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悠久戦記 〜トワノセンキ〜 Scene.11 (H:小説+その他 M:九峪・日魅子・上乃・伊万里・星華・宗像三姉妹・伊雅・キョウ J:シリアス)
日時: 06/28 20:46
著者: 甚平   <sima.sakon.katutake@gmail.com>




  悠久戦記 〜トワノセンキ〜


    Scene.11




あくまでも九峪は普通の高校生でしかない。それは能力的な意味で、たとえば魔法が使えるだの、幽霊とコンタクト出来るだの、そういう超常的な素質を持っていない、という意味での普通だ。炎御剣そのものは外的な要因でしかない。

だから、その神社の異質さというか、神性というか、とにかく目に見えない何かしらを感じ取るセンスに欠けているのだ。それが普通であるという証であり、それは上野も同様のことだった。ただ日魅子と伊万里はその限りでもなく、鳥居をくぐる前から、彼女たちだけが何かを感じ取っているようだった。

朱塗りの鳥居は大きく、荘厳にそびえているのに、九峪は最初、それが鳥居であるという風に認識することができなかった。それこそが九峪の凡性だった。

伊雅に連れられて、九峪たちはその神社を訪ねはしたものの、彼という水先案内人がいなければ、おそらくこの神社の存在そのものを近くすることんく、簡単に素通りしていたかもしれない。

「ここには、強力な結界が張られているのだ。わしもよくはわかっとらんが、人間の目には映るものの、気にもとめないような錯覚をさせているらしい。結果、見えているのに視えていないのだそうだ」

鳥居の前で、伊賀はそう言って、道端に生えている雑草を指さした。

「その草と同じだな。目にはするとて気にはしない。だからここは、存在しているのに存在していない」

「まるでゲームかマンガじゃねぇか」

「ところが現実だ」

伊雅がちらりと、視線を日魅子と伊万里へ向けた。かつて感じたこともない感覚に戸惑う2人に、目を細める。

「そこの2人をお連れしたら、さぞお喜びになられるだろう」

「誰がだよ?」

「ついてこい、知りたければ」

伊賀が鳥居を潜り、上り階段を登っていく。九峪はどうしようと迷い、日魅子たちのほうを向いた。目で問いかける。日魅子も伊万里も、上野も、どうしたらいいかわからないでいた。

ただ一人――一人とカウントしていいのかは甚だ疑問ではあるが、唯一キョウだけが、進むことを諭してきた。

「オイラ達にはわからないことが多すぎる。ここはなんでもいいから、とにかく前へ進むべきだと思うな」

キョウの言うことは、この場でただただの正論だった。あるいは極めて客観的な意見でもあった。そうであるのなら、たしかに九峪たちには、伊雅の背を追う以外の選択肢などないのかもしれない。

意を決したのは伊万里だった。家族や門下生、日常を奪っていった何かを、追い詰める手がかりが、そこにはあるのかもしれないのだから。伊万里の背中を、上乃も追いかける。

ここを登って、その先へ行く。何があるのか、何を知るのか。それを怖いと思うのと同時に、やはり行くしかないのだと、そう強く九峪は感じていた。見上げる階段の道は、果てしなく高いように感じられる。天へと登るように。

死んだフリークライミング部の仲間たちの顔が浮かび上がった。ようやく、ようやく前へ進める。みんなを無残に殺した何かに、ようやく近づける手応えが、ここから感じられるのだ。

不安そうに見つめてくる日魅子に、九峪はしっかりと頷いてみせて、その手を握った。

「行こうぜ。行かなきゃ始まらねぇ」

「大丈夫なんだよね?」

日魅子の瞳が揺れている。

「それを確かめに行こう」

こういうとき、少し強引に言うくらいが丁度いい。日魅子が首を縦に触れたのも、誰かの安心に触れられたからだ。

階段道の両脇は、さながら森のように樹木が茂って、空すらも緑の葉で多いかぶすようにしている。わずかに登っただけで、外界――あるいは下界か――と完全に隔絶されてしまったような気さえしてしまう。どんどん森の奥、林の向こう、山の峰々を越えていって、まったく異なる世界への旅路を進んでいくようだ。それはただの錯覚であると断言できるのだが、そうさせているものも、きっと伊雅の言う結界とやらのせいなのだろう。

