「九峪さま、私、来てしまいました」

 へ? まさかこの声は・・・、おわっと「お会いしたかった・・・」

 振り向く間もなく俺は後ろから抱き締められた。

 どっどーしたんだよおまえ、九洲は、耶麻台国は・・・「捨ててきました」

 へ? 捨ててきたって・・・おまえ仮にも「私にはもう貴方しか、九峪さましかいないのです」

 そんなこと言っても「・・・・・・それともご迷惑でしたか?」

 あぁ! その上目遣いの悲しげな視線が俺の胸に突き刺さる、そんな目で俺を責めないでくれ・・・。

 あっ、いや迷惑っちゅーか「ちょっと九峪!」って日魅子?

「だれよ、その娘? 紹介してもらえるかしら?」

 あっいや、この娘はだな・・・「あの九峪さま、そちらの方は・・・」

 え? ああっこいつは日魅子っつって俺の「九峪!」あ?

「あたしのこと無視してんじゃないわよ。まずあたしの質問に答えなさいよ」

 いやだからこの娘はだな「だいたいあんたもあんたよ」ビシッとあの娘を指さす日魅子。

 ほんとに話聞く気あんのか、おまえ?

「いつまで九峪に抱きついてんのよ、離れなさいよ。
 九峪はあたしの彼氏なのよ、なに考えてんのよ、ほら離れなさいってば」と日魅子は俺達を引き剥がしにかかる。

 おっおい日魅子、そんな言い方「そーだったんですか?」へ?

「九峪さまには思い人がいらしたのですか?
 それではあの時のあの言葉は、あの抱擁は、あの接吻は何だったのですか?
 あの時のあの夜の出来事は、九峪さまにとって一時の気の迷いに過ぎなかったのですか?」

 え? 「にゃに?」

「それでも私はあの夜の想い出だけを心の支えにして・・・総てを捨ててここまでやって参りましたのに・・・。
 あの日あの晩九峪さまは私を抱き締めて、そして・・・」

 あっいやちょっちょっと待「ぬぁんですって?」

「私は貴方に九峪さまに愛されているのだとばかり思っていました。
 ただ九峪さまの使命が果たされた故に、九洲からこの世界に帰らねばならなかったのだと・・・。
 でもそれは私の自惚れ、只の思い込みに過ぎなかったのですね。
 いやな女ですね私って、勝手な思い込みでこんな所まで押し掛けるなんて・・・」

 いや思い込みとかじゃなくって、って言うかそんな言い方したら「く・た・にー!」・・・ほら。

「あんた、やっぱり浮気してたのね。まさかと思ってたけどやっぱりっそうだったのね。
 このっ・・・このっ・・・このっ・・・」

 日魅子まあ落ち着け、ここは一つ落ち着いて話し合おうじゃないか、な「やめてください!」え?

「九峪さまを責めないでください! 私が悪いんです、私が全て・・・ただ私、ウゥップッ・・・」

 ?! おっおい、どーした?

「なっなんでもありません。ただウップ・・・で、きちゃったものですから・・・」

 へ? 何を言っ「あ・ん・だ・とー! 出・来・ちゃっ・た・だ・とー!!」

 ひっ日魅子?「く・た・にー! あっあんた、あんた・・・」

 まっ待て日魅子! ここは一つ落ち着いてだな考えてみようじゃないか・・・。

 これはきっと何かの「お許し下さい九峪さま。私が、私が押し掛けて来たばっかりに・・・」

 いっいや、許すとか「そーなの・・・つまり浮気相手が諦めきれずに追いかけて来たと」

 えーっと、それは・・・「知らなかったとは言え、これって所詮は只の横恋慕ですよねウゥェェェ・・・」

 おっおい、ほんとに大丈夫「しかも只の浮気どころか、騙してた上にガキまでつくってきただぁ?」

 だからそれはなんかの間違いで「そんな非道い九峪様、疑ってるのですか? 私の気持ちは嘘では・・・」 

 いやそうじゃなくて「ここまで来てまーだしらばっくれる気!? あんたこの責任どう取るつもりよ!」ぐわっ!

