に倒す。こ
んなことが自然に行なわれるなんて。
「……ふふ、一週間しか思い出作れなかったね。せっかく理想の男性に巡り会えたってい
うのに、わたしって運が悪いなあ」
「シェーン、弱気になるな。一緒にここを出るんだ」
 ライツェントがわたしの身体を抱き上げる。
 わたしは彼の瞳を見つめ、頭を振った。
 不思議なものね。こんなにはっきりと自分の状態が分かるなんて。
「わたしのことなんてすぐに忘れられるよ。次の奥さんにも……優しくね」
「それはできない。私は君からしか血をもらわないと約束した。その君を置いては行けな
い」
「こんな時に何をいってるのよ……いくら吸血鬼でもこのまま朝を迎えれば死んじゃうじゃない……」
「そうだな」
「馬鹿ね……」
「馬鹿だな。馬鹿は嫌いだったかな?」
「ふふっ。理想の男性像の項目から、削除しといてあげるわ」



「夜が……明けてきたね」
 コトッ
 ライツェントが用意したふたつのワイングラス。
 グラスには赤ワインが並々と注がれている。
 ライツェントは自分のグラスを手に取った。
「いつも君と共にありたい。現世においても、冥界においても。断らないでくれ」
 わたしもグラスを手にする。
 鮮やかに美しい紅色の向こうに貴方の姿が見えた。
「ライツェント……」
「シェーン……」
 お互いのワイングラスを掲げる。
「二人の永遠の愛に……」