黙々と、九峪たちは石段を登った。虫の音色が聞こえる。鳥のさえずりも聞こえる。ここは生命に溢れている。こういう場所が九峪は嫌いではない。クライミングは、自然の中で生まれたスポーツだからかもしれない。九峪もよく自然の岩場を登ったものだ。

伊万里や上野のように、もとから肉体を鍛えている人間には、さして苦となる勾配でもないが、とくにスポーツを嗜んでいるわけでもない日魅子には、いささか厳しいものであるようだった。日魅子の手を通じて、たしかな疲労が感じられる。

「運動しないで食っちゃ寝してるからだぜ」

日魅子の気を紛らわせる意味もあって、そんな軽口を九峪が叩くと、玉汗を額に浮かべながらも日魅子は口を尖らせた。

「そんなに怠惰じゃないもん」

「お前はあれだ、先輩と上乃に鍛えてもらえ」

「え〜・・・・・・」

疲れた顔をさらに疲れさせて、日魅子の足がさらに歩みを遅くさせた。全身からお断りのオーラを全開にさせる。別に運動能力がないわけでもないけど、スポーツに打ち込もうという熱意は欠片もないのだ。そんなことは、伊万里も上乃も承知しているから、いままで勧誘なんぞしたこともない。

途中なんどか休憩を挟まなければならないほど、階段は長く続いていた。小山の上に社殿が建てられているのだと伊雅が説明してくれた。古来から、その小山には霊的な力があるのだとか何とか、そんなことを言っていたが、九谷の耳は右から左だ。そんなことより、つまり自分たちは、小山といえど山一つ登らなければならないということだ。これはさすがに辟易してしまう。

登り始めて5分ほどして、ようやく一行は階段の最後を踏み越えて、お山の頂上へたどり着いた。樹木に挟まれた狭い階段道から、そこは一気に開けた空間が広がって、急激な開放感に九峪たちは保っとしてしまった。

頂上は意外と広く拓けていて、階段道から社殿まで石畳が敷かれている。近くには明らかな住居が建てられている。純和風な屋敷だ。それとは別に社務所もあって、たしかにここは神社なんだと思わせられる。

清掃がしっかりと行き届き、雑草のたぐいも目立たない。澄んだ空気が、真夏の陽気なのに、すこし肌に冷ややかだ。

「ここが?」

九峪が尋ねると、そうだと伊雅が頷いた。

「さて、一体どこにいるのか。・・・・・・屋敷の方か?」

「誰がいるんだ、ここに?」

「うむ・・・・・・お主たちの知りたいことを、教えてくださる方だ」

「それは・・・・・・」

どういうことだ、と問いかけようとして、口をついて出たはずの声が爆音にかき消された。ガスボンベが爆発したような、とんでもない破壊力を伴った破砕音が、社務所の壁を吹っ飛ばした爆発とともに、九峪たちの目を丸くさせた。空気を震わせる振動に、伊雅を含めた全員の身体が跳ね上がった。見事な早業でキョウが天魔鏡のなかに引っ込んだのも無理はなかった。

