九峪の受難2
俺の名は九峪雅彦。神の使いにして、耶麻台国復興軍総大将だ。
今日はそんな俺の、ある恐怖の体験を話そうと思う。これに比べれば、狗根国も魔人も蛇褐もかわいいもんだ。戦場に漂う血の匂いも、阿鼻叫喚ですら優しい子守唄のように聞こえることうけあいだ。
あの時ほど、死を身近に感じた事はなかったのだから。
では、始めよう。
九峪の受難2
by桜華 さん
固い金属同士が交錯する音色が夕陽に染まった庭の中に響き渡る。
既に日課となっている、俺と伊万里の剣の稽古だ。
この世界で、俺は自分がどれだけ弱いかを実感した。神の使いとしてあがめられるのも悪い気はしないが、ただ守られるだけってのは決まりが悪い。
だから俺は、伊万里に剣の稽古を申しこんだ。せめて、自分の身くらい守れるようにしなきゃな。
剣の強さで言えば、伊万里は復興軍の中でもダントツだ。他にも強い人間はたくさんいるが、俺は伊万里に師事した。
音羽や上乃は槍使いだし、清瑞に教えてもらおうものなら、痛めつけられるだけに終わる。志野の剣も素晴らしいが、あれは志野の踊りの技術をもって初めて可能な技だ。俺が身につけるものじゃない。それに、志野は他人に剣を教えるという柄じゃないしな。
「はあっ!」
気合を上げ、伊万里が袈裟懸けに剣を振るう。木刀ではない。ましてや竹刀であるはずがない。この世界ではまだそんな物は発明されていない。たしか竹刀が発明されたのは江戸時代頃だったか。だから今振るっているのは刃を潰した練習用の剣だ。当たったら、痛いだけではすまない。下手をすれば骨が折れるかもしれないのだ。
伊万里の一撃を、少し身を引いて避ける俺。勢いを殺さず、返す刀で切り上げて来る伊万里。それを、自分の剣にあて、力の方向をそらし、受け流す。あくまで勢いを殺さずに体当たりをかましてくる伊万里だが、俺はそれを両腕でブロックしつつ、自ら後ろに跳んで衝撃を逃がす。
距離を、取る。
ふむ。自分で言うのもなんだが、うまくなったものだ。最初の頃は秒殺されていたのにな。
日々の鍛練の成果ってわけか。
さて。じゃあ、こちらからも行くか。
「でやあ!」
一気に距離を詰め、横一文字に剣を振るう。バレバレの動きだし、単純な機動だ。軽く後ろに身を傾ける事で、あっさりとかわす伊万里。だが、本命はこっち!
「だりゃあ!」
剣を振るう勢いを利用し、後ろ回し蹴りを放つ!
だが……
「甘い!」
伊万里は読んでいたようだった。俺の回し蹴りを華麗にかわしつつ、懐に飛び込む。首筋に突きつけられた剣は、俺の敗北を意味していた。
……まあ、自分でも強くなったとは思ってるんだが、まだ一度も伊万里に勝てた事はなかったりするんだな、これが。
伊万里が剣を引く。二人の間の張り詰めた緊張感が失せる。
「ちぇ。行けると思ったんだがな」
「意表を突く回し蹴りは確かに良い手だと思います。ですが、その前の一撃があまりにも単純過ぎました。あれでは何か在るぞと教えているようなものです。もうすこしうまくやりませんと」
「う〜ん。難しいもんだな」
先程の戦いの反省点を話し合う俺達。伊万里は、俺が蹴りを出したことを良い手だといってくれた。俺達がやっているのは確かに剣の稽古だが、戦いの訓練でもある。俺達は中世の騎士じゃない。蹴りや体当たりなど、有効な手段であれば使うことを辞さない。これは、生き残る為に必要なんだ。
「伊万里〜。九峪サマ〜」
一通り話し終えたところに、黄色い声が響く。上乃だった。
「おわったの?」
「ああ、ついさっきな」
伊万里と上乃。美女二人と二言三言交して、汗を流しに温泉に向かおうと、俺は二人と別れた。
この時、俺はまだ気付いていなかった。日常に別れを告げ、恐怖への扉をくぐっていたことに。
「九峪サマーーーーー!」
廊下を歩いていると、正面から、声が響いた。この声はたしか、不幸の水先案内人……羽江!
「九峪サマーーーーーーー!!」
ああ! 小脇になんか怪しい機械を携えてる! ヤバイ! これはヤバイ!!
