第3話 『それは、つらいぜ……』

結局、信の隣……まぁ、耕介曰くは『詩音さんの近く』の席に落ちついた耕介。

英語の時間は、途中から乱入したので、思ったより早く終わった。

休み時間にはいってすぐ、耕介は席から立ち上がった。

「さ、てと。双海さーん―――」

「ねぇねぇ渚くん!!」

詩音の席に行こうとした瞬間―――耕介の周りに多数の生徒達が怒涛のごとく詰め寄ってきた。

周りに出来た人垣のせいで、双海さんの席まで行けなくなった耕介は、観念して、人垣の方に向き直った。

「なに?」

「渚君さぁ、さっきの時間来たから自己紹介とかしてないでしょ? だったら今ようよ」

「んー…そうだな! じゃ、自己紹介しますっ!!」

パチパチパチ、と拍手が巻きあがる。

少し気分を良くした耕介は、テンションのギアをローからハイにいれた。

「さっきも言ったけど、オレは渚耕介だよ。ちょっとした事情でこっちに転校してきたんだ。オレまだこっちに来て2日程度しか経ってないから何も分からないんだけど、がんばって慣れていこうと思ってるから。どうぞよろしくな」

わぁぁぁぁぁ、と歓声が沸きあがる。

「それじゃ、なんか質問ない?」

すると、一人の女子生徒が。

「はいはい! えーと、渚君はどこから来たの?」

「え?」

その質問を聞いた瞬間、耕介の明るい表情が一転して、何か思いつめたような暗い表情に変化した。

だけど、頭を軽く振って、その思いつめた『何か』をかき消すと、無理をしたような明るい表情を皆に振りまいた。

「それは…まぁ、いいじゃん! けっこう楽しいところだったぜ!」

「え…そうなんだ…」

そうは言われても、先ほどの耕介の表情を見た後では、楽しいところ、などとは絶対に思えなかった。

女子生徒は、少し責任を感じたのか、しゅん、と黙り込んだ。

それを見かねた耕介が、今度は本当に笑みを作って、言葉をかける。

「あ、いいんだよ、本当におもしろいところだったから。ただ、ちょっと言いたくないだけでね。」

あははー、と能天気に笑う耕介を見て、その女子生徒は安心したのか、少しだけ明るい表情になった。

「それじゃ、次になにかない?」

「あ、オレ! 特技とか趣味ってなに?」

「そうだな…特技はバスケと料理、趣味はパソコンと読書かな?」

あと―――、と、耕介は少し口篭もった。

皆、少しだけ真剣に、その続きの言葉を聞き入ろうとする。

「あと……過去を……いや、なんでもない。忘れてくれ」

そう言って、彼は、また無理をした笑みを作った。

ここから先は聞いてはいけない。

周りの人はそう判断したのか、話しを違う方向に持って行こうとする。

「そうなんだ、じゃあさじゃあさ――――」

周りの生徒達の質問に、彼は、チャイムが鳴るまで、喜怒哀楽の感情表現を大きく、皆を退屈させずに答えた。



そして、昼休み――――

キーンコーンカーンコーン

4時間目の授業が終わるチャイムが鳴り始めると同時に、耕介は詩音の席へと近づいて行った。

詩音は、読んでいた本をぱたん、と閉じて、どこかに行こうとしていた。

それを、耕介は呼びとめた。

「やっ、双海さん♪」

「……はい、なんでしょうか?」

いたって真面目に返答されたので、耕介は返答に困ってしまった。

「え、いやぁ、別に用はないんだけど……」

実は、一緒に昼飯を食べよう、と誘うつもりだったのだが、なんか言いにくい状況になってしまったので、耕介は少し迷っていた。

そして、追い討ちをかけるような詩音の言葉が。

「用がないのなら、もうよろしいでしょうか?」

「あ……うん」

そう聞くなり、詩音はドアに向かって歩き出した。

「あ、やっぱちょっと待って!!」

ぴたっ、と詩音の進む足が止まる。

「…なんでしょうか?」

「いやぁ、あのさぁ、一緒に食べない? 昼飯……」

言ってから、耕介は。

―――言っちまった。

と、後悔と恥ずかしい気持ちが一緒になってこみ上げてきた。

詩音は、怪訝そうな顔をして。

「なぜでしょうか?」

理由を聞いてきた。

理由と聞かれると、耕介は内心焦っていた。

