瞬きの色は変わらずに
暗闇に染まった空を、これでもかと言わんばかりの星々が埋め尽くす。空は闇ではなく、星の輝きによって支配されていた。
満天の星空。いや、現代の感覚にあわせるのならば、この空はその言葉で形容してもまだ足りないだろう。
ここ、国見城で夜空を見上げながら、耶麻台国復興軍の総大将、九峪は、そんな事を思っていた。
庭に面した縁側に座し、美しいこの光景をただひたすら眺める。都会では絶対に出来ない事を今やっているのだなと、九峪は少し嬉しくなった。
「九峪さま」
呼ばれ、九峪は振りかえった。
「志野か……」
そこには、耶麻台国軍女王候補が一人、志野がいた。
「何をなさっているのです?」
頭飾りの位置を直しながら、志野は九峪の隣りに座った。
「空を眺めてたんだ」
「空を?」
「ああ。星がたくさんあって、すごく綺麗だからさ」
「そうでしょうか。このくらいの星は、いつもの事だと思います」
「この世界じゃ当たり前だろうけどさ。オレのいた世界じゃ、この半分くらいでも満天の星空って言うんだ」
「この半分ですか? 少なすぎません?」
「オレのいた世界は――そう言う意味で、汚れきっていたからな」
驚きの志野に、苦笑しながら九峪は呟いた。
「星なんか、めったな事じゃ見えやしねえんだ。
だから、この世界に来るまで、星がこんなにあるなんて知らなかった」
再び空を見上げ、九峪は『満天の星空』を眺めた。志野もつられて、『いつもの空』を見上げる。
「……足、どうだ?」
わずかな沈黙の後、九峪がそう尋ねて来た。五日ほど前に、志野は踊り子の命である足を怪我したのだった。
「幸い大した事は無いようです。一月もすれば、また踊れるようになると言われました」
「そっか……よかったな」
「ええ。それもこれも、みんな九峪さまのおかげです」
夜空から九峪に視線をかえて、志野が言う。
言われて、九峪は気恥ずかしそうに鼻を掻いた。
「オレは何もしてないぞ」
「いいえ。あの時九峪さまが励ましてくださらなければ、私は踊る事をあきらめてしまっていました。
私はあの時、また踊ろうと決意したんです。踊りたい理由と、踊らなければならない理由を見つけたんです」
「踊らなければならない理由?」
おうむ返しに、九峪が志野に尋ねる。踊りを義務とするなど、志野らしくないと彼には思えたのだ。
「なんだ、それは?」
「ふふ」
意味ありげな笑みをうかべながら、志野は立ちあがった。
右手人差し指一本を立てて唇に当て、九峪に向かって片目をつむってみせる。
「秘密です」
言って、志野は九峪の「どう言う意味だよ」という言葉に答えずに、そこを後にした。
「――ったく。理由くらい言ってくれてもいいじゃねえか」
志野の去って行った方向を見ながら、九峪は毒づいた。
「やれやれ――そういや、あいつ結局何しに来たんだ?」
ただ自分に会いに来ただけとは露にも思わずに、九峪は再び夜空を眺める事にした。
それから、一ヶ月がたった。
「九峪様」
一月前と同じように九峪が星を見ていると、一月前と同じように志野が現われた。
「ああ、志野か。どうした?」
「九峪様こそ、どうしたんです? また、星を眺めてるんですか?」
「ああ、まあね。この前よりも数が多い」
「この位になると、こちらでも満天の星空と言いますね」
夜空に浮かび上がる星たちは、一月前よりもさらに多く、さらに強く輝いていた。
「これが空なんだからな。これだけ多いと、まるで別の物を見ているような気がするよ」
二人して、この『満天の星空』を眺めやる。一月前と同じく、しばらくの沈黙が流れた。
「今日は、約束を果たしに来ました」
「約束?」
九峪には、志野と約束をした覚えはなかった。
「いつだったか、自己紹介も兼ねて、私の踊りを披露しますって、言ったじゃありませんか」
「あ………」
言われて初めて、九峪はその事を思い出した。会話の中の、ただの何気ない発言だったが、志野はちゃんとそれを覚えてくれていたのだ。
「じゃあ、志野の踊らなければならない理由って――」
返答はせず、志野は庭に降り立った。
「さあさあお次は、わが雑技団の踊り子、志野による華麗な舞いでございます。どうぞ、御賞味くださいませ」
雑技団にいた頃の団長の前口上を言って、そして、九峪に向き直り、志野は舞い始めた。
その踊りは、素晴らしいものだった。
優雅で、美しい。星々の光に照らされながら舞い踊る志野は、普段の何倍も輝いていた。
それは、志野が九峪のために踊っているから。自分の愛する人に見てもらうための踊りだから。その人が、今、自分の踊りを見てくれているから。
だからこそ、ここまで踊れる。ここまで美しくなれる。
この時間、この瞬間、志野は自分の幸せを、確かに感じたのだった。
(キレイだ――)
正直に、九峪はそう思った。志野のこの輝きに比べれば、夜空など取るに足らないものでしかないように思えてくる。
踊りには疎い方だ。とくに日本舞踊など、長ったらしくて退屈という歌舞伎や狂言のイメージしか持ち合わせてはいなかった。
それでもわかる。これ以上の踊りはないだろうと。これが最高の踊りなのだと。
その踊りを見れるこの時間、この瞬間を、九峪は神に感謝した。
志野は踊りつづけ、九峪はそれをじっと眺める。二人とも、同じ想いを胸に秘めながら。
満天の星空は、そんな二人を優しく包み込んでいた。
時間は止まらずに流れつづける。いつしか、この踊りも終わってしまう時が来る。
だけど、出来ることならばと、二人は願う。
出来ることならば――
時間が止まって欲しい。
今が永遠に続いて欲しい。
この瞬間を、ずっとずっと味わいたい。
この瞬間は、幸せそのものなのだから。
そう、出来ることならば――
ずっと――
あとがき
皆さんこんにちは。始めまして。
私、桜華と申します。
このたびは私の拙い小説に最後まで御付き合いくださいまして、真にありがとうございました。
志野が自己紹介もかねて踊る約束をしていた件は、確かにゲームの中にありましたよね(最近やってないのでよく覚えていません)。でも、踊るイベントがなかったので、踊って欲しいなあ、と思いながら書いたものです。
火魅子伝は初めてなので、いささかまとめが甘いです(普段は美神書いてます)。
これからもっと精進していくつもりですので、よろしくお願いします。
桜華でした。
感想はこちらまで!!
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