よし、こうなったら――
「よう、羽江。元気か?」
「うん、元気元気。それでね、九峪サマ――」
「最近少し肌寒くなってきたからなあ、季節の変わり目だし。風邪なんか引かないようにな。腹出して寝んなよ」
「そんな事しないよ。でね――」
「たかが風邪、されど風邪だ。人間健康が一番なんだからな。
さてと、伊万里との稽古で汗も掻いたし、俺は風呂に行くとするか。じゃあな、羽江」
がしい。
過ぎようとする俺の服の裾を、羽江が握る。ちっ、ごまかしきれなかったか。
「九峪サマ、ちょっと待ってよ」
「な、なにかな、羽江?」
小脇にある物で用事は分かってはいるのだが。
「あのねあのね、新しい発明したの!」
自慢顔でいう羽江。やっぱり。
「そうか、よかったな。じゃ、俺は温泉に――」
ぐわしい!
さらに強く引きとめる羽江。やはり……
「九峪サマ、羽江が温泉に連れてってあげる。この『瞬間移動装置ぴょんたくん』で!」
ちょっとまてい! 瞬間移動だと!?
「羽江……それは誰かに試してみたのかい?」
「ううん。九峪サマに一番に使ってもらおうと思って」
人はそれをモルモットと言う。もしくは生贄第一号。
三世紀でテレポートできりゃあ二十世紀の科学者は苦労せんわい!
「よし、取りつけ完了」
「へ?」
……心の中で突っ込みをいれていると、いつのまにやら例の怪しい機械が俺の足元にセットされていた。しまった。
「それじゃ九峪様、行ってらっしゃい。スイッチ――」
「おい、羽江! ちょっとま……」
「オン!」
カッ!
閃光。
ドガァァァァァァァァァン!
そして、爆発。
「やっぱりこうなんのかぁぁぁぁぁぁ!!!」
大空を飛びながら、俺はただただ絶叫していた。
だが、まだ恐怖の体験は始まったばかりなのだ。
盛大な水飛沫をあげ、俺の体が落下を止める。
落ちた場所は、温泉だった。
うう。体がいてえ。羽江の実験に毎回付き合わされてはいるが、今回はやばかった。
「まあ、良い。結果はどうあれ、温泉についたんだ。とっとと入って――」
一人ブツブツ言いながら顔を上げた俺の目の前には――
胸があった。
「…………へ?」
間抜けな声を出す俺。状況がよく掴めない。
胸。うん。確かに胸だ、乳房だ。誰がなんと言おうと、豊満なバストだ、これは。
こんな間近に見れる俺は、幸せ者だなあ。
視線を少し落としてみる。くびれた腰が目に入った。湯気に隠れて、それより下は見えない。しかし、見えそで見えないこの感じがなんとも……
「九峪様…………」
上の方から、声が響く。まるで、地獄の底から響くように。
……そうだよな。体があるということは、当然、顔もあるわけで……
いやな予感を抱きつつ、俺は視線を上へと上げていく。
――星華だった。
真っ赤な顔をして、しかし氷のように冷たい目で、俺を見つめている。そして、全裸。
「九峪……」
背後からも、怨恨の声が響く。
振り向くと、藤那が、おちょこを片手に俺を睨んでいる。盆と徳利はというと、水面に壊れてプカリと浮いている。どうやら、俺が落ちてきて壊してしまったようだ。仙族特有のその白い肌を酒と湯でほんのり赤く染めている。そして、胸は…………やっぱ、でかい。
両隣に全裸の美女。そう表現するととてつもなくおいしいシチュエーションではある。だが俺には、そんなものを楽しむ余裕はこれぽっちも無かった。
前門の虎、後門の狼。
俺はこの瞬間、この諺の意味を深く理解したのだった。
「あの……二人とも……」
「覚悟は、出来ていますね?」
「……俺の話を……」
「よくも私の酒を」
「……ま、まあ落ち着いて……」
「「問答無用!」」
……そういや、馬の耳に念仏ってのもあったな。
「大吟醸・天狗ノ舞いの恨み! 朱雀――」
――――え?
「九峪様のスケベ! 玄武――」
いや、ちょっとまて!
「二人とも、それはいくらなんでも――!」
「「召喚!」」
「うぎやああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
再び。
俺は宙を舞った。
しかしこれとて、恐怖の一部。まだまだ続いたりするんだ、これが(涙)。
「うう。えらい目にあった……」
ずぶ濡れで廊下をふらつく俺。
「だけどえがった〜。後悔はしてない!」
後悔していた方がよかったかもしれない。そうすれば、さらなる恐怖を感じずにすんだかもしれないのに……
それは、廊下の角で訪れた。
「きゃっ」
「おわっ」
廊下の角で、誰かとぶつかったのだ。
足元が不安定な状態で力が加わり、俺はその誰かともつれて倒れた。
「っててててて」
「九峪サマ」
「ん? あれ、珠洲?」
呼びかけられ、顔を上げてみると、そこには珠洲が居た。珠洲が居るってことは――
「なに、してるの?」
冷たい声と目で俺を見る珠洲。なんで?
