COLOR 〜The blue bird in the mirror〜 人は幸せを求める 幸せなくして生きては行けないから けれどそれはとても儚いもの 気が付いたときにはもう手の中から飛び立った後 人は絶望し、彷徨い、やがて代わりのものにすがる たとえそれが――残酷な幸せであったとしても…… 俺は何を求めている? 欲しいものを手に入れた。 俺を縛る煩わしい人間は誰一人いない。 俺は自由。 自由。自由。なんて素晴らしい世界! …………。 なのに何故? 満たされないのは何故? 全てが心からこぼれ落ちて行く。 よく晴れた真昼の空も、俺の横をすり抜けて行く人々も、皆薄っぺらい風景画でし かない。 大通りに建つ古びた一軒の屋敷を見上げる。 俺の家。 もう何日も帰っていない。そして今日も帰ることはない。 飽きた玩具はゴミでしかない。 「不快だ……」 俺はゴミに向かってそう呟き、その場を後にした。 歩く。歩く。歩く。 いつしか大通りから外れ、道行く人もまばらになる。 懐に手をやる。金は充分ある。 何か気晴らしをしよう。何をする? …………。 さらに歩き考える。今までにない遊びを。 裏通りに足を向ける。 落書きだらけの壁。崩れた煉瓦が歩道に散らばっている。 どこからか聞こえてくる鳥の鳴き声。 辺りを見回す。 古びた孤児院の正門からこちらを見ている少女がいた。鳴き声の主であろう黄色の 鳥がその肩に止まっている。 思いついた。 俺は少女の方へ歩み寄った。少女は俺を見つめたままだ。 「……名前は?」 俺は少女を見下ろす位置で尋ねる。 少女はまっすぐに俺を見上げている。 「ニナ」 黒い髪、黒い瞳の異国風の少女。その唇だけが赤く映えている。 「そうか、ニナ。俺はシュオ。今からお前を買う」 ギッ…ギッ…… 階段を上がるたびに築数十年のアパートは悲鳴をあげた。 最近の俺の寝床だ。もっとも大通りの屋敷を買う以前はここに住んでいたが。 ガチャ 「302」と擦れた文字が書いてあるドアを開く。 「さあ、入りなよ」 俺は新たな同居人を促した。 ニナはこくりと軽く頷き、部屋の奥へと進んだ。 薄暗い部屋。3つある電灯の内の1つが壊れているせいだ。 ほぼ部屋の中央に位置するテーブルの上にランタンを置き明かりを点す。 その間ニナは閉まったままの鎧戸を見つめていた。 「開けたいなら開けてもいい」 ニナはちらりと俺をみやった後、鎧戸に手を伸ばした。 ガタッ 立て付けが悪いのだろう、耳障りな音を立てながら鎧戸が開く。 「赤い」 ニナが呟く。 夕日が差し込んでいた。全てが赤に染まる。目の前に広がる街の屋根もアパートの壁 も。 それを見つめるニナの横顔も。 「ミリア、おいで」 ニナが手を宙に差し出し誰かを呼んだ。それを待っていたかのように俺の頭上を昼間 の鳥が掠めていった。 ニナの手に落ち着いた鳥は羽の手入れを始めた。 ミリア。 その名前には聞き覚えがあった。 いつ? どこで? 分からない。 それなのに不安感だけが後から後から押し寄せてくる。 「ミリア」はいらない。 いらない。 「ニナ」 「うん?」 「鳥にその名前をつけるのはやめろ」 ニナと鳥が同時にこちらを向く。 俺を見つめている。 「だってミリアはミリアだもの」 「その鳥がそう言ったってのか?」 「貴方がシュオであるようにミリアがミリアなのよ」 その言葉が合図だったかのように鳥はニナの手から俺の肩に飛び移った。 ふと目が合う。 ミリア。 ……違う。違う。違う! これは鳥。 「鳥。これは鳥。ニナ、お前も鳥。俺が縛る。俺がお前を縛る!」 今日は曇り。いつも以上に暗い路地を通り家に帰る。 もう何年も置き去りの壊れた自転車の横を抜ければアパートの階段。 上がるたびに耳障りな音を立てる階段を過ぎれば302号室。 ガチャ 挨拶は必要ない。このドアを開くのは俺しかいない。 「おかえりなさい」 開かれたドアからちょうど一歩下がったところにニナの姿。