時々、全ては夢なのではないか? そういう思いにとらわれることがある。 人間同士が殺し殺される「戦」の只中にありながらも、心のどこかでそう、無感動に囁く自分がいる。 仲間と笑って語り合っている時も、どこかで冷笑的に自分自身を見下ろしている、もう一人の自分がいる。 ここで命を落としたら。 馬鹿げていることだと自覚するが、つい考えてしまう。 どうなるのだろう。 神の遣いが天に召されたら。 ひょっとして――ひょっとしたら、自分の家の、自分の部屋の、自分のベッドの上で何事も無く目覚めるのではないか? 苦笑する。 下らない妄想を頭から振り払い、九峪は天から目を離して床に就いた。 油断――という訳でもないか。 自分の胸部に、深々と突き立った魔人の腕を感じながら、九峪は冷静に判断する。 もともと魔人と人間とでは生物的なスペックが違う。だからこそ賭けに出たのだ。であるならばこれは予定内のことだ。もっとも、魔人の伏兵を予見できなかったこと自体、致命的ではあったが。 九峪の剣を易々と受け止め、折り砕いた魔人は腕を引き抜き、熊を連想させる顔を醜悪な笑みの形に歪め、頭から喰らおうと口を大きく開ける。 九峪はこれを待っていた。 剣はおとりである。 (ビンゴ。その顔なら、そう来ると思ってたぜ) ほくそ笑みながら、左手に握った小型の炸裂弾の導火線に点火する。 この世界にある炸裂岩を、九峪の知識を元に羽江が加工したものである。試作段階と言う理由で軍への発表及び制式採用は見送っているのだが、実際は、安易に科学技術などを漏洩してもよいか、判断に迷ったからである(羽江には厳重に口止めしておいた)。 キョウに相談しようとも思ったが、やめた。あの策略家はどうも、邪馬台国復興のことだけしか考えていない節がある。 だが。 (ま、こいつら相手にならかまわんだろ) 同じ異界からの介入者として妙な親近感を抱きつつ、彼は着火寸前の炸裂弾を相手の口内に放り込んだ。 ぼん。 気の抜けるような音とは裏腹に、魔人の首から上が、冗談のようにきれいに消失する。断末魔の変わりに、血と肉片を辺りに散らばらせ、魔人がどう、と地に斃れる。 同時に、魔人の体が焦げ付く臭いを感じながら、ようやく自分のダメージに気付いたかのように、九峪も倒れ伏せる。 意識を失う直前、どこからか鈴の音が聞こえたような気がした。 鳥の鳴き声で九峪は目を覚ました。 白い天井が目につく。 (助かった…か) 意識を失う直前のことを思い出そうとするが、どうにもうまく思考が働かない。 ぼんやりした頭でなんとか、大怪我を負ったことを認識する。と、同時に苦笑する。 あの傷でよく助かったものだ。 つくづく忌瀬は優れた医師だ。九峪は感謝する。 急所は辛うじて外れていたようだったが、背中まで貫通していたはずだ。それだけの傷がもうすっかり―― 「?!」 無い。 痛みも、手当ての跡も、傷そのものも! 跳ね起きる。 「―――――!!」 今度こそ、思考が完全に止まった。 辺りを見回すまでも無い。 九峪の部屋だった。 「……どういうことだ――?」 カレンダーを見つける。「あの日」とは全く違う。 目覚し時計を見つける。とりあえずタイマーを止め、手にとる。 AM 8:12 心臓が大きく跳ねた。 今度はドアの方を見やる。 もしそうなら、もしそうだとしたら。もうすぐ―― きっかり三分後に誰かがドアをノックする。既に九峪は落ち着いていたつもりでいたが、やはりうまく口を動かせない。相手は惰性でノックをやっていただけのようで、声もかけず、いきなり、勢いよくドアを開け放つ。 「ったく、毎日毎日手間かけさせんじゃ――って、あれ?」 遠慮なしに入り込んできた少女は、彼が起きていた事の方が予想外だったようで、気勢をそがれたように、ぽかんとしている。 一方、実際に姿を見て、今度こそ九峪は完全に落ち着いた。 「…日魅子」 彼の「日常」が、戻ってきた。 九峪が「日常」に慣れてきたある日、土曜の学校帰りの道で日魅子が話しかけてきた。 「でもさぁ、なにかあったの?」 唐突に要点だけを聞いてくるのは、会話上での彼女の悪い癖だ。九峪は苦笑する。 「なにか、ってなんのことだよ?」 「う〜ん、うまくは言えないけどさ」 日魅子が眉間に皺を寄せる。 