 ちょっ、苦し、首を、絞めな、でくれ・・・チョーク、チョーク(パンパンパン)・・・・・・・・・・・・・・・。

 俺の顔色が赤くなり青くなり白くなり・・・・・・・・・ブラックアウト寸前でやっと放してもらえた。

 プッファー、ゼーヒューゼーヒュー・・・日魅子おまえな「(肘を左脇下から放さぬ心構えで)」え、なんだって?

「やや内角を狙い」へ? それって・・・「抉り込むように」まさか・・・。

「打つべし」ぐおっ「打つべし」どわっ「打つべし」うおぁぁぁ。

 ・・・きっきいたぜ・・・しかしまだまだ「右拳に全体重を乗せ」って間髪を「真っ直ぐ目標をぶち抜くように」入れずに?

「打・つ・べ・しー!」どっぐわーっ!

 こっ腰の入ったいっいいパンチだったぜ。さすがは日魅子、基本に忠実だな。

 しかし明日のためにその1ジャブ、その2ストレートとくれば・・・次に来るのは当然・・・。

「九峪!」はっ「往生」くっ「せいやー!」なんのー・・・ってしもたー!

 つい反射的に手が・・・このままではクロスカウ「九峪さま!」へ?

「危ない!」ぺっちぃーん!! あっあぁらぁぁー!?

 無様に尻餅を突く俺・・・いや止めてくれたのは嬉しいんだけどね。

「あんた! なにすんのよ、九峪を折檻するのはあたしよ」いや、突っ込み所はそこじゃねーだろ。

「お黙りなさい! 貴女が九峪さまのなんであろうと、これ以上の乱暴狼藉はこの私が許しません!」

 乱暴もなにも、今まさに俺をすっ飛ばしてくれたのは・・・。

「うっさいわね! だいたい誰のおかげで喧嘩になってると思ってんのよ」

「聞く耳持ちません! 今問題にしているのは貴女の無礼な態度です」

 そんな言い方じゃあまとまる話もまとまらない、それでなくても日魅子は負けず嫌いで「なーんですって?」ほらな。

「無礼ってどーゆー意味よ! あんたなんかにそんなこと言われる筋合いないわよ」

「無礼なものは無礼です。貴女には九峪さまを敬う気持ちが決定的に足りません」

 それを日魅子に要求すんのは無理ってもんだよな・・・。

「はぁ? 何言ってんのあんた? だいたいなんなのよ、あんたのそのカッコは? それってば何かのコスプレ?」

「こすぷれってなんですか? 私の國ではごく普通の当たり前の格好です」

 コスプレとは言わんが十分目立ってたと思うぞ、他の団員以外では似た様な格好って見たこと無かったし・・・。
 制服みたいなもんだから職業柄当たり前の服装なのかもしれんけど・・・普通かぁ?

「それが普通? ってか、もしかしてあんた何時もそんなカッコしてんの? よく恥ずかしくないわね」

 別に恥ずかしかないだろうけど・・・いやでもそー言えば、舞台以外で見つめられるのは恥ずかしいって言ってたな。

「恥ずかしいってなんですか? 私はこの姿に誇りを持っています。貴女にその様な言われ方される覚えはありません、ひっく」

 まっ、そりゃそうだわな・・・ってなんだ、最後のしゃっくりは?

「だいたい・・・ふっ、御自分が似合わないからってケチ付けないで下さいます? うっく」

 なにかおかしい、いつもとちがう、どうも変だ、なんなんだこの漠然とした不安は?

「ぬあぁぁぁんですって! いっ今あんた鼻で笑ったわね! なに知ったようなこと言ってんのよ」

 そーいえば興奮してるとはいえ頬もほのかに上気して・・・ぐあい悪かったんじゃないのか?