俺と目があったところで 小走りで部屋に戻っていった。 窓の横に移動させた椅子に座り、外を眺めるニナ。最近のいつもの風景だ。 「今日は曇っていて何も見えないだろう?」 「雲が見える」 「それを何も見えないっていうんだ」 「どうして? 雲はそこに在るのに」 「おかしな奴だな」 ドサッ テーブルの上に先ほど買ってきたパンを拡げる。安いだけが取り柄の固いパン。 ひとくちかじる。 不味い。 俺は金に困っていない。こんなパンを食べていたのは随分と昔の話だ。 「いただきます」 いつのまにかテーブルに来ていたニナがうれしそうにパンにかぶりつく。 こいつは何を好んでこんなパンを要求したのか……。 「シュオの分もあるんだね」 ニナの言葉に俺は手にしていたパンに視線を落した。 そうだ。何も自分までこのパンにする必要はなかったんだ。 パラパラとパンくずをテーブルに落すニナ。それを鳥が上手についばむ。 「一緒だね。シュオとニナとミリアと」 こいつといるとどうも調子が狂う。 「何がそんなに楽しい」 「シュオがとても優しいこと」 「ペットに餌を与えているだけだ。ニナ、お前は俺に飼われているんだ。もう外には飛 び立てない籠の中の鳥なんだ」 「わたしがいつもここにいる。……安心する?」 「!?」 ニナが微笑し俺を見つめる。 そうだ。あいつもいつも俺を見ていた。 片膝をついた俺と同じくらいの目線。俺が立ち上がれば首が痛くないかと思うほど顔 を上げてなお俺の顔を追っていた。 いつも微笑んで俺を見ていた。 そして俺もあいつを見ていた。 そう、目が離せなかった。 それは何故? ……そうだ、あいつは足が不自由だった。目線が低いのはいつも車椅子だったから… …。 目の前に浮かんでは消える断片的な記憶。 これはいつ? いつの過去? そして「あいつ」とは誰だ? 窓辺で外を眺めるあいつ。 振り返る。俺を見つける。口が動く。 そしていつものように微笑み、再び外を眺める。 ああ、そうだ「あいつ」は妹。 「ミリア」は……俺の死んだ妹……。 「おかえりなさいっ、お兄ちゃん」 玄関のドアを開ければいつもの声。そしてそのドアからちょうど一歩下がったところ にいつもの顔。 車椅子のミリアに合わせて腰をかがめ、艶やかな金髪をそっと撫でてやる。 「ただいま。食事にしようか」 ギ…… ミリアの車椅子を押し、部屋の中央のテーブル前へ運ぶ。 ドサッ 2個しか買ってないのに音だけは大層な固いパン。そして色だけはそれらしい薄味の ミルク。 なんて見窄らしい生活だ……。 俺たちは5年前に両親を亡くした。当時は一応貴族の端くれでそれなりの生活をして いた。 大通り沿いの屋敷に住み、色とりどりの食卓を囲み……。 だが今はもう家財も全て売り払ってしまい、俺の少ない稼ぎで毎日を食いつないでい る。 「あ、お兄ちゃんっ」 ミリアが突然何かを思い出したように両手をパチンと叩く。そして「あのこ、助けて」 と窓際を指差した。 「あのこ?」 ミリアの指に従い窓際に近づいてみるとそこには一羽のカラスがいた。 普通のカラスよりも小さい。子供のカラスのようだ。 「足を怪我しているな」 「そうなの。痛そうなの」 「とりあえず傷口を洗って、布を巻いておこう」 人馴れしているのかカラスは始終大人しくしていた。 「これでいいだろう」 「よかったね」 「カァ」 「うん。お兄ちゃん、優しいね」 「カァ」 カラスと会話した気になっているらしい。まだ9歳の子供だ、そんなものか。俺も1 0年前はそうだったかもな。 「わたしとお友達になってくれる?」 「カァ」 「わっ、うれしいな」 「カァ」 「お兄ちゃんはいつも曇りの日は何も見えないって言うけれど、今日みたいに大発見が 目の前にあるかもしれないんだよ」 ミリアは得意気にカラスの頭を撫でた。 「このこの名前、何がいいかなあ?」 「悩むほどのことか?」 「悩むよ。