何故にこんなことになったのだろう。 けたたましい雄叫びを上げながら襲いかかってくる狗根国の兵たちを斬り飛ばし、あるいは蹴り飛ばしながら、高校生の九峪は考える。 すでに大勢は決していた。必死で応戦をしていた狗根国の兵も背を向け始めている。もともと大した兵力も無い上に、奇襲まで受けたのではそれも道理だろう。 彼の前にはおびただしい数の敵兵の死体が転がっている。剣の心得などあるはずも無い、無茶な使い方をされた粗悪な鉄剣はすでに半ばから折れ飛んでいる。彼自身、敵の返り血を全身に浴び、それらの様子だけを見れば今の彼の姿には鬼気迫るものがある。だが。 「ええと、それじゃ、このまま掃討戦に移ろうか?」 およそ戦場にいる人間とは思えないほどに気楽な声。それは同じく前線で立ち回っていた初老の男に向けられていた。 名を伊雅という。 この異邦の地で九峪が初めて出会った人間の一人、そして彼の側近でもある。最も、九峪に実戦での指揮を取った経験など無いので、今は彼の指示をもとに部隊は動いているのだが。 「はっ。それでは後のことは私におまかせください」 こちらはいかにも軍人らしい実直さで答える。 「ん。それじゃ、俺は砦に戻ってるから」 「大丈夫でございますか? …その、なんというか…」 彼の凄惨な姿を見て伊雅が気遣う。 「え?ああ、大丈夫、大丈夫。ほとんど返り血だから」 「左様でございますか?」 「ああ。こういった実戦は初めてだったから少し手間取ったけど、怪我らしい怪我も無いみたいだから。…さすがにちょっと疲れたけど」 「ならばよいのですが…」 なおも気遣う伊雅に九峪は笑う。 「心配性だな。自分の血で汚れるよりはましだろ?」 「九峪様!!」 軽いジョークのつもりだったのだが、伊雅は怒り出してしまった。びくっと首を縮めてその場から逃げるように立ち去る。 「じゃ、じゃあまたあとでな!」 馬上の人となった九峪は、何人かの親衛隊を従えながら仮の本拠である砦に向かう。まだ拙い手綱捌きではあるが、既に丸一日かけて、なんとか一人で馬を操れるようにはなっていた。つきあわせた伊雅のおっさんには迷惑だったろうが、この世界の人間に比べ、体力的に大きく見劣りする彼が手っ取り早く移動力を得るには馬術は必須だった。 (に、しても) 気持ちが一段落着いたところで改めて思う。 (何故にこんなことになったのだろう) 限界まで酷使して悲鳴をあげる筋肉をなだめすかしながら、九峪はこれまでの事を思い返していた。 自分をこの異邦の地へと誘った精霊キョウ。あのペテン師は人違いだったと言っていた。本来連れて来られるはずだった幼馴染をとっさの判断で突き飛ばしたために、自分が時間と空間を越え、大役を背負う羽目になった。それ自体はいい。あの、気は強いが、肝心な所で決定的に弱い、あいつにこんなことが出来るわけが無い。 だが、何故に自分がこんなことをしなければならないのか。 敵国の支配下にある自国を取り戻す。彼我の戦力差は圧倒的。そして国を復興させなければ自分の世界には帰れない。 思わず笑みがこぼれる。 何故にこんなことをしなければならないのか。別段、もとの世界にさほどの愛着があったわけでもない。 だが。 どうしてもひとつ心残りが出来る。 笑みが深くなる。 (俺は帰らなくてはならない) 面倒にも程があるが、他に道が無いのではしようが無い。 結局の所、やるしかないという事なのだろう。覚悟と言う程のものでもないが、方向性が決まったのならば、後は進むだけだ。 ふと、意識を表に向ければ砦はもう目に付く位置だった。 (全てはこれから、か…) あとがき はじめて投稿させていただきました、鳳と申します。 読んでいただければ幸いです。 九峪の設定に関してはかなりオリジナルが入ってます。 性格など、かなり原作達とは違っていると思います。 |
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