〜失ったはずの感情〜






 清瑞、今日からお前は乱破として生きるのだ。

 伊雅様、乱破って何?

 人を殺める者、そう。お前には人の殺め方を教えてやろう。

 伊雅様…。私はなんで人を殺さなくてはならないのですか? 怖い…。

 清瑞。乱破には何が必要だと思う?

 分かりません。

 乱破は感情を持たない。

 そんなの無理です、伊雅様。

 無理だと分かっていてもやらなければならない。お前は感情を持ってはいけない。感情を持つと人を殺める時に邪魔になる。

 私は伊雅様が好きです! その感情も持ってはいけないのですか!!

 清瑞、お前は乱破だ。

 今日の伊雅様はおかしいよ!!

 清瑞、生きるためだ。感情を捨てるのだ。

 いやだいやだいやだ!! こんなの伊雅様じゃない!!

 清瑞、感情はいきなりは捨てられない。少しずつ捨てればいい…。

 いやだ!! 伊雅様!! 私の事をからかっているの!?

 清瑞、お前は乱破だ。

 いやぁいやぁいやぁぁぁ!!!

 …仕方あるまい。つれて行け。

 伊雅様っ!!伊雅様ぁぁぁぁぁぁ!!!




−−そう、あの時からなのだ、私は感情を持たない。
  
  今まで何人の人間を殺めてしまったのだろう。

  乱破には幸せなど待っていないと知りながら、何故私は乱破になったのだろう。

  いつからだろう。人を殺めることに抵抗を感じなくなったのは…。
  
  いつからだろう。花や星、人を見ても何も感じなくなったのは。

  私はいつから……感情がないのだろう……。

  もう過去の空白は埋められまい。一生背負っていかねばならぬ、空白と言う重荷。

  もう何も感じなくなった私の心にはどうって事ない。こんな重さなど。

  そう、私は乱破…。

  そして毎晩のように聞こえてくるあの声。もういないはずの人が私に語りかけてくる。

  
  
  清瑞、お前は乱破だ。感情はいらない…。



  分かっています、私は乱破…。



  清瑞、お前は人を殺める事だけをすればいい。愛などという余計な感情など捨てるのだ…。



  分かっています! もう分かっているんです!



  清瑞、お前は…。



  もういいです!! もう私に何も言わないで!!!



  清瑞…許してくれ……。





「うわぁぁぁぁ!!!」

清瑞は飛び上がるようにして目覚めた。

「またこの夢を見てしまった…」

清瑞はいつのまにか頬を伝っていた涙を拭い去った。

(涙を流したのは…何年ぶりだろう…)

外を眺める。朝日が顔を出し始めている。

遠く、山の方には鷹が数羽飛んでいる。悠然と大空を飛びまわる。

(何だろう…懐かしい感じがする…)

清瑞は頭を振った、頭にうごめく謎の感じを振り払うように。

(そうだ…、あいつに会ってからだ。こんな感じがするようになったのは)

その時、急に声がした。

「あ、清瑞。起きたんだな」

驚いて振り向く、九峪がたっていた。目が赤くはれていないか心配になる。もう一度外を眺めながら目をこすった。

「なんだ? ずいぶんと早起きではないか?」

「いやさ、なんだか清瑞…うなされてたみたいだから」

(そうか…、私はうなされていたのか…。何度も見たはずのあの夢に…。)

「なんでもないぞ、心配には及ばん」

「清瑞ちょっと疲れてるんじゃないのか? 少し休んだら?」

九峪が心配そうな眼差しでこちらを見ている。

「大丈夫だ、心配ない」

「本当か? 無理してるんじゃないのか?」

何故かその言葉が妙な違和感となって届く。

「心配いらないと言っている!! 出ていけ」

九峪はため息をついて部屋を後にした。

(私は…私は……)

清瑞は再び流れ出した涙で頬をぬらし、泣いた。わけの分からない悲しみで心が覆い尽くされる。

(涙は何故流れるのだ。そしてこの感じは一体…)