「だぁって、どー見たって・・・・・・ねえぇ」

 それに日魅子を相手に、一歩も退かない強気なこの態度。 

「むぅっかぁぁぁぁぁぁ! あたしは着痩せするタイプなのよ! 脱いだら凄いんだからね!」

 どうしてここまで突っ張れる? なにが彼女をそうさせる?

「そーおぉ?・・・・・・とてもそうは見えないわね。見栄を張るのはやめときなさいな、ふぅ」

 いつもの控えめで奥ゆかしかったあのひとは、いったい何処へいってしまったんでしょうね?

「ぬぁぁによ、見下しきったその態度! いいわよ、見てらっしゃい!!」

 まさか、いやでも・・・って・・・・・・おおぉぉぉ! 俺は今猛烈に感動している!!!

 日魅子のやつ、そーとー頭に血が昇ってんな、対抗して脱ぎ始めやがったぜ。

 俺がここにいることなんか完全に忘れてやがんな、ありゃあ。

 しかも・・・うひひひ、いいぞいいぞ「・・・やっぱり九峪様すけべぇだ」ドッキィーン!

 そっその声は「・・・ほんと相変わらずよね」・・・やっぱり珠洲か。

「ねえ! ここにデバガメ」わぁぁぁぁぁ!

 ちょちょっと、こっち来い珠洲。

 俺は珠洲を引っ張ってその場を離れた、後ろ髪を引かれるが俺も命は惜しい。

「・・・なに泣いてんの?」うっせえ! 俺の流す血の涙がおまえなんぞに解ってたまるかい。 

「・・・こんな所に連れ込んでもだめよ・・・私の身体は志野のものなんだから・・・」だれがじゃ!

「・・・冗談よ」おまえの場合は洒落にならん。

「・・・でもやっぱり修羅場になってるのね」あっいや、これはだな・・・。

「・・・だからやめとけって言ったのに・・・志野ったら言い出したら退かないんだから」

 ・・・・・・・・・それにしても、おまえまで来てたんだな「・・・そうよ」

 でもなんで?「・・・私が志野を一人で行かせるわけ無いじゃない」

 それもそうか・・・あっいや、それより珠洲、志野の様子ってちと変じゃないか? 

「・・・そりゃそうでしょうね・・・」へ? 珠洲なんか知ってんの?

「・・・だって志野、天穴に飛び込む前に一樽空けてきてるもの」

 なーんだ酔ってたのか・・・ってなにー!?

 あの酒乱の志野が飲んできてるだぁ? それも一杯どころか、一樽空けてきたぁ?

「・・・やっぱり未知の世界に飛び込むのは、さすがに怖かったんでしょうね・・・酒の勢いを借りてってやつよ」

 そりゃまあ分からないでもないけど・・・ってゆーか、それでも志野に酒は拙いだろ、なんで止めなかった?

「・・・仕方ないじゃない、止められなかったんだから」いや仕方ないって・・・そんな・・・。

 ・・・ん? んじゃあ、もしかしてさっきの『できちゃった』ってのは・・・まさか・・・。

「・・・『お酒を飲ん』できちゃった・・・ってことよ・・・当然じゃない・・・何だと思ってたの?」

 あっ、いや普通『できちゃった』って言えば、ねぇ・・・それに何か悪阻みたいに気分悪そうだったし・・・。

「・・・さすがの志野も酔ったままの次元跳躍で悪酔いしたみたいね・・・乗り物酔いみたいなものかしら?
 ・・・昨日も随分夜遅くまで深酒してたみたいだし・・・宿酔いで迎え酒もしてたし・・・」

 だからなんで止めないんだよ、いつもは絶対に飲ませなかったくせに。

「・・・仕方ないじゃない・・・お酒でも飲んでないと志野壊れちゃいそうだったんだもの」

 いや、それは・・・まあ・・・。

「・・・でも何故そんな勘違いするの?・・・まさか、何か身に覚えでもあるんじゃないでしょうね?」

 ぎくっ! 俺を冷たい目で睨み付ける珠洲、返答次第じゃ只では置かないって目つきだ。

 いっいや、勿論覚えなど有るわけないじゃないか、いやだなぁ信じてくれよ、ハッハッハッハッハッ・・・。

 そっそれより日魅子の誤解を解かないと大変なことに・・・おーいっ日魅子。

 さっきのはやっぱ誤解で「あーっ! なによ九峪! この女孕ませただけじゃ足りず、そんな小さな娘にまで手出して・・・」

 へ? いやそーじゃ「この色魔、ロリコン、すけべぇ、ニンフォマニア、好き者、色情狂、ペドフェリア、ネクロフェリア・・・」

 なんでそーなる! こいつはだな「非道い九峪様!」志野?