何事だとパニックになりかける九峪たちの視界に、ぶち開けられた壁の穴から、一人の少女が転がるように飛び出す――逃げ出す?――のが見て取れた。



「わーーー、ごめんなさーい!!」

「羽江ー! あなたって子はーー!!」

「ちょっ、落ち着いてください星華様ッ!!」

「離しなさい衣緒、今日という今日は許せません! 前回のワンピに引き続き、今度はお気に入りの浴衣まで・・・・・・成敗ですッ!!」

「私が縫い直しますから!」

「あなたのお洋服だって犠牲になっているのよ!?」

「――えっ?」

「えっ? 知らなかった?」

「・・・・・・どういうことかしら、羽江?」

「え〜っとぉ・・・・・・」

「――星華様、離します」

「羽江ーーー!!」

「ぎゃああーーー!!」




などという一連のやり取りを目の当たりにして、九峪たちには言葉もなかった。

「うむ・・・・・・今日も星華様は絶好調か」

「あれを絶好調で片付けるのか、あんたは・・・・・・」

まるで無邪気な孫を優しく見守る老人のように、伊雅がうんうんと頷いている。

星華と呼ばれた女性が、手のひらから大きな火球を出現させて、それを逃げ惑う少女に向かってぶん投げた。「ちょっとそれシャレなんないってばー!」少女の悲鳴が境内に響いた。少女はとっさに両手を前に突き出すと、飲み込んできそうな勢いだった火球が目前で火の粉となって消え去った。それはとても幻想的な光景だったのに、九峪たちにはとても見入るような余裕がなかった。

少女は勢いよく真後ろに転がっていった。さすがに九峪も心配になるほど、それはもう盛大に。しかし案外けろっとしたように、少女がむくりと起き上がった。

「星華様ひどすぎだってば! 死んじゃうから!」

たしかにあれはヤバすぎる。ちょっとした喧嘩くらいで繰り出すには、あまりに殺傷力の高すぎるものではなかろうか。少女の猛抗議に九峪たちも内心で同意してみせたが、とうの星華はふんと大きな胸を余計に反らせて、羽江という少女を絶対零度の半眼で見下した。心なしか、背後がほの暗く翳っているように九峪には見えた。

「あなたの犯した罪は万死に値するのよ。あのワンピースがいくらしたと思う? 5万よ5万。お気に入りだったのよ。月々のお小遣い5千円のあなたにはわからないでしょうね、5万という規模が。勝負服だったのよ。それをあなたは・・・・・・ただの炭に変えちゃってッ!!」

「べ、べつに見せるカレシもいないんだか――」

「あ゛ぁ゛ッ!?」

「ピィッ!?」

美人の発するドスの利いた声に、珍妙でか細い悲鳴をあげて、羽江が腰から砕け落ちた。いま羽江の目前にいるのは人などではない。鬼だ。背後の蔭が次第に幽鬼の像を形作っていくのが、九峪にも見えた。恐ろしや。

「あなたみたいなちんちくりんでぺったんこなロリータボディと違って、私のこの豊満な胸と美しい肢体を包み込める衣装は限られているの。わかる? ねぇわかるぅ? わかりますかぁ!?」

「わ、わかりましたぁ!!」

「わかるわけないでしょまな板ー!」

「お助けーッ!」

少女の悲鳴が木霊する。硬直したままの九峪たちには、手を差し伸べることができなかった。動けたとしても助けはしないが。だって怖いから、あの鬼が。

「・・・・・・なぁ伊雅さん、おれたちは今なにを見せられているんだ」

「美しき主従愛だ」

このおっさんの目は腐っているらしい、どうも。

もしかしたらおれたちは、魔境に迷い込んだのかもしれない。そんな不安を九峪たちが抱きつつあるところへ、屋敷の方向から眼鏡をかけた女性が一人、近づいて来るのに伊万里が気づいた。女性はタイトパンツにカットシャツという、飾り気のない服装をしていて、それが逆に大人の女性らしさを演出していた。

「御足労いただき申し訳ありません、伊雅様」

そう言った女性が、静かに頭を下げた。

「おお、亜衣。出迎えすまんな」

亜衣と呼ばれた女性が、上げた顔に薄い笑みを浮かべ、伊雅越しに九峪たちに視線を転じさせた。切長い瞳に射抜かれ、まるでそれだけで切り刻まれてしまいそうな鋭利な圧迫感が感じられた。伊万里と上乃は、その瞳の鋭さに、藤那と同じようなただならぬものを感じざるを得なかった。