このこにとっては一生ものの大事なことだもん」 「そんな大袈裟な」 ミリアはカラスと向かい合い、「いい名前」について考え込んでいる。 「おかしな奴だな」 俺は苦笑し、パンをひとくちかじった。 ミリアがそれを見て思い出したように「いただきます」とパンに手を伸ばす。 「うーん。明日までに考えておくからね」 「カァ」 カラスは返事(?)をするとテーブルにこぼれたパンくずをついばみ始めた。 「あはっ、このパン食べるの? 一緒だね。お兄ちゃんとわたしとこのこと」 ミリアは調子に乗って自分のパンまでテーブルにパラパラとこぼしていた。それに反 応したカラスが落ちてくるパンくずを上手についばむ。 「楽しそうだな」 「うん、楽しいよ」 「そうか、それは良かったな」 ミリアがカラスのお腹をちょいちょいっとつつくとカラスはミリアの指に足をかけ、 手から腕へ、腕から肩へ移動した。 「一緒に寝ようねー」 「肩にカラスか。ミリア、魔女みたいだぞ」 「魔女? じゃあ魔法でわたし鳥になるっ。そしたらいつでもお兄ちゃんのところに飛 んで行けるもの」 翼のつもりなのかミリアが両手を大きく広げてみせる。そして「おやすみなさい」と 挨拶し、部屋の隅の小さなベッドに横になった。 ミリアが離さないのかカラスまで毛布を被っている。なんともおかしな光景だ。 「おやすみ」 ミリアが寝たのを確認し、俺は鎧戸を閉めるために席を立った。 窓に手をかけ外を眺める。 夜。闇の世界。 今日は曇り空。星も見えない。街の明かりもぼんやりと浮かぶ頼りない白色。 モノクロの世界。 そう、「白」と「黒」。 「生」と「死」。 明るい日への歩みではなく、今の日を生きるために這っている。 けれどミリアは違うのだろう。 この窓から鮮やかな世界が見えるのだろう。 鎧戸を閉める。 部屋の明かりを消す。 床の上に寝転がり天井を見上げる。 「分からない……」 何を思うでもなく呟いた言葉。 分からない。 何が分からない? 目を閉じてみる。 何が分からない? 「……それさえも分からない」 日常の終わりはある日突然訪れる。 5年前のあの日のように。 「クビですか……」 昨日まで勤めていたパン屋の店主が数枚の紙幣を差し出す。 「うちの経営が苦しくてね。家族だけでやって行くことに決めたんだ」 くしゃくしゃにしわになった紙幣を受け取る。 怒りや悲しみは無かった。知っていたから。むしろ次々と減っていく従業員の中で自 分を最後まで残してくれた店主に感謝していた。 ただ、「これからどうすればよいのか?」という疑問だけがそこにあった。 気がつけば意思の無い人形のようにフラフラと大通りを徘徊していた。 「これからどうしよう?」 再び疑問に戻る。 答えは出ない。 ふと大通り沿いに建つ一軒の屋敷が目に入る。 もう何年も誰の手にも移らず放置されたままの荒れた屋敷。 過去、自分の家だった。 あのころは何の苦労をすることもなく、ただただ幸せだった。 俺の幸せの象徴。 「戻りたい……」 俺は過去に向かってそう呟き、その場を後にした。 歩く。歩く。歩く。 いつしか大通りから外れ、道行く人もまばらになる。 気がつけば裏通り。 落書きだらけの壁。崩れた煉瓦が歩道に散らばっている。 何処からか子供の声が聞こえた。 辺りを見回す。 古びた孤児院の正門からこちらを見ている少年少女たち。 「…………」 ふいに俺の心にある考えが浮かんだ。 手にしているわずかなお金。 そうだ、自分だけなら何とでもなる。住み込みの働き口でも見つければ……。 自分だけなら。自分だけなら。 そうさ、ミリアが俺に何をしてくれた? 俺はいつでも与える方、あいつはいつでももらう方。 そうだ、捨ててしまおう、こいつらのように。 ミリアはいらない。 いらない。 ジャリ 煉瓦の欠片を踏み潰し踵を返す。 暗い路地を通り、もう何年も置き去りの自転車の横を抜ければアパートの階段。 「何だ?」 アパートを取り囲む人だかり。 