「何ていうか…爺くさくなったというか」 「おい」 「あ、いや、ちょっと違うかな?爺くさいのは前からだし」 九峪は肩を落とした。しかし日魅子の方は未だに適当な言葉を捜している。 「達観したって言うか……貫禄が出てきたって言うか……う〜〜〜〜〜ん、なんだろな?」 「まぁ、褒められたんだと思うことにするよ」 「もちろん、褒めたんだよ」 九峪はそっと、何とも言えない複雑な顔をする。郷愁と、不安と……苦笑。 それはそうだ。 あれだけの体験をすれば、誰だって人間的にひとまわり成長する。だが今の九峪にとってそのことに関してはあまり楽しい話題ではない。そっと話題を変える。 「で、他にも何か用があるんじゃないのか?」 「あ、うん。それなんだけどさ」 日魅子がすこし口ごもる。 九峪は、この顔はデートのお誘いだと判断する。機先を制して、言う。 「今度はどこに行く?」 照れたように日魅子の告げた場所を聞いて、九峪は凍りつく。 とっさに腕時計の日付を確認する。 「――!」 「あの日」だった。 日魅子が、心配そうな顔で覗き込む。 「どうかした?」 「ああ、いや、何でも、ない」 失われたパズルのピースが、嵌まる音が聞こえた。 「あの日」と同じ状況がそこにはあった。 魂の抜けたような顔で銅鏡を持つ日魅子を、光の柱が包む。 最善が何なのか、九峪には解りきっていた。 銅鏡を叩き割る。 それで全てが解決する。日常は完全に戻り、すべては無かった事になる。姫島教授には、知らぬ存ぜぬで押し通せばいい。 だが―― 九峪は、日魅子から銅鏡を取り上げる。そして。 懐にしまいこんだ。 と、意外にも彼女はされるがままになっていた。 九峪は気付く。 日魅子が、確かな意思を持ってこちらを見ている。やがて口を開く。 「やっぱり、行くのね」 消えかけていた日魅子が、元通りになり、代わりに九峪が光に包まれる。九峪が微笑む。 「ああ。悪いがもう少しだけ、待っていてくれ」 日魅子が穏やかに微笑みながら頷く。 九峪が言う。 「久しぶりにお前と過ごせて嬉しかった」 意識が戻ったとたん、九峪は寝台から跳ね起きた。と。信じられないような激痛が全身を支配する。再び、寝台に倒れこむ。 「九峪様!!」 瀕死の重傷で忌瀬のもとに担ぎこまれた九峪が、峠を越したのはほんの二時間ほど前だ。 どうにか気の休まるところまでこぎつけた彼女は、監視を助手に任せて仮眠を取っていたのだが、すぐさますっ飛んでくる。 その様子に九峪は目に涙を浮かべながら首だけを彼女に向け、微笑む。 「どうやら、還って来れたようだな」 忌瀬は簡単に診察をすると、皆に知らせるために再びすっ飛んでいく。 と、途中で立ち止まり、九峪のほうを向く。 「あの、九峪様?何かあったんですか」 「なにかって?」 「いえ、うまくは言えないんですが……なにか、一皮向けたような――」 「ふぅむ?」 少し考えるそぶりを見せてから、九峪はにやりと笑った。 「死にかけた」 この最高級のジョークは何故か彼女には受けなかったようで、憤然とした顔で傷口をぽん、と叩くと、一礼して去っていった。 「……なんっ…てこと、しやがる…………」 ようやく痛みが引いた頃、九峪は不敵につぶやいた。 「待っててくれよ。日魅子」 段々、多数の足音が聞こえてくる。 大挙して押し寄せてくるであろう、愛すべき見舞い客たちを想像し、九峪は天井を見上げて苦笑した。 夢を見た。 その中で久しぶりに会ったあいつは、全然変わっていなかった。 ずぼらで、だらしなくて、爺くさくて、自分勝手だった。 夢の中でまで、さんざっぱら勝手な事をほざくと、消えていってしまった。 ……今になって、段々苛々してきた。こんなことなら、あのとき私もついていけば良かったかもしれない。大体からして、私は待つのは性に合わないのだ。 日魅子はベッドから上半身を起こすと、不機嫌極まりない顔でつぶやいた。 「さっさと帰って来なさいよ。馬鹿ヤロウ」 あとがき え〜、当初はギャグものにするつもりだったんですが……。 …いかがでしたでしょうか? 感想待ってます。 |
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