すぐに鋭い視線は伊雅へと戻され、二言三言を交わし、亜衣はいまだぎゃあぎゃあと騒いでいる星華たちの方へと足を向けた。

ぶち開けられた社務所の壁を見やり、顔を反らせる伊緒を見やり、それから星華と羽江を見やった。

「・・・・・・星華様、そこまでにしていただきましょうか」

そう言われるまで、亜衣の接近に気付かなかった星華が、ぎょっとして顔を振り向けた。

「あ、亜衣・・・・・・いた、の?」

「おりました。社務所の吹っ飛ぶ爆音が聞こえましたので」

「そ、そう・・・・・・あっ、ひどいのよ羽江がッ!」

「まず手のひらの火球を消しなさいッ!」

「はいッ!」

星華の背筋が伸びる。まるで軍隊の号令のようだ。

「羽江も、いつまでも地面に蹲ってないで立ちなさいッ!」

「はいっ!」

勢いよく羽江が立ち上がる。全身土埃まみれだ。

「伊緒はいますぐお茶と菓子の用意ッ!」

「はいッ!」

衣緒が慌てて屋敷の方へと走っていった。星華は内心で「逃げた!」と叫んだ。

「まったく・・・・・・修繕業者だってタダで来てはくれないのですよ?」

「だって羽江が・・・・・・」

「だからといって壁を吹っ飛ばさないでください。修繕費は今月のお小遣いから差し引きますからね」

「えっ!? そ、それだけはッ」

「では星華様がなおしてくださるのですね?」

「・・・・・・どうぞお納めください」

シクシクと無念極まりなく落涙する星華へ対する亜衣の瞳は、南極の氷よりも冷たかった。そのあまりの無慈悲っぷりに、もういっと帰りたくなる九峪たちだった。



彼女たちの悶着が、星華と羽江の全面降伏(お小遣い減額)によって一応の終結を見ると、ようやく九峪たちは話の本題へ入れることとなった。屋敷に招かれた九峪たちを、ちゃっかり逃げおおせた衣緒がお茶と菓子でもてなした。

畳敷きの部屋で、星華がもっとも上座に腰を下ろし、その両隣を亜衣と伊雅が挟む。亜衣の側に衣緒が座り、九峪たちはもっとも下座にあった。

「先程は大変お見苦しいところをお見せしてしまいました」

亜衣が深々と頭を下げた。つられて九峪たちも、いやいやと頭を下げ返した。バツ悪そうに星華が視線を窓の外へ投げている。

「いやぁ、仲良き主従は美しきかな」

伊雅だけが、どこか的外れな感慨にふけっている。

「あれを仲いいで済ませちゃうんだ、あの人」

ぼそりと日魅子が呟くのを、九峪は背中で聞いた。仲が良ければ、あんな殺人的な爆発をお見舞いするのだろうか? 答えは誰にもわからない。

「よくぞお見つけくださいました、伊雅様」

亜衣が言った。伊雅が鷹揚に頷く。

「やはり星華様の占星は日本一であるな」

「伊雅様の御運の賜物ですわ」

話しの流れが変わったと読んだ星華が、ようやく視線を正面に戻した。

「まさかこんなに早く、お見つけ下さるなんて・・・・・・」

「お借りいただいたこの蒼竜玉が、よく反応してくだされましたわ」

そう言って伊雅が取り出した、龍の装飾に包み込まれるようにされている宝玉が、明らかに人工的でない不思議な輝きを淡く発しているさまに、九峪たちは目を奪われてしまった。九峪はその光に、体内の炎が燻るのを感じた。

