読んでいただける方に (2) わかるとは思いますが、できれば一話読んでから読んでください。 HAPPY LESSON 〜正しい早退の仕方〜 二話 ふみつきが自分の視界から消えた事を一度確認してチトセは、頭を掻いた。こういった事はするのは、馴れないし恥ずかしい。 「……母さん、父さん。久しぶり。……あ〜〜〜、何て言ったらいいのかな」 「まあ、うん。元気にやってるよ。あぁ、違うな。うん、何て言うか言い難いだけどさ。俺に何故か、マ、ママが五人出来たんだ」 チトセは今でも「ママ」という言葉を口にすることには抵抗を持っていた。それでも、もしあの五人に「お母さん」と言ってくれと言われていたら、きっと今以上の抵抗を感じていただろうとも思う。 そこには、単純な単語の違い以上の何かがあるようにチトセには思えるのだった。 「……そう言っても、混乱するよな。正直、俺自身混乱してるんだから」 チトセは困った様に頭を抱えた。正直、当事者であるチトセに自身今の状況を的確に言い表す事は困難だった。 「しかも、その人達は俺の学校の先生でもあるわけで……。自分で言ってても馬鹿らしいんだけど、まあ事実な訳で……」 「で、まあ、そのママ達のおかげでまあ退屈だけはしないかな。何だかよくわからんが、とにかく元気だから、あのママ達は」 「一つ行事があれば、人の迷惑顧みず突っ走るわ。気がついた時には、家改造してるし、祈祷とかいって塩の塊に一晩押し込められるわ。練習と称して関節技をかけるわ……」 言いながらチトセの体が小刻みに震え始めた。今まで遭ってきたあまりに不条理な扱いがチトセの頭の中で一つ一つ蘇ってくる。 「ぐぁぁぁっぁぁぁぁっぁ。自分で言っててむかついてくるわ。俺の、俺の家だぞ。何で学校では毎日毎日、秘密が漏れないように注意して生活しなきゃなんね〜〜〜んだ」 静かな境内ににチトセの怒号が轟く。 「……はぁはぁはぁはぁ。……まぁ、大丈夫だよ。……多分。なんやかんや言ってもあのママ達もいるしな」 荒れた息を整えて、チトセはそう諦めたように呟く。 端から見れば、それは聞く人もいない独り言に過ぎないのかもしれなかった。けれど、チトセは自分の中のもやもやとしたものがあるべき場所に収まったような安堵感を覚えた。 「……チトセ君」 「でぇぇぇぇえぇ、い、委員長。いつから、そこに?」 チトセの体が地面から五六センチほど飛びあがる。顔は引き攣り、いや〜な汗が背中に止まらず全身から這い出してきた。 「えっ、いつからって三時になったから」 そんなチトセの様子に戸惑ったようにふみつきが、腕時計を差しながら答える。 「あ、そう、はぁ〜〜〜〜」 胃の腑の奥の奥から長く深い溜息がチトセの口から安堵と共に吐き出された。 「何、その溜息?」 「い、いや、その、何でもねぇよ。はははははは」 「……怪しい」 ふみつきの眼鏡のしたの目がきらりと光る。 「さ、さて、帰るか〜」 「あ、あのね。仁歳君」 わざとらしく背中を向けるチトセに、今度はふみつきが俯くと言いずらそうに呟いた。 「うん、何?」 「先、行っててくれる」 「はぁ、何言ってるんだ、委員長?」 「いいから、ほら。先行っててってばぁ」 困惑気味に答えるチトセに、ふみつきが無理矢理背中を押してその場から遠ざけようとする。 「わ、わかったよ」 そう言いながらも納得してない様子のチトセは、幾度も幾度もその場に残ったふみつきの方を振り返りながらゆっくりとその場を離れた。 ふみつきは、まるで先生に怒られた小学生のようにぴしっと背中を伸ばして、緊張した様子でお墓を見つめていた。 「あ、あのう、私。仁歳君と同じクラスで委員長やらせて頂いてる七転ふみつきと言います。仁歳君の事、ご心配でしょうが。わ、わたしが……、その……」 そこまで言って、ふみつきは言いよどんだ。 「委員長として責任を持って仁歳君の事面倒を見ますから安心してください」 深深ともう一度頭を下げて、ふみつきは先に行ったチトセを追いかける為に走り出した。 (……今は、これでいいわよね。今は) ただ、一心にそう念じながら。 帰りのバスは行きのバスに比べると、幾らか混み合っていた。それでも、ふみつきとチトセは行きと同じように後部座席に席を確保することができた。 「ねぇ、仁歳君のご両親ってどんな方だったの?」 「どんなって言われてもなぁ。正直、あんまり覚えてねぇし」 チトセの両親が亡くなったのは、まだチトセが幼稚園に入学したぐらいの頃だった。チトセにも記憶がないわけではないが、明確に両親の姿を思い出せるほど鮮明と言うわけでもなかった。 