拭っても拭っても止めど無く流れてくる涙を清瑞はどうする事も出来なかった。そして、拭うのをやめた。

流れるに任せて泣いた。もう二度と流れぬように、二度とこの頬をつたらぬように。全ての涙が流れるまで。


不意に気配に気付いた。いまだ流れつづける涙で頬をいっぱいにぬらしながらその方向を見やる。九峪だった。

「清瑞…」

九峪の顔は唖然としていた。それもそうだろうな。私が涙を流したときなどなかったからな。

九峪は心配そうな面持ちで私の前でしゃがみこんだ。

「本当に大丈夫か…?」

「く…九峪……。九峪…」

「きっ清瑞!?」

清瑞は九峪の胸で泣いた、何故だろう。急に寂しい気持ちになる。

(感情が…、私には感情がないはずではなかったのか…)

「すまん九峪…しばらくこのままでいさせてくれ…」

 私は九峪の胸で泣いた…、いつまでもいつまでも…。この涙が止まるまで泣いてやろうと思った。

「清瑞……やっぱり疲れてるの…か?」

清瑞は九峪の胸に額をこすりつけて否定した。清瑞の涙で九峪の胸はぬれていた。

「九峪…私はっ、私はっ……」

もうその頃には頭の中で声はしなかった。私はもう…乱破ではない。

その時、九峪が私の頭を撫でた。何度も何度も。心が温かくなったのを感じる。

(私は…私は……感情と言うものを取り戻したのだ…)



−−清瑞…、そうか、お前も立派になった。



最後に聞いた声、やはりあの人物。

(伊雅様…私はもう乱破ではありません。いや、乱破でありたくありません…)



−−自分で決めた道。歩んでみるがいい…。清瑞、立派になった。



そして。もうその声は二度と聞こえてくる事はなかった。

清瑞は、なくしていたものを再び手にする事が出来たのである。

(もう…いつ涙を流してもいいのだな……)

涙はまだ流れつづけていた。手にいれた感情が流しているとでも言うのか、わかる事はない。

一つだけわかる事…私は……。

「乱破ではない…」

声に出た最後の一言は九峪も聞いただろう。だが、その言葉を聞いても九峪はいつまでも私の頭を撫でつづけてくれた。この涙、止まるまで。

 






〜伊雅編〜






「……」

仲間に連行され、私の名を叫ぶ清瑞を伊雅はずっと見つめていた。

「私がお前を助けるためにできる事、それはこれだけだったのだ…」

伊雅の頬に涙がつたる。

「生きるのだ。生きろ。いつか、お前の失った感情を取り戻してくれる奴がきっと現われる」

やがて清瑞の姿は見えなくなり、自分の名を呼ぶ声も聞こえなくなった。

「さぞ辛いであろうが清瑞、お前のため、お前のためなのだ」

地平線の向こうに沈もうとしている太陽が、地と雲を綺麗な紅の色に染めていた。

伊雅の流した涙もまた、紅に輝いていた。



次の日からなのだ。清瑞にとっては地獄より辛いであろう過酷な訓練が始まったのは。

泣き言も、涙を流すことさえも許されない。弱音を吐こうものなら更に厳しい訓練を強いられた。

無論、交友も断たれた。

訓練が終われば誰もいない部屋に閉じ込められ、扉には鍵がかけられ、その扉が開くのは一日二度だけ与えられる食事をもらう時だけだった。それも、扉を少しだけ開き、食器が入るだけの隙間しか開けず、食事を入れたらすぐに閉じてしまう。食事もかなり質素なものだった。しかも清瑞はほとんど口をつけていない。

もちろん何度も清瑞は脱走しようと試みたとも聞いた。しかしそのたびに厳しい罰を与えられ、どんどん衰弱していった清瑞は一時期生死の狭間を彷徨った。

回復してもなお厳しい訓練は続けられた。日を追うごとに清瑞の目からは輝きが消えていった。元の無邪気な瞳はすでにない。

口数も減った。いや、訓練を初めて一週間した頃にはもうほとんど口は開かなかった。


目は次第に殺気を帯びていくようになった。鼠に始まり、猫、犬、猪など、清瑞が殺める事のできる物は次第に多くなっていった。そしてついに…清瑞は人間をも殺める力を持った。