「あーッ、やっぱり!」

キョウがいきなり叫びをあげて、伊雅の手にある蒼竜玉に飛びついた。

「なんだか似た感覚がすると思ったら、神器じゃないか!」

「なんだよ?」

「これはオイラと同じ神器の一つなんだ」

「神器?」

なんとなく聞き慣れた名詞だけど、よくわからなかったので、九峪たちが訪ね返すと、蒼竜玉に抱きついているキョウがとても嬉しそうに声音を弾ませて言った。

「耶麻台国の最高の宝物、神器。全部で7つあってね、火魅子を選ぶのに使われるんだよ」

「耶麻台国の火魅子――って、あれか、よくテレビの特集とか○HKなんかで見る、あの火魅子?」

「その火魅子」

「・・・・・・またまたー、キョウさん冗談キツいよー。・・・・・・それってつまりおれの両親とか日魅子のじいさんが研究してる、あっ、あの耶麻台国じゃねーか!?」

「うん」

「うんじゃねーんだよ! おい日魅子、いますぐコイツじいさんのとこ連れてくぞ! 神器なんて、すっげー喜ぶッ! 小遣い倍増間違いなしだ!」

「あっ、うん」

うっかり日魅子も頷いた。

「うんじゃないよ! いまはそれどころじゃないでしょ!」

「そ、そうだった」

思わず目先の欲に走りかけた九峪であったが、キョウに向けられる視線からは、やはり金銭の匂いが漂っていて、肝(があるかはさておき)の冷える思いにキョウは身震いした。

「おれは、おれたちは、ここに来れば知りたいことを知ることができるって言われてきた」

「存じておりますわ」

打てば響くようにテンポよく、九峪の言葉の後ろを星華が飾る。言いたいことの全てを了解していると、まるでそう言っているかのようで、その粛然さに九峪は居住まいを正すしかなかった。

伊雅の後を付いてくるのにも、正直なところを言うと、半信半疑な思いを抱きながらのものだった。この男は何かしらを知っている、あるいは関わっているのでは、という疑いこそあれど、あまり期待していなかったのも本当だったのだ。

しかし、いま目の前で泰然とした雰囲気を持ったこの女性は、さっきのような騒ぎを起こしていた時と違い、まさに真実の中心を見据えているかのようであった。

九峪は背中ににじむ汗の、ひんやりとした冷たさを感じた。

「おれたちの知りたいことを、あんたたちは」

なぜ日魅子と自分が襲われたのか。伊万里と上乃が狙われたのか。どうして部員たちが犠牲にならなくてはならなかったのか。あの夕暮れどき、公園で魔獣と戦っていた女性は何者だったのか。どこのどいつが魔獣を呼び出して、やたら悲劇を引き起こすのか。耶麻台国とは、火魅子とは。

聞きたいことが多すぎて、言葉がそれ以上出てくることはなかった。

「その前に九峪さん、あなたにお願いがあります。あなたがその身に宿した宝剣を、ここで顕現させてください」

「ここで・・・・・・?」

訝しむ九峪に、星華がこくりとうなづいた。

「そうです、いまここで」

「いいけどよ・・・・・・」

別段に断る理由もないので、安請け合いした九峪が、右手に視線を定める。思えば、これだって知りたいことの一つだ。キョウからある程度は聞いているけれど、やはり別の口からも聞いておきたい。そんなことを思いながら、胸の奥の熱いものの燻りが、腕を通って右手に集中していくのを感じる。

わずかな火の粉が手の平からほとばしり、赤と橙の輝きの中で、一振りの刀剣がその姿を表せる。伊万里と上乃がそれを見るのはこれで二度目だったが、その不可思議な光景を、ただ見つめている。

近くに魔獣がいないせいだろう、炎御剣は猛々しい輝きというものを一切持たない、淡い光を放つだけの物質として、九峪の手の中にあった。

「おおっ・・・・・・これが炎御剣か」

感嘆の言葉をこぼす伊雅に、やはり知っているんだなと九峪が視線を投げる。亜衣や衣緒なども、興味深そうに九峪のもつ炎御剣に魅入っている。

どこか満足したように、星華が目を細める。

「この宗像神社には、古代の耶麻台国に関する文献がいくつか残されています。その宝剣のこともまた、私たちは文献によって既知のものとしていました」

「ねぇ、この剣ってなんなの? 宝剣って?」

炎御剣に関して何も知らない日魅子が、ごく単純に質問する。刀剣に興味のない日魅子にだって、刃から火を噴き出したりするわけがないことくらいはわかっている。明らかに尋常ならざる武器を九峪がもっていることに、内心ではずっと心配だったのだ。

