漆黒の闇の中、男と女が座して向き合っていた。
 女が男に盃を勧める。
 男は肩をすくめて受け取ると一息に飲み干そうとして、咳き込んだ。

「……強い……」

 辛うじて男が口を開く。 少々気だるげな調子ではあるが、少年と言っていい声だ。
 女が笑う。 こちらは堂々とした、人の上に立つ者らしい声。

「酔いつぶして暗殺しようと思ってな」

 からかうように、言う。

「殺したいのか?」

 男もおどけた調子で訊き返す。
 すると女はにやり、と笑った。

「冗談だ。 お前たちには期待しているのだからな」

「……お役に立てそうで何よりだ」




 しばらく二人は何事かを話し合っていたが、唐突に男が切り出した。

「……あんたの目的は一体何なんだ?」

 女が自分の盃を置き、訊き返す。

「そう言うお前の目的は? 何故連中に手を貸している?」

 男が答えるまで、少々の間があった。

「復興させる。 …それ以外に何がある?」

 女がくつくつと笑う。

「いまさら、腹を隠す必要もあるまい?」

 今度は男が苦笑する。

「まぁ、建前だった頃もあったのは確かだがな」

「ほう?」

 女が面白そうに聞き返す。

「今は違う、と?」

「違う」

 穏やかに、だがはっきりと男が答える。




 いつ頃からだろう。 自ら、御遣いとなることを望んだのは。
 はじめは、自分にとっては利害関係の一致でしかなかった。 たまたま進む方向が同じなだけ。 もちろん、その時はその時で全力を尽くした。 自らの目的のために、己に取れうる最善を尽くした。
 だがいつ頃からだろう。 自分のためだけでなく、はっきりとあの連中のためにも力を尽くしたくなったのは。
 全く、愚かしいことだと思う。 どんな国でもいずれは滅びるものなのだ。 それを、終わってしまったことを受け入れず、ほとんど全く無関係の世界の、全然全く無関係の人間まで巻き込んで、こんな馬鹿騒ぎを引き起こしている。 偶像を仕立て上げればそれで全てが良くなると思っている。 そのために命を懸ける事が最善だと信じきっている。 何より自分自身、その偶像を頼らなければ目的を果たせないでいる。 全く…、なんと愚かしいことか!
 だが。そこまで考えて、男はこうも思う。
 今の「この世界」にはそれが必要なのだ。 いずれ必要ないと判断すれば、自分たちの手で偶像を打ち砕くことだろう。 なれば、それは部外者である自分の預かり知るところではない。 せいぜい、彼らが必要としているうちは偶像を守護する御遣いとなろう。 誰のためでもない、あの連中のために。




「無駄死にさせるには勿体無さ過ぎる奴らばかりだからな」

「なるほど、な」

「と、いうわけで、これからは全力で叩き潰させてもらうぜ?」

 女が高らかに笑う。

「期待して待っていよう」

 女が立ち上がる。
 男はそこで思い出したように、聞く。

「それで結局、あんたの目的は何なんだよ?」

「内緒だ」

「ちぇ、俺の話し損じゃないか」

 口を尖らせる男に、女が苦笑する。

「いずれ判るさ。 お前が自らの道を歩き続けることができれば、いずれまた我らの道が交わることもあろう」

「へぇへぇ、期待して待ってますよ」

 男が拗ねたように言う。 女は苦笑したまま、別れの言葉を告げる。

「ではな」

「ああ」

 こうして男と女は別れていった。









 あとがき
 
 小説を読んだ方なら、一度はこのようなシチュエーションを想定した方もおられるのではないでしょうか?
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