「何処にこれだけの人間がいたのだか」と心の中で感想を述べる。 「……!?」 人ごみの中に見覚えのある顔があった。 両親が死んだ直後、俺の家に出入りしていた古物商の男だった。 男は俺の家の家財をほとんど買い取ってくれた。だがそれはとんでもない安値だった。 俺と似たような境遇の少年少女が何人も被害にあっている。 男は現在詐欺の容疑で指名手配中のはずだ。 そういえば噂で最近は窃盗をしていると聞いた。とするとこの人だかりは被害にあっ た家の野次馬か。 俺たちがこんな見窄らしい生活を送っている一因はこいつにある。 こいつの首には賞金が懸かっている。 男から視線を外し、ゆっくりと距離を詰める。 逸る気持ちを抑え懐を探る。 冷たい感触。 銀色の拳銃。唯一残った父親の形見。 間合いに入った。この位置なら外さない。 「階段からの転落事故ですって」 「可哀想だけど、こりゃあもう助からないねぇ」 男は野次馬の会話に気を取られている。 今だ! 素早く懐から取り出し、引き金を絞る。 男がこちらを振り返る。 ドゥッ 「当たった!」 男が胸を抑え膝から折れる。 辺りは騒然となり人だかりが瞬時に退けて行った。 ジャラ…… 男の懐から盗んだと思われる数々の装飾品がこぼれ落ちた。 ドサッ 男が地に倒れ込む。 これで金が手に入る。貧しい生活ともおさらばだ。 俺は意気揚々と男に歩み寄った。 男は微動だにしない。 コツ…… 足先に何かが当たる。先ほどの装飾品の1つだった。 「……!?」 開かれた白いロケット。歳の離れた兄妹が仲良く笑っていた。 「これは母さんの形見の……」 拾い上げようとして手が止まる。 路面に飛び散る赤い斑点。乾きかけている? おかしい……この男のものでないとし たら誰の……? 無意識に目が血痕を追う。 「階段からの転落事故ですって」 ふいに思い起こされる雑音であった言葉。 視線が一点で止まる。 路面を流れる金色の髪。 ……何故なのか? 何故…… 俺はお前を捨てようとしていた。 それなのに何故……何故お前はこのロケットをそうまでして求めたのか? 固く閉ざされた瞳。いつも俺を見つめていた瞳。 「可哀想だけど、こりゃあもう助からないねぇ」 もうその瞳が俺を見ることはない。 もうその唇が俺に微笑むことはない。 「ミリア―――!」 ガタンッ 椅子が激しく横転し、俺は床に叩きつけられた。 「痛……」 どうやら眠ってしまっていたようだ。 椅子を起こし、燃料の切れたランタンに手を伸ばす。 「……まあ、いいか」 明かりを点すのを止め、窓に足を向ける。 「…………」 ガタッ 窓を大きく開け放つ。 目に飛び込む暗闇。真夜中だ。 見え隠れする月に目をやる。すると目が合ったかのように周りの雲が退けていった。 月明かりが窓を通り部屋を照らす。傷だらけの床、壁紙の剥がれた壁。 ギ…… 「!?」 ふいこの場にそぐわない金属音。 それが何かは分かった。けれどそんなはずはない。そんなはずは…… なのに月明かりが照らしたのはそのあるはずのない光景。 「ミリア……?」 車椅子に座る少女はうなだれたまま動こうとはしない。 「ミリア?」 近づこうとしてハッとなる。 ここは現実。ならば座っているのは…… 「ニナか?」 顔を上げる少女。 「ニナ、そんなところで何をしている」 「考えているの。幸せな夢を」 「またおかしなことを……夢なら寝て見てろ」 「考えているのはシュオの夢」 突如闇に溶けていくニナの姿。 「な、何だ!?」 部屋を見回す。けれど見えるのは全て闇。 耳を澄ます。けれどあるのは静寂の世界。 いない。いなくなった。 「どういうことだ? これも夢……夢なのか?」 「そう、夢」 ギ…… 再び軋む車椅子の音。けれどニナの姿はない。代わりにそこにいたのは1羽のカラス。 「これは夢。貴方の夢」 俺を見据え言葉を紡ぐカラス。 「手当てしてくれてありがとう。