なにしろあれだけ炎を出すんだから。火傷するじゃん――と。心配とはいっても、せいぜいそんなものだが、とにかく心配は心配だ。

「日魅子さん、あなたはこの剣の炎に、何かを感じはしませんか?」

問いかけを逆に問い返されて、日魅子は一瞬、言葉もなかった。

「・・・・・・わかんないよ」

そう答えるしかできない日魅子から視線を外した星華が、こんどは伊万里を見る。正座している伊万里が、膝の上の手を握った。

「何かはわからないけれど・・・・・・でも、何かは感じる」

率直なところを言ったつもりだ。伊万里には、たしかにあの剣から感じるものがった。それが具体的にどういうものかまではわからないにしても。

「墨火の炎(ぼっかのかぎろい)の御力は、耶麻台国を守護する聖なる燈火であり、火魅子を守るものでもあったそうです。九峪さんがその身に宿した炎御剣もまた、女王たる火魅子をお守りするための宝剣であり、その役目を果さんとしたがために、あなたを寄り代とせざるを得なかったのでしょう」

「それは・・・・・・どういうことだ?」

「まぁ、あれだね。日魅子を守ろうとした炎御剣が、たまたま近くにいた君にとり憑いたってことだね」

静かに語る星華とは対照的な、とてもフランクな物言いがすぐ傍から聞こえてきて、九峪の瞳が宙空のキョウを捉えた。

「たまたま?」

「たまたま」

「・・・・・・テメェそれで納得しろってかコノヤロー!?」

あんまりにもふざけた言い草に九峪の腕がキョウを引っつかんで振り回す。神器の精霊に対するとんだ暴挙に伊雅たちが目を丸く剥くのも、たまたま偶然こんなことに巻き込まれたのだと言われた九峪は気にもしていない。

状況が状況だったのだから、日魅子を守るための力をくれた炎御剣には、感謝のしようもないほどだと思っていたし、それは今でも変わらない。だが、まるで手近にあればなんでも良かったと言われもしたら、これまでの決意や覚悟までもが、安っぽいものになってしまったような気がした。

九峪は心のどこかで、自分が日魅子を守る存在であれることに、意味があると思っていたのに。

上下に振り回されるキョウは、なんとか弁明をせねばと必死だった。

「も、もちろんこうなる運命だったんだよきっと! 必然さ必然! だいたい君がいなかったら、今ごろ日魅子だって魔獣のお腹の中だったんだよ!?」

それを言われればその通りではある。あそこに九峪がいなければ、日魅子はどうなっていたか。あるいは炎御剣の寄り代となっていたかもしれないが、それでも戦えたかどうか、九峪はむしろ無理だろうと思った。自分が決死の覚悟で戦う背後で、日魅子は顔をくしゃくしゃにしたまま、震えていた。戦えるわけがない。

だからおれが戦う。守る。そのための手段が炎御剣。その時その場に自分がいたことは、偶然であっとしても、たしかに意味のあることだったのだろう。炎御剣にとってはただ近くにいただけかもしれないが、たしかにキョウの言うとおり、それは必然的に必要な条件でもあるのは確かなことと言えた。