そしてついに起ってしまったのだ。それは清瑞が訓練をはじめて5年後の清瑞の誕生日。十八の清瑞が起こしてしまった。乱破としての最初の事件。



その日、私は部下に清瑞の監視を任せ、一人丘の上に立っていた。夕日はあの日のように綺麗に輝いていた。

無言で瞑想している私の元に血だらけの部下が走りこんできた。肩口から胸までを大きく切り裂かれ服を赤く染めていた。

呆気に取られる私の前で、その部下は一言「清瑞…」と言い残して息絶えた。

私は言いようの無い不安にかられた。清瑞が一体何をしたというのだ。私は清瑞がいるであろう小屋へと急いだ。



しかしそこはまさに戦闘の後だった。

まわりに転がる兵士の死体。おびただしい量の血が地面を赤く染めている。

そして、私は見た。清瑞のいたはずの小屋、扉が開き、食器を持った兵士が壁にもたれかかるようにして絶命していた。腰には剣の鞘だけがさされ、剣は抜かれていた。

(食器を運んできた兵士を殺した…。そして剣を奪ってこれだけの殺しをやり遂げたというのか!?)

途端背後から物凄い殺気がした。振り向くと全身に返り血を浴び、黒かった服をどす黒く染め、感情のない目でこちらを睨んできている清瑞の姿があった。その目には人を殺すことへの躊躇いなど、ましてや昔の無邪気な輝きの欠片さえも残っていない。初めて伊雅は恐怖を覚えた。

すでに清瑞は乱破以上の力を身に付けてしまった。私すらも凌駕する力を。

そして、実に五年ぶりに清瑞が口を開いた。

「私は…乱破……」

実に機械的に話した。すっかり大人みを帯びた声になっていた。

「き…清瑞……」

私はその時初めて後悔というものを覚えた。あのかわいい清瑞を生きるためだとこんな人間に育ててしまった自分を罵った。

「感情は…いらない」

何処を見ているのだろう。全く焦点の合ってない目で何処か遠くを見ているようだった。

そして清瑞は躊躇うことなく剣を振りかざし私を襲った。

しかし私は剣を抜くことなく清瑞をただ呆然と見つめていた。そして、清瑞の剣は私の肩口をとらえた。頑丈な私の鎧だがそんなものをもろともせずに刃が肩口までとどいた。

清瑞はそのまま動かなくなった。目からは涙を流して。

私は清瑞を抱きしめた。そして、泣いた。すまん…すまんと何度も謝った。

清瑞の腕から力が抜けて剣が地面へと落ちた。

「伊雅…様」

「清瑞もういい…いいのだ…」



しかし清瑞はそれ以来目の輝きを取り戻す事はなかった。



そして、九峪という男が現われた。

その後襲ってきた狗根国の連中から九峪と清瑞を守った。

九峪という、耶麻台国の未来をになうであろう男に清瑞をたくし。


私は清瑞に対する償いは出来なかった。

ただ私は清瑞を守って死ぬことで少しでもいい、償いたかった。

そして、耶麻台国の復興後、清瑞が笑顔で生きれるように。乱破の重みから開放されるように。そう願いながら狗根国の連中に剣を振るった。



もう二度と見る事のないあの無邪気な清瑞の瞳を思い出しながら、私は生涯を終えた。



               清瑞…お前はもう乱破ではないのだ…



〜おしまい〜



あとがき:この度は雁山さんの5000HIT記念と言う事で記念SSを書かせていただきました。
      とはいってもまだまだ未熟で何度も何度も訂正をして雁山さんにも迷惑をかけながらようやく完成したのがこの作品です(^^;
      雁山さん。記念SSだというのに迷惑をかけてしまってすみません。

      そして内容への言い訳。
      この作品のなかでちょっとおかしいなと思われた方がいると思うので言い訳しておきます(笑)
      まずは伊雅の性格が違うと思われた方が多いでしょう。
      この作品は伊雅が死んでしまっていると言う事なのでゲームからの内容を受け継いでいる感じです。
      これを書くに当たって伊雅の性格がゲームみたいに根が単純ではいけなかったのです(^^;
      なので伊雅の設定を少しいじってみました。
      そこをご了承願います。(伊雅編を読めば分かると思いますが(苦笑)
      清瑞の過去も私が考えたものなので本当のものとは違います。
      
      最後まで読んでくれた方はありがとうございました☆

      そして最後に雁山さん、5000HITおめでとうございます☆
      また10000HITの時にも記念SSを書かせていただきたいと思います^^
      これからもSSなどでお世話になりますがよろしくお願いします(笑)