第2話『渚耕介』

翌日――――

―――さぁ! 今日は澄空学園への初登校日だ!!

耕介は、窓を開け、朝日を全身に浴びた。これが、結構気持ちいい。

ふと、下を見ると、エアコンの外部機のところに、白いネコがぽつん、と座ってこちらをじーっ、と見ている。

「よっ」

右手を上げて、そのネコに挨拶する。ネコも、それに答えるように、にゃー、と一回鳴いた。

すがすがしい朝。こういう風に朝が過ごせるなんて考えても無かったな……

ふと、脳裏に昔の光景が過った。

―――ドクン。

「―――っ」

ぶるぶる、と頭を振るって、その光景をかき消す。

少しだけ、高ぶった気持ちを落ちつけるために、もう一度窓の外を見る。

白いネコは、―――もういなかった。消えるように、その場から姿を無くしていた。

少し、むっ、としたが、すぐにそんな気持ちは消えて行った。

この時間が、永遠に続けばいいのに―――

―――だが、時間は残酷だった。

現在の時刻 8時30分

HR開始時刻 8時40分

耕介の家から学校まで 徒歩で駅まで30分、そこから電車で40分

校則違反の原チャをとばしても、50分強

―――つまり、遅刻。転校初日から。

彼は、そんなことなど気にせずに、朝の賛美歌を笑顔で聞き入っていた。



澄空学園――――

がやがや、とざわめいている教室。一人の少年が入ってくる。

稲穂信、その人である。

信はまっさきに、自分の席にむかうよりも、彼の席に向かって行く。

三上智也、その人の席に。

「よっ、智也!」

元気良くあいさつする信。

それとは裏腹に、智也、と呼ばれた少年は、眠たくてダルそうに、ちらり、と信の方を見ると、やる気なさげな声で、あいさつを返した。

「よぉ…」

「なんだぁ?オマエ元気ないなぁ。今日は転校生がくるんだぞ!? 恥ずかしいと思わないのか!?」

「思わん」

そう、きっぱりはっきり返答されると、信は、はぁ、と大きなため息をついた。

「……まぁいいか。おっと、もう担任来たのかよ? 早いな、ま、じゃあ後でな」

「ああ」

担任が、ドアを開けて入ってくる。

すると、今までがやがや、と騒いでいた生徒が、とたんに静かになった。

こほん、と咳払いを一つ。

「えー、今日は、このクラスに新しく転校してくる者がいる」

どぉぉぉっ、と、教室内がわきあがった。

「最初は一人だけだったのだが、急にもう一人入ってくることになった。二人とも、入ってきなさい」

そう言うと、静かに教室のドアが開いて、アッシュ・ブランド(かなぁやっぱり?)の長髪をなびかせた、一人の綺麗な少女が入ってきた。

「……? もう一人はどうした?」

「知りません」

はっきりきっぱり、彼女はそう言うと、担任の横に静かにたたずんだ。

教室内の男子生徒達は、『もう一人のことなんか知るかぁ! この子だけで充分じゃ!!』みたいな感じの、異様な盛り上がりを見せていた。

見ると、信は、智也の方を向いてなにやら怪しげな行動を行なっているようだったが、ここでは説明するまでもないだろう。

「……まぁ、いい。それじゃあ双海、自己紹介して」

「はい、双海詩音です。よろしくおねがいします」

彼女はそれだけ言うと、黙り込んでしまった。

先生は、その後に何を言うのか探しているんだな―――

などと思っていたが、いつまでたっても言葉が聞こえないので、心配して声をかけてみた。

「……それだけ?」

「はい」

「……他に好きな物とかは?」

「ありません」

しーん、と、さっきまでとは裏腹に男子生徒全員が黙りこくってしまう。

先生は、額に脂汗を浮かべた。

「そ、それじゃあ、双海の席だけど……稲穂、おまえの隣があいてるな」

「え!?」

いきなり言われてしろもどろになる信。

つかつか、と静かに歩み寄って行く詩音。

―――まぁ、とりあえず挨拶しとくか。

信は、自慢のポーカーフェイスで、詩音に挨拶をしかけた。

「よろしく」

「はい」

会話終了―――

信は、がっくりと肩を落として席に座った。

担任が、出席簿みたいなものをめくりながら、ぼやく。

「渚は転校初日から遅刻か。まぁいい、以上!」

まるで風のように速く、すたこらと教室から逃げて行く。

いつもなら、転校生のまわりに人垣ができるところなのだが、あいにく、皆さっきの自己紹介で完全にひいてしまったようだった。



―――その時、渚耕介は。

「くっそぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

校則違反であるにも関わらず、自分の原チャをとばし、学校へと向かっていた。

もちろん、ノーヘルである。

そんなものを見逃すほど、最近の警察はふぬけてなかった。

警察特有のサイレンの音が、背後から聞こえてくる。

『そこのノーヘル原チャ、止まりなさい!!』

外部スピーカーが、大音量で近づいてくる。