「炎御剣はただ、女王の血筋を救おうとしただけ」

星華がそう言うと、「血筋・・・・・・って、つまり」と小さく日魅子が言う。

星華はこくりとあごを落とした。

「そう、あなた。ついでに言うと、あなたも」

そんな言葉をのせて星華が視線を向けたのは、伊万里であった。

「わ、わたしもか?」

まさかこちらに流矢が飛んでくると思っていなかった伊万里には、それがどういうことなのかがわからなかった。

互いに見合わせる日魅子と伊万里は、ひとまず、星華の次の言葉を待った。

「いま世間を騒がせている連続猟奇殺人事件、それには表向き報道されていない、ある共通点があります」

そうして、星華が語りだす。九峪たちが、長い石段を上ってきてでも知りたかったことを。

つまり――

「それが、火魅子の末裔・・・・・・そういうことなんだな?」

結論的に九峪が、語りの内容をまとめる。火魅子の末裔――それこそが、日魅子と伊万里を襲った災難の現況であるらしい。

「日魅子さん、伊万里さん。あなたたちは、古代の日本に実在した女王・火魅子の血を引いている末裔なのです。それはつまり、火魅子になれる可能性があるということ。魔獣はそういう、火魅子として覚醒しうる女性を狙っているのです」

どう何を言ったらいいのか、それがわからなくて、日魅子と伊万里は何も言えずにいた。上乃の指が、伊万里の服の裾を摘んでいる。伊万里には、いまいち星華の言うことがわからない。火魅子という存在くらいはしっている。古代日本の、伝説的な国を率いた伝説上の女性。歴史に明るくない自分でも知っているくらい有名な偉人の――末裔?

冗談にしてもチープだ。それならまだ、織田信長の末裔と言われた方がずぅっとマシというものだ。それなら信じてもいい。許容範囲だ。でも火魅子はないだろう、火魅子は。

古代女王の末裔で、自分がその火魅子になれる?

頭の悪い妄想と言われたら、それはそうだろう。そんなことを大真面目に言われて、どうしろというのか。

それが伊万里の率直なところだった。日魅子にしても同じことだった。信じる信じないのレベルをはるかに超えている。

「あー・・・・・・じゃあ何か、星華さん。今おれの目の前には、あの有名な火魅子の末裔が、2人そろって座ってるっていうのかい」

「正確には少し違いますね」

亜衣が眼鏡を指先で正す。くすりと微笑んだ星華の瞳には、ちょこっとだけ、いたずらっ子の色があった。

「あと1人足りません」

「はい?」

「あと1人です」

ぽかんとしていた九峪が、亜衣を見つめた。伊緒を見て、次に羽江に視線を流す。3人はそれぞれ、視線を一点に集中していた。3人の視線の集まるそこには、最上級のドヤ顔があった。

「――・・・・・・あー、つまり、あんたが?」

だいたいわかったが、まぁお約束とばかりに、九峪がおざなりに確認を取る。

星華のドヤ顔が、ますます濃くなった。

「三人官女ならぬ、三人王女、です」

星華の瞳は、無駄にキラキラしていた。




九峪たちは、その日一日の終わりを、宗像神社で過ごすことにしていた。

というのもそれを勧めたのは、実質的に宗像神社を切り盛りしている亜衣で、日魅子と伊万里を魔獣の牙から守るためだという。

ここ宗像神社は、霊的な要塞と呼べる場所だった。星華をはじめとした巫女たちが、何重にも重ねた方術結界によって、邪魔なる存在の一切を寄せ付けないように出来ている。さらに一般人の認識力にも働きかけて、人の目を遠ざける役割もある。

そうと意識しないと、人々はそこに鳥居があることすら、認識できないのだという。見えてはいるけど視えていない、ということらしいが、九峪たちにはよくわからないことだった。

ここで、九峪たちは身を潜ませる。魔獣と、そして伊万里たちを探しているだろう警察から。

「もしもご家族のもとへ戻れば、あるいは、その人たちを巻き込んでしまうかもしれません」

などと言われれば、伊万里たちの件がある以上、日魅子が実家に帰るわけにも行かなくなる。もともと行き場のない伊万里たちには、とにかく宗像神社に身を寄せるしかないし、九峪だってそうなると一人だけ帰るなんて話にはなりようもない。

