読んでいただける方に

 私は『HAPPY LESSON』のゲーム・雑誌等について何ら知識のない状態でアニメのみ見てこのSSを好き勝手に書いております。
 ですので、色々と設定等に問題があるかもしれません(というか、間違いなくあります)。
不勉強の点、申し訳ありません。
 それでも一つ読んでやるかと思っていただける優しい方は、その辺の事どうか広〜い心で許してくれると嬉しいです、はい。

 正しい早退の仕方 一話

 午後の授業が終わり、昼休みを向かえた教室の中は数人で弁当を食べる生徒のグループやただ世間話をする集団など、騒がしいながらぼんやりとした雰囲気が流れていた。
 その一角、三人の女子生徒が机を寄せ合って世間話に花を咲かせていた。
「で、三組の高山君は?」
「ああ、あれ、私、パス。顔濃すぎ」
「え〜〜、それがいいんじゃない。ね、ふみつきはどう思う?」
 時々相づちを打つ程度にしか参加してなかったふみつきは完全に虚をつかれた様子で顔を上げた。
 腰まで伸びた美しい黒髪。飾り気のない眼鏡が野暮ったいが、その下の整った容姿が崩れる訳ではなく、かえって彼女の清楚な雰囲気を際立たせている。
「えっ、私? 私は、別にどうにも」
 ふみつきは曖昧な笑みを浮かべた。ふみつきの脳裏にはどうしても三組の高山君の顔は思い浮かばなかった。それでなくても、謹厳実直な委員長を地でいくふみつきはこの手の話にはとんと疎い。
「だめだめ、ふみつきに男の話をしても」
「そりゃあ、そうか」
 二人は笑いを噛み殺した表情で、心得たように頷き合う。
「どういう意味よ」
 二人の態度に、ふみつきは口を尖らせる。
「どういう意味って、ねぇ」
「ねぇ、我がクラスの仁歳チトセ君がいらっしゃいますから」
「なぁ!!!!」
 仁歳チトセの名前が出た途端、ふみつきの顔がペンキでもかけられたように耳まで真っ赤に染まる。
 四月にこの学校に転校してきた転校生が仁歳チトセだった。平均男子生徒より幾らか背が低く、目つきが悪い。
 転校してきた当初、チトセは札付きの問題生徒だった。クラスや学校に溶け込もうとする努力をするわけでもなく、授業を抜け出ては暴力事件を起こし早々に停学処分すら受けていた。その当時はこのまま退学するのではないかというまことしやかな噂が流れたほどだった。
 だが、そんなチトセがある一時期を境に変わった。クラスや学校に溶け込もうと積極的になったわけではないが、少なくても授業を無断で早退したり外で問題を起こす事はなくなっていた。
「なっなっ、何を言って」
「何言ってってね〜」
「ね〜」
 このクラスにおいて、仁歳チトセと委員長七転ふみつきの奇妙な関係を知らない者はいない。というより二人の掛け合いはクラスの名物化していた。
 その実際の所は、何かにつけて転校生のチトセを委員長のふみつきが世話をやいてるにすぎないのだが。ふみつきがチトセに特別な感情を持っている事など、簡単に感情が顔に出るふみつきを見れば一目瞭然だった。
「わ、私は、その〜」
 何とか言い訳をしようとするふみつきだったが、どうにもこうにも言葉はでなかった。二人にしてみれば、委員長がそんな態度をする事事態が事実を認めているに等しい。
「あ、噂をすれば何とやら、ほら」
「あれ? どこ行くんだろ、もうすぐチャイムも鳴るのに」
「えっ」
 二人が指差す方を見ると、確かに噂のチトセが教室を出て行こうとするところだった。
 ふみつきは毅然と立ち上がると、二人には何も言わずすたすたと一直線に仁歳チトセに向かって行ってしまった。
「大変だね〜、ふみつきも」
「まったく。恋は盲目って奴ですかね〜」
 その場に残された二人はあきれ半分、どこまでも真っ直ぐなふみつきへの羨望半分といった様子で呟くのだった。