お礼をしたかった」 「…………」 「ここは貴方が求めていた自由の世界。お金に不自由することもなければ、誰にも縛ら れることもない」 「これが俺の求めていた世界だって?」 余りある金は俺を満たしてはくれなかった。縛られることはなかったが同時に誰も俺 の傍に残らなかった。 「違う! こんな世界じゃない!」 「……うん。どうしてだろう? 貴方はいつも悲しい顔をしていた」 「…………」 「ねえ、何故? 貴方が望む通り無力の自分を忘れた。貴方が望む通り過去になったミ リアを忘れた」 再びニナの姿。俺を見つめる。 「なのに何故? あれほどまでに執着した屋敷にも帰らずこの狭い部屋を選んだのは。 ミリアを捨てようとした孤児院でわたしを引き取ったのは」 「!?」 「ねえ……何故?」 俺を見つめる瞳。あいつのように……あいつのように俺を見つめるニナ。 けれど……けれど、ミリアじゃない。ミリアじゃないんだ。 「シュオ、教えて。貴方の幸せな夢を」 そうだ、俺がこうして欲しいと……俺を見つめていて欲しいと心の奥で願っていた。 これは夢、俺の夢。自作自演の世界……。 「もう、夢はたくさんだ……」 目を閉じてみる。 何処からが夢だ? ほどなく浮き上がる映像。 路面に飛び散る赤い斑点。それを追う俺の目。 止まる視線。 路面を流れる金色の髪。 開かれた白いロケット。 何故なのか? 何故…… 俺はお前を捨てようとしていた。 それなのに何故……何故お前はこのロケットをそうまでして求めたのか? 固く閉ざされた瞳。いつも俺を見つめていた瞳。 「可哀想だけど、こりゃあもう助からないねぇ」 もうその瞳が俺を見ることはない。 もうその唇が俺に微笑むことはない。 「ミリア―――!」 ドンッ…… 「――!?」 真っ直ぐに俺に向けられた銃口。 目が合う。仕留めたはずなのに……。 「は…はは。残念だったな小僧」 「あ……」 流れる血。胸から脚へ、脚から地面へ。 身体中を駆け巡る激しい痛み。 これは現実……? 俺の意思とは無関係に身体が地面に引き寄せられる。そして間も無く訪れる衝撃。 「…………」 目の前を流れ行く俺の生命。 ああ、そうか。これが現実。 金なんて手に入らなかった。自由になんてなれなかった。 ……でもこの現実とどこが違っただろう? 金があり、自由であった夢……この現実とどこが違っただろう? 変わらなかった。 夢でさえも全てがモノクロで、何一つ変わらなかった。 少しずつ遠のいて行く意識。 俺がこれが現実と疑っていないから。 現実と夢の境なんて、これが現実だと思う意識だけ。 俺はここを現実として選んだ。 ここならば終わりが来てくれるから。そう、それもすぐに。 「ニナ……」 ミリアの肩に止まっているカラスが俺の声に振り返る。 「ニナ、頼みがある」 フェードアウトして行く現実世界。 俺はこんな結果になってしまったけれど、あいつならば大丈夫だろう。 悲しい現実を忘れ、幸せな夢を現実に。 「どうかミリアに……幸せな夢を……」 …………。暗闇。天も地も無く、音も無く。 「――!?」 何処からか俺を呼ぶ声。その声はどんどん近く、近く…… 「おかえりなさいっ、お兄ちゃん」 瞬間、開かれる視界。 開かれたドアから一歩下がったところにいつもの顔。 どういうことだ? 俺と目が合ったところで小走りで部屋に駆けて行くミリア。 ……え? 「ミリア? お前……歩けるのか?」 窓の横に移動させた椅子に座り、外を眺めていたミリアが小首を傾げてこちらを振り 返る。 「おかしなお兄ちゃん。怪我をしたのはニナだよ」 ――ああ、そうか。そういうことか。 これは夢。ミリアの夢。 この俺はミリアの夢の中の俺。 「あ、ニナっていうのはね……」 「カラスにニナって名前を付けたんだろ」 「そうっ、大正解! ……どうしたの? にこにこして」 ミリア、お前の夢の中には俺がいるんだな……。 「うん? ミリアが……優しいからさ……」 |