これからどうなるのか、その心配と不安と、なれない寝床のために、どうしても目が冴えてしまう。与えられた和室の静けさが、身体に寒々しい。明日はとりあえず一旦帰って、衣服等を運び出す手はずになっているけれど、我が城の部屋が恋しい。

まだ買ってから読んでいないマンガなどもある。クライミングに使うグローブも出しっぱなしだ。

そんなことを考えながら、なんとなく夜風にあたりたいと思い、邸宅から縁側に出ると、月明かりの下で腰を下ろしている女性の後ろ姿があった。

「眠れませんか」

そう言って振り返ったのは、星華だった。こちらから声を掛けようか迷っていた九峪は、まるでこちらの接近を感じ取っていたかのような星華の反応に驚きながら、頭を軽くかいた。なんとなく星華のとなりに腰を下ろす。星華は嫌がる素振りも見せない。

「まぁ・・・・・・」

九峪の生返事に、星華が鈴を鳴らすように笑んだ。

「慣れるまでの辛抱ですよ。旅館に泊まっていると思って」

「和室が珍しいっすからね。おれの部屋はベッドだし」

「私も、ベッドってちょっと憧れなんですよ」

「布団なんだ?」

「こんな家ですもの。中学の修学旅行で、初めてベッドで横になった時なんて、興奮して眠れなかったわ」

なんだか微笑ましいエピソードも、その横顔の美しさを引き立たせるエッセンスのようだ。美人の部類に入るだろう日魅子や伊万里ともまた違う、優雅な美しさに、九峪の目はしばし奪われた。神秘的な美しさだと思った。これが昼間に社務所を吹っ飛ばし、渾身のドヤ顔を浮かべた人とは思えない。

なんだか2人っきりでいることが気恥ずかしく、九峪はわざとらしく立ち上がる。

「冷えそうだから、もう寝るよ。星華さんも夜更かしすると、明日大変だぜ?」

「ええ、そうします。・・・・・・九峪さん」

「あい?」

「私たちの運命は、これから激しいものとなるでしょう。個人の力ではどうにもならない『うねり』になります」

「うねり?」

九峪が聞き返す。いま星華はとても重大な事を伝えようとしている。そんな予感がしながら。

「ですから――」そこで一旦、言葉を途切れさせる。「どうぞ、これからよろしくお願いいたします」

そう深々と星華が頭を下げる。

「お、おれの方からも頼むぜ。まだおれたちは、わからないことばかりだし。いろいろ助けてくれると、ありがたい」

「こちらこそ、頼りにしていますよ、九峪さん」

美人に頼りにしていると言われて、悪い気のする九峪ではない。ちょっとけドギマギしながら、飛び退くように星華に背を向けた。顔が熱くなっているのは気のせいだ。そう思い込みながら、自らの寝所に駆け込んだ。

その後ろ姿を見送った星華の腕が、そっと上がる。立ち去った背中へ伸ばすように、その背を捕まえようとするように。

切なそうに、愛おしそうに。

星華は呟く。

「こちらこそ――九峪様」

夜風は涼しく、月明かりの綺麗な夜だった。
































































 ・あとがき・


どうも、ご無沙汰しておりました、甚平です。

大変長らくお待たせいたしました。

悠久戦記 〜トワノセンキ〜 Scene.11 いかがでしたでしょうか。

いつぶりの投稿でしょうか?

もうわからなくなってしまいました。

読者様には大変なご迷惑をおかけしました。

まだ読んでくださる方がいるかどうかは疑問なれども。

仕事がおそろしく忙しいので、今後の投稿も超亀足更新になると思います。

どうか首をながーーくしてお待ちください。

で、今回は星華&宗像三姉妹が登場。

なぜ日魅子と伊万里が狙われるのか、その理由の一部が明かされました。

次回、新しいステージに進みます。

ではこの辺で。

ありがとうございました!