焼き肉
今日の美神除霊事務所の晩御飯は、久方ぶりの焼肉である。
鉄板の上にジュ〜ッと音をたてて焼ける肉と野菜。香ばしいかおり。嗚呼、焼肉。
鍋なり焼肉なり、みんなで囲んで食べるものはなにかと楽しいものだ。
だが。
一つのものから複数人が食べるというこの行為、あるきっかけがあればそこは容易に合戦場と化すのだ。
そう、ほんの小さなきっかけさえあれば……
「ああ―――――! タマモ、それは拙者が焼いていた肉!!」
そう、例えばこんなきっかけである。
「関係ないわ。肉は肉よ」
シロの叫びもどこ吹く風でタレをつけ、肉を口に運ぶタマモ。
「…………」
もう一枚キープしとこうと、一番大きな肉に箸を伸ばす。
タマモの箸が肉をつかむ直前、横から伸びた別の箸がそれをかっさらった。
「早い者勝ちでござる」
しれっといいながら、かっさらった肉にタレをつけるシロ。
「…………」
二人の視線が交錯する。
それは空中でぶつかり、放電し、熱い火花を散らした。
戦争の始まりである。
記し合わせたかのように、二人の中間には、一枚の肉。
焼き肉ファイト…………レディー・GO!
「でぃりゃあ!」
シロの箸が肉に伸びる!
「フン!」
タマモの箸がシロの箸にぶつかり、その軌道をずらす!
「ドララァ!」
「無駄無駄ぁ!」
返す手首で軌道に戻ろうとするシロだが、タマモはそれを許さない!
「たあ!」
「なんの!」
肉に伸びるタマモの箸を、しかしシロの箸が引っつかむ!
「あちょお!」
「うりゃさ!」
「そりゃあ!」
「どっこい!」
「とお!」
「よいしょ!」
箸と箸が交錯し、互いに無数の手で相手を出しぬき、肉を手に入れようとしのぎを削る。
果たして、その勝者は!?
「ああ!」
「よっしゃあ!」
タマモの鉄壁の防御をかいくぐり、シロの箸が肉に伸びる。
勝利を確信し、満面の笑みを浮かべるシロ。
だが、箸が突き刺したのは肉ではなく、鉄板であった。
先ほどまでその場に会った肉は、別の人間の箸に納まっている。
人間の名は、横島忠夫。
「先生! それは拙者がタマモを打ち倒して――!」
「敵が一人とは限らないぞ、シロ。あらゆる方向に目を巡らせなきゃな」
「いきなりは卑怯でござろう!」
「奇襲・不意打ちも立派な戦法だぜ」
「むぐぐぐぐ」
上手そうに肉を食う師匠を睨みつけるシロ。
横島が別の一枚を取ろうと箸を伸ばしたところを、タマモのときと同じく、横取りしようと自分の箸を突き刺す。
嗚呼、食い意地とは師弟愛をも超えるのか。
「……ほう。シロ、俺に挑む気か?」
「先生を超える時が来たんでござるよ」
「よかろう! ならばこの俺を見事超えてみせるがよい!」
シリアスぶった口調と台詞回しだが、やってる事は肉の奪い合いである。なんという低次元か。
焼き肉ファイト二回戦の開始である。
「北斗百列拳!」
横島の箸が目にもとまらぬスピードで動く!
それよりも、北斗ってなんだ?
「北斗剛衝波!」
負けじとシロも衝撃と共に箸を打ち出す!
だから北斗ってなんだ!?
「シャイニング・チョップスティック!」
光る箸ってなんだ?
「ゴッド・チョップスティック!」
神の箸ってなんだ!?
「この程度ではわしは倒せんぞ、このバカ弟子が!」
すでに口調まで変わっている横島。
「かみなり斬り!」
無論、雷が落ちるわけはない。
「竜巻斬り!」
竜巻などもってのほか!
「波動拳!」
「気功拳!」
ドドン!
「超かめはめ波!」
「魔貫光殺砲!」
ズババババ!!
「オーロラ・エクスキューション!」
「ネビュラ・ストーム!」
バシュ! バシュシュ!
「サイコガン!」
「連射ブラスター!」
ズッキュゥゥゥゥゥン!!
「鳳翼天翔!」
「ペガサス流星拳!」
ガギガギギ!
「ゲッタービーム!」
「ブレストファイアー!」
ボバシャアァァァァァァ!
互いに一進一退の攻防。双方、実力はまったくの互角。
勝負は進展を見せず、その戦いはいつまでも終わることなく続いた。
「未熟! 未熟! 未熟千万! だからお前は阿呆なのだ!」
「俺のこの手が光って唸る! 敵を倒せと轟き叫ぶ!」
部屋の隅で箸を振りまわす二人を、美神、キヌ、タマモの三名は呆れ顔で見ていた。
「なんか、別の番組が入っているような気がするんだけど――」
気にしないほうが身のためである。
「でも、いいのかな。後で知ったら怒るんじゃ……」
「敵は一人とは限らない、奇襲・不意打ちも立派な戦法。横島自身が言ってたことよ」
「幻の肉争奪戦か。無様ね」
「幻術にかかるほうが悪い」
「この間にちゃっちゃと食べときましょう。少しうるさいけど」
「いいのかなあ……」
戦う二人を無視して、現実の焼けた肉を取る三人。
「二重の極みぃ!」
「牙突・一式ィ!」
幻とは露知らず、あわれ横島とシロは、目の前の焼き肉を取ろうと終わることのない戦いを繰り返していた。
後書き
ええ……どうも、初めまして。桜華と申します。
最後まで読んでくださってありがとうございます。即興で仕立て上げた作品なので皆様に楽しんでいただけるかが不安です。
避ければメールなどで感想をお知らせください。
それでは、私は逃げます!
サヨナラ皆さん、また会う日まで〜!
「桜華〜! テメエ、よくも俺の焼き肉を〜!」
「先生、もぬけの殻でござる!」
「逃げやがったな、あいつ。シロ、追えるか!?」
「もちろん! 狩りは狼のお家芸でござる!」
「よし、追え! 地の果てまで追え! 追って八つ裂きにしてその肉で焼き肉だ〜!」
「合点承知!」
「逃〜が〜す〜か〜〜〜〜〜!」
今回の教訓:食べ物の恨みは恐ろしい
感想はこちら rcctsstq@enjoy.ne.jp
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