「珠洲とまで関係してたんですか?」しっ志野、おまえもかい。

「私のことは遊びでも構いません。でも、でも、珠洲まで玩んでいたなんて・・・」あぁぁぁぁ・・・もういい加減にしてくれ。

 だからだな「いいのよ志野、私の身体が少し位汚れたって。それで志野が幸せになれるのなら、それでいいの」

 きっさっまー! 言うに事欠いて何だそれは?

 それじゃまるで「やっぱりそーだったのねー!!」「九峪様、信じてたのに・・・」だぁぁぁ・・・・・・だから濡れ衣だってば・・・。

「志野、こんな奴の事はもう忘れて」「でも私は・・・」「あんたら二人纏めてさっさと帰れ! 九峪は後でお仕置きよ!」

「九峪様に非道いことしないでください!」「うっさいわね、関係ないでしょ」「志野、もう放っとこうよ」「でも私は・・・」

 エンドレスで喧嘩する(錯乱)日魅子と(酒乱)志野、一人冷静に帰還を促す珠洲・・・・・・そして俺は途方に暮れる。

 あぁ、もう誰か助けてくれよ・・・・・・って誰も来てくれる訳ないか・・・あぁ、俺がいったい何したっていゆーんだ!

「・・・自業自得に決まってるじゃない」うるせー。

「・・・私から志野を取り上げようとしたから・・・この罪は七代祟るんだから」貴様は化け猫か?

「・・・ところで九峪様・・・こっちに来たのが私達だけだとか、思ってる?」そして珠洲はニヤリと笑った。

 へ?・・・まっまさか・・・。

 嫌な予感に冷や汗を流しながら、それでも恐る恐る珠洲の視線の先を振り返れば・・・・・・。

 「「「「「 九峪様! わたしたち、来てしまいました! 」」」」」

 どわぁー! おっおまえら九洲は、耶麻台国はどうした?

 「「「「「 大丈夫です、全部火魅子に任せてきましたから 」」」」」

 任せてきたって、まだ就任したての火魅子一人に・・・いやまあ、嵩虎他の男連中はまだ残ってるんだろうが、それにしたって・・・。

 「「「「「 問題ありません、その為の火魅子ですから 」」」」」

 そっそうなの? そうゆうもんなの? それでいいの? ほんとに?





 果たして、その頃?の九洲は耶牟原城、火魅子執務室では・・・。

「ささっ、火魅子様、次のお仕事ですよ」

「まっまだあるの? いくらやっても全然終わらないじゃない。ちっとも減らないじゃない」

「仕方有りませんよ。女性武将の殆どが退職してしまって行方不明、現在大変な人手不足なのですから」

「みんな何処いっちゃったの? 何で私しかいないの? 何で私一人で仕事こなさなきゃいけないの?」

「ほらほら、我が儘言ってないで、さっさとお仕事しちゃいましょ。
 あっそうだ、ついでにこの書類も付けちゃいますよ、サービスサービスゥ」

「ぶぅぅぅぅぅぅぅぅ・・・どこがよぉ・・・それより・・・」

「そんな目で睨んだって駄目なものは駄目ですよ。
 さてと、私は次の打ち合わせに行って来ますが、貴女まで居なくならないで下さいね。
 私が居ないからって逃げちゃだめですよ、逃げちゃ」

「・・・いや・・・いやよ・・・もーいやー! 火魅子なんてやめるー!! 九峪様、帰って来てー!!!」