「ああ!?」

うっとおしそうに、ちらっ、と後ろを覗き見ると、ミニパトにのった婦警が、こっちに向かって爆走している。

『繰り返す! そこの原チャ、止まりなさい!! さもなくば…射殺します!!』

ちゃきっ、と腰のホルスターから拳銃を取り出し、撃鉄を起こした彼女は、澄空警察署に勤務する、道路交通課の水元涼子婦警である。

熱血漢で、はぐれ刑事に憧れ、なにかあればすぐ「射殺します!」と言い、始末書の数もbPなので、警察内では一際ヤバイオーラを放っていた。

どう見ても、道路交通法に違反しているというようなスピードのミニパトは、みるみるうちに耕介の原チャとの距離をつめていった。

「待ちなさーい!!」

ハンドル片手に、窓から拳銃をこちらに向ける涼子。アドレナリン出まくりの彼女には、もはや、どんな制止もきかないだろう。

「くっ!!」

耕介は、原チャのスピードをあげた、しかし、とうてい車に敵うはずがなく、両者の距離は残り20メートルもなかった。

「止まれっていってんのよ!!」

バキュン、と1発、発砲してくる婦警。原チャのタイヤの側で火花が散る。

マジで発砲してきた婦警に、耕介は内心、ちょっと青くなっていた。

「マジかよあの婦警!? ここ日本だろっ!?」

「安心しなさい!1発目は威嚇射撃って日本じゃ決まってるんです! それに、あなたに基本的人権、及び身体の自由はないわ!!」

「この程度の事で人権剥奪されてたまるかっ!!」

もっともな反論。しかし、婦警はそんなことには耳も貸さずに。

「黙れこのサディスド! この街の治安は私が守るわ!」

もう一発発砲。鋭い弾丸が、耕介の頬をかすめた。

ちなみに、この時点で、こいつが街の治安を乱している事は、誰から見ても一目瞭然だった。

「くっ、この野郎……」

ぶちっ、と頭の血管が一本、音をたてて切れたような感じがした。

ブチキレた耕介は、みごとなハンドルさばきで、原チャの向きを180度変更すると、ミニパトに向かって、見事なウィリーで、特攻のライダーキックをかました。

「おらぁぁぁぁぁぁ!!」

「きゃぁぁぁぁぁぁ!」

補助席の方のフロントガラスに、原チャのタイヤがめり込むと、婦警は、悲鳴をあげながらおもいっきりハンドルを横にきった。

耕介の原チャは、なんとか着地に成功すると、ぶぉぉん、とカッコ良く走り去って行った

―――こんなことをすれば、どちらかが死んでいてもおかしくないのだが、あいにく、作者は残酷描写ができないので誰も死なないらしい。

一方のミニパトは、大きくハンドルをきったせいで、歩道に乗り上げ、ブレーキを踏んだが、『車は急には止まれない』ので、近くの民家の塀におもいっきり衝突した。

どがぁん、がらがら、どっしゃぁぁぁん!!

と、凄まじくアニメ向きな音をたてて、塀にミニパトがめり込んで行く。半分ぐらいめり込んだところで、ミニパトは停止した。

しばらくすると、ふしゅー、と白い煙がミニパトの前部から吹きだした。

「ああ、私の愛車アルフォンスが!」

穴が開いたフロントガラスから、身を乗り出して、涼子婦警は涙を流して頬擦した。




澄空学園 2時間目――――

英語の中年女性の先生が、上手いんだか上手くないんだかよく分からない筆記体で、黒板に文字の羅列を書き込んでいく。

(早く終わらないかなぁ……)

智也は、ぼーっと窓から外を見ていた。

―――すると、校庭を物凄いスピードで、こっちに向かって走ってきている人影が一つ。

「?」

―――誰だ?

智也が見た限りでは、あんな生徒、この学校にいなかった。

それは、ただ智也の世間が狭いだけかもしれないのだが……。

そして、ふと、HRで担任が呟いた言葉を思い出した。

『渚は遅刻か…』

―――まさかな。

智也は、心の中で苦笑した。



下足室で靴を履き替え―――

どたたたたっ、と階段を駆け登り――――

ずぎゅーん、と廊下を駆け抜けて――――

そして、ついに辿りついた。

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ」

あれだけ、急激に運動したのだから、自分の心臓は悲鳴をあげていた。

荒ぶった呼吸を整えるため、大きく深呼吸する。

―――よし、落ちついた。

と思ったら、急に、授業中にもかかわらず、話の進行上の都合で、担任が現れた。

「あ、君が渚耕介くんかね?」

「ん? そうだけど?」

「私は、君が入るクラスの担任だが―――」

「ああ、そうだったんですか、どうも遅刻してすいません!」

担任の言葉は、耕介の喋りで遮られてしまった。

担任は、こほん、と咳払いを一つしてから。

「まぁ、反省しているのならば今回はいいだろう。だが、理由を話してくれないか?」

すると、耕介の動きがぴたっ、と止まり、額から大量の脂汗をだらだらと流し始めた。

(くぅぅぅぅっ、どうする?)