別段、理由なんてなかったのだ。ただ、一緒に食べたい、と思っただけで。

「いやぁ、一緒に食べたかったから」

「……だから、それがなぜなのですか?」

「……う、いや、それは…だからぁ!!」

だから、と言ったものの、そこから続く言葉が出てこないので、耕介は赤面して俯きながら、口をぱくぱくとさせるしかできなかった。

「………」

「………」

気まずい雰囲気が辺りを包む。

少ししてから、耕介は意を決したような表情で、詩音の方に向き直った。

「だってさぁ、オレ達転校生同士じゃん? 分からないことでも、二人集まればなんとかなると思うんだけどなオレ」

「………」

「それとも…双海さんオレの事嫌い?」

「はい。私、日本人は嫌いですから」

詩音は、さも当たり前のようにはっきりと言った。

「え?」

―――オイ、ちょっと待て、今、なんてことを言ってくれたんだこの子は?

耕介の頭の中で、今の言葉が飛び交う。

『私、日本人は嫌いですから』

『私、日本人は嫌いですから』

何度もリピートされるその言葉。

それは、繰り返される間に自分に都合の言いように変化していった。

『私、人参は嫌いですから』

そして、あっ、と耕介は言ってから、ぽん、と手をうった。

「私、人参嫌いですから? 人参なんていいじゃんべつに」

そう言うと、詩音は、何かヘンな物でも見るような感じで、露骨に冷淡な目をして耕介を見た。

睨んだ、といったほうが正確かもしれない。

「所詮、日本人とはそんな人種なのですね、失礼します」

耕介は、その言葉にちょっとだけ、むっ、と来た。

「…それってどういう意味?」

静かな威圧感のような物を込めて、耕介は少しだけ声を低くして言った。

詩音は、そんな威圧感など物ともせず、ゆっくりと目を閉じた。

「言った通りです。私は日本人という人種が嫌いです。日本人は、外見が違うと言うだけで、その他者を拒絶しようとします。私は、そんな日本人が嫌いです」

「はぁ? 意味がわからないぞ? 双海さん、アンタ何言ってんだ? 熱でもあるんじゃないのか?」

すると、詩音は、ふぅ、と小さなため息をついて、失望したような声で言った。

「やはり、あなたも日本人なのですね。ここは昔とひとつもかわっていませんね……」

どこか、分かりきっていたような声で、詩音はさも当然のように言った。

「……あぁん? なんかそれ、無性に腹たつなぁ……」

「……」

黙りこくったまま、詩音は、くるっ、と踵を返して立ち去ろうとした。

逃さないように、その肩をがしっ、と掴む。

「――なんなんですかアナタは?」

肩にかかった手を静かに払う。

「あんたさぁ、昔になにがあったのかは知らないけど、今と昔を一緒にすんなよ」

「……」

また、沈黙が二人を包む。

その沈黙を破るように、耕介は優しい声で詩音に話しかけた。

「なぁ、よかったら、何があったのかオレに話してくれよ。同じ転校生としてさぁ」

「……お断りします。アナタには関係ないことですから」

「関係ない……か」

耕介は悲しそうな目をして俯いた。

それが、自分に向けられた言葉のためなのか、そんな考えを持っている詩音のための目なのかは、分からなかった。

そして、真剣な目をして、詩音に向き直る。

彼女特有の灰色の目が、いっそう際立って見える。

「……そうか、わかった。だったらしょうがない。オレもこういう手荒な手段は使いたくなかったんだけどな……」

瞳を細めて、詩音の顔をじっ、と見つめる耕介。

頭のどこかで、かちん、とスイッチが入ったような音がした。

そして一瞬、視界一面が真っ赤に変色した。

イスも、机も、空気も、双海さんの顔も。視界の中にある物全てが赤く変色し、一瞬で元の色彩に戻った。

その直後―――

「―――っ」

まるで、誰かが口の中にむりやり手をねじ込んだ時のような吐き気が、耕介を襲った。

その代償か、視界には、先ほどまでは見えなかった黒い『点』のようなモノが、目の前の少女の体、つまり詩音の体、額の真中の辺りや、左胸のところにはっきりと浮かび上がる。