「あの……九峪様……」
下からの声。見ると、やはり志野だった。
「あ、ごめんな志野。大丈夫か?」
「はい。それよりも九峪様、その……手……」
「手?」
見ると、俺の右手は倒れた拍子に志野の胸を触っていた。うん、良い感触だ。形も大きさも申し分無い。このまま触っていたいが、珠洲が恐いので楽しむのはやめにしよう。
「わ、わりい!」
素直に手を離す俺。しかし、ラッキーな事に――いや、今思えばアンラッキーか――指が布に引っかかっていたようだ。それに気付かずに俺は手を引き、結果、布を引っ張った。
あらわになる、志野の乳房。
「!!!!!!」
真っ赤になってあわてて隠す志野。
だけど……ちょっと見てしまった。
「九峪サマ」
珠洲の声。この世の物とは思えないほどに冷たい。
ヤバイ! 早く謝らないと!
「ご、ごめん志野。わざとじゃないんだ。そう、不慮の事故だ。偶然に偶然が重なってしまったんだ。決して故意にやったわけじゃ――」
「せ……」
「? なんだって、志野?」
「せ……」
「せ?」
「青竜召喚!」
現われる、青い竜。
「またかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
俺の意識は、闇へと散った。
だが、恐怖はまだ続く。いいかげんにしてくれ(涙)。
「生きてるって、素晴らしい……」
よろめきながら、生を謳歌する俺。
まさか、おとなしい志野から青竜召喚を食らう事になろうとは。
「四神召喚のうち三つを食らってよく生きてるよな、俺。
朱雀、玄武、青竜。あとは白虎を食らえば完璧だぜ!
……もっとも、そんな事はないだろうけど」
白虎使いは、天空人の永閃と永楽だけだ。あの二人がそんな暴挙に出るとは思えない。
「とにかく疲れたから今日はもう寝よう。みんなの誤解は明日解こう」
そう思い、がらりと襖を開ける。
――裸婦が居た。
豊満な胸、くびれた腰、突き出た尻。
その美しい体を、裸婦は惜しげも無くさらし出していた。
う〜ん。いい。
その豊満な肉体の持ち主の顔を見る。
「!!!!!?????」
永楽だった。
考える。
天空人であるこの二人は、天目の部下とはなっているがかなり優遇されている。個人の戦闘能力としては最強なので、警護の意味もかねて、部屋などは、総大将である俺の両隣だったりする。
観察する。
俺の部屋とは調度品が違う。簡素だが、女性らしい雰囲気の漂った部屋だ。なにより、永楽が居る。
結論。
疲れのあまり、部屋を間違えた。
「九峪様」
にっこりと笑う永楽。しかし、目は先程の珠洲以上に冷たい。
――――ふ。
やったぜ俺様! 四神完全制覇だ!! コンプリートだ!!!
「白虎――」
さあ、来い! どーんと来い! ふふふふははははは!
「召喚!」
「は〜はっはっはぎゃあああーーーーー!!!!!!!」
俺はどうやら、頭のねじが一本はずれたようだった。
以上が、俺の恐怖の体験である。あれから一ヶ月、俺は寝こんだままだった。そんな中、女性達の目が非常に鋭く、冷たく、そして恐ろしかった。
そう、あれに比べたら狗根国なんて魔人なんて蛇褐なんてえぇぇぇぇ(涙)!!!
うう、日魅子。俺はお前の元に還れるのだろうか?
おしまい
後書き
クイズです。九峪君は幸せでしょうか、不幸でしょうか。と言うわけで、ども、桜華です。
九峪の受難2、いかがだったでしょうか。本当は受験が終わるまでは書くつもりは無かったんですが、感想メールが来たあまりの嬉しさに勢いで……つい……
最初は女王候補を全員出してぼこぼこにしようかとも思ったんですが、ちとシチュエーションに無理があるしこちらの方がきちんと四神も全部出るしで、断念しました。序盤の伊万里との剣の稽古はその名残ってことで。
感想メール、せつにお待ちしております。たった一言でも、返事は必ず書かせていただきますので。
それでは、失礼致します。あ、そうそう。下のほうにおまけを用意しました。本編ともども、楽しんでいただけたら幸いです。
ではでは。
P・S
唯一感想メールを下さった方。文字化けしてハンドルネームが分からず、またなんらかのトラブルでアドレスが記録されておらず、返事が出すに出せない状態です。お手数ではありますが、今一度お送りいただけないでしょうか。出来れば、メールにアドレスを記載していただければうれしいです。
おまけ
「おわあああああああ!!!!」
ドッパーーーーーーン!
「ててて……まったく。なんでこの作者は俺を飛ばしまくるのかな……」
「九峪」
「九峪様」
「へ?」
「また、性懲りもなく堂々と……」
「この幻の名酒を手に入れるのにどれだけ苦労した事か……」
(…………死ぬな、俺…………)
エンドレス。
ちゃんちゃん♪
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