まさか、『原チャリ乗ってて変なパトカーに追いかけられた』なんて言えるはずないし……

―――ここで、耕介の頭のコンピューターに、ニつの返答例が浮かび出された。

寝坊してました。

2、子供が生まれそうな妊婦さんを助けていた。

どっちもどっちのような気がするが、耕介はそれでも真剣に悩んでいた。

無難にいくなら1だ。だが、2の方がいいかもしれない……

まぁ、2の方のいいわけは、どっかのマンガで聞いた事があるけど…ま、いっか。

―――結局、耕介が選んだ答えは。

「……子供が生まれそうな妊婦さん助けてました」

―――すると、担任は愕然としてから。

「そうだったのか、渚は偉いな!」

「え? あの―――」

「そうか、そんな奴が私のクラスに入ってくれるなんて、私は嬉しいよ!」

「あの、ちょっと―――」

「うむ、君には期待しているよ渚君。」

「はぁ? それは嬉しいんですが―――」

「それじゃあ、がんばってくれたまえ」

そう言うと、担任は風のように去って行った。

ぽつん、と取り残される耕介。

「ま、まぁとりあえず教室に入るか?」

教室の扉に手をかけ、『いっせーのーで』で一気に開ける。

ちなみに、いっせーのーで、と言ったが、誰かとタイミングを合わせているわけではない。

がらっ、と扉が急に開いたので、教室内の生徒の視線は、全て耕介に注がれていた。

一人、英語の中年女性の先生が耕介に近づいてくる。

「YOUはダレですカ?」

「あ、すんません。オレは渚、渚耕介。今日付けでここに転校してきたNEW FACEです。」

「OH! シンガオさんデスカ!」

「イエース! アイアムアシンガオ!!」

外国人には絶対に伝わらないであろうと思われる英語を使って、耕介は、ははは、と悠長に笑った。

「では、とりあえず席についてくだサーイ」

「あいよ―――あれ?」

キョロキョロ、と周りを見渡す耕介。

「あれ? 双海さんじゃん!」

見れば、信の隣で、授業中にもかかわらず黙々と本を読んでいる詩音。これだけ騒がしく乱入してきた耕介に、未だに気付いていないようだった。

そんな詩音に、おーい、と笑顔で手を振る耕介。

「……」

詩音は、ちらっ、と本から目を放して、軽く会釈をして終わった。

「……ま、後で会いに行けばいいか」

ぼそっ、と呟いた耕介。その顔を、不思議そうに覗きこむ英語の先生。

「どうしたのデスカ?」

「あ、いえ、そういえば…オレって……席どこなんだろう?」

その時、周囲の空気が絶対零度にまで達した―――

第2話、終わり



双海と渚の、『解説しようよ』のコーナー 第1回

双海「こんにちは、双海詩音です」

耕介「それと、渚耕介です」

双海「このコーナーでは、この駄作の説明をしていこうという…不愉快極まりないコーナ
  ーです」

耕介「まぁ、そこらへんは我慢するしかないですねぇ」

双海「……わかりました、それでは、第1回のこのコーナーでは、序章編で、書いてあっ
  た、渚さんの目の事について解説していきたいと―――」

作者「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

双海「……なんですか? 騒々しい人ですねアナタは」

耕介「そうだよ、一体何のようだよ?」

作者「そのネタはここではまだやっちゃいかん!」

双海「なぜですか?」

作者「それは………」

耕介「それは?」

作者「そのネタで1話作ろうと思ってるから」

耕介「人形風情が! 落ちろぉぉぉぉぉ!!」

作者「え? ちょっと…うぎゃぁぁぁぁぁ!!」

きゅぴーん、ずばしっ、ずばしっ、ずどっ、どどどどどどっ!!

ひゅー……ぽちゃーん

耕介「さて、それじゃあ、改めて解説を……」

双海「待ってください」

耕介「ん? 何? 双海さん」

双海「もう、残りページがありません」

耕介「くっ、ページの振り分けがヘタな作者め!」

双海「まぁ、いいでしょう。それでは渚さん、次回予告を」

耕介「あいよ、次回、OMOは『それは、つらいぜ…』です」

双海「なんか、この小説はだんだんとギャグっぽくなってきましたが、次回は真面目です
  ので、どうかよろしくおねがいします」