「でも、少しぐらい覚えてるでしょう?」 「……まぁ、普通の両親だったんじゃないか?」 「じゃあ、きっと優しい方達だったんだ」 ふみつきは、そう断言してみせた。気休めといった感じではない、ふみつきはそう信じていた。 「何で、そんな事わかるんだよ」 「だって、普通の親って優しいものだもの」 「……わかんねぇよ」 チトセにはわからない。普通の家族がどういったものなのか、昔、頭の底にある記憶がそうだと言われればそうなのかもしれない。でも、チトセにはそう思うこともできなかった。 記憶は今、刻一刻と薄れていっているのだから。 「きっと、そうよ」 ふみつきは、断言する。何の迷いもなく。そこには疑いの余地はなかった。 「ねぇ、そういえば、なんで今日早退したわけ?」 「……今日は両親の命日なんだよ」 「そうじゃなくて、だったら始めから学校休めばいいじゃない」 「そんな事したら、どんな騒ぎにされるかわかんねェからなぁ」 チトセは、とにかくどんな行事でもとんでもないお祭り事に変えてしまう五人のママを思い浮かべて苦笑を漏らした。 だが、その瞬間疑問を持ちながらもまだ穏やかだったふみつきの表情が一変した。 「騒ぎ? なにそれ、チトセ君、一人暮しのはずじゃないかったの?」 「い。いや、その、あははっはっははは。別にいいだろ、委員長。そんな細かい事」 それまで、どこか遠くを見るような目をしていたチトセの両目が自分の失態に気づいた焦りで揺れる。 「細かくない。それに、みょ〜に先生にばれるの怖がってたし」 「そ、早退するのが、ばれるのを恐れるのは、と、とうぜんじゃないか」 チトセは、背中をいや〜な汗が流れ落ちて行く。周りを見渡した所で込み始めた車内に逃げ場などあるはずもなかった。 「……あやしい」 この後、チトセはバスが停留所につくまでの間、逃げ場もなくふみつきの追求を受け続ける事になるのだった。 チトセは家近くのバス停まで、あと横断歩道一つという所で席を立った。 「……じゃあ、なぁ」 「うん」 「あぁ、委員長」 不意にチトセは頭だけ振り向いた。 「何?」 「あ、あのよ、今日はありがとう、な」 チトセは、あさっての方向を見ながらそう呟くように言った。 「な、なによ、突然。委員長として当然の事よ」 (どうして、もっと気の利いた事言えないのよ) ふみつきは目の前のチトセを見ながら思うが、顔を赤らめて答えるふみつきの返答も似たりよったりといった所だろう。 「そうか、じゃあな」 ふみつきの言葉に、チトセはどこかほっとしたようだった。 「う、うん」 バスが停留所につき、チトセはバスを降りる。それが、ふみつきの小さな冒険が終わった瞬間だった。 「……ただいま」 チトセが玄関を開けて見たのは、たいして長くもない廊下を見えるはずのない土ぼこりをあげてこちらに突っ込んでくる女性だった。 「こら〜〜〜〜、チトセ〜〜」 「ぐぇぇぇぇっぇぇぇぇ」 チトセの首を女性のラリアットがみごとに捕らえた。その瞬間、チトセの体はみごとに一回転しチトセは玄関にしたたかに打ちすえられた。 「学校を無断早退するってのは、どういう事だ」 体育教師にして五人にママの一人、五箇条さつきがチトセに指を突きつけて怒鳴る。 「……げっほげっほ、悪かったよ。でも、ラリアットする必要はねぇだろが」 「そうだ〜〜よ。今日は久しぶりに美術の授業があったから、新作コスのモデルしてもらうつもりだったのに〜〜〜」 さつきの脇からひょっこりと四天王うづきが顔を出し、口をかわいらしく尖らせた。 背が低く、高校生にたびたび見間違われるほど幼く見えるさつきだが、一応美術教師にしてママの一人である。 「駄目よ〜、チトセ君。気分が悪い時は保健室にこないと、しっかりと祈祷してあげるのに」 三世院やよいが困ったようにそう呟く。 こちらはうづきとは違い。保健教員として大人の女性の色気を出しているのだが、何故か右手に日本刀が握られている。ちなみに、届出をしていない為れっきとした銃刀法違反である。 「チトセさんが、チトセさんが学校を無断早退するような悪い子だったなんて」 後ろではメイド服姿の一文字むつきが右目に涙を溜めていた。チトセには見えないがむつきの右手には蓋の開いた目薬が握られている。 ちなみに、古典教師のして担任のむつきこそが、この摩訶不思議な状況を作り出した元凶といば元凶である。 「……おしおき君Ver1.23。準備完了です」 玄関の天井に穴が開き、何故か逆さの状態で何故か灰色の白衣を着た科学教師にしてママの二の舞きさらぎがするすると蝙蝠のごとく現れる。