「が……っ」

よろよろ、とよろめく耕介、なんとか側にあった机に手をついて、態勢を整える。

その光景を、詩音は不思議そうに眺めている。

「……どうかしたのですか?」

心配したのか、少しだけ、その黒い点がある額を、耕介に寄せる。

胃の中の物が逆流しそうになるのを堪えて、耕介は、その額の点に軽く触れた。

――――刹那。

耕介の頭の中に、いろいろな場面の映像が流れ込んでくる。

灰色の目を持った、美しい少女が、数名の女子生徒と笑いながら喋っている映像。

そして、その少女が、もっと幼い、小学生ぐらいの時に、どこかの学校の教室の中で、一人で、泣きそうな顔をして立ち尽くしているのを、周囲から怪訝そうな目で見ている、同年代ぐらいの少年少女達。

それらの映像が、いっぺんに耕介の頭の中に流れ込んできた。

「く……っ」

触れてはいけないような映像、とでもいうべきか、それに耐えきれなくなって、耕介は手を放した。

それは、周囲からにしてみれば、ほんの一瞬だったのかもしれないが、耕介は、それが何十分にも引き伸ばされたように感じられた。

まるで、魂のない人形のようにその場に佇む耕介。

―――いや、まさに、人形だったというべきか。

先ほどまでは、あんなに荒かった息遣いも、今では、何事もなかったかのように、止まっている。

停止している、と言われれば、そう感じない事もないほどだ。

「あなた…さっきから大丈夫なのですか?」

綺麗な女性がこちらを見ている。これはフタミシオンだ。

「……渚さん?」

ナギサ? ナギサとはナンダ?

言う事を聞かない頭の中で、あれこれと自問自答をする。

―――ああ、ナギサとはオレのことか。

少しずつ、瞳に元の色がもどってくる。

「……あ、双海……さん」

ようやく我に帰った耕介は、さっきまではそんな少女などいなかったかのような顔をしていた。

「あ…そうか……オレ……」

詩音の顔を見ようとする。しかし、先ほど、一番最後に見た、泣きそうになっている少女とイメージが重なって、直視できない。

だけど、なにか言わなくちゃならないような気がする……なんだったっけか?