「どこ行くの、仁歳チトセ君」
 廊下に出た所で、チトセの目の前に七転ふみつきが回りこんできた。目を怒らせ、ここからは一歩も通さないとでも言わんばかりに手を広げる。
「げっ」
「げっ、とは何よ、げっ、とは」
正直といえば正直すぎるチトセの反応に、ふみつきがさらに目を怒らせる。
「いいから、放っておけよ」
「放っておけるわけ無いでしょう、委員長なんだから」
「はぁ……、便所。便所だよ」
 チトセは心底うんざりだと言わんばかりな投げ遣りな口調でそう言うと、ふみつきを押しのけて前に進もうとした。
「ふ〜ん、荷物を持って?」
 もっとも、厳格で実直な委員長のふみつきが、チトセが右肩にかけているディバックを見逃すわけがなかった。
「ぎくっ、いや、これは、その〜、あっそうだ、腹が痛くて、早退」
「そういう時は、まず保健室に行くべきでしょう」
「ほ、ほけんしつ……」
 ふみつきが、保健室という言葉を出した途端チトセの表情が明らかに強張る。
「そうよ、ほら、行くわよ」
 ふみつきは、チトセの右手首を掴んで歩き出す。ちなみに、ふみつきの頬はしっかりと赤くなっているのだがチトセはそれ所ではなかった。
「い、いやあ、それはちょっと」
「なぁ〜〜に、それとも保健室にはいけない用事でもあるのかしら?」
「そ、それは、その〜。……頼む、委員長」
 いきなりチトセは、土下座でもせんばかりに頭を下げた。
「な、何よ、いきなり頭なんか下げて」
「この通りだ、今日だけは見逃してくれねえか、頼むよ。この通り、な」
「……ねぇ、仁歳君」
 一瞬の逡巡の後、ふみつきは意を決したように口を開く。
「なんだ」
「それって、先生にもいえない事なの?」
 ふみつきはあえて「先生」の言葉を強めて言った。
 ふみつきにとって、この「先生」というのはひどく意味のある問いだった。ふみつきは、この年頃の女性にしてはひどく恋愛事には疎い方だが、それでもチトセが幾人かの先生と何らかの関係がある事を見抜けないほど抜けてはいない。
「せ、先生は、困る。それだけは、頼む、委員長」
 案の定、チトセの表情はさらに強張る。
「………わかったわよ」
 ふみつきは、チトセの強張った顔を見て一応引っ込んだ。少なくても、これ以上この話を追求すればチトセの態度が硬化するのは目に見えていたからだ。今は餌に食いついたことを確認できただけで満足するしかない。
「ほ、本当か、委員長。恩にきるよ」
「ただし……」
 ふみつきがにやりと笑った。どうにも、真面目を地でいくふみつきには似合わない笑みだったが、それだけにチトセに嫌な予感を感じさせるには十分な笑みだった。

 平日の昼間ということもあり、バスの中は空いていた。しかも、そのバスが駅前の中心街に行く路線ではなく、郊外に出て行くものであればなおさらだった。
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜」
 チトセは、バスの後部座席に座るなり、大きくため息をついた。
「なぁんで、そこで溜息をつくのよ」
 隣に座っているふみつきが目を怒らせる。
 あの後、ふみつきは交換条件として一緒についていく事を提案したのだった。無論、チトセは頑として拒んだのだが、では担任の一文字先生に早退の事を告げると言われると最終的にはしぶしぶながら条件を飲まない訳にはいかなかった。
「いいのかよ、委員長が学校サボって」
 せいぜいこの程度の皮肉を言うのが、チトセに残された足掻きだった。
「な、なに言ってんのよ。これも、それも仁歳君のせいでしょうが」
 チトセの言葉に、ふみつきは顔を赤らめて答えた。
 正直な話、ふみつき自身自分の行動に戸惑いと驚きを覚えていた。無論、ふみつきにとって早退などこれが始めての経験だった。自分にこれだけの行動力があるとは思ってもいなかった。
「別についてきてくれ、何て一言も言ってねえだろ」
「あのねぇ、委員長として理由も言わず早退しようとしているクラスメイトを放っておけるわけないでしょ」
「はいはい、わかってますよ」
 チトセは、もう何を言っても無駄だと判断したのかふみつきから窓の外の移り変わる景色に視線を移した。
「も〜〜、本当にわかってるの。……でも、このバスどこまで行くの」
「もう少し、かかるよ」

 1時間ほど走りバスは住宅街を抜け、住宅より緑が目立つようになってきてチトセはやっとバスから降りた。
「ちょっと、待ってろよ」
「えっ、ちょっと、まって」
 ふみつきが止める間もなく、チトセは目に付いた小さな商店街に消えて行ってしまった。
「はぁ〜〜〜〜、どうしてこうなったのかしら」
 ふみつきは、建物の壁に寄りかかってそう一人呟いた。
 ふみつきの理性は先ほどから危険を知らせていた。もし生徒指導員にでも見つかれば学校にまで連絡がいき、面倒な事になるのは疑いの余地はない。
 その一方、ふみつきは自分の中で例えようもない期待感があるのも感じてもいた。
 小学生の頃、男子の友達に特別に近くの神社の奥に作った秘密基地を見せてもらった時の感じをふみつきは思い出していた。
 じりじりと時間が過ぎふみつきがしびれをきらしかけチトセを探しに行こうか考え始めた時、聞きなれた声がふみつきにかけられた。 
「う〜し、じゃあ行くか」
「おそっ、えっえっ」
 文句の一つでも言ってやろうとチトセの声に振り向いた瞬間、ふみつきの顔は綺麗に真っ赤に染まった。
「何だよ、変な声出して」
「そ、それ、花束よね」
 ふみつきが、震える指で指し示すチトセの右手のは花束が握られていた。
 ちなみに、その花束は菊やら百合やらを新聞紙で巻いた物で色気の一つもあったものではないのだが、ふみつきの目にはそこまで入っては来なかった。
 ただ、あの仁歳チトセが花束を持って自分の目の前に立っている。それだけが、ふみつきに見えた全てだった。
「そうだけど、何だよ?」
 ふみつきの動揺などどこ吹く風といった様子で、チトセは事も無げに答える。
「あ、あの、私、その、心の準備っていうか、その、告白とかは、その、あのね」
 あのチトセ君が目の前で花束を持ってこちらを向いて立っている。しかも、今は二人きり。それだけで、ふみつきの少女漫画風の妄想はあらぬ方向に飛び。心臓は早鐘のように打ち鳴らされていた。
「……はぁ、何言ってんの、委員長。ほら、先を急ぐぞ」
「え、え。ちょっ、ちょっと待ってよ、仁歳君」