その手には、「Ver1.23」と書かれた物々しいハンマーが握られている。 「……と、とにかく、今日は用事あったんだ。それだけ」 チトセはそれだけ言うと、五人を押しのけてこの家でただ一つ残された自分のスペースである居間に逃げ込もうとした。 「チトセさん」 「何だよ」 「……ちゃんと、今度は皆で行きましょうね」 「なっ」 虚をつかれてチトセが振り向くと、やさしい笑みを浮べて五人がチトセを見ていた。 「そうだぞ、まったく水臭いんだよ、お前は」 「こういった事は、しっかりしないとね」 「私も自慢のコス見せるんだから」 「……御挨拶はちゃんとしないといけません」 「な、なんで知ってんだ」 「……今朝、様子が変でしたので。偵察君Ver1.23を」 チトセの苦し紛れの疑問に、きさらぎが無表情で右手にバッジのような物を持ってさも当然そうに答える。 チトセは、へにゃりと情けない笑みを浮べた。何だか、泣けそうだなと思ったらかえって自分が情けなくて笑えてしまった。 「あ、あのう、チトセさん」 その場を代表するように、むつきが放心状態のチトセに声をかける。 チトセは、五対の何かを期待するような視線を背中に嫌というほど感じていた。チトセは溜息を一つつく。そして、少しばかり顔を赤らめると、あえて目の前の五人のママ達から目をそらした。 「むつきママ」 「はい」 「……じゃあ、うまい弁当でも頼むよ。あそこけっこう遠いから」 「は、はい」 五人全員の顔がほころぶ。 チトセは、それ以上は何も言わず居間のベッド代わりのソファに寝そべる。後ろでは何やら五人が言い争っている声が聞こえる。 チトセは覚悟を決めた。きっとめちゃくちゃな事になるに違いない、きっと普通の家族のようにはいかないだろうと。 「チトセさん、おいし〜いお弁当つくりますからね」 「頼むよ」 それでもいいじゃないかと、チトセは思う。 ……ちなみに後日、チトセはこの覚悟を嫌というほど後悔することになる。 「いいかげんにしろーーーーー。俺のまっとうな生活を返せーーーー、おおっう」 「……まがまま防止装置Ver.3.24です」 「だから、ただのハンマーだろ、それ」 「……そうとも言います」 「さあ、チトセさん。行きますよ」 「うぅぅぅ、俺の、俺の生活がーーーーー」 ……ちゃんちゃん。 HAPPY END? 後書き、というか見苦しい言い訳です ども、高野浩平と言います。一応、火魅子伝同盟の方にいくつかSSを出させて頂いてるので知ってらっしゃる方もいるのではないでしょうか で、まあ、それはいいんですが。今回は我ながら何をとち狂ったのか、全然方向性の違う『HAPPY LESSON』という物でSSを書かせていただきました。 出来あがったのがこれです。書いといてなんですが『HAPPY LESSON』のファンの方が読まれたら怒られそうなのになってしまいました。メインのママさん達の出番は笑ってしまうほどの少なさ。しかも、ラブもコメもほとんどない。 いいのか、こんなんで俺って感じでしょうか? また、元ネタさんはアニメなんですが。地方各局の幾つかでやってるだけみたいでして、どうにも元ネタそのものを知らない方が多いんじゃないかと。んで、今回はできるだけ、説明文を書いてみました。 ちなみに本来は雑誌の企画なんだそうですが。そっちの方は私がまったく知りません。また、ゲームもあるそうです。しかも、設定等が違うそうです。お兄さんがいて両親も亡くなっておらず、何故か主人公一人置いて失踪状態だそうです。 私は、その事実をこのSSを9割がた書き終わるまでまったく知りませんでした。……いいんでしょうか?(泣) と、まぁ、各種様々な問題を抱えたSSです。でもまあ、そうは言っても、よく考えてみれば、元ネタ知らないSSって普通読みませんよね(正直、私はほとんど読みません)。あまり、知ってる人がいないことを祈るのみです。 まあ、話そのものはありがちで個性の欠片もない模倣100%な話なので(元ネタの設定はぶっ飛んでますが)、そんなに違和感はないかぁ〜っと。でも、駄目かな〜。駄目かも(笑) 話が変わりますが、雁山さんの書かれたレビューによると、会話文の間は一行改行するのが礼儀らしいのですが……。すみません。それをすると文章が間延びするような気がして(本当に気だけだと思うんですが)しませんでした。読みにくくてすみません。 謝る事だらけですが。苦情、意見、感想とかは幾らでも待ってますんでよければ書いてください。 では、また〜。 PS タイトルは某小説から勝手に頂いております。わかる方だけ、不埒な私を怒ってください(笑)。 |