―――そうだ、思い出した。

「ねぇ、双海さん……」

「はい」

「オレさぁ、今、思ったんだ」

詩音に背中を見せるように、耕介はくるっ、と背を向けた。

その背中は、どこか寂しげで、頼りなさそうだったが、詩音には、とても暖かそうに見えた。

「オレ、双海さんが本当の事を喋ってくれるまで待ってるから」

―――たとえ、本当の事をオレが知っていても。

そう言いかけて、耕介は言葉を止めた。

「え?」

詩音は、驚いた表情で、耕介の背中を見ている。

「だからさぁ……」

顔だけを、覗かせるようにこっちを見る。その顔は、淡い悲しみに包まれているようだった。

「オレ……待ってるから、ただ、それだけ!」

―――我ながら、恥ずかしい言葉だと思う。

耕介は、先ほどからずっと頭の中にその言葉が飛んでいた。

見れば、額にはうっすらと脂汗が滲み出ていて、それがこめかみの辺りをすうっ、と通過している。

「………」

詩音は、何も言わなかった。いや、多分、何も言えなかったのだろう。

「……まぁ、少々かっこつけが過ぎたかねぇ?」

鼻の頭を人差し指で掻きながら、耕介は乾いた笑みを残して教室から出ていこうとした。

しかし、ドアの前で足を止めると、戸惑ったような素振りを見せてから、詩音の方に振りかえった。

「だけど、これだけは言わせてくれよ……そうやって、嘘で自分を固めていくのはさぁ……そうやって、仮面をかぶって生きていくのは……それは、つらいぜ……」

それだけ言って、今度こそ本当に耕介は教室から退散していった。

そして、出て行った後で気がついた。

「もうメシ食う時間ないじゃん……」

耕介は真面目に涙を流した。



6時間目終了後――――

担任が教室に入ってくる。

耕介は、精も根も尽きた、という感じの表情で、机に突っ伏している。

教卓の前まで行くと、担任は、黒い黒板にチョークで何か文字を書き始めた。

最後の文字を書き終えると、担任は何か言い始めた。

それは、全て耕介の耳には届いていなかったが。

「それでは…今から図書委員を決める。なりたい奴いるか?」

当然、誰もいない―――

と、誰もが思っていたが、その推測は見事に裏切られた。

すっ、と綺麗な白い手が上がる。詩音だ。

「…私、いきます」

その突然の行動には、教室中の誰もが驚いていた。

ただ一人、渚耕介を除いては。

「そ、そうか、うん、じゃあ頼むな。この後、図書室に行ってくれ」

担任も、驚いていて、少し変な口調で言った。

「はい」

手をさげると、詩音はいつものように読書にふけっていた。

その本の題名は『FORCE』――――



学校からの帰り――――

カバンを持ち上げて、まだ何人か残っている教室からでようとしている耕介。

すると、後ろから数人の生徒達に声をかけられた。

「なぁ、渚」

「ん?」

耕介の事を、早くも渚、と呼び捨てにしている生徒。

―――それは、稲穂信。

「オレはさぁ、稲穂信っていうんだけど、これから親睦をふかめるために、皆でゲーセンに行かない?」

そう言って、後ろのメンバーをずずいっ、と前に押し出した。

それは、三上智也に、男子で何かする時は絶対に入っている西野を加えた、3人だった。

そこに、耕介を加えた4でゲーセンに行こう、と言っているのである。

「そうだな、用事もないし、よぉし、いいぜ!」

別段、優先させる用事もなかった耕介は、即答した。

「それじゃ、行こうぜ、渚」

「耕介でいいぜ、そのかわりオレは……」

「『オレは信って言わしてもらう』ってか?」

先読みした信は、先手を打った。

しかし、耕介は人差し指を立てて、ちっちっちっ、と言いながら振った。

それは、考えが甘い、違う、といったフレーズを醸し出すジェスチャーだ。

「いや、オレは『イナシン』って呼ばせてもら―――」

「あ、それはダメだわ」

信は途中まで聞くと、速攻で耕介の意見を却下した。

―――余談だが、これが後の信が、『彼』につけるあだ名の元になっていという噂だ。

即答された耕介は大袈裟にイヤな顔をした。

「ええー、いいあだ名なのになぁ……まぁ、いいか。それじゃ、信、まぁ、さっさと行こうぜ♪」

「おぅ!」

そうして、耕介達はゲーセンへと繰り出して行った。


第3話 終わり


双海と渚の、『解説しようよ』のコーナー 第2回

耕介「グッテンモンゲーン! 渚耕介です」

詩音「双海詩音です」

耕介「はい、第2回を迎えた、このコーナーですが、今日は、何について解説しましょう
  かねぇ?」

作者「よぉ」

耕介「でたな変態……」

作者「それは誤解だ。オレはHは行動などしたことがない!」

耕介「うっそだぁ〜?」

作者「本当だっ!……もてないからな」

詩音「そんなことわかりきってます」

作者「し、詩音ちゃんキツイっすね……ま、まぁ、気を取りなおして、今日はオレがお題
  をだしてあげるから」

耕介「ふーん、で、なに?」

作者「題して、『作者のネタはいつまで持つのか!?』だ―――って、うわぁきゃっ!?」

きゅぃぃぃっ(チャージの音)、ずぎゅーん(エネルギー弾発射)、どびしっ(銃弾命中)、どびしっ(銃弾命中)、どっかぁぁぁん(大爆発)

耕介「地球の重力に魂を縛られたモノは黙っときな!!……って、ああ、不毛な争いをし
  ている間に、またページが……」

詩音「それじゃ、もう次回予告、いっちゃってください」

耕介「あいよ、それでは次回、OMOは、『第1回渚耕介歓迎ゲーム大会』です。それでは
  っ!」