 都市部から近い住宅街を抜ければ、そこには田舎といってもおかしくない風景がそのまま残されていた。
 まばらな民家、統一感のない畑や田んぼがあちらこちらに広がっている。ふみつきは、自分の見知った街をたかがバスで1時間ほど離れただけでこんな風景が広がっているいう事実にかるい困惑を覚えていた。
「仁歳君、目的地ってここなの?」
「……そうだよ」
 二人は歴史と格式を感じさせる寺の門の前に立っていた。チトセは、そのまま揺るぎのない足取りで寺の敷地内に入っていく。ふみつきはお寺とはいえ見知らぬ敷地内に入る事に躊躇いを感じたが、そのままチトセに付いて行くしかなかった。
「……綺麗な所ね」
「あっ、ほらほら。四十雀」
 不安を押し潰すようにふみつきはチトセに何やかやと話かけるが、チトセはふみつきの方を見ようともしなかった。
「もう。何とか言いなさいよね」
「はいはい。綺麗綺麗」
「む〜〜〜〜〜〜〜」」
「……到着」
 チトセは、周囲をよく育った雑草に囲まれて荒れ果てたお墓の前で止まる。
 誰のお墓なのか、ふみつきにも見なくてもわかった。それでも、ふみつきは何も言わず墓石を見た。チトセの顔を見たくなかったから。
『千歳家ノ墓』
 汚れた石に深く刻まれたただ一つの事実、それはふみつきにまた一つの確かな事実をつきつけてもいた。 
 チトセも担任の一文字先生も一言も言わなかったが、チトセが幼い頃に両親と死別している事は何時の間にかクラスの全員の知れ渡っていた。
 その事を知らされたふみつきは、そういった事は紙にたらした水のように必ずじわじわと広がって行くものだと、友達に言われて憤慨した覚えがあった。
 誰にだって、隠しておきたい事の一つや二つあるのが当然だと、ふみつきは思う。それをしたり顔で知られて当然だと断言されるのは、ふみつきには納得がいかなかった。
「さて、水汲んでこないとなぁ。久しぶりだから、草も取ってやらないと」
 背伸びをして、明るくチトセは誰にともなく言った。それは、少なくても自分に向けられたものではないとふみつきは感じた。
「あ、あの、私、水汲んでくるね」
「わかるのか?」
「そういうのは、本堂の近くにあるものなのよ」
 ふみつきにもたいして確信があったわけではなかったが、何かしらチトセの手伝いをしたかった。
「じゃあ頼むわ」
 お墓を綺麗に掃除するのは、それなりの時間と労力が必要だった。
 草は思った以上にしっかりと根をおろしていたし、墓石についた汚れは生来の模様であるかのように、なかなか落ちてはくれなかった。
 それでも、三十分も働いた結果、雑草は角で山になり、花を飾られたお墓は見られるようになった。
「あ、のさ、委員長」
「な、なに?」
 煙を立たせる線香を供え、お墓に手を合わせながらチトセは目を開けずにふみつきに話しかけた。
「ちょっと、外してくれねェか。頼むよ」
「そ、そうね。じゃあ、三時になったら戻ってくるから。それでいい?」
 ふみつきは一人立ちあがり、腕時計を見た。時計の長針は、二時四十分をいくらか越えてた所で止まっていた。。
「あぁ、悪い」
「いいわよ、そのくらい。じゃあ」
 ふみつきは、小走りでその場から離れた。一緒にいたいという気持ちはあったけれど一人にさせてあげるべきだという気持ちの方が強かった。それでも、一度だけ振り返るという誘惑にだけは勝てなかった。
 チトセは、墓石の前に立ちあがっていた、それだけだった。だから、ふみつきは自分がチトセの視界から完全に消える所まで行くまでもう振り返らなかった。

                 二話に続きます、よかったら読んでやってください。